第五四話 シャルロッタ・インテリペリ 一五歳 二四
「な、何これ……暴走っていうより爆発するんじゃないの?」
思わず声を出してしまったが、核のある部屋に入った瞬間に濃密な魔力が溢れんばかりに膨れ上がっている状況に思わず息を呑む。
少し息苦しいくらいに部屋の中央に不可思議な色合いをしている巨大な球体が浮かんでおり、濁流のように内部から外に向かって魔力が流れ出ているのがわかる。
本来の目的で使用されていないことで核自体が制御不可能に近い状態にまでに、内部に溜め込んだ魔力を吹き出させているのだ。
「まずいですね……これは……」
ユルですら絶句するレベルの魔力の奔流……ビリビリと肌を刺激するレベルになっているのは完全に暴走している状態に近く、今にも爆発してしまいそうなくらいに膨張と収縮を繰り返している。
こんな状態になった核を見たことがない……これは大暴走どころかこの迷宮そのものの危機なのではないか? と思える。
この状況だとわたくしが考えていた目的など二の次だ、そんなことをする前にまずは沈静化をしなければ、さらなる負荷がかかった核にトドメを刺しかねないからだ。
「とにかく止めなきゃ……このままだと周囲一帯ごと吹き飛ぶわよ」
「しかしこれはどうすれば……」
ユルですら困惑するようなレベルの暴走状態だ……当然ながら前世の記憶の中にも暴走した核を修復するなんて経験しているようなわけでもない。
わたくしは核の前に立つと、表面に軽く手をかざしてみるがバチンッ! という弾けるような音を立ててわたくしの手が核の表面から弾き飛ばされる。
わたくしの体の表面には魔法による防御結界が張られており、この程度の衝撃であればダメージを受けるようなことはないのだけど、かなり強い衝撃を受けてわたくしは改めて驚く。
そしてその衝撃と魔力の流れからわたくしは核内部ではなく、外部より無理やりに魔力が流し込まれているその異常に気がつきユルへと声をかけた。
「外から膨大な魔力が流し込まれている……それを切断しないことには……」
「ご明察、よく魔法の勉強をしていますね……」
背後から声をかけられてわたくしが振り向くと部屋の陰になった部分、どす黒い影の中からずるりと一人の女性が染み出すように出現する。
紫色の艶やかな髪の毛を長く垂らし、その頭には奇妙に捻れた角が二本生えた明らかに人間ではない不気味な姿、そして艶かしく豊満な肢体に、金色に輝く美しい眼をしたその姿、わたくしの記憶にもある肉欲の悪魔そのものの姿をした不気味な悪魔が現れる。
「肉欲の悪魔……」
「私は肉欲の悪魔オルインピアーダ……契約者の願望を叶える道具の一つ……そして快楽を与えるもの」
「……答えなさい、誰の魔力をここに接続しているの?」
「貴女もよくご存知の方よ……プリムローズ・ホワイトスネイクの莫大な魔力をこの核へと誘導していますわ」
そう答えた後、オルインピアーダはほんの少し表情を歪める……こういう時は悪魔が持つ『縛り』が役に立つな、サルヨバドスもそうだったが悪魔は質問に嘘を返せない。
割と正直に答える姿は間が抜けているようにも思えるが、この縛りを理解せずに悪魔との交渉に臨むと大変なことになるからだ。
質問に対して嘘はつけない……でも質問のやり方を間違えると悪魔は嘘をつき放題になってしまう、前世でも割と酷い目に遭っているからな。
「そりゃどうも、無理やり魔力を引っ張るというならハブになっている触媒を滅ぼせばいいわけね」
「……触媒はこれですよ、辺境の翡翠姫……でも貴女にこれが破壊できますかね?」
自慢げにオルインピアーダは胸元を開くと、光を放つ赤い宝石がそこには埋め込まれている……確かにあの宝石には莫大な量の魔力が集中しているのがわかる。
そしてオルインピアーダはニヤリと笑って周囲に強固な魔法による結界を張り巡らせる……そりゃ自らを守りに入るわな、わたくしは思わず視線を誘導された、ということに気がついて表情を歪める。
「やってくれるわ……」
「先ほどのお返しです……どうやら貴女は悪魔との交渉に慣れている模様」
歪んだ笑みを浮かべるオルインピアーダと対峙しつつわたくしは剣を抜き放つ……不滅の刀身はぼんやりと光を放っており、目の前に立つ悪魔を危険と判断しているようだ。
