第四七話 シャルロッタ・インテリペリ 一五歳 一七
——王都近くに存在している今は誰も近寄ろうとしない小さな館にて……。
「ホワイトスネイク侯爵令嬢はどうか」
黒色のローブに身を包み鳥を模した仮面を被る魔人……闇征く者は目の前に跪く肉感的な美女にその仮面の奥に光る無機質な瞳を向ける。
普通の人間であればその異様な雰囲気に呑まれ、精神力の弱いものであれば気絶してしまうであろう剣呑な雰囲気を持つ視線だが、美女はこともなげにニヤリと笑うと、嬉しそうな顔で彼に向かって答える。
メイド服姿ではあるが、女の正体は肉欲の悪魔オルインピアーダ……以前の姿よりも遥かに魔力に溢れ、生気に溢れた姿をしている。
「まあまあ楽しめていますよ、現状は味見程度で済ませていますわ……もちろん事が為った暁には契約の代償をいただく予定ですけど」
クスクスと笑いながら口元に紫色の舌を覗かせたオルインピアーダは邪悪な本性を隠そうともせずに咲う……夜な夜なプリムローズの見事な肉体を弄び、快楽に沈め……依存させていく。
肉欲の悪魔の真骨頂ともいうべき快楽による縛りは有効に機能をしている……それが年端もいかない少女であればどんなに天才的な魔法使いであっても変わることはないのだ。
オルインピアーダはどうやったのかホワイトスネイク侯爵家におけるプリムローズの専属メイドとしての仮の姿を得ており、現在の姿は人間を模した姿へと擬態している。
そんな彼女の姿を見てつまらなさそうにフン、と鼻を鳴らすと闇征く者は目の前に積まれた書類へと目を戻す。
大半は各地に展開させている斥候から送られてくる情報だが、その中にはどうして知り得たのか貴族子女達の交友関係や現在起きている問題について細かい情報なども含まれていた。
イングウェイ王国の貴族達の間へと入り込み、侵食を続けた混沌の眷属達は誰もが気がつかないうちに深く根を張り、そして恐ろしく精緻な情報網を作り上げていた。
「……令嬢同士の争い、と他の貴族は見るだろうな……」
「そうですね、ホワイトスネイク侯爵令嬢もそのつもりでしょうけど……閣下は別のことを考えていらっしゃいますね?」
「……神々の盟約を破りしものが勇者の可能性、第二王子が実は器ではなかったとする可能性……不確定因子はいくらでも存在する」
机に視線を落としたままの闇征く者は目の前の書類にサインを記入すると、その書類はまるで独りでに宙に舞い上がり黒い炎を上げて燃えて消滅していく。
オルインピアーダにも理解できないが、以前軽く尋ねたところ「これで了承となる」とだけ簡単に告げられている……おそらく彼女にすら理解できない何かがあるのだと考え直して軽く首を振ると、彼に問いかける。
「第二王子が勇者であるという女神の神託が間違っていると?」
「……器であることは間違いない、あの者が発する光の気配、そして才覚……だが、不確定因子となるものがいたとすれば……」
「……閣下のご予想は?」
「インテリペリ辺境伯令嬢……幻獣と契約しているという噂話、当初は信じておらなんだが……」
ふわりと中空に一枚の羊皮紙でできた報告書が浮かび上がる。
そこに印刷されている紋章はオルインピアーダにはわからなかったが、ハルフォード公爵家を表す怒れる天使の紋章……通称「罰を与える天使」が刻まれている。
ふわりと宙を舞う報告書を受け取ったオルインピアーダが内容を流し見して行き……そして驚きのあまり軽く呻き声を上げてしまう。
そこに記載されているシャルロッタ・インテリペリの生活における行動などは一般的な王立学園の学生とさほど変わらないものだが、彼女が従える幻獣ガルムについて、そして数年前にインテリペリ辺境伯領におけるカーカス子爵家の政変に彼女が関わっていたという内容が見て取れる。
「貴族令嬢の戯れにしては随分コトが大きゅうございますね」
「ガルムを従える事ができる人間はほぼいない、一〇〇〇年の時を経て尚あの種族は人に仕えることを良しとはしていない、それを一介の令嬢が従えるなどできるわけがない……つまりあの娘は何かを隠し持っている」
「……今のプリムローズ如きでは抑えられませんね……」
「だが尻尾を炙り出すにはちょうど良かろう、それと一〇〇〇年間生き続けた引きこもりが消えた」
闇征く者は顎の下に両手を軽く組むと、軽くため息をつく……消えた引きこもり……つまりは彼の好敵手であった元勇者、彼の存在そのものが消えたことで長らく停滞していた勇者の系譜は再び動き出すだろう。
引きこもりは理解していなかったが、勇者の系譜は魂によって繋がれる螺旋のようなものだ……古い勇者が死ぬとその魂の螺旋を巡って次の世代へと受け継がれる。
初代アンスラックス以降、この世界には本質的な意味で勇者を継承するものは存在していない……血筋などではない、魂の継承だ。
