第五二話 シャルロッタ・インテリペリ 一五歳 二二
「次ッ! デヴィットムダ撃ちをするなよ!」
「当たり前だっ!」
剣を振るうエルネットのすぐそばを火線が通過し、彼に襲い掛かろうとしていたホブゴブリンの胸を貫く。
強力な魔法の一撃を受けたホブゴブリンは衝撃で吹き飛ばされ、すぐに動かなくなるがその死体を乗り越えて別のホブゴブリンが武器を片手にゆっくりと歩み寄ってくるのが見える。
現在赤竜の息吹のメンバーは凄まじい数のホブゴブリン、オーガ、ゴブリンに囲まれ必死になって通路を死守している……第六階層まで辿り着いた後、本格的に大暴走の兆候が発生し、彼らの記憶にないレベルで魔物が溢れかえっている現状を目の当たりにし、流石に手に負えないと判断して撤退している形だ。
「エルネット! もう矢がない……!」
リリーナの悲痛な声を聞いてエルネットは舌打ちをしながら迫り来る魔物を切り伏せ、血まみれになりながら必死に後退を続けている。
普通であればこの通路から溢れんばかりに魔物が出現するなどあり得ない話だ……救いがあるとすれば魔物の目は血走っていてまともな判断能力を喪失していると思われる部分。
つまり単純に前に出ているだけになるので、小細工などが行われていない、真っ直ぐに突進してくる魔物を対処することでなんとか後退できているような状況だ。
「ゴブリンなら狡賢く立ち回るはずなのにな、力押しもいいところだ」
エルネットが剣を振るいながら迫ってくる魔物達を切り伏せ、相手が逡巡した瞬間に一気に後退していく……そしてその行動に気がついた魔物達が追いかけてきて、というのを先ほどから何度も繰り返しているため、疲労が凄まじい。
握力も限界に近い、魔物の討伐では経験も深くそれなりに自信もあるがこういった平押しに近い攻撃では数の暴力が生きてくるのだ。
「エルネットまずいよ、この階層でこれだと上の階層はもっと……」
「ああ、だからと言って諦めるわけにはいかないだろう?」
盾を投げ捨てると剣を両手で持ち直し飛びかかってきたゴブリン数体を一気に切り伏せる……盾を持つ力すら惜しいと判断しての立ち回りである。
彼の斬撃が次々とゴブリンを切り伏せていく……技術の高さと、優れた状況判断能力による賜物だがそれでも避けきれない攻撃が彼の皮膚に傷を作っていき、次第に体力を奪われていく。
エルネットの横を火球が一気に通り過ぎ、切り伏せられたゴブリンの後方の空間に爆発を巻き起こす、デヴィットの魔法か! 軽く背後を見ると荒い息を吐きながら頼れる仲間がエルネットの顔を見て頷くのが見える。
「そろそろ打ち止めだ……こりゃあ覚悟しないとダメかもな……」
「銀級までしか到達できなかった「赤竜の息吹」、哀れ迷宮内の藻屑と消える……か、ひでえ人生だなおい」
爆発が収まった後、肉片が通路のあちこちへとへばり付くのが見えるが、それを乗り越え巨大な棍棒を手にしたオーガが歩み出で、エルネットたちへと咆哮する。
リリーナやエミリオも満身創痍だ……本当にここで終わりかもしれないな……とエルネットは冷たい汗がこめかみを流れ落ちるのを感じる。
ここで死ぬ? 俺たちが? エルネットの脳裏に昔の思い出が蘇っていく。
赤竜の息吹を結成したのは七年前……インテリペリ辺境伯領にある小さな街で生まれ育った友人達で構成されたパーティだ。
一般の冒険者達がそうであったように、彼らも地道な活動によって階級を上げていった苦労人の集まりでもある。
先ほどから切り倒し続けているゴブリンになす術もなく撤退を余儀なくされたこともあった、初めて見るオーガの凶悪さに思わず身がすくみ、先輩冒険者に叱りつけられたこともあるくらいだ。
彼らの転機となったのはインテリペリ辺境伯領における魔物退治、その中で村を襲撃してきた魔物の侵攻を押し留め討伐部隊の到着まで村を守り抜いたことで辺境伯から表彰されたことにある。
その功績を讃えられ彼らは王都へと移動し、そこで数多くの依頼を達成し銀級冒険者として認定されるに至ったのだ。
「なあ、あの時さ……辺境伯の娘も参加してたよな」
「あ? ああ……そういや後で聞いたけど、辺境の翡翠姫だっけ……綺麗な娘だったよね」
急にエルネットがリリーナに声をかけてきたことで、今やることか? と疑問に思いつつ即席の投石紐を使って、そこら辺の石を投げつけていた手を休め彼女はリーダーに反応する。
その時の記憶を思い出して懐かしそうな顔でふうっ……と息を吐いたエルネットは剣を眼前に立てて再び気合を入れ直す。
「あの時さ、俺親父の後を継いで騎士になりたいって思ってた……あんな綺麗な令嬢に仕えるカッコいい奴になりたいって思ってたんだよな……」
