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第三三六話 シャルロッタ 一六歳 序曲 〇六

「はい、少し休んだほうがいい」


「ありがとうございます……」

 エルネット・ファイアーハウスが薬草茶の入った小さなカップをヴィクター・フェラルへと手渡すと、彼は少し疲労の色を隠せない表情ではあったが、受け取った後に少し微笑を浮かべる。

 湯気を立てる木製のカップは冒険者などがよく使っている質素なものだったが、ほんのりとした温かさが手のひら位感じられてヴィクターは少しだけ心が休まるような気がした。

 カップから一口液体を啜ると爽やかな香りがほんの少しだけ疲労を落ち着けてくれるような気がしてほっと息を吐く。

「……すいませんご心配をおかけして……」


「いや、大事な人なんだろ? だから君はそれだけ疲労している……」


「……はい、こいつと殿下は俺にとって大事な友人でもあるのですが、特にマリアンは……」

 ヴィクターは不安そうな表情のまま寝息を立てているマリアンの横顔をじっと見つめる……先ほどの悪魔(デーモン)による扇動で体だけでなく心が疲労しきっているのか、彼女の顔色は非常に悪い。

 精神を蝕む攻撃はその人が持つ魔法への抵抗能力に影響を受ける……特に魔法を常に使用し、魔力の流れをある程度認識できる魔法使いなどはその特性上抵抗能力が高いとされている。

 反面武器を使って肉弾戦を行う戦士や騎士は本人の精神能力にかなり左右され、抵抗能力をまるで持たないものも多く存在しているとされている。

 長年の魔法研究により精神操作系の魔法が危険すぎるという結論に達しているのも、こういった特性に影響を受けているのだが、王子の侍従となった段階でそういった知識などを十分に教えられていた二人は、一般人とは比べ物にならないほど魔法抵抗力は高いはずだった。

「……嫉妬なんですかね、シャルロッタ様への……」


「僕は冒険者だから、遠くに見える美しいものや貴重なものを手に入れたくなる気持ちはわかる」

 エルネットは子供の頃に読んだ冒険物語に感化されて冒険者としての生活へと憧れを持った……神話の時代(ミソロジー)の宝物殿、貴重な古代の武器、黄金に埋もれて眠るドラゴン。

 全ては子供の頃の夢だと諦める友人が多い中、彼は実際に冒険者としての人生を選択したが現実は非常に厳しかった。

 ゴブリンの小集団に遭遇し対抗しきれずに必死に逃げ回ることもあった、巨大な咆哮を上げるオーガに失禁しそうなくらいの恐怖を覚えた。

 運が悪ければ死ぬような大怪我も負ったことがある……だが、その度に隣で彼を支えてくれた女性や仲間がおり、非常に幸運だったとも言える。

 シャルロッタ・インテリペリとの取引に応じたのは本心ではもしかしたら「もう夢を追いかけるのは無理だ」と本音では考えていた自覚があった。

「……この内戦が終わったら僕は引退しようと思ってるんだ、もう長くこの生活を続けててそろそろ現実を見るべきかな、とね」


「……やはり冒険者は辛いですか?」


「楽しかったけど、終わりはいつか来るからね……子供の時に見た夢はいつかは覚めるらしい」

 エルネットは自分の手にあるカップに注がれた液体を見ながら少しだけ寂しそうな表情を浮かべた……マリアンが子供の頃の夢を諦められずにクリストフェルへの恋慕を持ち続けたことと、エルネットが子供の頃に夢見て冒険者として紡いだ物語はもしかしたら方向性が違うだけで同じものなのかも知れない。

 少しの間だけだが沈黙が流れる、だがその沈黙は廊下の方から響く音によってすぐに破られた……エルネットは腰に下げた剣へと手を当てながら音を立てないようにゆっくりと扉へと近づくと、ほんの少しだけ隙間を開けて外を覗き込む。

「……スパルトイ……しかも結構な数だな」


「まずいですね……」

 エルネットの視界に隊列を組んで一歩一歩ぎこちない動きながらスパルトイの一団が、この部屋の前を通る通路をゆっくりと進んでくるのが見えた。

 スパルトイ……竜牙兵などとも呼ばれるゴーレムの一種で、竜族の牙を使って作られており創造者の命を受けて目的を遂行する無慈悲な戦士である。

 古い要塞や宝物庫などにはこの無慈悲な番人が配置され侵入者を容赦無く皆殺しすることで知られているが、見た目は骸骨戦士(スケルトン)にしか見えないためよく混同される存在である。

 ただしぎこちないのは動きそのものでしかなく、いざ戦闘ともなると一流の戦士に見劣りしない戦闘能力を発揮する。

 数は二〇体ほど……二列縦隊で並んでいるため、召喚者は人間などではなく悪魔(デーモン)か混沌の眷属に他ならず、クリストフェルやエルネットなどの侵入に気がついている者が放ったのだろう。

「……ヴィクター君、僕があいつらを引きつける、マリアンさんが気がついたら城を脱出するんだ」


「エルネットさん……」


「大丈夫、スパルトイなら散々倒してきている……一人でも時間を稼いで逃げることくらいは可能だ」

 エルネットは微笑むが、彼の過去の経験では信頼できる仲間と共に四、五体のスパルトイと戦闘をしたことしかない。

 だがその時はまだ彼らも未熟で相手の剣筋を上手く読み切ることなどできず、かなり強引に押し切っている……そこから様々な経験を積んだエルネットであれば時間稼ぎ程度容易にできるはずだ。

