第三三話 シャルロッタ・インテリペリ 一五歳 〇三
「……では入学の宣誓を、本年度はイングウェイ王国第二王子であらせられるクリストフェル・マルムスティーン様が入学するため、殿下にお願いをするとしましょう」
王立学園の巨大なホールに、本年度の入学生約二〇〇名が一堂に集結し入学式が進行している。
この巨大ホールは王立学園の創立以来ずっと使われている由緒正しき建物であり、王国の式典なども行うことが可能なレベルで整えられた場所にもなっている。
殿下が舞台の上に颯爽と現れるのを見て、女子生徒が黄色い声をあげる……確かにイケメンだしな、王族であることだけでなく、彼自身が毎年行われている王国の騎士祭、騎士を目指す候補者が出場する大会でも上位入賞しているしで、この王国内ではかなり人気のある人物の一人ではあるのだ。
「皆さん、こんにちは……僕はこの王国の第二王子クリストフェルだ」
殿下が挨拶を始めると途端に周りの女子生徒がきゃあああっ! となぜか黄色い歓声をあげ始め、ほんの少しだけイラッとしてしまうが、いや違う単に周りがうるさいだけだから仕方ないのだ、別に他の女子が彼を見て騒いでるからムカついた、とかそういうのではない。
壇上に立つ殿下はキラキラと金色の髪を輝かせており、見た目も相まって神々しく感じる……わたくしと初めて対面した時のような青白い顔をしておらずかなり健康的に見える。
「……この学園では、平民や貴族の垣根を超えて共に王国の未来を支えるための人材を育てるという目的がある」
あの時疫病の悪魔を使って殿下に呪いをかけていた相手は結局捜査できずじまい……というのもわたくしはその後王都に来たとしても、婚約発表からわたくしと交友関係を作りたい貴族令嬢たちのお茶会、夜会への参加で引っ張りだこになってしまったからだ。
結局誰が殿下に危害を加えたのか、どういう目的があったのかわたくしは調査できず、殿下もその周囲も「病気が治った、女神の恩恵だ!」だけで終わらせちゃったものだから、自分に危害が加えられていたなどという事実は理解していないようだ。
「……僕はここに宣言する、貴族が平民出身の学生に嫌がらせをするような風潮は許さない、と」
まあ、こうやって王都に来たのだからわたくしが時間のある時にコツコツ調べて行っても良いわけだし、王都に来れたのだからシャルロッタとしてではなく、別の顔を持って行動するというのも考えてもいいかもしれない。
これは前から考えていたことだが、貴族令嬢が表立って行動するのはあまり……好ましいものではない、とはいえそれは表向きの話で、この王国の貴族や騎士は冒険者として活動するものも多く存在している。
まあ本人が表立って行動することもあるが、顔を隠して偽名を使ったり別人として行動することもあるのだとか……それはわたくしにとってやっておきたいことだったので、余計な詮索されないというのは良いことかもしれないな。
「以上、僕は僕の名前と愛する婚約者に誓おう、そして共に学ぶものへの敬意を持って皆と交流していこうと思う」
全然違うことを考えていたら、殿下のお話が終わってしまったが……何喋ってたんだろ? 後で聞かれても微笑んで誤魔化せばいいことだろうし、彼が考える理想の図しか喋っていないだろうからな。
その後問題なく入学式が終わり、わたくしはそのまま席を立った……本日はクラス分けを発表して、それで終わりだったな。
なら確認だけして帰ってお風呂でも入るかなあ……と考えていると、ふと隣に座っていた女子生徒が興味深そうな顔でわたくしをじっと見ていることに気がつきわたくしはその女子生徒に振り返る。
「あ、あの……貴族の方ですか?」
その女子生徒は胸に平民出身であることを示す十字のワッペンをつけているが、顔立ちは可愛らしく深く青い目と同じ色の髪をショートボブにしており、背丈は今のわたくしと同程度だ。
うーん、可愛い……小動物的というか、純粋な印象のある少女で少し緊張気味の表情をしているのがまた、なんというか……わたくしはじっとわたくしを見つめているその女子生徒に微笑むと軽く会釈してから答えることにした。
「ええ、わたくしはシャルロッタ・インテリペリ……あなたのお名前を教えてくださる?」
「わ、私ターヤ・メイヘムと言いますっ!」
彼女はそっとわたくしの手を握ってブンブンと振るように答えるが、その様子がどことなく前世の魔法使いの仕草に似ていて思わず顔が綻んでしまう。
なんだろう守りたくなるようなそんな印象の女子だ……庇護欲を掻き立てられるというかなんというか……笑顔を浮かべたわたくしに急に赤面したかのように恥ずかしそうな表情を浮かべたターヤは、怒涛の自己紹介を始める。
「隣にすっごい綺麗な人がいるなって思ってて……! ずっと声をかけたかったんです! ……それで……」
