第七五話 シャルロッタ 一五歳 暴力の悪魔 〇六
「……すまないシャル、どうしても君と一緒に出る必要があったんだ」
「い、いいえ……元はと言えばユルの報告に差異があるというのが発端ですし、クリスのせいなどではございませんわ」
クリスがわたくしの隣で申し訳なさそうな顔をしているが、本当にまさかこんな場所へと呼び出されるとは思ってもいなかった。
今わたくしはオーヴァーチュア城の来賓室……特に王族に準ずる立場の貴族だけが使える特別な装飾が施された部屋なのだが、インテリペリ辺境伯別宅とは比べ物にならないほど豪華なソファへと腰を下ろしている。
どうでもいいけど目の前のカップに入ったお茶は、我が家でもなかなか入手できないレベルの超高級な茶葉を使っていてこんな時にもかかわらず「何これ美味しい!」って少しだけ驚いてしまった。
「わかってると思うけど……僕も全力で君を守る、だからシャルも挫けないでほしいんだ」
「わかっておりますわ、わたくしとユルには何ら恥じるところはございません」
わたくしの言葉にクリスは優しく微笑む……うっ、イケメンの笑顔は眼福すぎてちょっと尊い。
ことの発端は先日のホワイトスネイク侯爵令嬢、プリムローズ・ホワイトスネイクの騒乱だ……ホワイトスネイク侯爵家は宮廷魔導師、そして魔法師団の指揮官職を長らく務めた名家であり、イングウェイ王国の重鎮として信頼された貴族だった。
イングウェイ王国はこの大陸における覇権国家の一つでもあり、最大版図をもつ大国である……その国家の魔法師団は魔法使いを集団運用した強力な軍隊で、王国の軍事力の強大さを各国へと強いメッセージとして与えていたことになる。
だが、お家騒動……令嬢が悪魔に堕落させられホワイトスネイク侯爵家は窮地に立たされた。
ホワイトスネイク侯爵デイヴィット・ホワイトスネイクは自ら職を辞し領地へと戻ってプリムローズの静養と再教育、そして自ら謹慎を申し出て承認された。
国王陛下は今すぐでなくて良いと慰留したそうだが、侯爵の意志は固く先日引き継ぎを行った後、ホワイトスネイク侯爵領へと出発した。
魔法師団の団長職は元々副団長を務めていたスコーピオンズ伯爵家当主であるメレディス・スコーピオンズ女伯爵が就任しているが、まだ年齢が二〇代後半と若くクセもの揃いの魔法師団運営には相当に苦労するだろう、というのが貴族たちの間では噂として流れてきている。
で、まあ伝統ある貴族達は今回の事件について案の定騒ぎ始め、その騒ぎを収めるために、こうやって王城に呼び出しをされているところだ。
『インテリペリ辺境伯令嬢が第二王子の婚約者の座を守るため、悪魔を使ってプリムローズ嬢を陥れたに違いない、哀れなプリムローズ嬢は被害者にすぎず、幻獣ガルムなどという恐ろしい怪物を使役する辺境の翡翠姫は魔性の存在なのではないか……?』
うん、まあ事実誤認も甚だしいし、わたくしプリムローズ様は別に嫌いじゃなかったんだよね、変な人だなって思ってただけだし。
それにわたくしは悪魔を使役したこともないし、するつもりもない……あれは敵だという認識だし、混沌の眷属は油断すれば契約者を簡単に乗っ取る。
今回のプリムローズ様がいい例だろう……彼女は契約をした時は何らかの能力で籠絡されていたと思うのだけど、それでも「自分が契約者として上位にいる」という認識を持っていた、いや持たされていたはずだ。
「ホワイトスネイク侯爵から書状を預かっているよ、プリムとシャルとの接点はかなり少なくお茶会や学園で出会う程度……本来融和を考えて交流するべきところを、娘は手段を間違えただけだ、と」
「……それを信じてもらえれば良いのですが……クリスはどう思いますか?」
「難しいだろうね、今回の件兄様の派閥に所属する貴族達がホワイトスネイク侯爵家の取り込みを狙って起こしているから……恩を高値で売りつけようって腹だろうね」
クリスの予測は正しいだろう、今回の呼び出し……所謂査問に近い状況だと予想している。
今回わたくし引いてはインテリペリ辺境伯家に何らかの嫌がらせ、いちゃもんをつけてホワイトスネイク侯爵家に「俺様があいつボコボコにしておいたぜ、恩を返すために俺様の派閥入れや」ってやるためのポーズなのだから。
それがわかっているからこそ、ホワイトスネイク侯爵家もクリスへと書状を渡したのだろう……心情的には複雑だが侯爵家は元々クリスに近しい立場をとっていた貴族であるし、今回の件がなければ中立派に戻ることも考えていなかったのだろうから。
「シャル……まだ時間があるだろうから、少し聞きたいことがある」
「何でしょうか?」
「僕が国王を目指す、と言ったら君は僕と一緒にいてくれるかい?」
クリスの言葉に少し目を疑った……元々彼は王位継承権第二位ではあっても、国王を目指すなどと本人が公の場で言及したことはない。
