第三五〇話 シャルロッタ 一六歳 闇征く者 一〇
「剣戦闘術第六の秘剣……絶死乃太刀ッ!」
「ク……あ……バカな……ッ!」
わたくしの振るう幾千の刃が闇征く者へと迫る……斬撃の軌跡がまるで流星のように棚びくと共に、訓戒者が咄嗟に魔剣死神の舞踏で受け止めようとした刀身をまるで陶器のように容易く打ち砕くと、そのまま彼の肉体を十重二十重へと瞬時に切り裂いていく。
その肉体に留まらず剣を振り抜いた地面、壁、そして空間を一気に切り裂き破壊し尽くすと、圧倒的な幾千の斬撃は次第にその存在を消滅させていく。
圧倒的な攻撃力……わたくしが持つ剣戦闘術の中でも禁じ手とされる究極奥義の一つ、絶対的な死をもたらすスペードのエースの名前を持つこの技は、前世でも容易に振るうことのできない諸刃の剣でもあった。
「……奥の手ってのは最後まで取っておくものよ?」
「……バカな……! 斬撃が全て実体……?!」
完全に切り裂かれ、ボロ切れのような肉体が自らを支えきれなくなり地面に崩れ落ちると共に、闇征く者の残された顔だけが驚愕の表情を浮かべてこちらを見つめていた。
この剣技は多次元的に刃を複製し、同等質量の斬撃を相手へと叩きつけられるのだが、当たり前だけど剣というものは物体である。
物体というものは限界応力が存在し、どんなに頑丈な作りをしていてもそれを超えると壊れてしまう……例えばガラスのコップを床に落とすと、コップは強い力を受けたことで限界応力を超えて破壊されてしまう、だったかな。
わたくしは物理学とかそれほど勉強していないので、あやふやだけど単純に言えば強い力を受けた物体は破損する、と考えればいい。
これは日常で生活しているとあまり頭には入ってこないことだけど、逆を言えばこの限界応力を超えない衝撃であれば物体はきちんと耐える。
どんなに美しく作られた刀剣でも、魔力を有した魔剣であっても実はこの限界応力を超えた疲労は、剣そのものが折れたり破壊されてしまう危険性を孕んでいるし、わたくしは普通の刀剣を扱う際はかなり気を使って振ってたりもする……だってそっこーで壊れちゃうんだもん。
だが……魔剣不滅はどういう原理なのかなんだかよくわかっていない部分も多いのだけど、絶対に壊れないという特性を有している。
絶死乃太刀は多次元的に斬撃を複製して叩きつけるが、この多元的というのが厄介で、使用した武器には複製した分と同じだけの応力が一気にかかると思えばいい。
つまり、一〇〇〇回分の斬撃を複製して放てば一回の斬撃にかかる応力が一〇〇〇倍になるわけで……そりゃ武器なんかこの技を放った瞬間に粉々になるに決まってる。
なので禁じ手……剣戦闘術の師匠からは「絶対に使うなよ?」と言われたもんだっけ……。
「魔剣不滅は不滅の魔剣……とはよく言ったものね」
「……クハッ……見誤ったか……」
闇征く者の赤い瞳と、うねうねと動く触手がまだそれでもなお彼自身の生命の火が尽きていないことを示しているが、ここからの復活は相当に難しいだろう。
混沌の眷属、悪魔なども含むが本質的に肉体は仮初のものに近く、存在そのものを消滅させなければ本当の意味での死を迎えることはない。
訓戒者が仮初の肉体を修復してくるのは相手との戦闘を継続するために必要な行為でしかない、存在を維持するだけであれば肉体などさっさと捨てて何百年をかけてでも復活を選択するだろう。
実際に前世で戦った高位悪魔によっては、たった一撃でさっさと肉体を捨てて逃げてしまうものも存在していた。
人間の寿命を考えれば自分よりも強い強者と出会ったとしても、彼らが再び肉体を得るまでにかかる時間を考えれば、それも選択肢としては正しいのかもしれない。
「……さて、ここで肉体を完全に滅ぼせば、アンタは何千年帰ってこれないのかしらね?」
「……」
「あらぁ? だんまりなんてよくない子ね? よく喋る子の方がモテ……うっ!」
不滅の切先を突きつけたまま笑うと、それを見た闇征く者の瞳と触手が何かを考えるかのように少しの間動きを止めた。
だが……急にわたくしは背後から不気味な気配を感じ、咄嗟にその場を飛び退く……次の瞬間、それまでわたくしが立っていた場所に恐ろしい数の触手が突き刺さると、地面ごと粉砕していく。
この触手は……とわたくしがその出所へと視線を向けると、今まさにクリスと戦っているはずの魔王トライトーンの背中から伸びていることがわかった。
わたくしの視線を見つめるように、魔王の黄金色に光る瞳と目が合う……圧倒的、かつ濃密な混沌の魔力が魔力を見抜くわたくしの瞳に恐ろしいまでの負荷が加わった。
「……なんてまりょ……くっ!」
『いかんなぁ……我の愛する子供達をそのように扱われては……』
不気味な声……地獄の底から搾り出したような印象を持つその声は目の前の腫瘍にしか見えない塊から出ており、直接脳へと語りかけるかのように、ぐわんぐわんと響いている。
