第八一話 シャルロッタ 一五歳 暴力の悪魔 一二
「ったく……査問とか頭おかしいんじゃないの、この国の貴族は……」
「まあ……ろくなものがいないのは確かですな」
邸宅へと戻る馬車の中でわたくしは思わず毒付いてしまうが、ユルは少し苦笑気味に私に微笑む……第一王子派主導による査問会は完全にぐだぐだのまま終了した。
結局わたくしやユルと悪魔の関連づけが無理筋だったことと、ユルの発した契約している貴族についてもわからないまま。
あまりの騒ぎになったため、近衛兵が投入されて騒ぎ出している貴族たちを謁見の間から追い出す羽目になったと、国王陛下だけでなくアーヴィング宰相も本当に残念そうな顔で話していた。
結局最後まで騒いでいたのはソフィーヤ様とその父親であるマルキウス・ロブ・ハルフォード公爵だけだったけど、それもアンダース殿下の一喝で完全に沈黙させられていた。
『証拠も出せないのにこれ以上は無理筋だろうが! シャルロッタ・インテリペリが悪魔を召喚した証拠がない以上これ以上の嫌疑をかけることは、俺の矜持にかけても許さん!』
まあ、そう言ってくれるなら最初から信じてくださいよ、アンダース殿下……性格は最悪だけど一応王子してやがるな。
ということでわたくしとユルは経過観察対象という前提付きでインテリペリ辺境伯の別宅へと戻ることを許された。
条件としては「許可なく王都を離れてはいけない」や「領地に戻る際は第一王子派から監視役がつく」とか……はっきり言えばまあそこまで誤魔化すのが大変ではない内容ではあるが、行動に制限がついてしまうのはいただけない。
今この馬車には防音結界を張っているから会話の内容は漏れ聞こえることはないのだけど、移動の際などは神経を尖らせる必要が出てくるだろうな。
「……この馬車も監視されていますよねえ……」
「周りに数人……斥候がこちらを見ているわね……」
とはいえ斥候の腕はそこまでよくないか? リリーナさんの方が気配の消し方は上手いし、盗賊組合のカミラさんの方がわたくしにすら視線を感じさせないという意味では腕が上だなと思う。
とはいえ監視がついた状態で移動をするなどということはかなり難しい……とにかく邸宅に戻ってから対策を考えないといけないだろうな。
しかしユルが話していたあの時下水道にいた人間の匂い……すっかり忘れていたけどこの国の中枢に混沌の使徒として悪魔と契約をした貴族がいるということだな。
確かに一部の混沌神は信仰することが禁じられていない……だがそれは必要悪というか、悪であっても見過ごされることがあるからだ。
例えばノルザルツは春を売る職業の人間が、より多くの財を成すことを期待して信仰したりするケースがあるためだ。
そういった信者に対してはノルザルツから神託など与えないし、恩恵も雀の涙程度だという。
「だけどもし他の混沌神を信仰している貴族がいたとしたら……」
「厄介ですな……ディムトゥリアやターベンディッシュの信徒がいたとしたら手がつけられませんね」
ディムトゥリアの信徒がもし治療院を経営する医者であったなら? 彼らは表向きは治療をするだろうけど、自ら信仰する神の教えに従って、患者の体に疫病の種を撒くことが容易にできるだろう。
ターベンディッシュの信徒がいたとしたら……それが魔法師団に潜り込んでいたとしたら、精神を操る魔法を使って信徒を増やすことすら可能になるだろう。
そして平民や冒険者が信徒になっている分にはまだマシだが、貴族階級の人間が信徒になっている場合……その領民すらも汚染していく可能性があるのだ。
「……あたりをつけて調べていくしか方法がな……っ!!」
「……この音は……「赤竜の息吹」に持たせた笛の……」
その時わたくしとユルの耳にしか聞こえない特殊な魔法による音が聞こえてきた……リリーナさんに手渡した緊急用の笛、本体となっているのは子供が作っていた露店売りの笛をベースにしていてちょっと形が歪だ。
ただ、笛にはわたくしの魔力を封じてあり、笛を吹くと魔力の源であるわたくし宛に、吹いた場所の情報が届くような細工を施してある……本体から音は出ないんだけどね。
「笛が吹かれた、と言うことは相当にまずい状況ね……悪魔が出たってことか……さっさと屋敷に戻って準備しなきゃ……」
——薄暗い森の闇の中を歩き続けるリリーナ達の耳に遠くの方で何かが絶叫した様な声が聞こえた。
「……ダメだったか……爺さん……」
デヴィットが少し歯を食いしばるような表情でポツリと漏らした言葉に、リリーナとエミリオの表情が固くなる……一緒に逃げるつもりでは合ったが、結果的には見捨てたことになるだろうか?