確かに危険な存在だ……他者の魔力と自らの体を媒介として迷宮核へと集中させ暴走させる……だが違和感を感じる。
肉欲の悪魔はもっと享楽的かつ直接的な策謀を好む存在だ……大暴走を引き起こして虐殺をするような事件は、ワーボスやターベンディッシュの眷属が好むやり方なのだ。
わたくしの知識にある肉欲の悪魔との差異が何かおかしいと告げている……もしかしてこの悪魔はもっと別の何かが主人となっているのではないか? と。
「……質問、貴女の主人は誰?」
「……私の主人は言わなくてもわかりますよね? 博識なる辺境の翡翠姫よ」
オルインピアーダは質問に対して笑顔で答えるが、これはわたくしの質問の仕方が悪すぎた……当たり前だけど肉欲の悪魔の本来の主人は混沌神ノルザルツに決まっているからだ。
これ以上は質問が難しい……縛りによる制約において同系統の質問は時間を置かないと繰り返せない、オルインピアーダを操っている本当の黒幕はおそらく別にいるはずだが、それを問い糺すには時間がかかりすぎる。
わたくしは軽くため息をついてから剣を構える……もはやそれ以上を聞き出すよりも、この暴走した核をどうにかしなければいけない。
「これ以上は無駄ね、さっさと片付けるわよ……ユル、魔力で核を保護して」
「……承知、お気をつけを」
核へと駆け寄ったユルが全身にその魔力を込め始める……幻獣ガルムとして何年もわたくしの側に仕え、成長を続けてきたユルの能力は同じガルムの中でも高い能力を有するようになっている。
彼が大きく吠えると同時に彼の周囲に魔法による結界が張り巡らされ、一時的にではあるがその結界内に核へと流出する魔力が遮断されていく。
それと同時にオルインピアーダの表情が歪む……まさか年若いガルム如きにここまでの魔力封じが行える能力があるとは思っていなかったのだろう。
「この犬っころが……」
「貴女の相手はわたくしよ……シャルロッタ・インテリペリとしてお前を断罪して差し上げてよ」
わたくしが剣を構えると不滅の淡い警告の光が強くなったように思える……この世界に生きた勇者が携えた魔剣……目の前の悪魔、邪悪なる混沌の眷属を切り裂ける喜びを剣が感じ取っているからだろうか?
オルインピアーダは歪んだ表情のまま、口元から紫色の下を伸ばして軽く舌舐めずりすると両手の指先にまるで猛獣のような鋭い爪を出現させる。
「肉欲の悪魔が快楽だけ、という定説を覆しましょう」
次の瞬間咄嗟に防御姿勢をとったわたくしの剣に悪魔の鋭い一撃がのし掛かり甲高い音を立てる……ギリギリと魔剣の刃と悪魔の爪が擦れ合う音があたりに響く。
必殺に近い一撃を防御されたことに違和感を覚えたのかオルインピアーダの顔に多少困惑の色が浮かぶが、そりゃあの攻撃は普通の人間、しかもぱっと見令嬢にしか見えない女性が受け止めることなんかできないだろうしな。
「どうしたの? 定説を覆すのではなくて?」
「……ククッ! お前はやはり……あの方の言っていた……」
「あの方……?」
オルインピアーダはまるで歴戦の格闘家とも思えるくらいの速度で体を回転させると、やはり鋭く伸びた爪で凄まじい速度のコンパクトな蹴りを放ってくる。
なんだ? わたくしの記憶にある肉欲の悪魔と違って恐ろしく好戦的だな……その蹴りをわたくしは上体を逸らして回避すると、軽く後ろへとステップして距離を取るが、間髪を容れずに巨大な火球が視界に入ってくるのが見えた。
こんな至近距離で火球?! 驚きで一瞬硬直しそうになってしまうものの、わたくしの体が反射的に動いて不滅を振るうと、真っ二つに切り裂かれた火球がその場で爆発四散するが、わたくしの纏っている防御結界に阻まれて傷ひとつない姿で立っているのをみて、オルインピアーダが本当に楽しそうな笑顔で笑う。
「クハハハッ! 素晴らしい……これはプリムローズ如きでは太刀打ちできませんねえッ!」
_(:3 」∠)_ ついにオルインピアーダとの戦闘に……!
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