第三三九話 シャルロッタ 一六歳 序曲 〇九
「う……わ、私は……」
「大丈夫か?」
マリアン・ドナテロが意識を取り戻した時、彼女は友人であり同じ侍従を務めているヴィクター・フェラルの背におぶってもらった状態で少し薄暗い通路の中を進んでいた。
何が起きて……と彼女が混濁する記憶を掘り返していくに従って、自らの痴態とそれに伴う失態が朧げながらに浮かんできてしまいマリアンは思わず息を呑んだ。
悪魔によって誘導され、ヴィクターだけでなく、クリストフェル殿下に自らの痴態を見られてしまったという事実が羞恥心を掻き立てたのか、マリアンは顔を真っ赤にして俯いた。
「だ、大丈夫……だとおも……う……」
「しばらくは動けないだろう、俺の背中で休んでいるといい」
「ヴィ……クター……その……私……」
恥ずかしさと申し訳なさ、そして今だに彼女の下腹部に余韻を残すむず痒くも心地良い熱さで彼女の声は小さく消え入りそうなものだった。
だがヴィクターは背中に背負ったマリアンを横目でチラリと見ると、気にするなとばかりににっこりと微笑む……彼は幼い頃からマリアンと共にクリストフェルの遊び相手だった。
彼自身はクリストフェルが特殊な立場にいる人間だとは薄々気がついていたし、そのうちいなくなるかもしれないとは考えていた。
侍従に取り立てられた後も彼自身はクリストフェルの友人であろうとしたし、クリストフェルもまた侍従としてではなく気の許せる友人だと言う認識を持っていた。
マリアンがクリストフェルへと憧れ以上の感情を持っていることも最初から知っていた、だがそれを止めることはしなかったし、むしろもし殿下が彼女を選んでくれたならそれはそれで祝福しようと考えていた。
「気にするな、お前の気持ちを殿下ははっきりと認識した……彼自身は立場があるから正妃にはなれないだろうけど、それ以外であれば……」
「私……もう殿下に顔向けできない……できないよぉ……」
マリアンはヴィクターの背中にしがみついてボロボロと涙をこぼす……いつの日だっただろうか? 泣きじゃくるマリアンを今と同じように背負って歩いていたことがあった。
マリアンの家庭はヴィクターと同じ下町にあり、彼女の両親は露天商で生計を立てていた……ヴィクターも同じような露天商の子供として生まれ、親同士が忙しい時に二人を遊ばせていたのが最初の記憶になる。
そのころはヴィクターが兄がわりでマリアンは大人しい妹という感覚ではあったが、それでも幼い二人は仲良く遊んでおり、その関係がしばらくの間続いていた。
『ねえ、僕と遊んでくれない? ついでにこの辺りのことを教えてよ』
美しい金髪、中性的な顔立ちの少年がやってきたのはそれから少し立ってからだった。
二人は子供だったこともあって警戒することなく、彼を遊び友達へと招き入れたがそこから少年……クリスとの逢瀬が始まった。
クリスは自分たちが知っている常識とは少しかけ離れたところがあり、ヴィクターやマリアンは一生懸命に彼に下町のことを教えた。
いつも夕方になると小綺麗な服を纏った男性がクリスのことを迎えにくるが、その際に男性は二人にお菓子を分け与えてくれたため喜んで受け取っていたが、明らかに市井では売られていないような豪華なものだった。
三人で遊ぶことが大好きだったヴィクターは、クリスのことを弟のように可愛がったしクリスもそんなヴィクターに懐いていた記憶がある。
マリアンは……おそらくその頃からクリスに対して少し違った感情を持ち始めていたのだろう、成長していくに従ってクリスがどうも貴族……しかも非常に偉い人の子供だということを理解し始めた頃から、マリアンは好意を隠す様になった。
『ごめん……今まで嘘をついてた……僕はこの国の……だけど、君たちに一緒にいてほしい』
クリスがこの国の王子であると明かされた時、ヴィクターはそれまでの行動からなんとなく納得をしていてこれでお別れだと思っていたのだが……クリス、いやクリストフェル殿下は二人に侍従となってほしいとお願いをしてきた。
命令ではない、あくまでも意思を委ねるという王族にしては控えめな要望にヴィクターは少し迷ったあと、返事を一度保留にした。
侍従が何をするのかわかってなかったのもあるが……だがマリアンは即決してクリストフェルの侍従になるために勉強をすると言い出した。
ヴィクターもそれを聞いて慌てて承諾を返したのだが……それはマリアンが届かない場所に行ってしまう恐怖も感じていたからもしれない。
以来二人は苦労もあったが人並外れた努力の結果、クリストフェルの侍従としての立場を確立していた。
「……殿下はマリアンの気持ちを判ってくれるよ、だからそんな恥じることはない」
「でも、でもぉ……私あんなことを……私の想いは汚れて……」
「気にするなよ……でも……もし殿下がお前を選ばなかったら、その時は……」