少なくとも王位継承権は現時点では第一王子アンダース・マルムスティーン殿下が握っており、クリスは第二王子として太公に任じられインテリペリ辺境伯領の隣、一部開拓地などもふんだんに残っている領地へと赴き治める、とされてきた。
第二王子派閥とはいえ勢力は弱いし、正直第一王子派からあぶれた貴族達が意趣返しのためにやっているんじゃないか、とさえわたくしは思っていたのだけど。
わたくしが話の真意が見えずに訝しがるような表情を浮かべていると、クリスはそっとわたくしの手を両手で包む。
「僕は……先日陛下に伝えた。この王国の国王を目指すと、非公式の場だったからあまり知られていない……僕は君のためにこの国の王を目指す」
「え……本気……なのです? え? 本気ですか? え? ちょい待ち……思考がおいつか……」
「ああ、そして僕の隣に君がいてほしいシャル……前にも伝えたけど僕には君が必要だ。まだすぐになれるとは言わないけど……将来はイングウェイ王国王妃として僕を支えてほしい」
真剣な眼差しでわたくしをじっと見つめるクリス……あまりに強い意志の力、勇者の才能を持つと予言され、祝福された王子クリストフェル・マルムスティーン。
彼の視線は痛いほどわたくしに突き刺さっているが……これどうしたらいいんだろう……実質的なプロポーズ? いやこれで受け入れてしまうとわたくしの未来はクリスとあんなこととかこんなことして、あれすると可愛いベイビーが生まれてしまってわたくし前世は勇者で男性だったのに、人妻な上に王妃になっちゃうって話?
みるみるうちにわたくしの頬が熱くなる……いやなんだ、これ決してそうしたいんじゃなくてそれはまずいでしょ、って話なんだ。
「え……あ……その……考えが追いつかなくて……貴方のことはその、す……好きですけど……」
「君が領地を愛して、領民を愛する心優しい女性であることは僕が知っている、だけど……僕は兄様にこの国を任せたくない」
クリスの言葉にようやく思考が追いついてきた……アンダース殿下はとにかく素行が良くない、そして彼の派閥に属している貴族達も、もれなく高位貴族ではあるけど評判が悪いものも多く存在している。
代表格としてスティールハート侯爵やベッテンコート侯爵、マンソン伯爵など王国内の犯罪組織との癒着を疑われている貴族家も多く参加しており、きな臭いことこの上ないのだ。
犯罪まがいの事件を起こしながらも、アンダース殿下とその一党がかなり強引なやり口で揉み消しを図ったりなど大っぴらに実力を行使しているのが目に余るとお父様も話していたっけ。
噂レベルではあるけど……一部の貴族は混沌神の信徒となっているものも存在しているという……大陸最大の国家であるイングウェイ王国の国王に仕える家臣が混沌の手先となっていた場合、その後の未来はどうなるだろうか?
「それ故に王を目指す……ですか……」
「誰にも言わないでね、目的を達成するためには力が必要だ……僕は今まで気楽な第二王子という仮面をずっと被ってきた、だけどこれから先はそうではなくなる学園を卒業した後……本気で動こうと思うんだ」
クリスの意志を湛えた目は非常に力強い……ああ、この目には覚えがある。わたくしの前世勇者ラインと同じ目を、今わたくしは別の人間の視点からその強い眼差しを見ている。
勇者としての意志、目的を達成するために立ち上がる勇気、希望、そして愛……クリスの持つ素質がその開花を始めた瞬間をわたくしは目の当たりにしている。
決して諦めない強い心、本当に勇者に必要なその心の強さをわたくしは今この世界マルヴァースでも見れた。
「だから僕には君が必要なんだ……シャル? ……どうして泣くの?」
「え? あ……本当ですわね……どうしたのかしら……」
クリスに言われてわたくしは自分の頬を拭うが、指が濡れた感触で意識せずに涙が溢れているのに初めて気がついた。
……何だ、わたくし嬉しいのか、自分の婚約者となった王子が光り輝くような意志の力を見せてくれたことに? それとも彼がわたくしを必要だと言ってくれたことが本気で嬉しかったのだろうか?
この世界に降り立った時わたくしは一人で誰も知らない人たちの中で転生している……一五年という歳月をかけて、様々な人との交流を経て、真剣にわたくしのことを必要と言ってくれる人の言葉が、わたくしは嬉しかったのだろうか。
クリスはそっとわたくしを引き寄せると包みこむように優しく抱きしめてくれる……わたくしは静かに彼へと身を預けるように腕の中で少しの間だけ吐息を漏らす。
「……ほんの少しだけ……こうさせてください……クリス、ありがとうございます……」
_(:3 」∠)_ クリス「勇者王に俺はなるッ!」(ドン!) シャル「ありったけの夢を〜かき集め〜」 ユル「ダメだこいつら早くなんとかしないと……」
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