第六八話 シャルロッタ 一五歳 肉欲の悪魔 〇八
「で、僕との婚約を辞めたいって言ったらしいね? どういうこと?」
クリスの部屋に入ってお茶が用意され、ヴィクターさんとマリアンさんが部屋の外へと退室した後、彼は開口一番いきなり質問してきた。
先日の事件の後、関係者の一部を集めてそこで今回の事件について調査結果が報告された。
プリムローズ嬢がクリスに対する恋心を持っており、その恋心を言い出せないまま婚約者がわたくしに決まってしまった。
一度は諦めようとしたようだが、それでも婚約者の座を奪われたと心に傷を負っていた彼女は悪魔の誘惑に惑わされて契約してしまい凶行に及んだ。
悪魔は何らかの形で滅ぼされプリムローズは助かり、学生にもほとんど被害がなかったものの、彼女は学園を追放され領地へと戻って静養する事が決まっている……という話を聞いた。
「わ、わたくし……このままクリスの婚約者を続けるのが良くないのではないかと思って……プリムローズ様がクリスのことをお慕いしているのであれば代わることもやぶさかではない……」
「ねえ? シャル……ちょっと真面目な話しようか?」
「ぴっ」
いきなりクリスが立ち上がるとわたくしの顔を見つめつつ、椅子の背に自分の手をドン! と突く。
え? これって壁ドンみたいなやつ? 椅子ドンだけどさ……クリスはものすごく真面目な顔をしてわたくしの眼前までじっと目を見つめながら顔を近づけてくる。
近い近い近い近い! わたくしはイケメンがじわじわと迫ってくる光景と、明らかにクリスが怒っていることに気がついて目を見開いたまま動けなくなる。
顔が熱い、いくら前世が男性だったとはいえもう一五年以上女性をやっているんだ、わたくしだって多少心境の変化とか、恥じらいとかイケメン見て目の保養や〜とか言いたい気持ちが芽生えている。
「なんで君は僕を見てくれないの? 僕はずっと君を見ているのに」
「え? な、何で急にこんな……」
「僕は君のことが大好きだよシャル、愛している」
「ひっ……わ、わた……」
だめだ、恥ずかしさでわたくしの顔は真っ赤に染まっている……口元が震えて声が出ない、心臓は恐ろしいほどバクバクと鼓動を早めており、わたくしは息が詰まりそうな気分になって思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。
クリスはわたくしの頬にそっと指を這わせる……指先が触れるたびにゾクゾクとした感触に見舞われ思わず顔を逸らしたくなるが、まるで自分だけを見ろと言わんばかりにクリスはわたくしの顎に手を添えてゆっくりと顔を近づけてくる。
「シャル……僕のシャル……君のこの可愛い唇も、目も僕のものだ……」
「ク……クリス……わ、わたくし……初め……こんな場所じゃ……その……」
ああ、もうダメ……わたくしもうこのイケメンに迫られて今まで全く経験のない夜の営みを経験するんだわ……男性として経験がないのに、女性として経験するなんて、ああ、もうわたくしどうなっちゃうんだろう。
男性と違って女性の体で感じる快感は一〇倍以上と言われているのに、わたくしの精神は男性である以上……わたくし頭がパーになるんじゃないのか? とそこ知れぬ恐怖を感じて思わず目を閉じてしまう。
だが近づいてきたクリスの顔はわたくしの頬に軽く口付けをすると、耳元にフウッと息を吹きかけてきた……それだけで思わず体が跳ねそうになるが、そのままクリスの甘い香りが鼻腔にふわりと香る。
めちゃくちゃいい匂いしてやがるッ! 何だこのイケメン王子……わたくしはもうこれ以上抵抗しきれないと判断して目を閉じる、だが彼はそのままわたくしの耳元でそっと囁いた。
「ねえ? シャル……君僕のいうこと聞かずに邸宅戻らなかったろ、どこに行ってたの?」
「……は、初めてがこんな場所……って……え?」
彼の言葉にポカンとして思わず呆けた顔をしてしまったが、クリスはそっとわたくしの頬に手を添えたままニコリと笑う。
んー? 彼が言っているのは邸宅に戻れって言われたあとわたくしは婚約者の元に戻るんだと話をして、ユルと共に学園へと戻った……クリスの元にユルを送りわたくしはオルインピアーダが潜んでいると思われる学園の地下へと向かった。
ユルはわたくしの命令を受け入れてクリスを護り……安全が確保されたと判断した後はちゃんとわたくしの元へと戻ってきた。とはいえ体力を消耗していたわたくしを見て相当に後悔していたが……。
「ユルを僕の元へと送ったね? 契約している魔獣が契約者の元を離れる……そんなことは普通ありえない」
「え? あれ?」
「君の邸宅から学園までそれなりの距離があるよね? 契約している魔獣がそんな距離離れられるかなあ?」
「えっと、その……」
