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第三八話 シャルロッタ・インテリペリ 一五歳 〇八

「キイイイッ! なんなのあの女は!」


 プリムローズ・ホワイトスネイクは自室で枕を思い切り壁に叩きつけると、超高級な羽毛をふんだんに使った枕は壁にあたっても音を立てず、フカフカのまま床へと落ちていく。

 それを見て怒りをなんとか落ち着けようと何度か深呼吸を繰り返す。

 ターヤという平民の少女は正直どうでも良かった……シャルロッタ・インテリペリという愛しい殿下の心を掴んだ令嬢に釘を刺すつもりで呼びつけたというのに、あの女は殿下のことなんか「どうでもいいです」と言わんばかりの発言を繰り返していたのだ。

 業務連絡みたいなものだ、とか花をもらっているけど、玄関に飾ってるとか……挙げ句の果てに平民を呼んで殿下から賜った花を見せるだの言い始めて、流石に堪忍袋の尾が切れた。


「殿下の隣に相応しい淑女は私だけなのにッ!」

 プリムローズがクリストフェルに初めて会ったのは八歳の頃……金色の髪に年齢以上に理知的な目をしたクリストフェル殿下を一目見ただけで彼女は恋に落ちた。

 顔が整っているとか、王子だからではなくその落ち着いた表情や、目を輝かせて王国のことを話す彼のことがとても好きだった……すぐに自分の父親に頼んで婚約を申し入れてもらった。

 だがしかし、その時は候補として検討はするが、今後クリストフェル殿下が成長した後決定すると伝えられた。

 その後何人かの令嬢の名前が候補として挙げられ、一時はハルフォード公爵家のソフィーヤ嬢が内定していると噂が流れた。

 そこからの電撃的な婚約発表に王国の貴族全員が困惑した……殿下の相手は今まで噂には上がっていなかったインテリペリ辺境伯家のシャルロッタに決まり、あっという間に婚約の儀式まで済ませてしまったのだ。

「ソフィーヤも訳の分からない令嬢だったのに、シャルロッタは輪をかけておかしいわ……」


 ソフィーヤ・ハルフォード……ハルフォード公爵令嬢であり、代々神聖騎士団長を務める名門ハルフォード家の三女として生まれた女性だ。

 ハルフォード公爵家が抱えている神聖騎士団は神に仕える神官(プリースト)としての一面も持っており、王国内でも最も格式の高い騎士団に属していて、最近では式典にしか参加しないお飾り騎士団として揶揄される存在である……ちなみに彼らが最後に実戦に投入されたのは三〇〇年前だ。

 神職でありながら貴族に任じられているハルフォード公爵家は王国内でも権勢を誇る大貴族の一つではあるが、神職が貴族としての豊かさを享受し人々を支配しているのは聖教の堕落の証でもあると市井では囁かれている。

「わざわざ自滅したソフィーヤが脱落したってのに……正式に婚約したのがあんな田舎女だなんて……!」


 ソフィーヤ嬢の脱落原因は公表されていない……一説には殿下に大変失礼な言動や、行動を咎められてとされているが、ハルフォード公爵家は無言を貫いているため真相はわからない。

 ただ第一王子派にハルフォード公爵家がついたことで、クリストフェル殿下の派閥は相当に弱体化している……それ故に地方最強の軍事力を有するインテリペリ辺境伯家に白羽の矢が立ったのは必然だったろう。

 だが……それであればホワイトスネイク侯爵家でも良かったはずだ、とプリムローズは考えていた。

 ホワイトスネイク侯爵家は宮廷魔術師を輩出する名家……決してインテリペリ辺境伯家に負けているわけではないのだから。

「許せない……絶対にあんな女が婚約者なんて認めない……ッ!」


「……憎い相手がいますか?」

 急に声をかけられてプリムローズは咄嗟に魔法詠唱の構えをとる……貴族令嬢ではあるが、一族最強の魔法使いと謳われるその実力は本物である。

 声の主が彼女の部屋に姿を現す……その姿を見てプリムローズは背中が冷えるような感覚に陥る……それは不気味な女だった。

 紫色の艶やかな髪の毛を長く垂らし、その頭には奇妙に捻れた角が二本生えている……その姿だけでもその人物が普通の人間ではないことがわかる。

 黄金色に輝く美しい瞳は不思議なくらいに引き寄せられそうになるが、それ以上に肉感的で現実のものとは思えないくらいの豊満な肉体を持っている。

「貴女誰よ……人間じゃないわね?」


「お初にお目にかかります……私はオルインピアーダ、この通り肉欲の悪魔(ラストデーモン)でございます。貴女の気持ち……私が叶えて差し上げますよ」

 肉欲の悪魔(ラストデーモン)……混沌神の一柱であるノルザルツの眷属である悪魔(デーモン)の一種だ。

 ノルザルツは肉欲と快楽に興じる刹那主義者たちが信奉する神で、混沌神の中では()()()()()()とされており、非公式ではあるが唯一信奉することが法で禁じられていない混沌神でもある。

 眷属である肉欲の悪魔(ラストデーモン)は、人が最も欲望を掻き立てられる女性の姿を取る……だが、その肉体には見事に隆起した男性としての象徴が見えている……肉欲の悪魔(ラストデーモン)は快楽を与える相手を選ばない両性具有者(アンドロギュノス)でもあるのだ。

悪魔(デーモン)に叶えてほしい欲望なんかないわよ?」


「......お戯れを、貴女の心には憎い相手がいるのでしょう? 私が力をお貸しします。美しき淑女よ……私の力をお使いください、私は貴女の欲望を()()()()()

