第三三〇話 シャルロッタ 一六歳 欲する者 一〇
「まあ、確かにその姿では難しいでしょうねえ……ぶっちゃけ怖いもの」
「……ずいぶんとはっきり言うな貴様は……」
地下水路脱出のために歩きながらアメミトはわたくしの言葉に憎々しげな表情を浮かべるものの、図星だったようで文句を言いたげな顔ながら黙って歩く……しかしそんな彼を庇うように少し薄汚れた格好をした少女がアメミトの前に出ると庇うように両手を広げて立ちはだかる。
はて……? と私がきょとんとしていると少女はふるふると体を振るわせ、目にいっぱい涙を溜めたままじっとわたくしを見つめる。
もしかしてアメミトをわたくしが虐めたとか思ってる……? いやいや、軽いジャブ打ったくらいで、本気でもないんだけどな……とわたくしは微笑むとその少女へと話しかけた。
「あの……別に喧嘩しているわけじゃないのですわよ?」
「だめ! 鰐のおじさん優しいのに……怖くないもん!!」
「……あ、はい……そうなんですわね……ごめんなさい」
あっけに取られたわたくしが少し引き攣った笑顔を浮かべると、その表情が怖いのか少女は怯えの色を見せながらも気丈に両手を広げ彼女はわたくしとアメミトとの間に入り続ける。
うーん、ここまで怖がることもないのになあ……わたくしは肩をすくめるとアメミトと子供達の前に出て歩き始める。
おそらくアメミトとわたくしの魔力が大きすぎるのか、こちらをチラチラと伺う視線は感じるものの魔物が襲いかかってくる様子はない。
まあ、アメミトだけなら複数の魔物が連携することもあるだろうから、彼がわたくしに助力を申し入れたのは正解だったと言えるだろう。
と、歩きながらふとアメミトの言葉を思い返していて気になることがあったため、わたくしは彼へと問いかけた。
「……そういえば混ざり合う? 絡み合う魂? そんなこと言ってましたわね」
「ふむ、我の権能は知っているな?」
「死を司る神の眷属、別の世界では貴方に魂を食われると輪廻をしなくなるって伝承があるわ」
「そう、それ故に我は魂を見ることができる……悪いが其方の魂を見させてもらった」
魂を見る……つまりその生物の根幹をもつ全てを見通すことができるということかな? もしかしたらそっrをみることで死期を判別したりとかそういうのができるのかもしれない。
そう考えると古代エジプトにおいて魂を食らって輪廻を止めるなんていう伝承が生まれるのもわかる気がするな……そう考えると昔の人はちゃんとそういうことを理解していたのかもしれない。
ちなみにわたくしは魂そのものを見ることは出来なくて、魔力の大きさとか色とかそう言った漠然としたもので判別している。
なのでアメミトがどこまで見ているか分からないけど、それと似たような感じになるのかもなあ。
「それで? どういうふうに見えているの?」
「三つ……最も強いのは今のお主が放つ強い光、次に恐ろしく鋭く硬質な光……最も弱いが静かなる光」
「三つ……」
よくわかっているな……強い光はつまりシャルロッタ・インテリペリの魂のことだろう、鋭く硬質な光は前世の勇者ライン、静かなる光というのは前々世の日本人であったわたくしのことだろう。
わたくし自身ではその魂がどういう形に見えるのか全く分からない……そりゃ本人であるから認識なんてできるわけがないのだ。
そのかわりわたくしは他人の魔力を見ることで、ある程度の強さを推し量ることが可能だ……強さの基準は基本的にわたくしをベースにするので比較的ガバガバ設定なんだけど。
ちなみにアメミトの強さはユルより少し低いくらい……彼は契約してるから底上げされているというのもあるけどさ、それにしてもアメミトは十分な強者と言える。
「複雑な光だ……まるで弱く静かな光を守るように他の光を纏っているように思える……初めてみた」
「……良い女には色々事情があるのよ」
「ふむ……だが人間とは思えぬその魔力と光は凄まじい……悪魔すら叶わぬであろう」
「ま、そりゃそうでしょうね……すでに散々倒しているのだから」
わたくしの言葉にアメミトは納得したように頷くと、子供達の様子を横目で確認するが子供達はそれを見て嬉しそうに笑う……短時間、かつクッソ怖い顔のくせに信頼を得ているのは素晴らしいな。
彼のゆらゆらと揺れる尻尾にじゃれつくように、子供達は不安な状況下でも不安そうな表情ではなく、少し安心したように笑顔を浮かべている。
ユルも案外子供の扱いが得意だったりするし、幻獣ってのは本能的に子供の世話をちゃんとできるようになっているのだろうなあ……うん。
前世でも子供を亡くした魔物が、人間の戦災孤児を引き取って世話していたと言うケースも存在していたので、案外本能というのは馬鹿に出来ない。
「……それで、お主はどういう立場の人間なのだ?」
「見たらわかるんじゃないの?」
「人間の貴賤は我には理解できん」
「そりゃそうか……貴族の令嬢、つまり嫌なやつよ」
