第七一話 シャルロッタ 一五歳 暴力の悪魔 〇二
「悪魔は消耗品ではない、名前と言動が噛み合っていないぞ知恵ある者」
知恵ある者の提案に打ち砕く者は不満そうな表情を浮かべる……だが、そんな彼の言動にもヒキガエルの顔をぐにゃりと歪めて笑うと、知恵ある者はその突き出した腹を、太い指でボリボリと掻きむしる。
掻きむしった皮膚が破れ、腫瘍から粘液がどろりと漏れ出すのを見て、欲する者が「醜いわ」と小声で吐き捨てる。
「人間の成長力を甘く見ていると足元を掬われる、これは一〇〇〇年前に思い知ったこと……我々の戦力は悪魔だ、相手の戦力を推しはかるのに暴力の悪魔はちょうど良いはずだ」
暴力の悪魔……戦争を司る混沌神ワーボスの眷属であり戦いと殺戮のみを目的とし、世界に放たれた後は命あるものを殺戮する第四階位の悪魔である。
他の混沌神の眷属と違い、定められた命令を受けるだけの感情すらない、別の世界では自立機械と呼称される人工物に近いとされている。
なお人間が不慮の事故でこの悪魔を呼び出してしまい、辺り一帯が壊滅する事件などは数回人類史には刻まれている。
「……確かに暴力の悪魔は強力な戦力だが第四階位、広義の意味では消耗品と言っても差し支えない、違うか?」
「我らが神の力を消耗させてどうする」
「最終的に世界が混沌へと変容すればお釣りがくる」
二人の訓戒者がお互いを睨みつける……残念ながら彼ら全員は独立した存在であり、別々の混沌神より生まれ出た生物。
それぞれの目的、行動、思考、全てが異なる上協力をするという関係にはなく、そして何より彼らはお互いを全くと言って良いほど信用していない。
使役する者が言い争う二人を横目に、面倒なことになっていると言わんばかりの呆れたような表情を浮かべ、欲する者は飽きたのかよそ見をしながら軽くあくびをしている。
「……筆頭はどう思われる?」
「暴力の悪魔の派遣を認める、私の言葉だけで敵戦力を想像するのは難しいだろう、一度見るべきだ」
闇征く者があくまで感情を見せずに冷徹に言い放つ……彼にとって悪魔はいくらでも保有ができる消耗品でしかない、それは目の前にいる訓戒者も等しい価値しか持たないことを意味しているが、それでも彼らには独自の知能、思考などがある以上結果を見せて説得することが最良と判断したのだ。
その言葉に何か言いたげな表情になった打ち砕く者だが、上席である闇征く者に逆らう意味がない、と判断したのか黙って引き下がる。
「反論もないようなので、まずは暴力の悪魔を呼び出すとするか」
知恵ある者はニヤリと笑みを浮かべると、魔力を一気に集中させる……混沌神ワーボスは戦争を司る、そして無用な殺戮と流血を好む神だ。
人間同士が争いを止めないのはこの神が囁くからだ、とマルヴァースでは信じられており戦に興じる君主は時にこの混沌神の信徒だと影で噂される。
そして腐敗し堕落した君主はその噂通りワーボスに夜な夜な贄を捧げている……マルヴァースの子供達に読み聞かせる御伽噺にも登場する比較的メジャーな神の一つともされている。
「ワーボスに願い奉る……御身の眷属を我が元へ、暴力の悪魔出でよ」
知恵ある者の声に応じて、地面に泡立つ血液が噴き出していく……そしてその血液が次第に形あるものへと変化し、ゴボゴボと大きな音を立てて外皮を形作っていく。
吹き出すような血液がまるでその痕跡を残さずに消え去った地面に巨躯の怪物が立っている。
堅牢な外皮は艶やかな黒色であり、恐ろしく長い腕は地面へと着く長さだ、そして少し短めの脚がこの怪物の異様さを際立たせている。
顔は昆虫のようでもあり、鋭い棘状の歯がついた二本の顎と、巨大な複眼は赤や緑、青へと複雑に変化をしておりその異様さを際立たせている。
直立歩行する昆虫のような不気味な怪物……暴力の悪魔は訓戒者の前へとゆっくりと跪くと首を垂れた。
「ふむ、今回は昆虫のような外見だな……当たりを引いたかもしれぬな」
知恵ある者がニヤリと笑い悪魔を見ている他の訓戒者の様子を見るが、彼らは目の前に現れた怪物にはあまり興味を示していないようで、各々が別の方向を見て何か考え事をしていた。
打ち砕く者だけがじっと出現した悪魔を見つめているが、すぐに興味を失ったようでフンと鼻を鳴らすと別の方向へと視線を動かした。
