第三五七話 シャルロッタ 一六歳 魔王 〇七
「……うおおおおッ!!」
「ぐ……こいつ……!」
魔王トライトーンの前に立ちはだかる一人の男……先ほどまでは足元にも及ばないはずの能力しかなかったマルヴァースの勇者であるクリストフェル・マルムスティーン、その男が振るう斬撃をなんとか手に持つ戦斧で受け止める。
ガキャーン!! という甲高い音を立て火花を散らしながら、想像よりもはるかに重い一撃に魔王の表情が変わる……この攻撃は自分を傷つけ得る可能性がある。
それが分かっている故にこの金髪の青年から目を離せない……さらに、炎を纏って死角から魔法を叩きつけてくる幻獣ガルムも、驚くほど強い。
ゴアアアッ!! という音と共に背中に叩きつけられてくる炎は魔王の肌を焦がす程度で致命傷には程遠いものの、それにも意識を向けなければいけない。
「……この下等生物が……ッ!!」
魔王トライトーンは憎々しげな表情で幻獣ガルムへと視線を向けようとする……現在の肉体は人間の構造に近く、関節などの可動部に制限が加わっている。
人間ではない存在にしてはかなりデメリットのようにも思えるが、手に持った武器を使うという意味において人の構造を模している肉体は最適解に近い。
視線を向けようとしてクリストフェルへの注意を削がれた魔王トライトーンの顔面に、名剣蜻蛉の虹色の刀身が食い込む……ドス黒い血液が舞い、痛覚が遮断された肉体へと鋭い刃が食い込む感覚で魔王トライトーンは咄嗟に大きく身を引いた。
厄介だ……クリストフェルと幻獣ガルムは契約を結んでいるわけではない、それにもかかわらず連携はまるで契約者とそれに従う幻獣であるかのように息がピッタリと合っている。
「厄介な……!」
肉体を瞬時に修復しつつ魔王トライトーンは一気に魔力を膨れ上がらせる……現状勇者クリストフェルは魔法の才能においては一歩劣る。
レーヴェンティオラの救世主たるシャルロッタ・インテリペリのように全てが高次元でバランスした能力の持ち主ではない。
確かに魔法を行使する能力は普通の人間から比べればよほど器用に扱うし、これから長い年月を経ればあの始まりの勇者であるアンスラックスを超える可能性があるのだ。
本来勇者は超高次元でバランスされた能力を持つことが特徴であり、勇者アンスラックスも剣技だけが注目され、まるで戦士であるかのように伝えられているが本質的には超高レベルの魔法行使能力を有したバランス型に近い存在である。
しかし……現時点ではまだそのレベルに達していないクリストフェルだが、それを補うように幻獣ガルムの強力な炎魔法が叩きつけられるのだ。
「混沌魔法……漆黒の雄叫ッ!」
邪魔な相手を引き剥がさなければ……! 魔王トライトーン凄まじい叫び声と共に凄まじい漆黒の魔力が撒き散らされていく……その魔力は周囲を破壊しながらクリストフェルへと迫っていく。
クリストフェルの魔法防御能力ではその凄まじい威力に対抗しようがない……確実に漆黒の雄叫による一撃で彼の身体は砕け散るはずだった。
だが……恐ろしい速度で飛び出した幻獣ガルムによる防御結界がギリギリのところで展開され、ドゴアアアアッ!! という轟音と共にせめぎ合う。
ガルムはその身に纏う炎を遠吠えとともに膨れ上がらせ、凄まじい破壊力を持つ魔王の一撃に見事耐えて見せる。
「ゴアアアアアアッ!! 婚約者どの魔力を集中してくださいッ!」
「あ、ああ……ッ! ありがとうユル!!」
幻獣ガルムの言葉に合わせて勇者クリストフェルの魔力が集中していく……その光輝くような強い魔力は先ほどのものと違い、洗練され恐ろしく強く輝いていく。
勇者の成長速度は常人のそれと違う、きっかけがあれば爆発的そして超速度で成長することで知られている……それは女神の恩恵、加護を受けているからだと考えられており、混沌の眷属からすると非常に厄介な存在でもあるのだ。
クリストフェルは戦いが始まる前から考えると恐ろしい速度でその魔力を、剣技を洗練させていっている……すぐに手に負えない存在になる、そう確信した魔王トライトーンは漆黒の魔力をさらに膨大なものへと変化させていく。
「ふざけるな……ッ! 女神の恩恵を受けたからと言ってこの我を超えることなどないッ!!」
「ぐ……おおお……さらに強大な魔力に……!」
「ユ、ユル……これはきつい……!」
必死に魔力を集中させ防御結界を維持する幻獣ガルムのユルとクリストフェルだが、あまりに強い圧力に次第にジリジリと結界が漆黒の魔力に押され始めている。
大丈夫押し切れる……魔王トライトーンの表情に嘲りと嘲笑に近い笑みが浮かんだ瞬間……ゾッとするほどの殺気を感じ、彼は魔力を放出したままゆっくりと背後を振り返る。
そこには先ほどまで死にかけていたはずのシャルロッタ・インテリペリ……レーヴェンティオラの救世主にして魔王を倒した勇者が拳を腰溜めに構えそして魔王トライトーンとの距離を詰めているところだった。
