第三四六話 シャルロッタ 一六歳 闇征く者 〇六
「笑わせんなこのクソ混沌が、俺を殺そうなんて一〇〇〇年早いんだよ」
俺は闇征く者の言葉を聞いて声を殺して笑うと、魔力の集中をさらに高める……だが、それと同時に俺の身体に異変が起き始めた。
これは仕方ないが、シャルロッタ・インテリペリという少女の肉体は、前世と違ってあまり強靭ではない肉体故に、莫大な魔力の影響が俺の身体を自壊させ始めているのだ。
俺の意思とは無関係に別の生き物だったかのように左腕が勝手に痙攣し、あらぬ方向へと音を立ててへし折れるがそんなこともお構いなしに俺はほぼ半自動で自壊し始める肉体を強制的に修復していく。
ビクビクと痙攣しながら勝手に引き千切れようとしていた左腕は元の位置まで戻ると、軽くブルリと震えた後ようやくうまく動かせるようになり、俺は軽く左腕を叩いた。
「……勝手に動くんじゃねえ、馬鹿が」
「もはや人間の所業ではないな……魔力の大きさも、その狂気じみた精神力も……」
「そりゃ一度や二度死んでりゃ、どっかぶっ壊れるに決まってんだろ」
そう、俺は二度死の体験をしている……一度目は前前世におけるトラックに跳ね飛ばされ、いや正確に言うならトラックに跳ねられた後ミンチになっただが、それで死を体験している。
そして二度目は勇者ラインとしてレーヴェンティオラの魔王を倒した時に相打ちとなったこと……双方ともに死の間際に感じた恐怖はシャルロッタ・インテリペリとなった時も忘れられない強い記憶となっている。
死ぬということが怖くないか? と問われれば死にたくはないと答えるだろうが、力のない大学生だった前前世と比べるとそれを理不尽に跳ね除けられる力を手に入れた今は、少し感覚が異なっている。
「第一お前らだって本質的な意味の死はないはずだ」
「クフフッ! 確かに……我々混沌の眷属には死という概念は存在しない」
そう答えると闇征く者はゆっくりとローブの裾を捲り上げて筋肉質な腕を俺へと突き出す……なんだ? と思ってその腕に視線を向けると、彼の腕はまるで何かを形作ろうかと言わんばかりに蠢くと俺の記憶にもある一つの形へと変化していった。
ひどく醜く押し潰したかのようなヒキガエル面、皮膚のあちこちに腫瘍が浮かぶその顔は訓戒者の一人である知恵ある者そのものだ。
彼の肉体が変化した、ということはそもそも訓戒者そのものが命を共有しているということも考えられるのだが。
「……知識や命も共有できるのか?」
「いやいや、そうではないよ……こいつは俺が喰ったんだ」
喰った……同化とか共有とかそういうレベルではなく非常に原始的なやり方ではあるが、実際に種族によっては相手の肉を食うことでその力を手に入れられるという価値観を持つものもいるし、この世界ではあながち間違いではない行動ではある。
例えば魔物の一部は近親間で共食いをすることで血の純度を上げて基礎能力を向上させるという特殊な体質を持つものがいる。
近親以外の共食いではその体質は発揮できないらしいし、そもそもその魔物は大量の子孫を残すことから、飢餓などを防ぐ知恵みたいなものかもしれないな。
ともかく訓戒者同士も似たような感じで眷属同士が共食いをすることでなんらかの能力が底上げされる可能性もあるのかもしれない。
さて……そんなことを考えていると知恵ある者の顔は、俺と視線が会うと昔見た顔そのままの表情でニタリと笑う……その表情はまるで生きているかのように自然なもので、薄寒くなる気分を押し殺す。
そんな俺の表情に気がついたのか闇征く者は声を殺して笑うと、赤い瞳を細めた。
「クハハッ! こいつが悪魔を喰らうところも見たろう? あれと一緒だよ」
「だから食べたとでも?」
「そうだな、それと合わせて知恵ある者はすでに神が必要ないと判断したのでな……処分は必然だったと言える」
混沌神の眷属はその全てが混沌四神の血を分けた子孫のようなもので、神は最下級の悪魔ですら慈しみ愛するとされている。
それにもかかわらず必要ない、という烙印を押されるのは相当なものだと思うのだが……だが、そのような疑問を考える余地など与えないとばかりに、ヒキガエル面をしていた闇征く者の左腕が元の形へと戻っていった。
何度か指をゴキゴキと鳴らした後、訓戒者は仮面についた嘴の隙間から、黒いモヤのようなものを吹き出した。
「……お話は終わりだ、次は確実に殺す」
「はっ……必ず殺すっていったやつは大抵それが出来なくて泣くんだぜ」
「くだらぬ……俺は殺すと決めたものは全員殺してきている」
「へー、奇遇だな……俺も許さねえって決めたやつは全員ブチ殺しているぜ」
