第四五話 シャルロッタ・インテリペリ 一五歳 一五
「戦う……ですか?」
「君は勇者……こことは違う場所から来た存在だというのは理解している、私を送ってくれまいか?」
スコットはゆっくりと立ち上がるとスラリとその剣を抜き放つ……その手に握られる長剣は静謐かつ優れた武具が見せる雰囲気を醸し出している。
あれは魔法の武器か? 刀身が煌めくがその輝きはとてもではないが普通の武器のようには見えない……。
わたくしがどうするべきか躊躇していると、スコットは片手でパチン! と指を鳴らしそれに反応してキャトルがゆっくりと頭を下げるとわたくしたちの目の前にあったテーブルを消してしまう……仕方ない、わたくしはそれまで下ろしっぱなしだったフードをあげると、白銀の髪がふわりと肩口まで落ちる。
「送るって……不死者である以上行き先は女神の元では無いかもしれませんし……それに建国の功労者を殺すなんて……」
「……この剣は持ち主に危険が迫ると淡く光る……先ほどから君は本心としてこう思っている「どちらが強いか?」と、それに答えを出すときだ」
その言葉通り、彼の持つ剣が淡くぼんやりとした光を放ち始める……ああ、もう! そうだよ本音では勇者同士が戦ったらどっちが強いのかってちょっと考えてたよ。
実際に相対して判るけどスコットの強さは本物だと思う、元勇者で今は不死者とは思えないくらい凝縮した魔力の力を感じる。
だがしかしそんな考えを吹き飛ばすくらい先ほどの会話の中にスコットの矛盾した内容が織り交ぜられていてわたくしは思わず彼にツッコミを入れてしまう。
「ってかそんな便利な機能があるなら、不意打ち喰らって死ぬとかありえないだろ!? その剣ポンコツすぎませんか?」
「危険の度合いは人によって異なる……君は虫に刺される時に敵意を感じるか? だがそんなちっぽけな力でも勇者を殺すことがある、そういう話だよ」
……確かにわたくしも自分より格下、弱いと思っている相手に傷をつけられることはあり得るからな、実際に転生してからずっと無傷で過ごしているわけじゃない、多少なりとも反撃は喰らっているし確実に勝てるとかそういう戦いばかりじゃ無いのは理解している。
そして彼がいう通り、今わたくしは内心ワクワクしている……この元勇者と戦える、本気で戦うことを許されるのだ……それはわたくしが一五年間ずっとやってこなかったこと。
「……ふうっ……承知いたしましたわ、本気でやりますよ?」
「私は君が異なる魔王を倒したことを聞いている……ずいぶん嬉しそうだな?」
スコットが剣を構えたのを見て、わたくしもすらりと鞘から剣を引き抜き上段に構える……彼に言われて気がついたけど、わたくしは今笑っている……おそらくユルにも見せたことがないくらい獰猛に、猛々しく、そして美しく笑っているはずだ。
目の前にいる男はわたくしの全力をぶつけてもいい相手だと思うと、どうしようもないくらい胸が高鳴る……ああ、そうかわたくしも結局のところ戦闘狂だってことだな。
「……参りますわよ?」
次の瞬間わたくしとスコットの剣が一瞬交錯して火花を散らす……おそらく観戦しているユルやキャトルさんの目には捉えられない速度で、上段、下段、左右と甲高い金属音とともに火花が散っていく。
交錯したわたくし達はお互いが同時に飛びすさり致命的な斬撃を躱して距離を取る……遅れてわたくしの左腕に傷が入りバッ……と赤い血が舞う、ほんの少しだけ中段の右斬撃はスコットの方が早いだろうか? 防御仕切れなかったということはそういうことなんだろうな。
「……速度はほぼ互角」
「ああ、体形の差はあれど変わらんな」
スコットの腿を覆っている鎧の腿あてにわたくしの斬撃跡が刻まれており、バキンッ! という軽い音を立てて真っ二つに割かれるが肉体に傷は入っていない。
魔力を集中させた手を当てて治癒の魔法で左腕の出血を止めるが、金属製の鎧を着ていない分防御力ではわたくしの方が少し不利だ……相手は何と言っても不死者だから痛みを感じる感覚が無いわけで、腕がもげようが何だろうが剣を振り回せるわけだし。
スコットが無表情のまま再び連撃を繰り出す……彼の剣術は恐ろしく基本に忠実な非常に美しいもので、わたくしは正直その剣に身惚れそうになってしまうが、わたくしはその斬撃を受け流して防御する。
反撃に転じるも同じようにわたくしの連続攻撃を受け流しお互いの隙を窺うために再び距離を取る……これ以上撃ち合うとマズい、手に持っている剣の刃があちこち欠けていることに気がついてほんの少しだけ嫌な気分にさせられる。
わたくしの長剣は既製品で領地にいる時に購入したものだけど、きちんと整備しており割と愛着が湧いている逸品だ。
しかしたったこれだけの撃ち合いで、あちこちにガタが来始めている……いや、スコットの持っている魔剣は危険を察知するだけでなく刃こぼれを起こさない何か特殊な能力が秘められているのかもしれない。
