第七三話 シャルロッタ 一五歳 暴力の悪魔 〇四
「承知いたしました、シャルロッタ様……サウンドガーデン公爵のご子息ミハエル様、「赤竜の息吹」が貴方のお手伝いをいたします」
「あ、ああ……よろしくお願いする……」
エルネット・ファイアーハウス……インテリペリ辺境伯領の元騎士爵ファイアーハウス家の六男。
金級冒険者パーティ「赤竜の息吹」のリーダーにして、歴戦の古強者でありイングウェイ王国の中でも一〇指に入るであろう強力な戦士の一人。
個人の戦闘能力で言えば最強ではないとされているが、その洗練された剣術と巧みな体術で様々な魔物を退けてきた高名な冒険者である。
栗色の髪に榛色の瞳……整った顔立ちだが、顔のあちこちには細かい傷痕があり、決して金級への道が楽なものではなかったと言うのが理解できる。
「シャルロッタ様はどうされますか?」
「わたくしは学園の勉強がありますから……」
「……そういえば学生でしたね、申し訳ございません」
「大丈夫ですよ、本音を言えばわたくしもついていきたいと思っていますけど……」
「ふふっ……「赤竜の息吹」はいつでもシャルロッタ様を迎え入れますよ」
エルネットさんは微笑むと、二人に頭を下げてから来賓用の客室より出ていく……その背中を目で追いつつ、ソファに座って優しく微笑んでいるシャルロッタへと視線を戻し、ミハエルは目の前の令嬢がどうして歴戦の冒険者から認められているのか、理解ができずに混乱する。
この令嬢は……第二王子クリストフェルの婚約者であり、辺境の翡翠姫という愛称で呼ばれている美しい少女……だがただ美しいだけだと思っていたシャルロッタ嬢は、「赤竜の息吹」から認められている……?
理解不能なものを見ている、という視線を感じたのか少し眉を顰めたシャルロッタがミハエルへと声をかける。
「……どうされました? わたくしの顔に何か?」
「い、いや……冒険者から「いつでも迎える」と言われていたが……それはお前が契約している幻獣に関わることか?」
「そう理解していただければ嬉しいですね、ミハエル様……「赤竜の息吹」は確かに素晴らしい冒険者です、ですが油断されないように気をつけてくださいまし」
「……そ、そうだな……それはそうと、感謝する」
シャルロッタがニコリと微笑むのを見て、それ以上何かを詮索する気が失せたミハエルは一度彼女へと頭を下げると、その部屋を出ていく。
まるでこの部屋を早く出ていかないといけないかのように、心が急かされている気がする……何かおかしいな、とでも思っているのか納得していない表情をしていたが、彼は何かに導かれるように扉を開けて部屋を出て行った。
一人になったシャルロッタはほっと息を吐くと、誰に聞かせるわけでもなく独り言をつぶやくが、そのエメラルドグリーンの瞳はほんの少しだが鈍い光のようなものを帯び、そして消えていく。
「……案外鋭いですわね、クリスと組んでるくらいですからそれなりに実力もあるんでしょうけど、抵抗力が強すぎるわ」
「……抵抗力が強い?」
カーテンの影から一人の女性が姿を現したことでわたくしはその女性……「赤竜の息吹」の紅一点リリーナ・フォークアースに微笑む。
リリーナさんは冒険者としての仕事の合間、こうしてわたくしの身辺警護及び来客から見つからないようにその動向を探る役目を担ってくれている。
魔法で周囲の警戒は行なっているため不審者がいればすぐにわかるのだけど、同じ部屋にいる目の前の人物が狼藉者である場合は実力行使が必要になるからな……わたくしが直接手出しをするということは考えていないし、ユルがいれば大抵はどうにかなるのだけど、こうして実力ある冒険者に護衛してもらっているという実績を作るのも必要だと感じているからだ。
ちなみに護衛を担当するたびに謝礼を支払っているため、リリーナさんはかなり喜んで仕事を引き受けてくれている。
「ミハエル様には悪いと思いましたが、魔力を使った誘導をかけました、まあ暗示のようなものですから精神に影響などは出たりしません」
「……何でもできるのねえ……あの時記憶を操作して、っていってたけどさっきのを見たら納得できちゃうわ」
「あまりやりたくはないのですけど、疑念を持たれるよりはいいかなと」
わたくしの返答にリリーナさんは苦笑いのようなものを浮かべる……先ほどミハエルにかけたのは魔法のようなものではなく、彼に気が付かれない程度に魔力で思考を誘導しただけだが、一歩間違えれば精神操作になってしまいかねない行動だし、貴族によってはこういった思考誘導の技術も無効化する手段を持っている可能性がある。
今回はユルのことをそれ以上詮索されたくないな、と考えていたためさっさと出ていってもらうために使用したけど、乱発するのはよろしくはないだろうな。
「まあシャルロッタ様が圧倒的な実力を有している、なんて同級生に知られたら良くないでしょうしね」
「そうですわね……わたくしこれでも学園入学を楽しみにしておりましたし、平穏な学生生活は送りたいと思っていますのよ?」