俺がイタズラっぽくケタケタと笑うと、闇征く者も仮面の下で笑っているの方が細かく上下しているのが見える。
お互い違う立場だったら案外気が合うやつとして認識したかもしれないが、俺は元勇者でこいつは混沌の眷属……馴れ合うこともできないし、友情なぞ芽生えるはずもない。
そのままお互いが睨み合ったまま静寂がその場を支配し始める……遠くの方で戦いの喧騒や悲鳴、そして爆発音などが響いているのが聞こえるが、これはオーヴァチュア城へと突入しようとしている第二王子派と、衛兵隊の小競り合いの音だろう。
俺と闇征く者の息遣いすらこの広い室内を支配しているような感覚に陥る……永遠とも言える静けさの中、どちらからともなく無くほんの少し前に出たのか、ジャリっという小石か何かを踏みつけた音が響き渡った次の瞬間。
「神滅魔法……聖炎の円環ッ!」
「混沌魔法……不浄の終極ッ!」
俺の魔力が解き放たれると同時に、俺の背後に巨大な円環のように象られた煌々と赫く輝く爆炎が召喚される……神滅魔法で炎を扱う魔法はそれなりに数があるけど、こいつはその中でも上位に位置する破壊魔法の一つだ。
円環となった炎はまるでそれ自体が意思を持つかのように回転し、速度が上がるにつれて甲高いキィイイイン! という音をあげていく。
それに対峙する闇征く者の背後にも凄まじい漆黒の闇が広がっている……その闇はまるで空間をこじ開けるように広がると幾つもの顔を持つ巨大な腐肉の塊が出現していく。
腐肉……まるで周囲へと悪臭を撒き散らすかのように、紫煙を吹き出すそれが人か何かを模した何かであることを理解するまでにほんの少しだけかかった。
「……悪趣味極まりねえな!」
「いやいや、これでも君の魔法に対抗するべく考えた結果だよ」
「なら火力勝負と行こうじゃねえか!」
俺の昂りに呼応するかのように跳ね上がる魔力と、回転する炎の円環が速度を上げるとともにその色合いを赤から蒼へと変化させていく。
だがそれに呼応するかのように紫煙を吹き出す腐った顔達は俺に標準を定めたのか、腐り落ちてもはや原型を留めていない眼球で俺を捉えると共に大きく口を開けて吠え声を上げる。
単なる人とかそういうものじゃねえな……おそらく神話の時代よりも前に存在した伝説的な存在、すでにその存在は滅びて久しい古代の巨人か何かのように思える。
だがそれすらも打ち砕けずして何が勇者なのか……俺と闇征く者はほぼ同時に魔法を解き放つ。
「……くたばりやがれッ!」
「クハハハハハッ!」
俺の背後で回転していた蒼の円環から凄まじい光と共に恐ろしく巨大な火線が放たれる……あまりの高温で周囲の空気すら焼き尽くし、城の構造物すら消失させながら訓戒者へと迫る。
だが、それに対抗するかの如く闇征く者の背後で吠え声をあげていた巨人達の口から、紫色の炎が放たれる。
同じ炎系の魔法……こいつこっちが使う魔法を予想して似たようなタイプの魔法を放ったってことか、だがそれでも俺の扱う神滅魔法の威力を超えることなどあり得ない。
ちょうど中間点で双方の魔力が衝突するとともに、その威力を競い合うように攻撃の押し合いが始まるが、威力にはとてつもない差が生まれている……青い炎は紫炎を押し戻し巨大な破城槌を叩きつけたような轟音を立てて周囲の壁や床を吹き飛ばしにかかっていた。
「……ハッハッハーッ! 城ごと全部吹き飛ばしてやるッ!」
「クハハ! 周囲を焼き尽くす青い炎……魔力で再現するには困難な温度、それを巨大な矢のように打ち出す……恐るべき魔法、驚異的な魔力……これはとてもかなわんな」
「研究熱心だな、吹き飛ばされる前もお勉強かぁ?!」
「だがお前はわかっているのか?」
「何が……」
闇征く者はゆっくりと右手の人差し指を天井に向ける……その方向へと俺が視線を向けると、その先に懐かしい光を見つけて思わずギョッとした。
視線の先……おそらくそこは玉座の間なのか、それまでまるで気が付かなかった巨大な混沌の魔力が渦巻いているのが感じられる。
そしてその渦巻く魔力の前にいるのは、幻獣ガルムの赤い魔力とそして暖かな優しい光を持つ一人の男性が……クリス?! なんで玉座の間に……と俺の心臓が跳ね上がった瞬間、魔力のコントロールが一瞬だけ乱れた。
そのまま俺と闇征く者の視界が真っ白に染まっていく……それまで指向性を持って放たれていた魔力が紫炎を飲み込む瞬間、行き場を失って空間ごと焼き尽くしにかかったのだ。
「……しま……っ……こんな時に動揺させやがって……馬鹿野郎……ッ!」
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