わたくしの瞳に負荷がかかり過ぎたのか、軽く視界が真っ赤に染まっている……ボタボタと血液が瞳から落ちて頬を伝って流れ出す。
これほどまでに濃密な魔力を感じることは久しい……目の前で職種に絡め取られた闇征く者の頭部が魔王の体へと取り込まれていく。
「ぐ……まずい……ッ!」
「……辺境の翡翠姫よ……混沌の世が訪れ、貴様の魂が堕落した先でまた会おう……」
「ふざけ……待てえッ!」
闇征く者の頭部が侮蔑のような表情を浮かべて腫瘍の中へと埋没していくのを見つつ、わたくしは焦りの感情と共に前へと駆け出す。
混沌の眷属が行う共食い、能力や魔力、特性を取り込むための儀式のようなものだが、本質的には同化とともに自らの力を増す行為に他ならない。
魔法トライトーンが訓戒者を取り込んだ時に起きる反応が予想できない、というかできる訳がないのだが、それでもそれを止めないことには何が起きるかわかったものではないのだ。
一気に距離を詰めたわたくしは肉の中へと沈み込む闇征く者の頭部へと手を伸ばし、その口元の触手に手をかけそのまま引き摺り出そうと思い切り引っ張る。
「このおおおッ!」
「クハッ! 貴様はこれが何を意味しているのか理解しているな……」
「ふざけ……魔王の強化に付き合うほどこっちは暇じゃないッ!」
腫瘍の中へと沈みつつあった闇征く者の頭部を引き摺り出していく……メリメリメリという音を立てて肉の中から次第に溶け出し始めていた頭部がじわじわと浮き出していく。
だが、同化を阻止しようとしている私の視線と、闇征く者の赤い目が合うと彼の瞳はぐにゃりとまるで嘲笑しているかのように歪むと、別の触手をまるで槍のように伸ばした。
その軌道はわたくしの顔を目掛けて放たれており、咄嗟の防御反応で顔を逸らした瞬間触手自体がずるりと滑るようにわたくしの手の中から滑り落ちると、そのまま腫瘍の中へと消えていく。
「くは、クハ、クハハッ!! さらばだ……ッ!」
「てめえ……ッ! ふざけんなッ!」
叫んだところで間に合わない……まるで水に絵の具が溶け出すように、訓戒者の顔はずるりと崩れ落ちるとそのまま魔王トライトーンの体へと同化していった。
ぶるりと震える腫瘍の塊……頭だけの同化でどれだけの効果が生まれるのか疑問に感じるところではあるが、魔力とは魂の付属物だという説もあるくらいなのでこの行動で魔王の能力はさらに底上げされるに違いない。
意図は分かっているのに止められない……転生してからというもの後手に回り続けている現状が恨めしいところではあるが……軽く舌打ちをしてからわたくしは反対側の位置にいるであろう、クリスの元へと次元移動を使って移動していく。
「……シャル! よかった、急に魔王の動きが……!」
「……少し距離をとりましょう……訓戒者が魔王と合体しましたわ……」
「……それで急に動きが……」
近くの影から姿を現したわたくしに気がついたクリスが少し嬉しそうな表情でこちらを見るが、魔王トライトーンはなぜだかクリスには本気で攻撃を行なっていなかったようで、彼の体には細かい傷のあとはあるものの、命に別状のあるような怪我は負っていなかった。
よかった……彼に何かあれば本当にどうしていいのかわからないからな……わたくしがほっと息を吐いて安心していると、クリスはわたくしの元へと駆け寄ると優しく体を引き寄せてきた。
は? いきなり……急な行動で心臓がドクン、と跳ね上がるがクリスはそっとわたくしを抱きしめると深いため息をついてから耳元で囁いてきた。
「……よかった、無事で……大きな怪我はないか? 血だらけだけど動けるなら治したってことだよね?」
「……あ、あの……その……わたくしも、安心しましたわ……怪我は、その治してます……」
なぜだかクリスに抱きしめられているとほっとした気分になってしまう……隣でこちらをみながらどうみてもニヤニヤ笑っているようにしか見えないユルの赤い瞳が少し気になるところではあるが、わたくしはクリスの腕の中でされるがままそっと彼に体を預ける。
あーあ……なんでこんなに……と自分の昂る心臓に奇妙な恥ずかしさと、それを良しとしてしまっている自分の心の動きに戸惑う。
お互いの体温が感じられるとどうしても気持ちが和らぐ……少し前まで猛々く荒ぶっていた自分の心が落ち着いていく気がして、お互いが束の間の心地よさに浸っていた。
しかし……そのほんの一瞬訪れた静かな瞬間を引き裂くかのように、不気味な声があたりに響き渡った。
『グハハ……同化は完了した……勇者たちよ……ここからは我の真の姿を見せるとしようぞ……』
_(:3 」∠)_ ユル「あらあら」(ゲス顔
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