第七〇話 シャルロッタ 一五歳 暴力の悪魔 〇一
——学園と王都を震撼させた未曾有のテロ事件から一月後……紋章もつけていない小さな馬車が邸宅の前に止まっている。
「行ってちょうだい、領地に帰るわ」
プリムローズは少し腫れぼったい眼を見せないように、扇で顔を隠しながら馬車へと乗り込む。
乗り込んだ馬車はホワイトスネイク侯爵家が所有する馬車だが、一連の不祥事から家紋を取り外して偽装を施してあり、ぱっと見はどの貴族家のものか判らないような工作を施してある。
彼女が乗り込み扉が閉められるとゆっくりと馬車は邸宅を出発し、王都の外へと移動していく。
「……大丈夫でしたか?」
「腫れ物を見るような眼で見られましたわ……少々堪えますわね」
目の前に座る侍女、いや侍女風の格好をしたクリストフェルの侍従であるマリアンがそこには座っている……クリストフェルが気を利かせてプリムローズの安全を守るために彼女を同行させたのだ。
それに……マリアンとプリムローズはクリストフェルを通じて旧知であり、彼が妹のように可愛がっているプリムローズに何かをするたびに、マリアンを介していたため二人はお互いを身分は違えど知己であり、友人未満知人以上というとても微妙な間柄だった。
「……今回殿下に危害を加えたプリム様を私は許す気はありません」
「そうでしょうね……ごめんなさいマリアン……私が至らぬばっかりに貴女にも危害を加えてしまって……」
プリムローズは本当に申し訳なさそうに頭を下げる……その姿勢にマリアンは少し驚いた。
以前の彼女であればマリアンの言葉に露骨に嫌な表情を浮かべただろうし、マリアンも彼女の性格を加味して言葉を選んで話すことが多かった。
知人とはいえ貴族と侍従……身分差はもあってお互い歯に絹を着せたようなやりとりが多かったのだが……何か心境の変化があったのかプリムローズは少し吹っ切れたような表情で微笑むと、窓の外を見ながら深くため息をついた。
「辺境の翡翠姫にしてやられましたわ……」
「シャルロッタ様がですか?」
「……内容は言えませんが……あの方に負けたくないって……私、領地に戻ったら心を入れ替えて、一からやり直します」
窓の外、流れていく王都の風景を見ながら少しだけ嬉しそうに微笑むプリムローズを見て、マリアンは少し意外なものを見た、という表情を浮かべる。
学園でシャルロッタと何かを話していたようだが、そこで何かを感じ取ったのだろう、以前の自信に満ち溢れ多少傲慢さを感じる性格だったプリムローズの横顔は今まで見たどの彼女の顔よりも美しく輝いている、とマリアンは感じた。
プリムローズは嬉しそうに窓の外を見て微笑むと、彼女だけにしか聞こえない声でそっと呟いた。
「見てなさい辺境の翡翠姫……うかうかしてたら私がクリスを奪い取ってやるのですから……」
——とある廃城の広間にポツリ、ポツリと魔導ランプの灯りが灯っていく……その先には一人の女性が広間の奥を見つめて立っていた。
「うふふ……五〇年ぶりかしらね……」
その女性の姿は異様だった……長く美しい黒髪を垂らし、赤く輝く瞳に口元にはチラチラと紫色の舌が覗き、恐ろしくグラマラスな肉体ははち切れんばかりに押し込められた不気味な色合いの革鎧の下へと押し込められている。
白く陶磁器のように滑らかな肌は一見人間のようにも見えるだろう……だがまるで作り物のように整いすぎたきめ細やかな肌や左右が完璧な比率で整っている。
何より彼女の雰囲気は普通の生物が発するようなモノではない……怪しく淫らで、そして不気味すぎた。
「欲する者か、お前が一番乗りとはな」
「随分な言いようね使役する者、相変わらず醜い顔だこと」
欲する者と呼ばれた女性は、暗闇から姿を現した不気味な姿をした白いローブの男へと微笑を返す……その使役する者と呼ばれた男は一目見て人間ではないとわかる姿をしている。
頭が三叉の矛のように三つの柱によって構成されており、その柱には無数に存在する黄金の眼球がぎょろぎょろと欲する者を見ている。
三つに分かれた頭が交差する場所に申し訳程度に口がついており、声はそこから発せられる……冒涜的な姿に普通の人間であれば耐えられないであろう姿だが、欲する者は笑みを浮かべたまま彼を見上げている。
身長は二メートルを超え、大男の部類に入るがローブの裾から見える四肢は驚くほど細く、まるで不死者のように青白く生気の無い色をしているのだ。
「醜いのはお互い様だ、ワシにはお前が醜く見えるぞ、なんだその作ったような笑顔は」
「あらあ……それは見解の相違ってやつね、だけど許してあげる」
