第四八話 シャルロッタ・インテリペリ 一五歳 一八
「シャル……僕の大事な婚約者、そして僕の愛する女性、こっちへおいで」
「殿……あ、っとクリス様、お呼びいただき感謝いたしますわ」
ソファに座って満面の笑みを浮かべるクリス様が手招きをするのを見て、わたくしは少し引き攣った笑みを浮かべている。
以前彼と約束したこと、それは「クリス様からの要請があった場合は一緒にデートする、お茶会等を断らない」というもの。
普通のご令嬢ならご褒美、多分一生これだけで話題にできるくらいのものだけど。
そのうち別の令嬢と殿下に魔法をぶち込んでお互い両思いにさせて婚約破棄だぜヒャッフー! とか考えている身なのだけどねえ……わたくしは一度彼へと頭を下げてから、彼の隣にそっと腰を下ろす。
微笑みながらこの場の出席者を確認するが、クリス様とわたくし……それと護衛が二人にメイドさんがそれなり……本当にお茶会だけなんだろうけどな、流石にそれだけというわけにはいかないらしくあちこちに斥候が配置されていて完璧な布陣で臨んでいることがわかる。
クリス様の背後には二人の騎士……数年前に殿下と出会った時に彼のそばに控えていた男性と女性の武官が完全武装で護衛として立っているが、女性の方がわたくしの顔を見て少しだけ表情が動いたのがわかった。
わたくしが腰を下ろしたと同時に、メイドさん達があっという間にお茶の準備などを進めていく……わたくしがどうしたものかと思ってクリス様を見ると、彼はわたくしの顔をじっと見てニコニコと笑顔を浮かべたまま話しかけてきた。
「……実はさ、冒険者実習の時なんで僕と一緒にいなかったのか? と聞きたかったんだよね」
「え? あ、ああ……そ、それは殿下がお忙しそうでしたので……」
「僕はずっと待ってたんだよ? なのに君はさっさと実習に行っちゃって……しかも暴漢に襲われたって聞いて僕は心底驚いたよ」
「あ、そ……その……ユルがいるので大丈夫ですわ、そう簡単にわたくしに近づくことはできませんし……」
「君が契約している幻獣ガルムだね、今彼と話できるかい?」
「……今ですか?」
「うん、君の護衛にも言葉をかけたいと思ってね……ユルって言ったっけ、今出れるかい?」
クリス様の言葉に応じてわたくしの影より黒く巨大な影がずるり、とその巨体を出現させたのを見て、殿下の護衛の騎士達が慌てて殿下を庇うように剣を構え、メイドさん達は悲鳴をあげてその場で固まるが、クリス様は二メートル近い巨体を現したユルを見て楽しそうに微笑むと手を上げて護衛が前に出ようとするのを押し留める。
ユルは敵意を持っていないことを示すように、わたくしの隣へと伏せて尻尾をゆっくりと振るのを見て護衛の騎士達も渋々剣を鞘に戻す。
「我が主人の婚約者様……クリストフェル殿下のお言葉に甘え参上いたしました、幻獣ガルム族のユルと申します」
「やあ、我が婚約者の侍従ユルだね……大きいねえ」
クリス様は椅子から立ち上がると、ユルの隣にそっとしゃがみ込み優しくその頭を撫でる……その手つきは非常に慣れたもので、ユルはされるがまま黙っているがかなり珍しい光景だ。
護衛の騎士達や恐怖に満ちた顔を浮かべていたメイドさん達も殿下に危害を加えようともせず、黙ってされるがままになっているユルの姿を見て警戒を解いたのかほっと息を吐く。
「……殿下、いやクリス様はガルムに抵抗はないのですか?」
「なんで? 可愛いじゃない、それにシャルの契約している幻獣なのだから僕は心配などしていないよ」
笑顔でそう答えるクリス様を見て、ちょっとだけ感心してしまう。
なんていうか、この人は肝が据わっているというか、ある意味抜けているというか……少しだけおかしな気分になってわたくしは顔を綻ばせるが、それを見たクリス様は少し驚いたような顔を浮かべた後、わたくしに釣られて笑い出す。
なんだろう、クリス様の笑顔を見るのはとても胸の辺りが温かくなるような、とても不思議な気持ちにさせられるな……わたくしは胸の奥がほんの少しだけトクン、と脈打った感覚を覚えた。
できることなら彼の笑顔をずっと見ていたいような、そんな気持ちを感じて彼の顔を見上げて微笑む……そんなわたくしの笑顔を見たクリス様は頬をほんの少しだけ染めると、改めて満面の笑みを浮かべる。
「……そういう君の自然な顔が見たかったんだ、これだけでも約束をした甲斐があるよ」
「これほど見事な幻獣が味方についているんだ、シャルの身の安全は保証されているといってもいいな」
紅茶を飲みながらクリス様は笑顔で背後に控える騎士に話しかけると、その騎士は少し不満そうな顔をしながらも軽く頷くが……そこでわたくしは殿下が何をしたかったのかようやく理解した。
つまり実習中に暴漢に襲われた私は自ら身を守る術が本当にあったのか? もしかして淑女としてあるまじき行為を働いて見逃してもらったのではないか? という疑惑が一部の高位貴族を中心に噂となって流れているというのを多少なりとも耳に挟んだからだ。
「ええ、ユルは大変優秀な護衛でして、父もユルの存在があればと、安心して彼に護衛を任しております」
「そうだね、僕もユルがシャルについてくれているのは安心だよ、これからも僕の婚約者を守っておくれ」