「いいんだよ? 結果的には僕だけじゃなくプリムも助かったし……でもさ、シャルが戻らなかったって証言も聞いているんだよね。シャル……僕の大好きなシャルはどこにいたのかな?」
恐る恐るクリスの顔を見ると笑顔なんだけど……明らかにいうことを聞かなかったわたくしに対しての怒りを感じる目をしていた。
あれ? わたくしもしかしてめちゃくちゃ怪しまれている? 確かに御者さんには学園に戻るって言ったけど……実際戻ってやったことはオルインピアーダとの戦闘に出向いている。
そしてクリスが言う通り契約している魔獣や幻獣は契約者から遠く離れて行動することは難しい……これは縛りに近いもので契約者と魔獣の能力差にもよるけど、普通は離れられてもせいぜい数百メートル程度だ。
「た、確かに学園に戻るって言いましたが、実際には怖くて戻れなくて……ユルだけ行ってもらって……」
「へえ……じゃあ学園を包囲していた部隊はどうしたのかな? 誰も君を見てないって言ってたけど……」
「そ、それはその……見つからないように頑張ってですね……」
「どうして貴族令嬢の君がそんな技術を持っているんだい?」
「ユ、ユルが隠してくれて……その魔法です、そうです魔法なんですこれは!」
苦しい、これは苦しい……焦りと先程までの動揺が合わさってわたくしは完全にしどろもどろになりながら支離滅裂な言い訳を始める……クリスが藍色の目をじっとわたくしに向けたままでさらに気恥ずかしくなって頬が熱くなる。
なんだわたくし前世で世界を救ったとか豪語しておいて、目の前の男性に動揺させられたらこんなにダメなのか……と心の奥底にある冷静な自分が失笑しているような気持ちにもなるが、今ここでわたくしがこの世界でも恐るべき戦闘能力を保有している人間なのだ、と知られたくない一心で必死に身振り手振りを交えて取り繕う。
「ク、クリスのことが心配なのは本当です、だからユルを何とか護衛に送りたくて……いや、ユルなら一回くらい殴られても大丈夫って……」
「……わかった、シャルを信じるよ」
「だからわたくしが悪いわけじゃなくてそう、ユルが……ふぇ?」
ニコリと笑うとクリスは優しくわたくしを引き寄せて、そっと抱きしめてきた。
あまりに突然のことだったので抵抗もできずわたくしは彼にされるがままになって彼の腕の中に収まっている……あれ? なんで今わたくしクリスに抱きしめられているの?
ほのかに暖かさを感じてそれまで動揺していたわたくしの心臓が次第に落ち着いてくるのがわかった……そして冷静になり始めてわたくしは気がついたが、クリスの腕はほんの少しだけ震えていた。
彼はわたくしが危ない場所に行ったことを怒っている……? 胸が強く締め付けられるような気持ちになってわたくしは戸惑いながらもクリスの抱擁にホッとした気分になって彼の抱擁を受け入れた。
「……シャル、危ないことはしないでくれ……君に何かがあったら、僕は……」
「……仲直りはできました?」
椅子に座って少しブスッとした表情を浮かべるクリストフェルに、マリアンが彼の前に置かれたカップに紅茶を注ぎながら話しかけると、彼は大きくため息をついてから軽く髪を掻いた。
辺境の翡翠姫は先ほど少し赤い顔のまま部屋を出て行った……恥ずかしそうな表情で、マリアン達の顔を見ずに顔を伏せながら小走りに走って行ったのでまあ殿下が何かしたんだろうな、と予想はしていた。
だが嫉妬心を感じるよりも先に、あの美貌の令嬢もあのような表情を見せるのだなと感心してしまったのが事実だ。
「……ちょっとだけ小言を言ってから、抱きしめただけだよ」
「そうですか」
「やましいことは何もしていないよ」
「……そうですか」
「……僕の婚約者は、何か隠しているってのはわかっている。でも……無理やり暴くのはちょっと違うなって思った」
クリストフェルの表情はひどく落ち込んだ時のように遠くを見つめるような仕草だ……昔から彼はこういう物憂げな表情を浮かべる時がある。
落ち込んだ時に見せる表情だな、と幼少期から付き合いのあるマリアンは主人の表情を片目で盗見ながら思った。
シャルロッタ嬢は確実にあの場所に、学園にいた、と言うのはクリストフェルだけでなくマリアン、ヴィクターは感じている……ユル、幻獣ガルムがあの場所にいたことがその証拠。
だが、そこで何をしていたのかは誰にもわからない……本当は悪魔をプリムローズへと差し向けたのが彼女かも知れないと考えてしまう自分が嫌なのだろう。
「もし黒幕が彼女だったとして……ちょっと揺さぶったら動揺するような娘が悪魔なんか使役できるか……老人どもめ、面倒な揉め事起こしやがって……」
_(:3 」∠)_ 実況「あーっと! これはえっちですか?」 解説「これは行きますよ!」 クリス「……しないってば……」
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