腰溜めに構えた拳には凄まじいまでの魔力が集約し、眩いまでの光を放っており明らかに彼女がいうところの戦闘術の構えに移っているところだった。
存在を失念していたわけではない、むしろ最も警戒するべき存在として彼は位置を確認しながら戦っていたつもりだった。
しかし……思ったよりもクリストフェルと幻獣ガルムの力が強く、そちらに意識を向けなければさらに危険な状態になると本能的に思考を切り替えてしまった。
「……いくら息を吹き返したとはいえ……すぐにこれほどの魔力を……!」
「——我が拳にブチ抜けぬもの無し……ッ!」
シャルロッタの握りしめた拳に魔力が凄まじい勢いで集約していく……まずい、このタイミングで……魔王トライトーンはすぐにクリストフェルたちへと向けていた魔力を瞬時に消滅させる。
凄まじい圧力が消滅したことで、それまで必死に争っていたクリストフェルと幻獣ガルムのユルは疲労し切ったようにその場に膝をついた。
魔王トライトーンはすぐに肉体を変化させる……ゴキゴキゴキッ! と背骨が回転する嫌な音を立てながら上半身をほぼ正反対まで一気に回転させると、迫り来るシャルロッタの攻撃を受け止めようと戦斧を構え直す。
彼の体には痛覚が存在せず、構造を一気に変化したとしても肉体は損傷を起こさない故にこういう動きが可能になっているのだが、完全な防御態勢を取る前にシャルロッタの攻撃が炸裂した。
「拳戦闘術……大砲拳撃ッ!」
「……大砲拳撃ッ!」
ドゴオオオオッ! という轟音と共にわたくしの拳から撃ち放たれた衝撃波が魔王トライトーンのほぼ半身を黄金の戦斧ごとぶち抜いていく。
瞬時に消滅しえぐれた彼の右半身があった場所から、ほんの一瞬遅れてからまるで吹き出すかのようにドス黒い血液を吹き出していく。
かろうじて肉体として形状を残す左半身でなんとか体を支えようとする魔王トライトーンだが、人間の体というのは骨組みがあって、それを基本として筋肉などで体を支える構造となっている。
背骨に当たる部分が大きく消失した今の肉体ではあの巨体を支え切れないようで、ぐにゃり、という音を立てるかのようにひしゃげてしまい、彼は地面へと膝をついてようやくその自重に対応している。
「き、貴様……あれだけ弱体化したはずなのに……」
「あー、その……なんだかよく分からないけど魔力が復活しましたわ」
「ば、バカな……愛の力とでもいうつもりか……?!」
「あ゛? あ、愛……とかじゃなくて、その……」
魔王トライトーンの問いかけに思わず口籠もるわたくしだが、なんだろう……多分女神様が何かしたんだというのは理解できている、正直クリスには対象を癒す能力などなかったはずだし。
だがあの時……思い出すだけでも赤面しそうになるんだけど、その……口づけをされた時に彼の体から流れ込んできたのは紛れもない神々しい神力そのものだった。
まるでわたくしの傷ついた肉体を優しく包み込むように、なんならまるで抱擁するように温めたのはおそらくクリスが女神様より受け取った何か、であることには間違いはない。
だけどさー! 面と向かって『愛の力』とか言われちゃうと、死にかけた時に認めてしまった自分の気持ちを再確認してしまっている気分になってめちゃくちゃ恥ずかしい。
でも……ちょっとだけクリスの正直な気持ちが聞けたことが嬉しかったりもするのが絶妙に嬉しかったりする自分の複雑な気持ちが、今正直どうにも消化できていない。
「うー、うーん? 愛とかそういうのじゃなくてなんていうの……」
「シャル! 危ないッ!」
「え? うわあああっ!」
恥ずかしさで思わず身悶えしそうになっていたわたくしは、クリスの叫び声で我にかえるが眼前に魔王トライトーンがいつの間にか放っていた漆黒の炎が迫っていることに気がつき、咄嗟に横っ飛びに跳んでその攻撃を回避する。
これは悪魔の炎……混沌の眷属たちがよく使う地獄の炎を呼び出す魔法だが、それを垂直に放ってわたくしへと叩きつけようとしたのか。
注意が逸れていたはずのわたくしが、クリスの言葉でその攻撃を回避して見せたのを見て魔王トライトーンは舌打ちをしながらじわじわと肉体を修復していく。
しかし……彼の肉体修復速度は最初の頃よりもはるかに遅くなっており、今の形態での戦闘能力が格段に落ち込んでいることは誰の目にも明らかだった。
今なら殺せる……?! わたくしやクリスの眼がそれに気がついたことに、魔王トライトーンも感じとったのだろう……突然彼は残された腕を大きく広げると叫ぶ。
「……クハハハハハッ! 勇者共よ……我を殺せると思ったか?! 我にはまだ隠された能力がある……それを見せてやろうッ!」
_(:3 」∠)_ 戦闘中に恥ずかしがって身悶えする貴族令嬢
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