 オルインピアーダはプリムローズに優しく微笑む……美しいが魅惑的な笑みに、プリムローズの思考がぐらりと揺れる、肉欲の悪魔(ラストデーモン)の権能である調和(ハーモニー)……心に平穏と正常な判断力を失わせる能力を使い、彼女はプリムローズの心に隙を作る。

 法で罰せられない信仰であっても、混沌神ノルザルツの本質は邪悪だ……この世界に快楽と肉欲を、それが行動原理となる神の眷属はそっと混乱するプリムローズへと近づくと、その滑らかな頬へと紫色の舌を這わせる。

 たったそれだけの行動に、痺れるような身を貫く快楽を感じプリムローズは身を震わせる……思考能力が一気に衰え、彼女は必死に言葉を紡ぎ出す。

「ああ……うんっ……私はあの女が……ううっ……憎いのぉ! あいつを……あのアバズレを排除したい……ふむううっ!」


 その言葉に満足そうな笑みを浮かべてオルインピアーダはプリムローズの唇に自らの唇を落とすと、その口内を長い舌で蹂躙していくが、それに応えるように舌を絡ませるプリムローズの姿は……貴族令嬢としては少々淫らな姿でもあった。

 一五年前に神々の協定が破られた……それは人の身では知ることのできない事実であり、神の眷属の間でもそれほど多く流布されているわけではない。

 この世界マルヴァース……現地に住む人たちは世界の名前がなんであるかは理解していないのだが、対となる世界より強い魂がこの世界へと落ちることとなった。

 混沌神は今でもそれを探している……眷属たちにその魂の在処を探れと命令するくらいには、興味を持っているのだ。

 そしてオルインピアーダは考えている……クリストフェル王子こそがその強い魂なのではないかと。

「畏まりました、プリムローズ……私は貴女に永遠の快楽と欲望を満たすことをお約束します……それ故貴女の欲望を私にぶつけてくださいまし」




「なんだったんだろう……ホワイトスネイク侯爵令嬢は……」

 お風呂に入りながら、今日のお茶会のことを考えるが、何のためにターヤを呼んだのか全然わからないグダグダの状態でお茶会は終了してしまった。

 おそらくプリムローズは、わたくしと殿下の婚約が気に食わないんだろーなーというのは理解したし、彼女が殿下に恋心を抱いているのも理解できている。

 まあフツーの令嬢だったら「殿下と婚約?! なんて幸せな!」って思うんだろうけど、わたくし普通じゃないからな。


 正直言えば「そんなに好きだったら代わってあげても良くてよ!」と声を大にして言いたい、とても言いたい、そして誰か変わってくれないかなって本音の部分では思ってたりもする。

 殿下の横に今日会ったプリムローズが幸せそうな顔で立っている未来を考えてみるか。

 イメージ上の殿下がプリムローズの腰を抱いて、あの綺麗な顔でそっと彼女に口づけるシーンまで想像したわたくしは、慌ててそのシーンを手をブンブンと振って無理やり消し去る。

 なんか超ムカついた……殿下の浮気者め、婚約者がいながらプリムローズに口づけるなど言語道断ではないかって、違う……これはイメージなんだってば。


 何度か首をブンブンと振って訳のわからない気持ちを振り払うと、わたくしは再びプリムローズの実家について考えてみる。

 プリムローズの実家であるホワイトスネイク侯爵家は名門貴族の一つだ……特に現当主は筆頭宮廷魔導師でもあり、このイングウェイ王国国防の要でもある要人のはずだ。

 また第二王子派の友好貴族でもあるため、広義の意味では仲間であるかもしれないが、正直あんまり好きになれない令嬢ではあるよなあ。

 というかわたくしは貴族令嬢とは話があんまり合わないから……だれと話してもダメな気がしているのは事実だ。

「まあ、規格外の力を持つものが普通に貴族令嬢は無理ですよねえ……」


「真面目な顔してその格好はどうかと思うわよ」

 お腹を上にしてぷかぷかとお湯の中に浮かびながらクッソ真面目な顔でドヤっているユルを見て、ツッコミをいれるがこの光景も実に慣れたものだと思う。

 前世ではお風呂に入ることすらままならない世界だったというのに、今では幻獣と一緒にお風呂を楽しむくらいの贅沢は許されているのだから。

 うん、やっぱり貴族スタートはチートだよねえ……と転生者らしい謎の満足感を感じ、わたくしは何度か黙って頷く。


 ほう……と軽く桜色に染まる頬を両手でそっと撫でるとわたくしは今後のことを考え始める……婚約かあ、学園に入学して初日以降わたくしは殿下に会っていないんだよね。

 相当に殿下は忙しいらしい、護衛のヴィクターさんやマリアンさんに会う機会があって「殿下どうされてますー?」って聞いたら「今は少し取り込み中で……申し訳ありません」と突っ返されるケースがあった。

 しかしそろそろちゃんと婚約者らしいムーヴしないと、お父様も心配だろうし……よし! わたくし殿下にお声がけして婚約者らしい仕事しちゃおうっかなー! がんばるぞー!


「明日殿下か護衛の人に相談してお時間いただいちゃおうっと……何かお願いしたら婚約者っぽい仕事したことになるよね」

_(:3 」∠)_ そう、ここで超エロい悪魔出現なんですよ!(力説) ここから悪魔による策謀が動き始めます


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