(幕間) 赤竜の王国 〇三
「……人間には絶望を、生命には死を、そしてクソ人間どもは鏖殺致します……」
「うわあああああっ!!」
「に、逃げろおおおっ!!!」
手に持った鎖鋸剣を振り回しながら、逃げ惑うマカパイン王国軍の兵士を蹴散らして進む闘争の悪魔パルクトスはまっすぐに敵陣の方向を目指してはいた。
パルクトスから逃げる味方の兵士を跳ね飛ばして粉砕し、鎖鋸剣が人間の肉体を切り裂いていく光景はまさに地獄としか言いようのないもので、もはや混乱だけが軍全体に広がっている。
国王の命令で放たれたはずの悪魔は今やマカパイン王国軍に大打撃を与えながら突き進んでいる……逃げる兵士たちは恐怖と混乱の中で必死に叫んでいた。
「陛下が放ったはずの怪物が……ぐぎゃあああッ!」
「ひ、ひいいっ!!」
「逃げろッ! もう逃げるしかね……ぐばびゅっ!」
「良き悲鳴、良き絶望……ワーボス神は皆様の悲鳴を糧に至福の時を過ごされます、血飛沫をあげてください、絶望のまま死んでください」
しかし悪魔にとっては人間など塵芥に等しく、目標以外の生命が進路にあれば等しく抹殺するようにできているため、味方など存在しないのだ。
まさに血風と呼ぶべき光景の中、黒光りする外皮を血液で濡らしながら悪魔は突き進んでいる。
パルクトスは闘争の悪魔としては多少特殊な仕様となっており、一つ下の暴力の悪魔に近い身体構造となっており、言語能力や思考能力が制限されている。
その分単純な戦闘能力は高く、第二階位の悪魔としては上位に値するだけの十分な性能を有していた。
普通の人間では決して正面から太刀打ちできない……それがわかっているのはこの戦場にどれだけいたのかわからない。
必死に逃げ惑う国王軍の兵士の前に、絶望そのものを表す闘争の悪魔がカチカチとその大きな顎を鳴らしながら語りかけた、
「生命は等しく死にます、死ぬと美しい血の祭壇へとお前らの首が並べられます、ワーボス神は申しております、人は全てゴミのようなもの」
「助け……お助け……死にたくない……!!」
「命乞いをしなさい、涙を流しなさい……そして命を情けなく差し出しなさい、人はゴミです」
「いやだ……ああ! あばびゅらっ!」
涙を流して命乞いをする兵士の顔面に鎖鋸剣を突き刺すと、悲鳴を上げる間もなく回転する刃が兵士の頭を瞬時に文字通り粉砕していく。
血と脳漿そして砕けた骨と吹き飛ぶ目玉が大量の血液と共に、地面へとグシャリと音を立てて落ちるのを見て、国王軍の兵士は失禁しながら必死に這いずり悪魔から距離を取ろうと逃げ回る。
だがパルクトスは必死に逃げようとした兵士の頭を片手で掴むと、必死に暴れる兵士の背中から鎖鋸剣をゆっくりと突き刺していく。
絶望の悲鳴とともに回転する刃がゆっくりと肉体を内側から粉砕していく……痙攣と共に生きながら引き裂かれる兵士の姿はまさに地獄絵図と言っても良い光景であった。
「あがががっ……助け……ぎゃああああっ!!!」
「ワーボス神は喜んでおります、人というゴミの悲鳴を聞き、絶頂を迎えるでしょう」
「たす……助けてくれ……」
引き裂かれた兵士の肉がこびりついた鎖鋸剣を手に、ゆっくりと恐怖で動けなくなっている兵士へと躙り寄るパルクトス。
その姿は血液と殺した人間の肉片、そして内臓の切れ端などがこびりついた悪夢そのものであり、悪魔という神話にも出てくる邪悪の化身が決して人間の手には御し得ないということをまざまざと示している。
反逆者を倒すために出兵したはずの彼らは今まさに味方の、しかも国王陛下の命令により解き放たれた怪物によって、無惨かつ悲惨に殺されようとしていた。
パルクトスのカチカチと音を立てる大顎を見ながら、引きずるような音を立てて回転を始めた鎖鋸剣がゆっくりと兵士の前に近づいてきたその時。
「誰か……助け……」
「……上空から敵……ッ! パルクトスは回避します」
「クハハハッ!! よーやく来たのぉ……ッ!」
突然パルクトスはその場から大きく飛び退くが、それと同時に上空から声が響いたかと思うと、ズドンッ! という音と共に一人の人物が地面へと降り立つ。
そ人物の姿を見て、周りでパルクトスの凶行に震え上がっていたマカパイン軍の兵士は思わず目を見開く……それは凄まじく美しい女だった。
赤く美しい髪、金色に輝く瞳、驚くほどに豊満なスタイルを持った肉体をホロバイネン軍の正式軍装に押し込めた絶世の美女……ティーチ・ホロバイネンを支える謎の軍師リーヒ・コルドラクが凶暴な笑顔を浮かべて悪魔の行手を遮るように立っていた。
王国軍の大半はティーチの隣で無愛想な表情で付き従っている姿しか見たことがない……たった一人でいることなど本来はあり得ない存在。