「……全く……縛りプレイが過ぎますわよ」
「……剣は互角、次は魔力だな」
スコットの片手に魔力が集中していく……それに応じてわたくしも魔力を集中させる。
勇者同士高出力の魔法がぶつかってしまった場合、通常はその辺り一体が崩壊するくらいのパワーが放出されるだろうが、ここは異空間ということはわかっている。
おそらくこの中で多少無茶したところで影響は最小限に収まるだろうしな……わたくしとスコットは同時に魔法の詠唱に入るが、シンクロしたかのように表裏一体の如く同レベル帯に存在している魔法の詠唱がスタートする。
「踊れ炎、謳え業火よ、御身は原初の怒りと共に、この世界を紅蓮に包みたもう、我が敵を焼き滅ぼせ」
「舞い散れ吹雪よ、咲き誇れ氷の華よ、全てを凍らせる静かなる力と共に、この世界に静寂をもたらせ」
わたくしが突き出した左手の先に凄まじい温度で轟々と燃え盛る炎の魔力が集中すると同時に、スコットが突き出した左手の先にはバキバキと音を立てながら空間すらも凍らせていく氷の魔力が集中している。
何も言っていないのに同じレベルの魔法を準備してきた……こいつは……わたくしがその事実に気がついて口元を歪ませたのと同時に、スコットの無表情だった顔にも同じ微笑が浮かぶ。
「地獄の大火ッ!」
「氷嵐の爆槍ッ!」
わたくしとスコットが同時に魔法詠唱を終了した瞬間、前方の空間に爆炎と氷の嵐が思い切り真正面から衝突する。
わたくしの唱えた地獄の大火はそれまであまり使っていなかった超上級魔法に相当する破壊的な火属性魔法で、前方から爆炎の嵐を撒き散らして空間を焼き払うものだ。
おそらく火属性魔法としてはこれ以上の破壊力を出すものはあまりないと思っている……対してスコットの唱えた氷嵐の爆槍はやはり水属性魔法としては最上級に当たる氷結魔法で、絶対零度近くまで空間の温度を下げ、全てを凍り付かせて瞬間的に破壊する攻撃魔法となる。
双方そこらへんにいるワイバーン程度だったら、一瞬で消滅するくらいの魔法をぶっ放してもこの異空間は揺らぎもしない……恐ろしいまで濃密に組み込まれた空間にいることにちょっとだけ安心している。
「……く……互角とは……!」
「勇者同士の戦闘など世界の仕組みが許さぬからな! これは素晴らしいッ!」
正面からぶつかり合った魔力はお互いに反発し凄まじい音を立てて空間ないで大爆発を起こす……お互い一歩も引かない魔法の撃ち合いになったがそうすると決着をつけるにはお互い持っている隠し球をぶつけるしか無いわけだが……わたくしが取れる選択肢はそれほど多くない。
この世界に伝わっていないはずの剣戦闘術もしくはわたくしが前世の世界で作り上げた独自の魔法のどちらかになるが、スコットが持っている手札が分からない以上下手に放つにはリスクが高過ぎる。
次の瞬間再びスコットが動く……わたくしは右手の剣をくるりと回転させると凄まじい速度で振るわれる彼の剣を受け止める。
ガキャーン! という凄まじい音が空間に響き、受け止めたはずのわたくしの腕がビリビリと痺れる……凄まじい斬撃だ、この斬撃を貰えば魔物も一撃で両断されてしまうだろう。
スコットが返す刀で斬撃を繰り出すが、わたくしはその攻撃を手に持った剣を滑らせるように受け流して体勢を軽く落とし、地面を蹴り飛ばすように加速して後背へと移動する。
虚をついたような動きに対応できず、姿勢を乱したスコットに向かって右手の剣を振るう……殺ったッ!
「……え?」
キイャアアアアアアン! という恐ろしく澄んだ音と共にわたくしの右手に持っていた愛用の長剣がスコットの鎧に衝突した瞬間に粉々に砕け散る。
このタイミングで魔法による強化もされていない既製品の剣は、わたくしの全力に耐えきれずに破壊されてしまった……もちろんスコットは無傷のままお互いの視界をキラキラと輝く剣の破片が舞い踊る。
「……ダメじゃないか、そんな荒く剣を振るったら」
「うげええっ……ガハッ、ガハッ……!」
ニヤリと笑ったスコットの左拳がわたくしの防御結界を突き破り、腹部に突き刺さる……その衝撃でわたくしの身体は大きく跳ね飛ばされる。
何度か地面に叩きつけられながらもなんとか立ち上がるが、わたくしは腹部を押さえて胃の内容物を地面に全て吐き出してしまう……痛みもそうだが、的確に内臓を撃ち抜くような攻撃に脚がブルブルと震える……だがここで引き下がるわけにはいかない。
震えながら戦う体勢をとったわたくしを見てスコットが嬉しそうに笑うと、剣を正眼に構える……。
_(:3 」∠)_スコット「この剣の名前は……つら⚪︎きま……」 シャル「あーあああああああー! 聞こえないー!!」
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