「引きこもりが死なないことで勇者が生まれない、マルヴァースの微睡は魔王復活のための布石、彼が死ぬということは一〇〇〇年紀の終わりを告げる鐘となろう」
「クリストフェル・マルムスティーンが勇者として目覚めると?」
「そうだ、これでクリストフェルの中に眠っていた真なる勇者の素質が目覚めるだろう……だが、同時にシャルロッタ・インテリペリには何か大きな謎がある……これはイレギュラーになり得る要素だな」
闇征く者は過去の記憶を掘り起こしていく……一〇〇〇年前、マルヴァースには大きな禍が迫っていた。
魔王そして暗黒の軍勢の侵略、スコット・アンスラックスの台頭により人類は勇者を旗印に魔王とその軍勢を退けることに成功し、人類は滅亡の危機を免れたと思われた。
ただその後に起きた長い戦乱の中、不幸な事故により勇者は帰らぬ人となりその死体は簡素な墓へと埋葬され、その死を嘆き悲しんだ王により不届きものの村人達は血祭りに挙げられたという。
気がつけばその話は風化し、勇者という存在があったことだけがマルヴァースには伝えられた……その死についても、どうして事故が起きたのかすら誰も伝えることのないまま。
ただこの話には続きがある……勇者の魂を世界に縛り付けるために一部の者により勇者の死体へと秘術が施された……不死者として勇者は蘇り、一〇〇〇年間どうして甦ったのか理解できないまま時空の狭間へと引き篭もることになる。
それ故勇者の魂は世界に留まり、魂は継承されなかった……勇者は生まれ変わる事がなく、その器だけが世代を重ねていくこととなったのだ。
永遠なる停滞……混沌のもう一つの諸相、一〇〇〇年もの間勇者という存在が風化し続けたのは、勇者の魂が縛り付けられていたからだ。
「永遠に微睡の中に居れば良かったのだ、アンスラックス……お前は何も知らないまま狭間の世界で不完全なる生を享受し悩み、苦しめば良かったのだ」
「うふふ……えへっ……」
王都にあるインテリペリ辺境伯別邸の自室で私は手に入れた魔剣不滅の整備に没頭中だ……いやあ、最初は無理やり渡されちゃったなーとか思ってたけどさ、これめちゃくちゃいい剣だからテンションあがっちゃうよねー。
私のテンションに合わせるように刀身は淡く点滅を繰り返しているが、まるで意思があるかのような反応だ。
そんな剣の手入れを少し緩んだ顔で行っている私を見て、ユルが呆れたような視線を向けている。
「令嬢なのですから、剣の手入れでそんな顔をしないでください……どうせ冒険者ロッテの時しかそれ使えないんですし、それ以上に青銅級のロッテがそんな魔剣持ってて大丈夫なんですか?」
「あ、そうね……まあ紆余曲折あって手に入れたことにすればいいんじゃないかしら、入手先までは問いただされないでしょ」
冒険者である以上、冒険の最中に不思議な物品を手に入れることは稀に存在している。
そしてそういった物品の所有権は基本的には見つけたものが最優先となり、依頼における契約などで縛らない限り持っていることには制限がない。
まあ腕に覚えのある冒険者などであれば大した問題にならないのだけど、よく考えてみると冒険者ロッテの活動は最近行ったばかりで依頼は数えるほどしかこなしていない。
確かにそんな女性冒険者(しかも駆け出し)が魔剣をゲットしました! とか脅威でしかなくなるケースはあるかもしれない……とはいえ、マーサ投資予算からお金を引っ張り出すのもなあ、という本音もあってこの辺りはどう整合性を取るのか今後悩まなければいけない状況ではある。
「素直にマーサ殿にお金を借りた方が良いのでは? 正直申し上げると貴族令嬢なのにシャルはお金を使わなさすぎている気がします」
「そんなことないよ、わたくしだってちゃんと使うところには使っているもん」
「化粧品、ドレス、宝石あたりですかね……その資金を一部流用して武器や防具を揃えるとか、魔法の書物を手に入れるとかですね……」
あ、こいつまた小姑モードに入ってしまった……しかし彼のいうことには一部見習うべき点が存在する。
魔法の書物……スコットさんが見せた収納魔法、あれはレーヴェンティオラの魔法体系に存在していない魔法の一つだし、失伝しつつあるとはいえ探せば見つかる気もしているのだ。
そのためには割と私財を叩いて探さなければならないだろうし、イングウェイ王国以外の外国の商人とも付き合う必要があるかもしれない。
「それとクリス様に呼ばれてましたっけ……確かめたいことがあるなんてなんだろう?」
_(:3 」∠)_ 緩み切った顔で剣の手入れをするご令嬢……
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