クリス様は笑顔でユルに微笑むと、赤い眼をキラリと輝かせながらユルは頭を恭しく下げる……その行動を見て殿下の護衛の騎士は少し不満そうな顔で忌々しそうにユルを見ている。
まあ、令嬢の間で多少なりともそういう噂が流れているのは理解しているし、ただでさえ貴族は噂好き、醜聞大好きな連中が揃っているからな……こうやって細かいことでも否定していくというのはクリス様にとってもわたくしを保護している姿勢を表す良い例なのだろうな。
……まあ実際にはユルではなくわたくし自身で対応したわけだけどね、わたくしがそばに伏せるユルを見ると、急に彼はイタズラっぽく口元を歪めると突然とんでもないことを言い出した。
「……正直申し上げれば、そちらにいる王国の騎士よりも我は強いと自負しておりますよ、我が婚約者殿の護衛についても良いくらいです」
「なっ……」
ユルの放った挑発的な言葉にカチンときたのか一歩前に出て剣の柄に手を当てる女性騎士……ええと、この人はマリアンさんだったかな、前に護衛の名前教えてくださいとお願いしたら教えてくれたんだよね。
もう一人はヴィクターさんと言って二人はクリス様が抜擢した武官で、幼い頃からの友人でもあるのだとか……ちなみに今ユルを見てプルプルしているマリアンさんはかなり殿下のこと好きなんだろうなーって思うし、良ければ殿下を譲ってあげたいくらいなんだけどねえ。
それでも彼女は平民出身ということもあって殿下と結ばれることは絶対にない、いや側室枠ならあるんだけどね……それでも相当にハードルの高い恋だよねえ。
「まあユル……申し訳ありませんクリス様、それとマリアンさん……ユルの主人として失言をお詫びいたします、この子は少し生意気なところがございまして」
「い、いえ……ただ幻獣如きに後れをとるような我々ではございません、その点だけご承知おき下さいませ」
マリアンさんはまだ何か言いたそうにしているものの、わたくしが素直に頭を下げたことでそれ以上追求することをせずに再び定位置に控える。
そしてそんな彼女を落ち着けよ、とでも言いたげな顔で見ている隣のヴィクターさん……すまんな、それでも君たちではユルに勝てないと思うぞ。
「マリアンとヴィクターは僕が信頼する護衛だよ、シャルも顔を合わせることが多くなると思うから、ユルも仲良くね」
「承知いたしました、マリアンさん、ヴィクターさん改めてよろしくお願いしますわ」
わたくしが素直に頭を下げたことで、マリアンさんも勢いの行き場を無くしたのか軽くため息をついてから再び直立不動の態勢に戻る。
まあユルがバカにした感じで答えてるけど、ヴィクターさんマリアンさんの能力は決して低くない、というか平民にもこれだけの使い手がいるのだなと別の意味で感心してしまう。
インテリペリ辺境伯領にいる兵士も鍛え上げられているから、決して貴族だけがそういう能力を持っているわけではないのだけど王都を中心に活動している騎士にもこれだけの使い手がいるのは素晴らしいなとは思う。
目の前のお菓子をつまみながらボケっと考え事をしているわたくしを見てクリス様はいつもの微笑みを浮かべながらわたくしに話しかけてきた。
「それよりもシャル、最近の出来事を教えてくれないか?」
「……殿下、大変失礼をいたしました……」
シャルロッタ・インテリペリと幻獣ガルムが部屋を出た後、軽くため息をついたクリストフェルだったが、そんな主人を見て背後に控えていたマリアンが一歩前に出ると深々と頭を下げる。
だがそんな彼女の顔を見て微笑むとクリストフェルはそっと彼女の肩をぽんぽんと叩く……そんな主人の見せた心遣いに頭を下げたまま少しだけ悲しそうな、嬉しいようなそんな複雑な表情を浮かべるマリアン。
「気にするな、シャルも言ってたろ? 少し生意気なところがあるって……マリアンは少し怖い顔になっていたよ」
「殿下……」
「君はもっと笑顔の方が綺麗だよマリアン、だからそんな怖い顔をシャルの前でしないでおくれ」
「……は……い……気をつけます」
クリストフェルが今回シャルロッタを呼び出したのは、学園の貴族子女達が流布する「婚約者は傷物にされたのではないか?」という噂を払拭するために直接問いただしたという体裁を取るためのものだった。
そして幻獣ガルムを実際に見て納得できる……彼がいればシャルロッタを傷つけるようなことは難しい、それこそ神話の時代の怪物達でもない限り、ガルムを退けることは難しいだろう。
そして下手するとあのガルムだけでも一軍に匹敵する戦力になり得るという恐ろしい事実にクリストフェルは気がついてしまった。
斥候により国王陛下だけでなく第一王子の元へと、ガルムの情報は改めて届けられるだろう……「辺境の翡翠姫にガルムあり、その実力は一軍に相当する」と。
クリストフェルは婚約者シャルロッタを守るために、そしてあれだけの底知れぬ何かを持つ少女に並び立つために、自分が為すべきことをしなければいけないのかもな……とそっと拳を握る。
「……僕は、このまま聞き分けの良い第二王子という殻の中に閉じこもっているのは良くないかもね……あの子のためにも僕は……」
_(:3 」∠)_ クリストフェルはある意味肝の座った人物です
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