第三五話 シャルロッタ・インテリペリ 一五歳 〇五
「我がシャドウウルフ扱い……ひどすぎますよ……」
「ああでも言わないとわたくしが身バレいたしますわ……冒険者ロッテの設定なんだから我慢してくださいまし」
あの後依頼を受けたわたくしは王都近郊の小さな森の中で薬草の採取と、キノコの採取をしているが、わたくしの後ろでショックを受けたような表情を浮かべるユルがぶちぶちと愚痴を漏らしている。
冒険者ロッテはシャドウウルフを使役する新米冒険者、田舎でシャドウウルフを飼い慣らし一緒に行動している……というちょっと強引な設定で乗り切ったわたくしは急いで冒険者組合を離れると、少し日が沈んできている森を彷徨いている。
「シャドウウルフは見た目が全然違うんですよ? 目の色だって違うし……確かに影から影に渡れる個体もいますけど、それは突然変異種なんで、とてもレアなんですよ」
「そうでしたっけ? それならユルは突然変異種ということにして、会話もできるって設定にすればよろしいのではなくて?」
「そうするにしてもシャルを襲ってでも我を手に入れようとする輩も増えるのではありませんか? まあその手の輩は対処が楽ですが……あまり冒険者ロッテが有名になってしまうのは良くないかと」
ユルの懸念は正しい……シャルロッタ・インテリペリの隠れ蓑としての冒険者ロッテはほどほどの依頼を受けている、中級冒険者、くらいの設定で考えていたが、シャドウウルフを飼い慣らしている女性ということになると割と面倒ごとに巻き込まれる可能性が高くなる。
とはいえ、あの場を乗り切るにはそうするしかなかったのは確かだし、あれ以上の言い訳を咄嗟に思いつくほどわたくしは嘘をつき慣れていない。
「参りましたわ……あんな場所で襲いかかってくるのですもの」
「あ、キノコはこっちにありますね、ついてきてください」
三人組の冒険者崩れは冒険者組合が責任を持って衛兵に突き出すと言ってくれたため、受付嬢におまかせして依頼を熟すためにあの場所を離れてしまった。
というのも衛兵隊へと移送するのに付き合うとそれなりに身分の高い連中が多い場所へと行かなければいけない、そうするとさらに身バレする可能性が上がってしまう……王都でも人気の辺境の翡翠姫という理想的な令嬢像を簡単に崩してしまうのは、今のところ良い選択肢ではないからだ。
「キノコって言っても、これ何に使うのかしら……」
「さあ……錬金術とかではありませんか?」
ユルの見つけたキノコ……依頼書に書かれた絵の通りのちょっとグロテスクな色合いをした赤黒いキノコを採取していくが……匂いもとても生臭いし、これ本当に何に使うんだ? という疑問しか湧かない。
前世においてわたくしは戦闘能力などは秀でていたが、この手の錬金術などに造詣は深くなく、材料採取の仕事も割と子供の頃にやったっきりで、それがどう使われているかなんて考えてもいなかったからな。
「これで依頼の品は揃いましたわね……これだけ時間をかけて依頼一つに銀貨二〇枚って、本当に冒険者になんかなるものではありませんね」
「シャルは貴族なのですから、お金の心配する必要はないでしょうに……とはいえマーサ殿をうまく説得して自由に使えるお金を確保しないことには武器すら買えませんね」
「そうですね……でもマーサが頑張って管理してくれているのを、今更しなくていいっていうのは割と勇気がいりますわ。それとわたくしあんまり管理得意ではないのですよ」
マーサがやってくれているわたくしの個人資産管理だが、実は結構な金額に膨れ上がっている……彼女はそういう才能があるのだろうな、と感心したのだけど本人にも軽くインテリペリ辺境伯家をバックに商会を起こしてみては? と話したのだけど、本人は「私は死ぬまでシャルロッタ様の侍女です」と頑な姿勢を崩さなかった……それはそれで嬉しいけど、なんだか勿体無い気もしてしまう。
「……シャル、いやロッテさま……」
「わかった」
ユルが急に口調を変えたことで、わたくしの感覚にも接近してくる何かの足音が察知される……四つ脚かな? 長剣を引き抜くとあたりの様子に注意を払う。
かなりの重量だな……近くの藪がガサガサと音を放った後、巨大な影が飛び出してきてわたくしたちに威嚇を始める……熊のような焦茶色の毛皮を纏った体に、まるでフクロウのような印象を持つ鳥のような白い毛を生やした頭を持つ魔獣……オウルベアだ。
「オウルベア? 何でこんな王都に近い場所に……」
「ホアアアアアアッ!」
