第七六話 シャルロッタ 一五歳 暴力の悪魔 〇七
——謁見の間に続く扉が開け放たれ、わたくしとクリスは並んで歩き出す。
「さあ、行くよシャル」
「承知いたしましたクリス……」
謁見の間には数多くの王国貴族が物珍しそうな顔でこちらを見ていた……その間をわたくしの手を取りエスコートするクリスが進むのに合わせてゆっくりと歩いていく。
今着ているドレスは王都の邸宅に納められているものとしては最も高級なものであり、これ一着で平民の数年分の生活が賄えるとかで「これ汚したらまずいよなあ……」と内心ビクビクものだ。
だが、今回呼び出されたのは別に婚約発表だとか、祝福の言葉をもらうわけじゃない……軽く息を吐くと前を向いて気をしっかりともつ。
列席する貴族の中にわたくしを見て何やらコソコソと話すご婦人や、学園でも同級生である女性……まあ目立つ位置にいるのはまるで敵でも睨みつけてるかのような視線を送ってくるソフィーヤ・ハルフォード嬢とか、先日魔法師団の団長へと昇格した栗色の軽くウェーブした長い髪が特徴のメレディス・スコーピオンズ女伯爵などだろうか?
その中に心配そうな顔をしているお父様とお母様が見え、わたくしは安心してほしいという意味で微笑む。
所定の位置まで進むと、そこで王国宰相であるアーヴィング・イイルクーン……アンブローシウス陛下の片腕とも言える敏腕宰相が身振りでとまれ、と指示してきた。
「……陛下、ご子息クリストフェル第二王子と婚約者シャルロッタ・インテリペリ嬢が到着いたしました」
「……そうか……まずは息子よ、其方の婚約者を連れてきたこと大義である」
「陛下の恩ためなら」
「うむ……そしてシャルロッタ・インテリペリ嬢、久しいな」
「陛下もお変わりなく、王国の繁栄と平和が続くのは陛下の恩寵あってのことかと」
わたくしとクリスは陛下へと揃って頭を下げるが、それを見たアンブローシウス陛下は本当に優しく微笑む。
彼の隣にはブリューエット・マルムスティーン王妃陛下、クリスと同じ輝くような金髪、碧眼の美しい女性が座っているが、ここ最近はあまり公の場所へと出てきていなかったので珍しいな……と思った。
また、陛下より一段下がった位置にアンダース・マルムスティーン第一王子が軍服に身を包んで立っており、わたくしと目が合うと普段の彼らしく自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。
陛下が隣に控えているイイルクーン宰相へと軽く目配せを送る……それに軽く頷いた宰相は懐から巻物、この場合は勅令などに使われる公式なものだがそれを広げて朗々とした謁見の間へとよく響く声で内容を読み上げ始める。
「本件、二人を呼び出したのはシャルロッタ・インテリペリ嬢が悪魔を使役し、ホワイトスネイク伯爵令嬢を陥れた可能性について複数の報告があったためだ、この件について申し開きがあれば聞こう」
「シャル……いや我が婚約者に限ってそのようなことはないと断言できる」
「クリストフェル殿下、まずはシャルロッタ嬢の話を聞きましょう、貴方は疑われている側に立つ人間……頭ごなしに否定しても信じられぬものはいるでしょう?」
イイルクーン宰相は割って入ろうとしたクリスへとやんわりと注意する……その注意にクリスはうっ……と言葉を詰まらせてしまう。
まあ、この複数の報告というのがどう考えても第一王子派の貴族たちから出ているものだとわかっているわけで、それが見え見えだからこそクリスは本当に許せなかったのだろう。
アンダース殿下は表情を変えずにクリスとわたくしを見てフンと鼻を鳴らしているが、彼の意思というか思惑はよくわからないな。
宰相はわたくしへと視線を動かすと普段通りの声色、詰問するでもなく優しく声をかけるわけでもない非常に事務的な質問を投げかけてきた。
「……シャルロッタ嬢、君は幻獣ガルムと契約しているという話は数年前から報告として上がってきているが、これについて尋ねる、これは本当か?」
「わたくしは幼き頃幻獣ガルムと契約し彼に護衛をお願いしております」
「学園の冒険者体験授業で君は暴漢に襲われた、だがこれをガルムが退けたというのは本当か?」
「……はい、彼は非常に優秀な護衛です」
「その言葉通りであるなら、ガルムは何故君と契約をした? 一介の令嬢が契約できるような幻獣ではないと思うが……」
「……本人に語らせましょうか? ユル、でてらっしゃい」
「我が主人の言葉とあらば、承知」
わたくしの言葉に合わせて、影の中からずるりと黒い巨体……幻獣ガルム族のユルが赤い目を輝かせながら姿を表すが、大きさは普段の大型犬サイズではなく、実に三メートルを超えていたため列席する貴族たちの間から悲鳴と怒号のような声が響く。
