第三五六話 シャルロッタ 一六歳 魔王 〇六
「あるぇ……? 元気になりましたわ?」
「よかった……女神様から言われてたんだ、シャルに力を分けて欲しいって……」
わたくしが自分で地面に立ち、全身にみなぎる凄まじい魔力に驚いているとクリスはへなへなとしゃがみ込むと、大きく息を吐いてから優しく微笑んだ。
女神様に力を分けてほしい……と頼まれた? 女神様とクリスはどこかで会っていたのか……でも確かに勇者として覚醒した前世のわたくしも目の前に現れた女神様によって覚醒したようなものだからな。
そこまで考えて思わず混沌の大海原を無理やり超えてきた彼の体が何事もなかったのか心配になり、思わずわたくしは彼の体をあちこち触っていくが……よかったなんともない。
ほっと息を吐いたわたくしだが、クリスがいきなり身体中をベタベタ触ってきたわたくしの行動に驚いたのか少し頬を赤らめて硬直していた。
「……シャル、いきなり何を……!」
「あ、申し訳ありません……あの中を渡ってきたから大丈夫かなって……」
「大丈夫だよ、女神様に言われたんだ……祝福を授けるって」
いつ女神様は現れたんだろうか? 少なくともその兆候がある場合は祝福を受けた元勇者であるわたくしになら感知出来るはずなんだが。
そして力を分けてほしい……と言う言葉からも女神様はわたくしが苦境に立たされていることを理解した上で、クリスを使って助けに来たとも言えるのかもな。
と、そこまで考えたわたくしの脳裏に先ほどの光景がまざまざと蘇る……わたくし彼に対してなんて言った? いやいや、言葉には出していないはずだ。
いきなり恥ずかしさと言葉にし難い気持ちが溢れ出し、一気にわたくしは熟れた林檎のように頬を真っ赤に染める……え? もしかしてわたくしクリスとキスしてた?
唇をそっと指で撫でると、先ほど感じた柔らかさと暖かさ……そしてどうしようもないくらい心を揺り動かす強い感情が心を支配する。
その場ではじっと出来ないくらいの羞恥心で、頭が沸騰しそうになったわたくしは頭を抱えてその場に座り込むが、それを見たユルとクリスはお互い顔を見合わせる。
「……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……記憶を消してくださぃぃぃぃ……」
「……いきなり赤くなりましたな」
「ずいぶん真っ赤だね」
まずい、まずいぞ……前世までわたくし男性だったわけでさ、今世は女性として生きてるけどそりゃーもちろん女性的な感性や、感情、体質、生理的な習慣なんかも許容してきたわけだが。
よりにもよって一番避けようとしていた男性に対して女性として恋愛感情を感じているなど、自分のアイデンティティが完全に崩壊するくらいの衝撃なのだ。
確かにちょっと彼へと惹かれる部分はあったかもしれないけど、それは友情とかの角度違いであって愛情を感じてるとか、彼に「愛している」って言われて心から嬉しいと思っちゃったりとかそんなことは間違いであって、そうじゃなければどう考えたっておかしいわけで、そうだ女神様がクリスにどうやって魔力を渡すのかちゃんと教えていないのが悪いに決まっている、そうだ決まっているんだ! だから絶対間違っているんだこんなことは、ユルもユルであんな場所で心配そうな声をあげるから悪いに決まっている、うああああああああ! なんでこんな感情に包まれてるんだわたくし!!!
超高速で思考を回しながら恥ずかしさのあまり地面に額をゴンゴン打ち付けながらうずくまるわたくしを、心配そうに見つめているクリスとユル。
そんな空気の前にポカンとした表情で動けなくなっているものが一人だけ存在していた。
「……どう言うことだ……先ほど確実に死んだはずだったのに……」
「……魔王トライトーン、お前はシャルを傷つけた……絶対に許さないぞ」
完全に蚊帳の外に置かれた魔王トライトーンだったが、その姿を改めて見たクリスが恐ろしいまでの殺気を放ったことで、彼もそれまでのクリスと何かが違うと感じたのだろう。
金色の戦斧を構えると一気に距離を詰めて神速の斬撃を振るう……その一撃は先ほどまで混沌魔法を放っているとは思えないほどの鋭さであり、地面に頭を叩きつけていたわたくしも完全に反応が遅れてしまっていた。
だが……キャイイイン! と言う甲高い音を立ててクリスは戦斧による一撃を見事に名剣蜻蛉によって受け止めて見せる。
その剣捌きはまさに……勇者の品格を兼ね備えたものだ、マルヴァース始まりの勇者スコット・アンスラックスにも匹敵するその神速の剣、今ここに勇者クリストフェル・マルムスティーンがその本領を発揮しつつあった。
「ば、バカな……! お前がこれを受け止められるわけが……!」
「僕の剣はカヴァリーノ流……だが僕の体は別の剣術を覚えている……!」
それは剣戦闘術基本の型に近い動き……まさにわたくしが扱うそれに近い動きを今のクリスは見せてのけた。