「……人間ではない、人でないもの……どうしてここに魔獣がいるのでしょうか? 不思議なことが起きております」
「ふん、悪魔だと流石にわかるか……マカパイン王国のものよ、よく聞けいっ! 我はリーヒ・コルドラク、竜殺しティーチに仕える軍師であるッ!」
「リーヒ・コルドラク……ッ!」
「今より我がこの悪魔を竜殺しの命によりぶち殺すッ! お主らを助けてやるぞ!」
リーヒの名乗りに周りで呆然とした表情を浮かべていたマカパイン王国軍の兵士達はざわざわと囁き始める……というのも、リーヒには国王自らかなり高額の賞金をかけており、それを覚えているものも多く存在していたからだ。
更に公の場で発言するときはティーチが代わりに答弁をしており、ほとんど喋ることはなかったため、彼女自身の声を聞いたものはその場にはほとんど存在しなかった。
高額の賞金を思い出して動こうとするものも中にはいたが、その場にいた兵士達はただ叫んだだけのその声に恐ろしいまでの圧迫感と、迫力があることに驚き、全員がまるで金縛りにあったかのように動けなくなる。
「……魔獣? ……竜種? ……なぜ人の姿を……それに周りの生命を萎縮させる竜の咆哮を使いましたね?」
「クハハハっ! そりゃーもちろんあいつらを無駄に殺さないためじゃ、人間は弱っちいからのぉ……実に面倒じゃ……クハッ!」
「……ワーボス神へ命を送ることを邪魔する……パルクトスの敵と見做してあなたを排除します」
メリメリメリッ! という音を立ててその巨大な顎を開いたパルクトスに笑みを浮かべたリーヒは、一瞬の間をおいてから全身に魔力を纏い始める。
魔力の色は赤……美しい真紅といっても良い炎の魔力がリーヒの全身を包み込んだのを見て、兵士達はその神々しさに驚いて目を見開いた。
それと同時にリーヒの金色の瞳がまるで爬虫類を思わせるものへと変化していく……腕が一回り太く、そして大きなものへと変化するに従って、皮膚には赤色の鱗がところどころに生えていく。
腰からは太い尻尾が生えた半竜半人とでも形容すれば良いだろうか? 肉感的な美女だったリーヒは今や恐るべきドラゴンの化身としての姿を顕にしたまま、神々しさすら感じさせる威容でその場に立っていた。
「さあ、殺し合おうか悪魔よ」
「トゥルードラゴン? なぜドラゴンが人間の味方をするのですか? パルクトスは疑問を呈します」
「契約じゃよ、それに我はティーチのことが気に入っててな、だから障害は全部排除すると決めたッ!」
その言葉と同時にリーヒは一瞬でパルクトスとの距離を詰める……防御姿勢を取ろうとした悪魔の腕を掻い潜って、その右拳がドゴンッ! という凄まじく重い音と共に胸部にめり込んだ。
恐ろしく重いものを叩きつけられた鉄板のようにパルクトスの外皮がベコリと凹むと、その衝撃で大きく宙を舞う悪魔は地面に叩きつけられる寸前で両足を踏ん張ってなんとか着地する。
だがその衝撃の凄まじさは予想外だったのだろう、悪魔の体組織が今の一撃に耐えることができなかったのか、パルクトスの体を構成する節々からドプッ……という音を立てて紫色の体液が漏れ出ていく。
「あぁ? なんじゃずいぶん脆いのう……」
「キュピイイイイ……威力が高すぎる……これは危険……ッ!」
「しかし一撃で瀕死とは……ワーボスの眷属も大したことないのぉ?」
リーヒはニヤリと笑うとかかってこいとばかりに鋭い爪を生やした手で手招きをして見せる……パルクトスは痙攣を起こしながら必死に体勢を整え直すと、手に握っていた鎖鋸剣を構える。
ドルウウンッ! という音と共に鎖鋸剣の刃が回転を始め、それを見たリーヒはおや? と言わんばかりの表情で興味深げに武器を見つめた。
鎖鋸剣はワーボス神の眷属にのみ与えられる神性武器の一つであり、大きさは人間の扱う大剣程度の大きさとなっている。
特殊な機構として刀身の部分が所謂チェーンソーと同じ作りになっており、魔力を使って刀身に沿って添えつけられた細かい刃が回転する。
この武器により切り裂かれた肉体は、回転する刃により肉を引き裂かれ凄まじい苦痛と共に血液を撒き散らすことになる。
切れ味はそれほど高くないため、眷属は何度も何度も犠牲者の肉体へと武器を叩きつけるため、犠牲者が絶命する際には凄惨な光景が広がるという。
パルクトスは全身を体液で濡らしながらも、鎖鋸剣を手にリーヒへと踊りかかった。
「ワーボス神は言いました……ドラゴンはクソです、頭の悪いトカゲにパルクトスは負けません……死は平等、苦痛は喜び、美しく血を撒き散らして殺します」
_(:3 」∠)_ ぐろ
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