曰く「怪物だ!」とか「あれは化け物だ!」とか「やはり魔性の女じゃないか!」などなど……その声を聞いて少し嫌そうな表情を浮かべたユルにわたくしがそっと毛皮に触れて微笑みかけると、彼は軽くため息をついてからわたくしの隣に伏せる。
謁見の間が騒がしくなる中、一瞬怯んだような表情を見せた第一王子がすぐに咳払いをして貴族たちへと一喝した。
「陛下の御前であるッ! ガルムは大人しく伏せているのに、この国を支える貴族が黙らんでどうするっ!」
その言葉に騒がしく喚き立てていた貴族たちが一斉に言葉を噤む。
流石にアンダース殿下というかなんというか……素行に問題がありすぎる性格とはいえ、一国の王子としてそして王位継承権を持つ王族として育てられた彼はクリスが普段発しない覇気のようなものを有している。
一斉に貴族たちが静かになると、アンダース殿下は宰相へと軽く頷き、それに合わせて宰相がユルへと話しかけた。
「幻獣ガルム……ユルといったな? 貴殿はなぜシャルロッタ・インテリペリと契約したのだ?」
「世に謳われた彼女の美しさに惚れました……我らガルムは放浪の果てに幻獣界へと戻る運命ながら、その道すがら気まぐれに人と契約することもある故」
「……最初の報告では大型犬サイズと聞いていた、今の大きさはまるで違うがこれはどうしたことか?」
「人同士の報告について我は知りようがない、我はガルム……この通り書物を読むことはできません、辺境伯の大事な書類を破ってしまうこともありますので、近寄らないように申しつけられております」
ユルは口元を歪めて前足をフラフラと顔の前で振る……そりゃそうだ、この辺りは大きな犬と変わらなくて触ると気持ちいい肉球があるだけだし、彼もそこまで前足で細かい作業は不可能だからだ。
その言葉に第一王子派の貴族の一部から失笑が漏れる……黒い巨体、恐ろしいまでの魔力を有した幻獣が少しだけ洒落の効いたジョークのようなものを発したのに毒気を抜かれたのかもしれない。
「ゴホンッ! 失礼……再び質問するが、其方は悪魔を召喚できるか?」
「悪魔と我は同一の存在ではございません、あれは世界の汚れや癌に近いものです、共に戦うなど悍ましい」
「だがその見た目は悪魔そのものではないか!」
列席する貴族の中から野次のようなものが飛ぶと……ユルがめんどくさそうな顔で真紅の瞳をギロリ、と野次の方向を向けると悲鳴とともにその言葉を発した何者かは黙ってしまう。
宰相も陛下もその声の主が誰だかわかっていたかのようで、やれやれと言いたげな表情を浮かべてユルに続けていいよ、と促すように頷く。
だがユルはハッ! と失笑したかのような息を吐くといつもの調子で言葉を続けた。
「幻獣と悪魔の違いが判らぬようでは王国貴族も大したことありませんな、それに数人悪魔と契約でもしているかのような匂いを発するものがいますね?」
その言葉は事前に打ち合わせたものでは無かった……え? と思ってキョトンとしたままわたくしが隣に伏せるユルを見ると、彼はわたくしを見上げて口元をそっと歪めるような笑みを浮かべ、念話でわたくしへとかなり重要な情報を伝えてきた。
『数年前のあの日、下水道にいた人間の匂い……この場にいますよ、そしてそれだけじゃない、悪魔など比べ物にならないレベルの強者がこの場を監視しています、シャルは気がついていないふりをしてください』
その言葉に流石にバレたらまずいだろと思って探知を切っていたわたくしの感覚に、じっとりとした視線……そして総毛立つような寒気に近い何かが首筋を撫でたような気分に陥る。
王国上層部……この列席する貴族や兵士の中にそれは潜んでいる……こめかみに薄く汗が滲む、この場で襲いかかってこられたら反撃しないといけないが、その場合わたくしの能力がバレてしまう。
表情を変えずに固まっているわたくしが心配になったのかクリスが「大丈夫?」と優しく声をかけてくれるが、その言葉に反応できないくらい、今わたくしは身動きが全くできない状態だ。
「し、失礼な! 誇りある貴族が悪魔と契約しているなど…ッ!」
「この魔獣とも区別のつかないケダモノが!」
「こんな化け物を飼っているインテリペリ辺境伯に罰をお与えください!」
「陛下の御前である! 鎮まれ!」
怒号のような声が謁見の間に響く……その怒号に合わせて、まるでイタズラは終わりとばかりに首筋を撫でたかのような寒気、いやこの場合は殺気か? それがスッと引いていくのが理解できた。
ドッと背中に冷や汗が流れる……危なかった、少しでも双方に動きがあればわたくしは全力で反撃してしまったかもしれない……心配そうなクリスを見上げてわたくしは彼にそっと微笑んだ。
「だ、大丈夫です……ユルがまさかこんな発言をするとは思っていなくて……驚いてしまいましたわ」
_(:3 」∠)_ 久しぶりにペットの犬が役立った話に……(犬じゃないw
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