 ヴィクターは未だ目を覚さないマリアンの寝顔を見つめる……本来であればエルネットと共に肩を並べて戦うべきだろうとは思うが、彼女を置いて移動などできようはずもない。

「……すいません、僕らが未熟なばっかりに……」


「……結婚式には出てくれよ」


「え?」


「君らに式辞をもらうんだ、僕とリリーナの結婚式でね」

 思いもかけぬ言葉にヴィクターは呆気に取られたままエルネットの顔を見つめたが、彼は笑顔でヴィクターに向かって片目を瞑ると、扉をそっと開けて通路の外へと滑るように出ていく。

 お目当ての人物が姿を見せたことで、視力がそれほど強くないスパルトイは一瞬の間を置いてからまるでスイッチが入ったかのようにカクついた動きで武器を取り出した。

 エルネットはゆっくりと剣と盾を構えると、一気にスパルトイ達へと駆け出す……彼らは動きがあまり速くない、そして目標となる敵を見ると一目散に襲いかかってくる。

 視界はそれほど広くないが、獲物と決めた敵を執拗に追いかけるため、エルネットはその二列縦隊のど真ん中を盾を構えたまま突進していく。

 部屋から離し、少しでも時間稼ぎを行う……先頭のスパルトイが剣を振りかぶったところへ彼は重い盾の一撃を叩きつける。

 ドゴオオッ! と言う音と共にスパルトイの比較的軽い体が吹き飛び、後方にいた別の個体へと衝突し、連鎖的にバランスを崩してひっくり返る。

「こっちだ!」


 ギギギギという鈍い音を立てながら立ちあがろうとするスパルトイの顔面を踏みつけて跳躍し、壁を蹴とばして距離を稼ぐと着地と同時にその場にいたスパルトイが剣を上段に構えたところに横凪の一撃を叩き込む。

 エルネットの一撃で胴体を両断されたスパルトイが、まるで灰となるかのように一瞬で崩れ落ちる。

 予想通り非常に脆い……スパルトイの一団がエルネットを追いかけるようにゆっくりと方向転換を始める。

 彼はその隣で同じように方向を変えようとしたスパルトイの一体の顔面に盾による一撃を叩き込むと叫んだ。

「ほら、化け物ども……こっちだ! こっちへこいッ!」


 スパルトイは獲物と認定した敵を執拗に追いかける……別個体を破壊された彼らは、エルネットを獲物と認定しその声や姿を完全に記憶する。

 エルネットはその様子を見て彼の考えた作戦が完全にハマったことを認識する……このままヴィクターとマリアンが隠れている部屋からスパルトイを引き剥がし、できるだけ時間を稼ぐ。

 彼はそのまま踵を返して城の奥へと走り始めると、獲物が逃げたと認識したのかスパルトイたちは一斉にぎこちない動きで走り始める。

 ガシャガシャガシャ! という金属と骨が触れ合う不気味な音を立てて、獲物であるエルネットの後ろを追いかけていくスパルトイ。

 速度はそれほど出ないが、それでも人間の歩行速度程度はきちんと出ておりエルネットは作戦は良かったものの、ひどく疲れることに気がつき苦笑いを浮かべた。


「しまったな……あのまま殴り合っても倒せた気がするが……」

 だがここで止まるわけにはいかない、エルネットはスパルトイに追いつかれないように、かといって引き剥がさないように注意を払いつつ駆け足で通路を抜けていく。

 背後から迫る不気味な音を聴きつつ、後ろを振り返り速度を調節しながら通路を抜けていったエルネットはいつしかクリストフェルとユルが向かった方向とはまるで別の方向へと進んでいることに気がついた。

 いや、この場合はその方が良いだろう……今彼らがどんな敵と戦っているのかわかったものではないからだ。

 初心冒険者のパーティがやりがちなミスとして、敵から逃げ出した後引き剥がせずに別の冒険者を巻き込んでしまうということがある。

 先輩冒険者達もその危険性をよく説明していたし、実際に別の冒険者パーティから魔物を押し付けられたことが幾度となくあった。


「ったく……気を使うな……おいッ! 追いかけてきてるか?!」

 エルネットの声に不気味なガシャ、ガシャ、ガシャという規則正しい音が応える……彼は満足そうに頷くと、再び距離を離しすぎないように駆け出す。

 このままいけば、彼の目的はきちんと達成されようとしていた……だが、それを暗闇の中からじっと見つめる目が二つ。

 真紅の瞳を持つものはエルネットが行っているその行動を見て、感心したように笑うと再び影の中へと沈み込み、走っていく彼を通すように壁際のカーテンの影へと音もなく移動する。

 だがその瞳にはエルネットはまるで気が付かず、そのまま遠くへと走り抜けていく……ほんの少し遅れてスパルトイの集団が駆け抜けていく中、影の中からその様子を見てポツリと呟いた。


「……素晴らしい、さすがは王国最強の名高き人物エルネット・ファイアーハウス……では出迎えの準備を始めるとするか」

_(:3 」∠)_ 漢字で竜牙兵にした方がシンプルかしら


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