トビアスは最後に笑って「安心せい、まだまだ若いもんには負けたりしないわい」と話していたが、リリーナから見ても老人にはそれほどの体力が残されていたわけではない。
捨て駒になることで彼らを逃すという決断を、領民ではない彼らを助けるという選択肢をしたのだ。
貴族というにはあまりに愚直で正義感の強い老人の死、エミリオの背中で呻き声を上げながらエルネットが震えている。
「俺は……俺は……助けられないのか……」
「エルネット……まずはあの爺さんの意思を継いで化け物をなんとかしなきゃいけない、そうしなきゃ……悲しむのは後だ」
「リリーナ……でも俺は……どうしたら……」
エルネットはエミリオの肩を軽く叩いて背中からおろしてもらうと、握力を失っている左手を見つめて悔しそうな顔で首を振る……左手はうまく動かない、痛みは引いているが何かを握れないだろう。
そしてダルラン……暴力の悪魔は恐ろしく強く、あれだけの攻撃を喰らっているのに再生して襲いかかってきていた。
怖い……再びあの化け物と対峙した時に自分は死んでしまうかもしれないという恐怖、それがエルネットの中に渦巻いている。
ビヘイビアの大暴走の時は思わなかった圧倒的な絶望感、そして無力感がエルネットの目から光を失わせている。
どうすれば……混乱するエルネットの頬をいきなりリリーナが思い切り引っ叩き……軽い音が森の静寂の中に響き渡る。
「エルネットあんたその程度の玉無し野郎だったのか? 左手が動かない、それがどうした! ……アタシ達は「赤竜の息吹」だ、金級……そしてあのシャルロッタ様にも認められた冒険者なんだよ!」
「リリーナ……」
「アタシが大好きなエルネットはいつだって諦めたりしない、だから今のアンタには「赤竜の息吹」のリーダーなんか……辞めちまえ、バカヤロウッ!」
リリーナは目に涙を溜めて必死に叫ぶ……デヴィットもエミリオもじっとエルネットを見つめている。
エルネットは泣きじゃくるリリーナを呆然と見つめた後、二人の視線に気がついて彼らに視線を向けるが、デヴィットもエミリオもまだ諦めていないという表情でエルネットを見続けている。
彼の脳裏にトビアスが最後に浮かべていた表情が蘇る……気持ちの良い笑顔、そして自分に何かあっても彼らならなんとかできるはずだ、という信念の瞳。
「……そうか、諦めない……か」
「……エルネット?」
エルネットはそっと泣きじゃくるリリーナを引き寄せると優しく抱きしめる……そうだ、彼らは「赤竜の息吹」金級冒険者にして王都における英雄の一角。
ここで諦めてしまうわけにはいかない……彼にとって心の底から大事な目の前の女性を守るためにも。
彼はリリーナを抱きしめたままデヴィットとエミリオに気力を取り戻した視線を送る……その瞳を見て二人は笑顔を浮かべて黙って頷く。
エルネットの全身に熱いものが込み上げてくる……それはマグマのように荒れ狂い一気に気力を充実させていく……弱気になるな、俺たちがなんとかしなければ。
「リリーナごめん、ありがとう……そうだよな俺らしくないよな……俺たちがあの化け物を倒そう」
「……うん」
「エミリオ、少しでも腕を動くように治癒の加護を頼む、デヴィットは俺のバックパックから魔力回復ポーションを使ってくれ持ってきていたんだ」
エルネットの指示に従って二人がテキパキと動き始める……これまでも絶望的な状況下でなんとか生き残ってきた、それだけの経験が彼らにはあるのだ。
武器が効かない……いや攻撃は通用していた、ただ相手に致命的な一撃を加えられなかっただけだ。
相手は血も出て動きを止めた、そしてこちらを脅威と認識していたから強力な武器を持ち出していた……そう、脅威にはなっているのだ。
エルネットは治癒の加護で次第に握力の戻ってきた左手を軽く握ったり開いたりしてから、まだ彼を見上げているリリーナの頬をそっと手で撫でる。
「リリーナありがとう、君に助けられっぱなしだな……」
「……最初からそうしとけよバカや……ろっ……」
少し気恥ずかしそうな顔をしたリリーナの唇をいきなりエルネットが塞いだことで、彼女が驚きで目を見開く……今まで彼はこんな行動には出たことがない。
お互い好意を持ち続けていたが、直接的な言及は避けていたし態度も曖昧にし続けており、エミリオとデヴィットからすると「なんではっきり言わんのだ……子供か」としか思えない状況を続けていた。
それでもこれが最後かもしれないのだから、とエルネットは本心をきちんと彼女に伝えてる必要があると考えたのだろう、彼はリリーナが想像もしてなかったくらい情熱的に彼女へと口づけをしてみせた。
「ずっと、ずっと前から君のことを愛しているリリーナ……最後まで俺のそばにいてくれ」
_(:3 」∠)_ 生命の危機に瀕するとやっぱりそうなると思うんだけどさ、死亡フラグに近いよね
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