ヴィクターが勇気を振り絞って自らの想いを打ち明けようとしたその瞬間、凄まじい殺気を感じてヴィクターはその場から飛び退こうとするが、人を背負ったままではうまく避け切ることができない。
身を捩るのが精一杯の抵抗だったろう……ヴィクターは胸の辺りに強い痛みと、身につけていた革鎧がざっくりと切り裂かれた感覚で思わず膝をついた。
いつの間にか目の前にスパルトイ……エルネットが引き付けていた怪物の一体がそこで剣を構えてカタカタと揺れ動いている。
凄まじい痛み……マリアンが慌ててヴィクターの背から飛び降りて剣を引き抜いて構えるが、彼は胸を押さえて動けなくなっている。
「……何……怪物?!」
「ス、スパルトイだと……エルネットさんが引き付けてくれてたはず……ぐうっ……」
「ヴィクター!」
胸を抑える手のひら、そして指の間からどろりと真っ赤な血液がこぼれ落ちる……スパルトイは魔法により作られたゴーレムだが、ある程度は自律的に行動できる能力を持っている。
思考自体は単純だが、エルネットを見失った後各所に散らばり獲物を待ち構えていたのだろう……マリアンは涙を拭うと剣を構えてスパルトイへと切り掛かる。
王国でも有数の戦士に鍛えられたヴィクターとマリアンはひとかどの戦士として十分な実力を有しており、それ故に戦場でも活躍することができていた。
「よくもヴィクターを!」
マリアンが上段から切り掛かるとその攻撃を手に持った小盾を使って受け流し、スパルトイは鋭い横薙ぎの斬撃を繰り出す。
間一髪体を回転させるようにその攻撃を回避したマリアンは、裂帛の気合いと共に突きを繰り出した……その一撃はスパルトイの胸へと突き刺さるとグシャッ! という音と共にスパルトイの何かが破壊され、そのまま地面へと仰向けに倒れて動かなくなる。
マリアンはそれを見てすぐにヴィクターの元へと駆け寄ると、彼の胸に手を当てるが……夥しい量の血液が流れていることに気がつくと、慌てて腰に下げた小袋ポーションを取り出そうと袋を弄り始める。
「ヴィクター……! 死なないで……だめよこんな場所で……」
「う、がは……っ! ま、マズったな……はは……」
「喋っちゃだめ……これを……」
マリアンは袋から小さな小瓶を取り出すとヴィクターの口元に寄せて中身を飲ませようとする……これは貴重な治療用のポーションであり、冒険者などでもそう簡単に購入することができない特殊なものだ。
自己治癒力を格段に向上させ、まるで治癒魔法をかけたかのように傷口を塞ぎ、一時的ではあるが痛みを消し去ることができる。
だがヴィクターの容体は思っていたよりも悪く、彼はそのポーションを口に含むことができずに何度か咳き込んでしまった。
マリアンはその状態を見てすぐに自ら液体を口に含むと、そのまま躊躇なく口移しでヴィクターの口内へとポーションを流し込んだ。
「う、む……うっ……」
液体を嚥下したヴィクターは急速に痛みが消失していく感覚と、ポーションの効果により流血が穏やかになっていくのを感じてまだ口付けした様な格好になっているマリアンを両手でそっと押し除けると、胸を押さえたまま何度かひどく咳き込んだ。
マリアンはほんの少しの間唇を指で押さえて何事かを考えていたが、すぐに何かに気がついたように彼の体を支えると、楽な体勢へと寝かせる。
ヴィクターは少し苦しそうに咳き込んでいたが、ポーションの効果ですぐに痛みが引いたのか少し驚いたような表情を浮かべてマリアンを見上げていた。
その視線に気がついたのか、マリアンは少し気恥ずかしそうに視線を逸らすと呟く。
「ち、治療だよ……あのままだと貴方が死んでしまうと思って……」
「あ、ああ……すまない、俺がミスをした……」
ヴィクターの言葉にマリアンは黙って首を横に振ると、彼の隣に腰を下ろしてから優しく彼を抱きしめる……意外な友人の行動に驚きを隠せなかったヴィクターだったが、彼女を優しく抱きしめるとそっと背中を叩くと、ほっと息を吐いた。
ヴィクターは出血の影響でひどく寒さを感じていたが、マリアンの体温は優しく包み込まれるような感覚で心地よさを感じていた。
マリアンは黙って彼の腕に抱かれたままじっとしている……ヴィクターが優しくマリアンの髪の毛を撫でると、彼女は微笑んだまま彼の瞳をじっと見つめた。
ヴィクターはもう一度彼女を引き寄せ何も喋らないまま、マリアンの唇に自らの唇を重ねる……驚いたことに抵抗はなく、マリアンは黙ってされるがままになっていた。
ヴィクターはそっと唇を話すと、マリアンに向かって囁く……それは今まで彼が決して彼女に向けて話したことのない言葉だった。
「……戻ったらもう一度言うけど……俺はお前のことを愛している、だから後で答えを聞かせてくれ」
_(:3 」∠)_ ようやく告白
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