第四六話 シャルロッタ・インテリペリ 一五歳 一六
「シャル! 大丈夫ですか?!」
「問題ないですわ、それよりもこっちに来ないほうがよろしいですわ」
懐に忍ばせておいたハンカチを使って口元を拭うと、わたくしは声をかけてきたユルを押し留めるように手で制した。
スコットの戦闘力は非常に高く、単純な剣術の技量で言えばわたくしと互角かそれ以上に洗練されている……右手に持っている剣の残骸、これ割と高かったんだけどなあ……と内心ガッカリした気分で軽くため息をつく。
だが……剣が無くなったからと言ってそこで戦闘が終わるわけじゃない、殺し合いだったらそこからでもどうにかして勝つ方法を見出す……わたくしは役に立たなくなった長剣を投げ捨てるが、それをみてスコットが嬉しそうに微笑を浮かべる。
「……いいね、勇者たるもの剣を失ったからと言って諦める者ではない、それを体現している」
「ええ、最後まで諦めない、戦い続けるのが勇者と思っているから……」
ふうっ、と大きく息を吐いたわたくしは拳を構えてほんの少しだけ腰を落とした姿勢……素手での戦闘に特化した拳戦闘術の構えをとる。
この戦闘術は前世の世界では極めるものが少なく、教えてもらうのにとある山の奥に一人で何百年も暮らしていた文字通りの仙人のようなお爺さんから特別に教えてもらった武術である。
わたくしの構えを見たスコットは軽く首をゴキリと鳴らすと黙って剣を構え直す……この世界では今の所武術に相当する格闘戦術は未発達で、接近戦時に相手を無力化するための護身術のような技が伝わっているが、わたくしが今やろうとしている拳戦闘術はそれとは系統が違う。
「……この世界にはない構え、それは格闘戦用の技か何かか?」
「質問です、この世界には戦闘術ってございますか?」
「戦闘術? 初めて聞いたな……それはなんだろうか?」
「……知らないなら結構です、やはり世界が違うと全く変わりますよね……」
スコットに戦闘術の存在を尋ねてみるが、初めて聞いたとばかりの表情を浮かべる彼をみてわたくしは内心少し驚いた気分になる……むしろ戦闘術無しであれだけの剣術を習得している彼の超絶技巧に今更ながら驚嘆する。
わたくしの知識や技はこの世界においてチートのような効果を生む可能性があるが、それ以上にこの世界の達人に戦闘術を載せたら手に負えないのではないか? という気にもなるからだ。
だが、今は誰にも伝える気はない……今やらなきゃいけないことは目の前に立つこの世界の勇者を倒すこと、その一点のみ。
「……スコットさん、わたくしの全力ちゃんと受け止めてくださいましね」
「何を……なッ!」
わたくしが放つ殺気が変わったことを理解したのか、剣を構えたスコットの表情が変わる……そう、わたくしは剣で戦うだけの勇者じゃない、魔法で戦うだけの勇者でもない……前世の世界において最強の存在であるという自負がある。
一瞬戸惑ったようだがスコットは前に出ることを選択したようで、数回のフェイントを交えつつそれまで以上の速度でわたくしに一気に接近すると無慈悲に剣を振るう。
「……だが素手で剣を防げるわけでもあるまいッ!」
「……ここッ!」
スコットの持つ魔法の剣がわたくしの肉体を切り裂いたかのように思えたその瞬間、わたくしはその剣筋を見切って彼が持つ剣の腹を思い切り拳で上に撃ち抜き、斬撃を弾き飛ばす。
思いもかけない反撃にスコットの顔に驚愕の表情が浮かぶ……そりゃそうだろう、超高速で迫る斬撃を見切って、剣の腹を拳で撃ち抜いて軌道ごと変えさせるなんて技は普通の神経じゃできないからだ。
「——我が拳にブチ抜けぬもの無し……ッ!」
この勇者を倒すためには全力で攻撃を繰り出すしかない、斬撃を無理やりな形で防御され体勢が大きく崩れたスコットに向かってわたくしは右拳を大きく引いた構えを取ると全身の力を込め直す。
一〇歳の頃にカトゥスを撃ち抜いた拳……地形を軽く変えたあれでもまだ全力では無かったのだが、今回は本気で撃ち抜くために拳戦闘術の技を繰り出す。
前世では地形が完全に変わってしまうから絶対に手加減しろと言われた技だが、この空間であれば問題ないだろう。
「拳戦闘術……大砲拳撃ッ!」
「う……うおおおおおおっ?!」
わたくしが全力で打ち出した拳は音速を超え、空間を歪ませながらまっすぐスコットのいる地点を衝撃波と共にブチ抜いていく……魔法で展開された防御障壁に衝突すると巨大な爆発が巻き起こり、衝撃波の余波で彼がいた地点の後方の空間が思い切り歪み、そしてまるでモザイクが乗ったノイズのように不規則な動きを見せながら、再び元の空間へと修正されていくのが見える。
この技は全身全霊の力を拳に乗せてまっすぐ対象を撃ち抜く、まさに魂の一撃だ……わたくしの能力であれば直線距離で数キロメートルにある地形を破壊し、粉々に打ち砕く。
