第七七話 シャルロッタ 一五歳 暴力の悪魔 〇八
——騒ぎが続く謁見の間から一人の婦人が口元を隠しながら出ていく……廊下を出てそして周りに人がいないことを確認すると、とある部屋の扉を開けて中へと入るとフウッ、とため息をついた。
「……ったく……暴力の悪魔がただ暴れるだけの結果になりそうねえ……当の本人は査問受けちゃってるじゃない」
婦人の美しい顔が不自然に歪む……そしてその姿がゆっくりと変化し、美しい黒髪とグラマラスな肉体、そして奇しくも淫らな印象を持つ女性の姿へと変化していく。
訓戒者の一人欲する者……美しすぎる外見とは裏腹に人間らしい雰囲気を全く持たない不気味な人物は手に持った扇を畳むとその場に投げ捨ててしまう。
欲する者の視線の先には暗闇の中でヒキガエルのような醜い姿をした肥満体の人物、知恵ある者がグニャリと歪んだ笑顔を浮かべている。
「貴族どもはいうことを聞かないからな、だがガルムという戦力を見れたことは良いではないか」
「まだ年若いガルムね、能力は相当に底上げされているからシャルロッタ・インテリペリという人物が勇者の器、と言われても納得できるわ」
「あの場でシャルロッタを攻撃すれば殺せたのではないか?」
「そうねえ……簡単に殺せるように見えて、その実殺せる気がしない……それが私の見立てよ」
「やはり勇者ということか?」
「クリストフェルだっけ? あの王子様もその雰囲気はあるわ、だから動けなかったけど一緒に殺して仕舞えばよかったかしらねえ」
「お前はいつもそうだな、面倒臭がってやる気を出さない」
「ヤる気はあるわよ? 可愛い子と突き抜けるような快楽を味わうのは我が神の教えにもあるの……勃っちゃいそうよ」
くすくす笑う欲する者だが、不満そうな顔の知恵ある者に軽くウインクと共に投げキスを飛ばす。
それを見てフン、と軽く鼻息を荒く吐き出すと知恵ある者は頬にある腫瘍を指先でガリガリと掻き毟ると、皮膚が破れて緑色の粘液がドロリと染み出すが、それを見た欲する者はそれまでの笑顔から真顔になって呆れたように肩をすくめる。
「ところで暴力の悪魔はどうするの?」
「何もしない、放置しておけば勝手に強制進化まで辿り着くだろうよ、アレはそういう悪魔だ」
暴力の悪魔は序列において第四階位とされているが戦闘能力は恐ろしく高く、自動回復、欠損修復、格闘戦能力に秀でており個体別に魔力を収縮した砲撃能力を持っている。
マルヴァースの記録によれば、歴史上この悪魔が出現した時にはその時代の英雄と呼ばれた冒険者たちが集団で立ち向かい、ほぼ相打ちの状況でなんとか活動を止めることに成功しているとされている。
だが混沌の使徒にだけ伝えられている事実がある……ワーボスは闘争をこよなく愛し、闘争により階位を定める公平な神格であり、その眷属は常に競争と戦いを繰り返している。
「強制進化……確かに暴力の悪魔はワーボスへと捧げる魂が多いほど強力になるけどね」
「一応今のところサウンドガーデン公爵領の村落を数箇所壊滅させているようだぞ、もちろん鏖殺だ」
「じゃあきっかけがあれば第三階位に手が届くわねえ、闘争の悪魔だっけ」
欲する者の言葉に黙って頷く知恵ある者だが、先ほど見たシャルロッタ・インテリペリそして幻獣ガルムが戦いを挑んだ際にどれだけの戦闘能力を発揮するだろうか。
せめて第三階位の悪魔には倒されてくれるな、と思う……遥か過去に彼が見た勇者スコット・アンスラックスの姿は強く焼き付いている。
気高くそして美しく……誇り高い勇者、それこそが好敵手であって欲しいと思うのは長く生きてきた彼のエゴのようなものだろうか。
ヒキガエルのような顔にほんの少しだけ怒りと、嫉妬とそして複雑な感情を滲ませつつ知恵ある者は誰に向かってでもなく過去へと吐き捨てた。
「アンスラックスが滅んだなどと……信じられるか、それもあの小娘にだと?」
「ミハエル殿から何か連絡が来たのですか?」
輸送用の馬車に揺られながら伝書鷲の脚にくくりつけられた小さな金属製の缶から小さく巻かれた書状を取り出して広げたエルネットへ、御者を務めているエミリオが話しかけてきた。
エルネットの手によって広げられた手紙にはサウンドガーデン公爵家の紋章が印刷されておりミハエルからの手紙であることがわかるようになっており、どうやらミハエルから何か緊急の連絡があったのだとわかった。
その手紙の内容に目を通したエルネットは深くため息をつくと、首を振って少し残念そうな表情を浮かべる。
「ミハエル様は領全体の情報を集め直しているようだ、すでに辺境方面の村が数箇所壊滅したって」
「先日訪れた村もその一つですな……」
「ああ、こちらからの報告も含めてサウンドガーデン公爵領全体の街や村に警告が出されているらしい、ただ警告止まりでしかないらしくて、公爵軍を派遣しようとかそういう動きにはなっていないんだとか」