ターヤは本当に嬉しそうな顔でわたくしに微笑みながら、自分のことを話し始める。
彼女は王都出身ではなく、別の地方……ラウドネス伯爵領に住んでいたらしく、そこで両親は宿屋を営んでいるのだとか。
ただ彼女自身は学業においても優秀だったらしく、将来的には宿を継ぐのではなく商会への就職を目指したいと話したところ、商会から王都に出て王立学園へと入学し、勉強するように言われたのだという。
「するとターヤは将来商会を作りたいとか、そういう目的がございますの?」
「ううん……最終的にはお家を継ぐ予定なんだけど、ただすぐに継ぐよりは商会で学んだことを活かしたいなって」
わたくしたちは一緒に歩きながら話をしているが、なんだかこの少女はすごくいい子だな、と個人的には好意を持ってしまった。
人の懐に入るのが非常に上手い気がする……おそらく宿で荒くれ者やお客さんを相手にしているため、対人関係のスキルが高いのだろう……商会が目をかけているのもわかる気がする。
「ターヤなら商会でもうまくいきそうね」
「シャルロッタ様にそう言っていただけると嬉しいです」
「シャルでよろしいですわ、わたくしもターヤって呼びますので……」
「いいんですか?! じゃあ今度からシャルって呼ぶね」
「おやおや……王子の婚約者ともあろう女性が気安く平民と仲良くしているとは……」
ターヤの言葉に笑顔で微笑むわたくしを見て、彼女は本当に嬉しそうな顔で何度もお礼を言ってくるが、そんなわたくしたちの前に嫌味ったらしく声をかけてきた男性がいたため、わたくしはその声の主へと目をむける。
栗色の髪に、赤い目の貴族を示す稲妻のワッペンを胸につけた……少し生意気そうな男性がわたくしを見て少し厳し目の表情を浮かべ、睨むような目を向けてくる。
うーん……名乗ってくれないと本当にわからないんだよな……誰だっけ?
「……ええと、どこかでお会いしましたでしょうか?」
「俺はミハエル・サウンドガーデン、サウンドガーデン公爵家の次男だ……お前は辺境伯家のアレだな、ナントカ姫」
ミハエルと名乗るその小生意気そうな印象の男性は、ターヤを一瞥すると舌打ちをする……そんな彼の態度にターヤが少し怯えたような表情を浮かべたのにわたくしは気がついて、彼女を庇うように前に出た。
そしてイラっとする気持ちを抑えながら満面の笑みで軽くスカートを持ち上げてカーテシーしてみせる。
「シャルロッタ・インテリペリでございます、過分にも辺境の翡翠姫と呼ばれておりますわ」
「ほう……さすがは殿下の婚約者、というところか?」
「で、王子殿下の婚約者!? 辺境の翡翠姫って噂になってた?!」
ターヤがわたくしの後ろで驚いたように声を上げるが、もしかして彼女はわたくしが殿下の婚約者ってこと知らなかったのか……シャルロッタ・インテリペリという名前よりも、市井では辺境の翡翠姫の名前の方が有名なのかもな。
ターヤは何か言い訳じみた「確かに銀髪で綺麗だとは思ってたけど!」とか「わ、私名前を覚えるのが苦手で!」とか色々必死に呟いているが、わたくしはそんな細かいことを気にするような心の狭い人間ではないため、彼女へと微笑んでからそっと頭を撫でてあげる。
婚約発表の告知も辺境の翡翠姫って前面に押し出されてたこともあったし、割と本名は知られていなかったのかもしれない。
「それでミハエル様はどう言ったご用件でしょうか?」
「貴族のくせに平民と仲良くしている……殿下の理想に婚約者も追随しているのが、気に食わないだけだ、貴族は民衆を支配し、民衆はそれに従うのが道理であろう?」
「……殿下は平等に学園で学びたいとおっしゃっておりますわ、貴族であるわたくしたちが率先してそれを実行するのは務めではありませんか?」
「理想論だ、そんなことは絵空事にすぎない……俺は殿下を支持しているが、平民と仲良くなれ合う気はない、覚えておけ」
ミハエルは吐き捨てるような表情を浮かべると、ターヤとわたくしを睨みつけてからその場を離れていく……周りの生徒達も少しザワついており、先ほど殿下の話していた理想、平民と貴族が共に学ぶという言葉を真っ向から否定しているのは正直いただけない。
わたくしの後ろで少し表情を曇らせているターヤに振り向くとわたくしは彼女にそっと微笑む……その笑顔を見てターヤが顔を真っ赤にしているが、まあわたくし綺麗だからな。
「ターヤ、気にしないでくださいましね。わたくしは一人の人間として貴女とお友達になりたいですわ、これからもよろしくお願いしますね」
_(:3 」∠)_ ミハエル君はクリストフェル殿下の取り巻きですが、貴族たらんとしている……という感じです。
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