「ふむ名前はダルランというのか……ではダルラン、お前に指示を出そう、シャルロッタ・インテリペリなる女を誘い込み殺せ、やり方はお前に任せる」
訓戒者に再び深く首を垂れた悪魔ダルランは、立ち上がると彼らに背を向けて玉座の間から歩いて出ていく。
その様子を見ながら欲する者が小声で「美しくないわ」と再び吐き捨てるが、そんな彼女を見てニタリと笑った知恵ある者が闇征く者へと深く首を垂れた。
「そのシャルロッタ何某のお手並み拝見としよう……筆頭がいうほど強ければ良いですがな」
「その答えはすぐに判る、私も観察をするまでは理解せなんだ……だがこれだけは言っておく、魔王様の復活は近い……我ら共通の目的を果たすため、障害は全て排除する」
闇征く者の言葉に訓戒者達が一斉に姿勢を正すと、玉座の後方に位置する空間へと深く首を垂れた。
漆黒の闇の中巨大な空間の奥に見えたのは、恐ろしく巨大な蠢く泥濘……その中にいくつもの目が出現し、表面を裂くように複数の口が開き呻き声をあげる。
そんな不気味な泥濘を見た訓戒者達の顔に歪んだ笑みが浮かぶ。
「復活の時は近い……一〇〇〇年紀の終わり予言と共に我らが魔王様は復活するのだ……!」
「……ぶえーくしょ! なんだろ誰か噂でもしているのかな」
「またおっさんのようなくしゃみを……」
お風呂でくしゃみをしたわたくしを見て、湯船に浮かぶユルが呆れたような眼差しで見つめているが、わたくしは鼻を軽く擦りながら苦笑いを浮かべてお湯の中に体を沈める。
ここはインテリペリ辺境伯家の王都別宅に造られた湯室で、いつもの如くわたくしとユルは日課になっているお風呂を楽しんでいるところだった。
他の貴族家であれば侍女が一緒に入って体を洗ってとかやるのだろうけど、我が家では戦場での習いとか言って全て自分でやるようにと躾けられている。
まあ最終的な確認で侍女は入ってきちゃうんだけど、それまでは一人である程度やっておく、が基本なのだ。
「……しかし……クリスに迫られた時はもうダメかと思った」
「婚約者殿が交尾を求めたのですか?」
「言い方はちゃんとしてよ、それになんともなかったもん」
その時のことを思い出して思わず頬が熱くなるが……いやいやわたくし前世まで男性やってたんだから、いくらイケメンに迫られたからってドキドキしたりしちゃダメでしょ。
第一ちょっと甘い言葉をぶつけられたくらいでクラっとしちゃうようなチョロい令嬢ではないのだ、わたくしは。
ちょっと前まで「難攻不落」とか「鉄壁ガード」とか辺境伯領での夜会でも言われるくらい高嶺の花だったんだぞ? まあクリスとの婚約発表でさらに磨きがかかってしまったのか、声をかけてくるような勇敢な男性はいなくなったけどさ。
「……お互いが求めるのであれば、交尾して子孫を残すのは生物として当然のことかと思いますが……」
「交尾じゃない、人間はお互いを思い合って一緒になるの。第一わたくしが勇者だったって言ったでしょ?」
「そういやそうですな」
「だからいくらなんでもクリスとわたくしが結婚して……子供を作って……そしたらちょっと、うん、その……おかしいじゃん……」
思わず恥ずかしくなってしまって口籠るわたくしだが、なんだろう……クリスとのことを考えたらどうも冷静になれない自分がいるんだよな。
あの時クリスが迫ってきて、彼の指がわたくしの肌に触れた瞬間全身が痺れるような感覚を覚えた……普段だったら絶対にあんな感覚にはならないし、心臓がドキドキして冷静になれない自分がそこにはいた。
そして……彼が何もせずに離れた時、ちょっとだけムカッとしたのはなんでだろうか? 何もしないのかよ! って思ってしまった。
この世界に来て、もうそろそろ一六年になる……二回の人生の中でそういうことがなかったのもあるけど、わたくしはこの世界で生きていくのに今後どうすればいいのだろうか?
「……勇者だった前世の方が全然気楽だったな……やだなあ貴族令嬢って」
_(:3 」∠)_ 暴力の悪魔の戦闘力については更新をお待ちくださいw
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