第五七話 シャルロッタ・インテリペリ 一五歳 二七
「ど、どういうことですか? 俺たちが……?」
「どうしたもこうしたも……ビヘイビアの大暴走を押し留めた英雄、皆さんの功績ですよ!」
翌日冒険者組合に顔を出したエルネット達を待っていたのは、受付嬢だけでなく周りの冒険者達から向けられる尊敬と感謝の眼差しだった。
顔を出した彼らはビヘイビアの暴走とあの銀髪の少女のことを報告しようとしたのだが……冒険者組合にはすでにビヘイビアの大暴走、および迷宮核の沈静化を行なったのは彼らだ、という報告がされていたのだ。
「お、俺たちは溢れる魔物を押し留めるのが精一杯で……迷宮核の沈静化は……」
「いやー、さすが「赤竜の息吹」ですね! この功績で金級冒険者に昇格できると思いますよ!」
「え? い、いや本当に俺たちじゃ……!」
「いやいや、謙遜しなくていいんですよ。銀級ともなると控えめになるんですね、くーぅ……かっけー!」
一人で盛り上がる受付嬢の前で呆然とした表情を浮かべるエルネットやその仲間達……周りの冒険者達も口々に彼らへの感謝の言葉をあげて盛り上がっているが、当の本人達は狐につままれたかのような表情で困り果てている。
そうだ、自分たちの手柄ではない本当に賞賛されるのはあの少女の……エルネットが口を開こうとしたその瞬間、奥の部屋から冒険者組合王都本部のギルドマスターであるアイリーン・セパルトゥラが姿を現した。
「おや? 赤竜の……ちょうどよかった、お前さん達に話があるんだ」
「ギルドマスター……」
アイリーンは貴族出身のギルドマスターであり、イングウェイ王国でも屈指の名門貴族であるセパルトゥラ公爵家の令嬢でもある特異な存在だ。
名門貴族出身でありながら荒くれ者と互角に渡り合う胆力を持ち、若い頃には冒険者として名を馳せ、金級冒険者にまでのし上がった存在だ。
とある依頼にて大怪我を負った彼女は現役を引退することを余儀なくされその能力を惜しんだ国王からたっての依頼でギルドマスターへと推薦され現在まで王都支部を堅実に運営してきている女傑でもある。
赤色の髪ときつめの外見と現役時代の愛用した武器の名を取って「血まみれ戦斧」と恐れられている。
「実はお前ら宛に招待状が届いてるんだよ、詳しく話してから渡したいしアタシの部屋まで来てくれないか?」
「お、俺たちにですか?」
「もしかして……叙勲とかですかね?! きゃーっ! 歴史的な瞬間に立ち会っているのかもっ!」
興奮してぴょんぴょん跳ねている受付嬢を尻目に、「赤竜の息吹」のメンバーの顔は冴えない……今まで彼ら相手に招待状を送ってくるような貴族はほとんどおらず、いたとしても彼らに取っては少々堅苦しいばに呼び出され、まるで珍獣のように扱われることも少なくなかったからだ。
エルネットはふとインテリペリ辺境伯の貴族達は違っていたな……と懐かしい記憶を思い出し、そしてあの銀髪の少女辺境の翡翠姫の屈託のない笑顔が脳裏によぎる。
「招待状ってことは貴族様ですよね?」
「ああ、ただここでは名前が出せない。だからアタシの部屋で話すよ」
リリーナが訝しがるような表情を浮かべて尋ねると、アイリーンが表情を変えずに頷く。
彼女との付き合いも長い……インテリペリ辺境伯領で名声を得た「赤竜の息吹」が王都に移動した後、アイリーンは名声に踊らされることなく一人の先輩冒険者兼頼れるギルドマスターとして彼らを扱ってくれた。
その助けがなければ彼らは王都という場所でここまで出世できたかどうかわからない……仲間が不安そうに見つめるなか、エルネットは少し表情を崩してアイリーンへと答える。
「アイリーンさんが言うなら俺たちは従いますよ、お部屋で聞かせてください」
「……とまあ「赤竜の息吹」がビヘイビアの暴走を止めた、と言うことになっている。報告者は匿名だがお前らの功績に報いてほしい、と」
愛用のパイプを使って紫煙を燻らせるアイリーンからことの次第を説明され、先ほど以上に困惑した表情を浮かべるエルネット達。
ビヘイビアの迷宮核暴走により大暴走寸前まで魔力が暴走した、そのことは冒険者組合でも認識していた。
討伐隊などを組織している最中、突然暴走がストップしビヘイビアはゆっくりと元の姿へと戻っていった……原因は不明、だが暴走には複数の魔力が関与していると疑われている。
「シビッラ……七〇〇年前からビヘイビアの最奥に潜むミノタウロスが証明している……暴走を止めたのはお前らだってな」
「……アイリーンさん……本当に俺たちじゃないんですよ……第一シビッラなんてあったこともない……」
エルネットが困ったようにアイリーンへと抗議するが、そんな彼らの顔を見て彼女も少し困惑気味に机の上に一枚の書状を差し出す。
その書状には塒を巻く巨竜をイメージした図柄が描かれており、赤竜の息吹は急に差し出されたその書状とアイリーンの顔を交互に見て不思議そうな表情を浮かべる。