欲する者は笑い、そして使役する者はハッ! と吐き捨てるような反応を見せるが何かの気配を感じ取ったのだろう……同時に暗闇へと目を向ける。
そこにはでっぷりと肥満した腹を太い指でボリボリと掻き、ヒキガエルにも見える無数のイボを持った顔の生物が姿を表す。
「おや……早いですな」
「知恵ある者……相変わらず本当に醜いですわね」
カエルのような顔の生物……知恵ある者はまるで知性を感じさせないような濁った瞳で二人にニタリと微笑む。
これで三人……人でもなく、この世のものとも思えない不気味な姿をした怪物たちは誰に言われるまでもなく広間の奥へと歩いていく。
だが使役する者の目がギョロギョロと蠢き、陰から姿を表す異形の姿を捉えると全員が一度立ち止まる。
「這い寄る者……久しいな」
這い寄る者と呼ばれた生物……漆黒の外皮と複数の脚、直立する人間大サイズの蜚蠊にしか見えない不気味な生物がカサカサと耳障りな音を立てて彼らの前へと姿を表す。
声帯機能が無いのか顎と口元にある幾つかの器官を使って、まるで意味のわからない摩擦音を上げるが、使役する者がふん、と鼻息を荒くする。
「何が「お久しぶりです古老、ご機嫌いかがですか?」だ、お前の外見でそこまで丁寧に言われると虫唾が走るわ」
「久しぶりだな皆息災か?」
ズシン、とさらに奥から重量のある足音が響く……灯に照らされて姿を現したのは全身の皮膚が緑色に変色した醜悪な外見とあちこちが瘤と傷だらけの肉体と、巨大な口元と下顎から突き出す鋭い牙を持った三メートルほどの大きさの巨人だった。
その巨人を見あげて欲する者が軽く手を振ってから笑顔を浮かべる。
「あら、打ち砕く者まで来てるの? これで全員集まったんじゃない?」
「……そうだな、まさか全員集められるとは思っても見なかった」
打ち砕く者と呼ばれた巨人は元々異形の姿をした生物たちが向かっていた方向へと顔を向ける……そこにはいつの間にか玉座のようなものが出現しており、その上には一人の男性が座っている。
それは黒色のローブに身を包む大柄な人物で、鳥を模した仮面を被った無機質な赤い目を輝かせる怪人……闇征く者その人だった。
一斉に生物たちは膝をついて彼に向かって頭を下げる……闇征く者は赤い眼を輝かせながら彼らに向かって話しかけた。
「訓戒者達よ、久しいな元気そうで何より……」
「筆頭殿もお元気そうですなぁ、何かございましたか?」
知恵ある者がニタニタと口元を歪めて笑うが、その笑みを見てフン、と軽く鼻を鳴らすと闇征く者は手を振って皆に立ち上がるように促す。
それに合わせて訓戒者達が立ち上がり、筆頭が何を喋るのかじっと玉座の男を見つめている。
この広間で最も上席に位置するのは玉座に座る闇征く者……彼の言葉は神にも等しい権力を持ち合わせている。
「勇者……いやそれに準ずる何かが出現した」
その言葉に訓戒者達がお互いの顔を見合わせる。
勇者……一〇〇〇年前に魔王を滅ぼした存在、だが混沌の気まぐれにより勇者スコットは不死者となり、以降長らく勇者の登場はなされなかった。
それ故に彼らのような混沌神の下僕達はこの世界のどこかで、日々自らの策謀を巡らせたのだから。
使役する者が闇征く者へと問いかける。
「勇者は時空の狭間で隠遁していた……のでは?」
「先日何者かとの接触後滅びた。どうやら同格のものが現れたようでな……」
その言葉に彼らは驚いたような表情を浮かべる……勇者と同格? それは混沌神の下僕にとって悪夢のような存在、世界の癌である彼らにとって勇者は不倶戴天の敵であり、倒すべき共通の敵。
だが勇者の生まれ変わり、能力の継承が行われないよう勇者を不死者にしたことで、この一〇〇〇年は彼らにとって住みやすい世界がもたらされてきたはずだった。
「それは何者ですかな? 予言にあった王子ですかな?」
「私の予想では、イングウェイ王国インテリペリ辺境伯家令嬢……シャルロッタ・インテリペリが勇者と同格と考える、現に今まで三体の悪魔が滅ぼされ、うち一体は第三階位に進化したが倒された」
再び訓戒者達が口々に否定や肯定、疑問などを発していく……第三階位の悪魔はこの世界の人間では倒すことが難しい。
それこそ勇者でなくては……と騒がしくなる玉座の間の中で、知恵ある者がニタニタと笑みを浮かべながら筆頭へと語りかけた。
「……我らの目の前で再びそれを確認したいですな……暴力の悪魔を派遣することを提案いたします」
_(:3 」∠)_ さあ、新キャラ! 敵キャラ増やしますよ……しかも悪魔レベルじゃなくてちゃんとした幹部w
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