サウンドガーデン公爵領軍は練度がそれほど高くないと言われる……観光地として栄えた交易の要所ではあるが、イングウェイ王国としては国境に面していない土地でもあり、牧歌的な性格をした領民が多いとされている。
魔物の数も少なく、衛兵たちも時折起こる犯罪や事件の対処だけしていれば安泰とまで言われるような土地柄でもある……いきなり村落が壊滅するような魔物が発生した、と言われても現実のものとして受け止められない人も多いのだろう、そしてそれは貴族階級には顕著に表れてしまっているのだ。
「参りましたね……」
「次の村が無事だといいんだけど……さあ、主人の元へとお帰り」
エルネットは伝書鷲の頭を軽く撫でると大空へと鷲を放つ……何度か羽ばたいた後鷲は上空を数回旋回すると大空を舞うようにサウンドガーデン公爵領の領都であるクロノコープの方向へと飛び去っていく。
イングウェイ王国の通信方法は複数あり、魔導機関を使った通信機器も存在しているが非常に大型かつ大コストのため、一般的には地上輸送による手紙のやり取りや、伝書鳩などを使った遠距離通信がメインとなっている。
ただ伝書鳩は魔物に襲われてしまうケースが多く、鳩よりも高い空を飛行できる鷲を連絡用に飼育する文化が根付いている……この通信に使う鷲は品種改良が施されており、目印を持った人物の元へと飛ぶ。
「これから向かう村が無事だといいのですが……」
「カエノ村だったかな、山間にある小さな村だって話だけど……」
現在エルネット達「赤竜の息吹」のメンバーは輸送用の馬車を使って移動して辺境の村々を防衛することになっている。
ただ、ここまで数箇所の村を回ったが、全て全滅をしている上犯人と思われる魔物の姿は掴めておらず、彼らは村に残された死体を焼却し、埋葬するという作業に終始してしまっている。
ミハエルは領都へ向かって公爵家の軍勢を駆り出そうと交渉を続けているが、こちらも不調に終わっており現状は領内を荒らし回っている魔物に有効な手立てを立てられない状況だ。
「ミハエル様も相当に叩かれているみたいだね」
「ああ、俺たちが不甲斐ないせいもあるが……とはいえことごとく領民が全滅しているのに軍を出そうとしない貴族達もどうかと思うよ」
ミハエルと数回やりとりをしている中で、サウンドガーデン公爵家に連なる領内の貴族達の説得が相当に難しいのだということが手紙の文面からも伝わってくる。
どうやらサウンドガーデン公爵家が第二王子の派閥へと加入したことを不満に思っている貴族達も非常に多く存在しているのだという……公爵という位を得ていながら現在主流派の第一王子派へと入れなかった現当主ジェイソン・サウンドガーデンの手腕に疑問を抱くものが多い。
「目下サウンドガーデン公爵家の影響力を削ぎたい貴族と、なんとかしたい公爵家の板挟みって状況ですな」
「サウンドガーデン公爵家も歴史有る名家なんだけどな……」
それ故にサウンドガーデン領内で揉め事が起きている現状、それを公爵家が単独で事件を解決すれば影響力を回復させ、貴族達に示しもつくのだろうけど。
ミハエルが恥を忍んでシャルロッタに「赤竜の息吹」を貸してくれと頼みにきたのは相当に切羽詰まっていたのだな、とエルネットはあの若者に少しだけ同情してしまう。
まだ一五歳、いやもう数えで一六歳か……しかし少年でしかないにもかかわらず、領内の貴族から相当に攻撃を受けているに違いない……ただ、シャルロッタもエルネット達を見送った時に話していたが、決して能力が低いわけではないという。
『奥底に強い光は感じますわ、能力はこれから期待できると思いますし……残念ながらサウンドガーデン公爵家の影響力が下がってしまうのはクリス……あ、えっとクリストフェル殿下のためにも良くないので』
なんやかんや言いつつもシャルロッタ様も婚約者である第二王子のために働く気にはなっているんだな、とは微笑ましく思ってしまう。
それにエルネット達を派遣したということはきちんと「赤竜の息吹」の能力を信じてくれているという証左でもある、それは冒険者としてきちんと認められたという喜びも密かに感じてやる気も出ようものなのだ。
馬車の中で毛布を被ってうたた寝をしている仲間達を見つつ、エルネットはエミリオへと笑顔を向けた。
「とにかく……俺たちの手でこの異変に終止符を打てば、シャルロッタ様にも恩返しができるはずだ、頑張ろう」
_(:3 」∠)_ そういや通信機器変わりのものってなんだろうなって考えた結果、鷲を使えばええやん! になりました。
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