アイリーンはふうっと煙を燻らせると本当に困ったようにガリガリと頭を掻くと口を開いた。
「これはな、インテリペリ辺境伯家の使いから届いた書状だ……アタシが貴族出身であることは知っているな?」
「は、はい……すげーいいところのお嬢さんだったっていってましたね」
「こんななりでもな、こいつは捻れた巨竜……インテリペリ辺境伯家の紋章、差出人は辺境の翡翠姫だ」
「え?」
「辺境の翡翠姫がお前達を邸宅に招いている、彼女の護衛についている幻獣ガルムがお前達の功績によりビヘイビアにて窮地を脱した、お礼をしたいとのことだ」
赤竜の息吹のメンバーはわけがわからないという表情を浮かべ、エルネットは少し顎に手を当てて考えるような仕草をするが、一つだけ心当たりを思い出した。
冒険者ロッテはシャドウウルフを使役する……冒険者組合の受付嬢が楽しそうに話していた。あんなに華奢な少女が強力な魔獣を使役している、それは珍しいことなんだと話していた。
そこまで考えてエルネットの中で一つの仮説が実を結んだ……ロッテ……シャルロッタ……銀髪、魔獣を使役……彼が完全に固まった表情を浮かべたことに気がついたアイリーンは軽く苦笑いを浮かべる。
「インテリペリ家ご自慢の辺境の翡翠姫、その身辺には幻獣ガルムが護衛となっている……王家により管理された情報だけど、高位貴族の一部には公然の秘密として知られている」
「き、貴族令嬢が幻獣ガルムと契約ですと!? もしそれが本当なのだとしたら英雄ではないですか……」
アイリーンの言葉にデヴィットがあんぐりと口を開けて驚く……幻獣ガルムを使役する、そんな存在は長い間存在していない。
ただの貴族令嬢が幻獣と契約することなど不可能だ。
可能なのだとしたら宮廷魔法師であるホワイトスネイク侯爵家、その娘で天才魔法使いの素養があると言われるプリムローズ・ホワイトスネイクにしか可能性がないだろう。
そんな驚く仲間の横でエルネットは何かに思い当たったのか、目を見開いてぶつぶつと何かを呟く。
「国民には大っぴらに流布されていないがね。エルネットには心当たりがありそうだから、多分アンタには理解できたんだろうね」
「いやいやガルムなんて……第一シャドウウルフだって……そんな、あんな小さな少女が……何で冒険者なんか……」
「冒険者の素性なんて詮索しない、それが不文律だよ? アタシはそこまで話していないし気にもしない、気にするとそのうち首が飛ぶこともあるからね、口にしないほうが身のためさ」
アイリーンは手元のパイプに再び火を付け直すと、仕事は終わったとばかりに煙を燻らせる……おそらく彼女はある程度状況を理解した上でこの話を彼らにしたのだろう。
おそらく「赤竜の息吹」であればこの話を外には漏らさないと考えた上で、信頼の上で成り立つ危ない橋を渡っている。
セパルトゥラ公爵家は王国内でも随一の名家に数えられるが、昨今勃発している第一王子派と第二王子派の貴族の諍い等には参加せず、状況を静観していることでも有名だ。
「なあエルネット……最近この国では少しきな臭い噂が流れ始めている、王子達の派閥争いが激化してきてどうもこの先良くないことが起きる気がするんだ」
「は、はい……直接的な争いになっていないとは聞いていますが、そんなにまずいんですか?」
「良くないね、第二王子が数年前に病を克服してから一気に支持者が増えてきていてね……第一王子が次期王となるのが既定路線だったんだけど、どうも様子がおかしい」
「冒険者の活動に影響が出ないならどうでもいいかと思ってたんですけど……」
「アタシは第一王子があんまり好みじゃないんだ、あの王子様どうも身辺にいる貴族がおかしな連中ばかりで……第二王子クリストフェル様は見事な人物なんだけどね……なので辺境の翡翠姫を通じてコンタクトをとっておきたい」
つまりアイリーンは第二王子の婚約者であるシャルロッタ・インテリペリを通じて第二王子派に接近したいと考えているということだ。
その交渉も含めて、エルネット達に渡りをつけてほしいという依頼のようにも聞こえる。
冒険者組合が中立ではなくて良いのか、という気もしなくもないが権力者との関係性によって中立組織である彼らが影響を受けることをアイリーンは非常に嫌がっている。
おそらく第一王子派にもある程度接近する人材を選別し、すでに接触は行なっているのだろう……今回辺境の翡翠姫から書状がきたことはアイリーンとって思いがけない幸運となっているのだ。
エルネットは少し考えた後、苦笑を浮かべてから軽く頷く。
「……断れそうにありませんね、承知です。辺境の翡翠姫に会うとしましょう……」
_(:3 」∠)_ 貴族だけどギルドマスターになるってのは、結構な閑職扱いでもいいかもしれません。(変わり者扱い)
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