オウルベアは前世の世界レーヴェンティオラにも生息していた生き物で、戦闘になると凶暴で攻撃的な魔獣として知られており、体長は三メートル近くに達し体重も一トン近いものが多く低ランク冒険者の死亡原因でも上位に食い込む能力を持っている……とはいえ基本的には力押し、疲れ知らずの体力が厄介というだけなのだが。
ただ、本来この魔獣は番や親子で行動するのだけど、なぜか目の前の個体は単体で飛び出してきた……まるで何かから逃げるかのような行動に少し疑問が浮かぶが、わたくしとユルを見たオウルベアは凄まじい吠え声をあげて飛びかかってきた。
「ちょ……こいつ何で……ッ!」
オウルベアの初撃はその鋭い爪を持つ巨大な腕によるものだったが、その攻撃は勇者として戦ってきているわたくしにとっては鈍重なものだ。
ふわりと宙に身を踊らせると、その攻撃を回避し魔獣との距離をとる……これで逃げてくれれば戦わなくて済むのだけど、オウルベアは攻撃を避けられたことに逆上したのか、再び大きく吠える。
こりゃダメだ、逃げようにもこんな巨大な個体が王都近くの森にいたなんてイレギュラーだし、倒しておかないとまずいことになりそうだな。
「仕方ない……あまり無駄な戦闘は避けたいのだけど、悪く思わないでくださいましね」
わたくしは長剣を構え直すと、逆上して向かってくるオウルベアに軽く振るう……剣戦闘術を使うまでもない、狙うは一点、魔獣の突進に合わせて身を翻すように剣を振るいわたくしの剣は一撃でオウルベアの頭と胴体を切り離す……ズドオオオン! という凄まじい音と共にオウルベアが地面へと倒れる。
長剣を軽く振るって、付着した血を払う……私にとってそれほど危険な魔獣ではないからな、このまま放置してわたくしはさっさと王都に戻るとするか……剣を鞘に入れると、呆気に取られているユルに向かって微笑む
「では、帰りましょうか……銀貨二〇枚の仕事としては、ひどい体験でしたが一応依頼は終わりましたし、上々ですわ」
——王都より程近い薬草などを採取するための小さな森の奥で、巨大な魔獣と複数の冒険者が戦闘している。
「こいつ……いい加減に倒れろっ!」
数人の冒険者が戦っている相手は、白い羽毛が特徴のフクロウに似た頭と焦茶色の毛皮、そして凄まじく鋭い爪を振り回す魔獣……オウルベアだ。
長時間の戦闘で双方満身創痍となっており、オウルベアは身体中の傷からドクドクと血を流しながら必死に抵抗している……戦士風の冒険者が振るう戦斧がオウルベアの肩口に叩き込まれ、断末魔の悲鳴をあげてオウルベアは何度かふらついた後、地面へとひっくり返って絶命する。
「ギャアアアアッ!」
「なんてタフな魔獣なんだ……こんな王都の近くにこんな奴が出るとは……どうなっているんだよ」
「危なかったね……この森は薬草採取の依頼でも使われている場所なのに、オウルベアなんて厄介な魔獣の被害が増えたら大変だったよ……」
戦士風の冒険者が肩で息をしながら地面に座り込む……その戦士の様子を見ながら、魔法使い風の女性が苦笑いを浮かべる。
彼らはこのタフな魔獣と一時間以上戦い続けていたのだ、疲労も限界に近く仲間たちも怪我や疲労によりその場で座り込む。
イングウェイ王国の王都付近の森は、定期的に強力な魔物が出現しないように冒険者が巡回している……巡回の最中に、この強力な魔獣が出現したのは驚きと共に、違和感を感じている。
「お、おい! こっちに……オウルベアの死体があるぞ!」
「な、なに?」
戦士風の冒険者は慌てて立ち上がると痛む体を引きずるように周囲を捜索していた仲間の元へと移動するが……そこにはすでに死んでから少し時間が経過した頭が切り離された以外、目立った傷のないオウルベアの死体が転がっている。
傷口を見るが、まるで凄まじく鋭い刃物を使って一撃で両断したかのようなその傷は……達人級の戦士でもなければ成し得ないものであることは一目瞭然だった。
誰かがこのオウルベアを倒した……? 青銅級の冒険者や錬金術師が入るような森の中でオウルベアを倒せるようなものがいるのか……? 自分の胸元に輝く銀色のペンダントを見つめて、冒険者はぼそっと呟く。
「……どういうことだ? しかも死体はそのままにして放置しているなんて、まるでこいつらの価値を知らない、興味がないとでも言うことなんだろうか……?」
_(:3 」∠)_ オウルベアの鳴き声がちょっと悩む……でもシャルロッタちゃんなら一撃よ
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