「意外ねえ……シャルロッタ様なら勉強なんかしなくても生活に支障はないでしょうに……ってこれすごい甘いわね」
リリーナさんはミハエルが残していったさらに盛り付けてあるクッキーを摘むと口の中に放り込み……驚くほど甘かったのだろう、ちょっとびっくりした表情を浮かべて口元を押さえた。
お茶請けとして出している甘味類だが……インテリペリ辺境伯家が質実剛健なんて評判であったとしても、最低限伯爵としての生活レベルを保たなければいけない。
平民出身の冒険者だとこういった甘味類はあまり食べないとかで、普段は干しフルーツなどを齧っているなあとエルネットさんも話してたっけ。
彼は騎士爵家の出身だけど、冒険者になってからは平民と同じ生活レベルで暮らしていると話してたっけ……。
「リリーナさん、ちょっと気になることがありまして……」
「ん? なあに?」
リリーナさんは相当に気に入ったのか二個目のクッキーを口に運んでいたので、わたくしは予備のカップにお茶を注ぐと彼女の前に差し出してから話しかけることにした。
わたくしの中で……どうも今回の事件、疑問に思うことが多すぎるのだ……そもそも現在王国の王位継承権争いが水面下で行われている中、第二王子派に接近しつつあったサウンドガーデン公爵の領地で銀級冒険者パーティが行方不明になる程強力な魔物が出没している……しかもそれだけ強力な魔物だというのに、公爵が抱えている軍勢がその姿を捉えられない。
「今回出没している魔物……どう思いますか?」
「そうねえ……派遣された冒険者パーティ、私たちも知っている連中だけど腕は悪くない奴らよ、それが行方不明になる……そんな強力な魔物であれば、少なくともキマイラとか、レッサードラゴンとかになると思うのよ」
「そうですよね……それだけ強力な個体が領内を彷徨いている……というのに公爵家は確認できていない上に、見つけることもできていない」
「当てがありそう?」
「……悪魔」
わたくしの言葉にリリーナさんの顔色が変わる……そう、わたくしの懸念点はその魔物が悪魔であった場合、「赤竜の息吹」ですら対処が難しいということだ。
エルネットさん達の戦闘能力に非常に高い……戦士としての能力であればキマイラ程度であれば普通に倒せるレベルだろうし、以前わたくしが屠った変異種のキマイラとも互角に戦えるだろう、しかし……悪魔が領内にいた場合はどうだろうか……?
経験上この世界に悪魔はそうホイホイ出没したりしない……だが、幼少期からすでに三回、しかもわたくしに近しい関係者へ悪魔が接近し、なんらかの悪事を働いていた。
「以前、インテリペリ辺境伯領内に悪魔が出没しました、わたくしとユルで対応して倒しましたが、その際も我が家の軍勢はこの悪魔を捕捉しておりませんでしたわ」
「悪魔との交戦経験はないのよね……レッサードラゴンならあるのだけど」
「知能が高く、魔法を行使する上に人を堕落させるような邪悪な連中です、レッサードラゴンよりも強力だと考えていただいてもいいと思いますわ」
「……私インテリペリ辺境伯家……いや貴女と契約して今すごく後悔しているわよ」
リリーナさんが三個目のクッキーを口に運びながら、やれやれとでも言いたげな表情を浮かべるが、だが冒険者の本能なのだろう、彼女の目には覇気が灯っている。
悪魔だった場合……わたくしは彼らと共にサウンドガーデン公爵領へいったほうがいいのではないか? という気がしている。
戦闘になった場合、わたくしの能力は確実に必要となるだろうし、エルネットさん達を本音としてはどうでもいい依頼で失うことなどあってはならないからだ。
やはりわたくしも同行したほうが良さそうだな……と考えた矢先、扉がコンコンと軽く叩かれ、少し間を置いてから扉がゆっくりと開かれ部屋へとマーサが少し困ったような表情のまま入ってくる。
「……失礼します」
「どうしたの?」
「あ、あの……シャルロッタ様、実は殿下より先触れが来ておりましてお手紙を預かっております」
マーサの手には王家の紋章がデカデカと刻印された手紙……しかもご丁寧に一輪の赤い薔薇を添えたものが握られている。
これはクリスがわたくしを呼び出す時に使っている手紙で、赤い薔薇一輪というのが目印になっている。
わたくしはマーサからその手紙を受け取るが……このタイミングで手紙が来ているということは彼の方でも何かあった可能性が高いな。
ため息をつきたくなるような気持ちを抑えて、四個目のクッキーを口に運んでいるリリーナさんへと軽く頭を下げて話しかける。
「……リリーナさん、申し訳ないのですがミハエル様の件よろしくお願いいたします、わたくしは殿下の呼び出しを断るわけには参りませんので……」
_(:3 」∠)_ ダルラン「……いつ出番くるんだろ……」 知恵ある者「次回じゃないかな?」
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