「……ハアッ! ハアッ!」
この世界に転生したわたくしの肉体は強化されているが、やはり前世の肉体ほど高い負荷に耐えられるようなものではないらしく、先ほどの大砲拳撃を放った反動からか全身に強い虚脱感を感じ荒い息を吐いてわたくしは膝をつく。
スコットも咄嗟に防御障壁を張ったようだが、その結界ごとブチ抜いているはずで、まともに当たったのであればタダでは済まないはず……そう考えたわたくしの視界に、腹部と左腕を失い、磨かれていた鎧はひしゃげた状態でかろうじて立っているスコットの姿が現れる。
「……み、見事……なんて重い一撃だったか、世界を救った者の一撃、しかと受け止めた……」
そのままスコットは糸の切れた人形のように地面へとどう、と倒れる……わたくしがなんとか彼のそばへと歩み寄ると、彼の肉体がひび割れていくのが見えた。
不死者となった彼の体内に血液は流れていない、魂を死者の体に繋ぎ止める魔力が込められているだけ……そして肉体が大きな損傷を受けるとその魔力は霧散し、それまで魂を繋ぎ止めていた肉体は崩壊していく。
「スコットさん……」
「……ありがとう、君の一撃には魂が込められていた、高潔かつ力強いその拳……君は本当に異世界の勇者だったのだな」
「……今のわたくしは貴族令嬢ですよ、それ以上でもそれ以下でもありません」
わたくしが彼の言葉に苦笑いを浮かべて首を振ると、スコットは「そうだったな」と同じく笑顔を見せる……もうまともに体も動かせないのだろう、彼は崩れつつある右手に握られている魔法の剣を持ち上げるとわたくしにそっと差し出す。
その剣は鈍く光を放っており、まるでそれまで苦楽を共にした主人に待ち受ける二度目の死を悼むかのように瞬いている。
「この魔法の剣の銘は不滅という……危険を知らせるだけでなく、決して折れず刃こぼれをしない、一〇〇〇年近く私と共にあった魔剣だ……使ってくれ」
「不滅……」
わたくしが剣を受け取ると同時にスコットの右手が完全に崩壊する……下半身から徐々に崩れていく自分の体を見て、残念そうな顔で苦笑いを浮かべると、わたくしの横で無表情のまま立っているキャトルへと顔を向けて黙って頷く。
そんな主人の意図を理解したのか、静かに頭を下げてお辞儀をしたキャトルはそのまま姿を消す……それは長年連れ添った主従関係の解消を意味しているのかもしれない。
「キャトルだけでなく、この空間も私の死によって失われる……君がここに来た依頼も達成されるだろう……」
「スコットさん……」
「……一つ、君にお願いをしたい。この世界は未だ狙われている……だから……勇者……魔王……復活……倒……」
「え、ちょ……スコットさん! 聞こえな……」
「シャル! いけない! 空間がおかしなことになっています!」
彼が言葉を全て話し切る前に、想像以上の速さで彼の体が崩壊していく……ボロボロと崩れ落ちていった彼の体が、灰となって地面へと落ちると次の瞬間周りの空間が大きく歪み始める。
空間の出口はわたくしが入ってきた方向か……わたくしは彼から託された剣を握りしめると、ユルと共に空間を走り抜けていく……地面や壁はのたうつように歪み始めており、わたくしは後ろを振り返ることなく入ってきたはずの入り口へと飛び込むが、ふと耳元で誰から囁いたような気がした。
「……がんばれ、異世界の勇者よ……この世界を救ってくれ」
次の瞬間、わたくしは暗く少しカビ臭い屋敷ホールの真ん中に倒れていた。
体を起こして周りを見るが、この屋敷の玄関を開けてすぐの玄関ホールに間違いがない……先ほどまでの出来事がまるで夢だったかのように、わたくしはどこも怪我していないし、全身を綴んでいた倦怠感も感じられない。
隣にはユルが仰向けになってひっくり返っており、気絶したままだが……どういうこと? 夢でも見ていたかのような気分で何が何だかわからないのだが……ふと腰に指していた長剣のことを思い出して、引き抜くがそれはあの空間でスコットさんより受け取った魔法の剣不滅そのものだった。
不滅はまるであいさつでもするかのように、淡い光を刀身に纏って瞬く……夢じゃない? いやいや……なんだか狐につままれたかのような気分になってしまうが、わたくしはゆっくりと立ち上がると軽く何も見えない静かなホールの奥へと頭を下げる。
そうしなければいけない気がしたから……そうするべきだ、と心の奥底にあるわたくし自身が語りかけたから。
「……スコットさん、わたくしは勇者ではないけど貴方の意思を継いで……世界を守る努力はしますわ」
_(:3 」∠)_ シャル「よ、良かった、つ⚪︎ぬき丸じゃなかった……」 スコット「このボタンを押すと改名できるぞ」 シャル「結構です」
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