本来戦闘術は総合的な戦闘技術であるため、ド派手な攻撃だけでなく基本的な型の訓練も反復練習して覚えるのだけど、彼は少しの間だけわたくしが基本形を対戦形式で教えていたため、それが咄嗟に出たのであろう。
マルヴァースでは戦闘術自体の知識は完全に消滅しているものの、レーヴェンティオラではある一定以上の技量を持つ人間は覚えることが許されていた。
究極なまでに洗練し、消化したのはわたくしの前世である勇者ラインだけだったと思うけど、仲間だった女騎士も戦闘術を使っていたからな。
覚えりゃ誰でも使える……使うためには恐ろしいまでの修練と天性の素養が必要となるとはいえ……クリスはそれを見事に操ってみせた。
「おおおおッ!」
「うお……ッ!!!」
クリスは戦斧の刃先を滑らせるように蜻蛉で流すと、その勢いに態勢を崩した魔王トライトーンの腹部を一気に切り裂く。
あまりに見事な一撃に思わずわたくしですら感心するような一連の動き……何だあれ、あんな動き教えてねーぞ!? と思う間も無く、クリスは一気に魔王トライトーンを攻め立てていく。
彼が放っていく神速と呼ぶに相応しい斬撃は、この世界に普及しているスコット・アンスラックスに連なるカヴァリーノ流剣術だ。
直線的な動きで切り裂く剛の剣と、優雅で幻惑するような柔の剣を組み合わせた剣術は誰でも使えるというメリットと共に、学ぶものが多いため技の種類は理解されているというデメリットがある。
「ぐ……! こいつ……動きが早い……ッ!」
「僕は勇者アンスラックスを超えて見せるッ!!」
「……クリス……! そうだ、わたくしは……」
クリスが魔王トライトーンに挑みかかっている間、わたくしはようやく自分のやらなければいけないことをふと思い出し、ゆっくりと立ち上がった。
隣には心配そうな顔で見上げる幻獣ガルム族のユルが座っていたが、わたくしは優しく彼へと微笑んでからそっと頭を撫でる……彼との主従契約は先ほど解除してしまった。
だがこれまで一緒に歩んできた道のりは契約以上に、強い心の結びつきを感じている……契約がなくても、ユルはわたくしのために働いてくれると、彼自身の瞳が雄弁にそれを語っていた。
「……ユル、お願いね、クリスを守って……」
「承知、それとシャル……我は貴女と共に生きたこの数年を誇りに思っていますよ、契約を解除されたのは少し心残りですが、我は貴女の願いを叶えましょう」
その言葉と同時にユルの全身から紅蓮の炎が吹き出す……幻獣ガルム、地獄と呼ばれるその場所で死者の魂を見張るとされるその能力は、契約により底上げされていたものの数年間で成長した彼自身は以前とは比べ物にならないほどの凄まじい魔力を有していた。
先ほどまでの防御結界での消耗もあるだろうが、それでもユルはそこらへんの幻獣よりはよっぽど強力で、尚且つ強大な能力を有している。
ユルはわたくしへと微笑むように口元を歪めると、炎を纏ったまま前に出る……それを見送ったわたくしも地面へと転がっていた愛剣不滅の元へと歩み寄る。
「……ごめんね、もう少しだけ力を貸して……この世界の勇者が目覚めた以上、わたくしに貴方を振るう資格はないかもだけど……」
不滅はまるでその言葉に反論するかのようにブルブルと震える……思えばこの剣は元々マルヴァースの勇者であるスコットさんが一〇〇〇年間所持していたものだ。
色々あってわたくしの元へとやってきたが、それなりに愛着も湧くし共に過ごし悪魔を切り裂き、苦難を乗り越えてきた大切な相棒に他ならない。
剣を拾い上げると、まるで喜んでいるかのように手の中で少しだけ震えた不滅を見てわたくしはそっと微笑む。
魔王トライトーンを倒し、この世界に平和を……イングウェイ王国の内乱を止め、失われる可能性のある命を救う。
勇者にしかできない仕事をしよう、わたくしはレーヴェンティオラの元勇者……そして今はイングウェイ王国の大貴族、インテリペリ辺境伯家の令嬢シャルロッタ・インテリペリ。
それは何も変わらない……そして魔王トライトーンと戦っているイングウェイ王国第二王子にして、わたくしの婚約者、クリストフェル・マルムスティーンが命をかけて戦っている。
「彼を助けないと……」
わたくしは魔剣不滅を手にしたままゆっくりと歩き出す……魔王トライトーンと戦うクリスの元へ。
先ほどまで生命力を失って死に瀕していた肉体は全て元の状態へと戻っている……それどころか、疲労すら一瞬で消滅し、まるで何日も休んだ後のように体が軽い。
魔力に変換し続けて負荷がかかり過ぎて自己破壊したはずの脳すら元通りだ……なんならここに来る前よりも調子が良くなっているくらいなのだから。
頬に付着していた血液を手で拭うとわたくしは一気に駆け出す……魔王トライトーンを倒すために、そしてクリスを助けて世界の平和を救うために。
「……元勇者シャルロッタ・インテリペリが参る……魔王トライトーン! お前を倒して世界を救ってやるわ!!!」
_(:3 」∠)_ 魔王様「ええ……?」(ドン引き)
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