「……今そんな話を……」
「でも今は違うって知ってるよ、リリーナお前だけでも生きてくれ。ここは俺が食い止めるから……」
エルネットの言葉に、リリーナが目を見開いて表情を歪める、それは自分が盾になるという決意表明だ。
昔から不器用で、まっすぐな人柄だったエルネットだが騎士になるという夢は叶わなかった……冒険者になったのも見習いの試験に落ちてしまったからだ。
そんな彼を励まそうとこのパーティは当初結成された……まあエルネットはそんな理由は聞かされていないのだけど。
言葉をかけようとして手を伸ばそうとした次の瞬間、どこかで聞いたことがある女性の声が真後ろから響いた。
「……その心意気やよし、あなたの心は騎士にも負けず劣らず……立派です」
——わたくしはエルネットさん達赤竜の息吹が危機に陥り、彼が最後の突撃を敢行しようとしている場面に出会し、思わず声をかけてしまった……いや、ここで彼らが死ぬこともないだろう? という考えのもとでだ。
リリーナさんたちが驚いた顔で振り向く……わたくしはすでにフードを上げ素顔を見せているが、彼らの目に混乱とどうしてこんな場所に女性がいるのか? という疑問が浮かび上がっている。
わたくしは普段は決して見せない貴族令嬢として、子供の頃から叩き込まれている「人を統べるもの」として堂々たる声色と姿勢を持って宣言する。
「下がりなさい、それと退路は確保してありますわ……ここからはわたくしにお任せなさい」
「あ、あんた危ないよ!」
傷だらけのリリーナさんがわたくしに声をかけて来たけど、ニコリと笑って彼女の横を通り過ぎる……わたくしの顔を見たエルネットさんが、驚いたような表情になっているがそれに構わず彼の横を通り過ぎ威嚇を続けているオーガに向かって無詠唱で破滅の炎を叩きつけると、巨大な魔物の肉体が一瞬で蒸発する。
すぐにわたくしの影からユルが飛び出し、目の前の通路へと飛び込んでいくと魔物の悲鳴と唸り声と……そして凄まじい斬撃や魔法の爆発音が響いていく。
まあ、任せちゃおうかなとわたくしが軽く髪を撫で付けていると、エルネットさんが本当に訳がわからないという表情を浮かべてわたくしへと話しかけてきた。
「あ、あの……あなたは……その格好はロッテちゃん? いや……」
「もう傷だらけですよ、先ほども申しましたが退路は確保してあります、迷宮から脱出してください」
優しく微笑むわたくしを見て、何かを言いたげな表情を浮かべたエルネットさんだが仲間の様子を見て、これ以上は時間が使えないと判断したのか剣を仕舞うとすぐにリリーナさん達の元へと走っていく。
ユルが撃ち漏らしたらしいゴブリンが通路へと侵入してくるが、わたくしは抜く手も見せずにそのゴブリンを一刀の元に斬って捨てる。
「あ、ありがとう……貴女も気をつけて……」
「無事に戻ったら少しお話ししましょう、それまで何も言わないでください」
デヴィットさんに肩を貸したエルネットさんが軽く頭を下げた後リリーナさんと、エミリオさん達も足を引き摺りながら後退していく。
まあ、事情を話すしかないな……フードを上げたのは冒険者ロッテが割って入ったところで、彼らはいうことを聞かなかっただろうから……貴族令嬢シャルロッタとしての威厳を見せる必要があったからだ。
ついでに思い出したけど……結構前に魔物の討伐と村の護衛任務で功績を上げた冒険者達がいた、そのリーダーはまだ歳若かったエルネットさん本人、そして赤竜の息吹のメンバーだったな。
式典に参加してわたくしを見ると顔を赤らめて恥ずかしそうに頭を下げてきたが、そういやそんなこともあったなーくらいでわたくしはすっかり記憶からその出来事が抜けていたわけで……なんか申し訳ないなという気持ちでいっぱいになってしまっている。
魔物の悲鳴と、ユルの唸り声そして戦いの喧騒が次第に収まるのを聞いてわたくしはゆっくりと前進していく……この大暴走は明らかに人為的に起こされたものだ。
普通はもっと緩やかな段階を経て起こる事象であるにもかかわらず、急激に魔力を高めたことで制御不能に近い状況が作り出されている。
なぜこんなことをしたのかは不明だが、まずは迷宮核の暴走状態を止めないことにはわたくしの目的は達成できない。
「ったく……めんどくさい状況を次から次へと……誰よバカみたいなことするの……」
_(:3 」∠)_ 一応貴族令嬢っぽいところ見せとかんといかんやん?
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