貴族という言葉を聞いて子供達がびくりと体を震わせる……貴族も横暴な人間は多いし、貧しい暮らしを余儀なくされている人の中には憎しみを持つものすらいる。
残念ながらこの世界においても貴族と平民の生活レベルの差は凄まじく、辺境伯家に生まれたわたくしは幼い頃から何不自由なく暮らしているのは相当に恵まれているのだろう。
ターヤ・メイヘムの人生はどのようなものだっただろうか? あの体験の全てが彼女の人生全てだったとは思えないけど、それに近しいことは実際に起きていたに違いない。
「ふむ……だがお主はそういう連中のように見えんな……我は数人そう言ったものを見たが、もっと私欲や汚れを纏っておった」
「だから絡み合う魂……なんじゃないの?」
「そうかもな……おっと、そこは右だ」
アメミトの指定する方向……そちら側はより地下水路の奥へと進むかのように降る階段が見えており、わたくしは逆側、より明るさの増す方向へと進もうとしていたため、少し驚いて彼を見る。
だがアメミトはなぜそこで別の方向を選択するのかとも言いたげな表情できょとんとしてわたくしを見るが、どうやらわたくしの選択しようとした方向が間違っているようなのだ。
だが……アメミトの指定した方向は下りの階段で、しかもより地下水路の奥へと進むように見えるためわたくしは彼へと尋ねる。
「なんで? 明るい方向へと進んだほうが出口に近いのでは?」
「そちらはより奥へ進む通路だ、明るいのは陽の光ではなく別の要因だろう」
「……まさか……」
わたくしは自分が選ぼうとした方向へと目を凝らすが……明るく見えたその光がゆらりと動いた気がして眉を顰める……これもしかして魔力? いや悪意のような感じもする。
そういうことか……わたくしが向かおうとしていた方向にある光はおそらく深海で捕食性の魚が獲物を捕らえるために誘い込む光のような罠で、正体は偽物とかそういう系統の魔物らしい。
これを見破れないとなると結構疲れてるのかなわたくし……でも偽物の擬態はぱっと見わたくしですら見分けがつかないことがあるので、本気で擬態されると襲い掛かられるまで分からなかったりするんだよね。
頭を軽く掻いたわたくしはアメミトに素直に頭を下げる……もう少しで子供達を危険に合わせてしまうところだったのだ。
「……ありがとうアメミト、どうやら貴方のいうことが合っているみたい……指示してくれた方向へ進みましょう」
「……王城への突入には軍を使いますか? それとも少数で……?」
第二王子クリストフェル・マルムスティーンへとクレメント・インテリペリ辺境伯が話しかけると、金髪の若い王子はその言葉にギョッとした表情を浮かべて義父となる人物の顔を見つめる。
王城への突入……わかっているはずだったが、その言葉を聞かされると思わず心臓が跳ね上がるような感覚に陥ってしまう。
子供の頃から住み慣れた王城……イングウェイ王国の中心とも言えるその城を、第二王子派の軍が取り囲み、第一王子派に属する兵士たちの細々とした抵抗が続いているが、すでに風前の灯という状況になっている。
ただ突入はまだ行われておらず、第一王子派の抵抗も弓矢などによるものだけである……降伏を選択しない貴族も中にはいるのだろうが、突入ともなれば多勢に無勢……瞬時に制圧されるのは分かりきっていた。
「すでに大勢は決していると思うが……」
「そうですね、ただ抵抗は続いております……故に終わっておりません」
「終わっていない……そうだな、終わっていない」
クリストフェルは王城を見上げると、本来であれば謁見の間に相当する場所、だが今は厚く白い壁の向こうにある場所を思い返すようにじっと見つめた。
そこに彼がいる……血を分けた兄であるアンダース・マルムスティーン国王代理……国王を僭称する兄がそこで待っているはずなのだ。
どうするべきか……兵士を突入させた時に王城で働く多くの使用人や衛兵に犠牲者が出る可能性があり、また厄介なのがそう言った王城で働くものの中には貴族の子弟や関係者が多く含まれている。
そう言った人物に被害が出た場合、内乱が終わった後に遺恨を残す可能性があるため、下手に犠牲を出すと国家運営に大きな影響が出る可能性があるのだ。
「……兄を倒すのは可能であれば僕がやらなきゃいけない、だから兵士を突入させるのは無しだ」
「御意」
「だから僕と供回り、そしてエルネット卿などの少数部隊で王城へと潜入し、国王を騙るアンダースを捕えることにするよ」
クリストフェルはクレメント伯へとやることを伝える……第二王子派の軍勢はこのまま王城を取り囲み圧力をかける、ただし突入は絶対にしない。
クリストフェルとエルネット、侍従の二人とユルは隠し通路を使って王城へと潜入し、アンダースを捕える……アンダースさえ抑えて仕舞えば第一王子派の兵士たちは抵抗をやめて降伏するだろう。
作戦を聞いたクレメントは微妙な顔でクリストフェルを見つめる……危険すぎる、と言いたげな義父の顔を見るとクリストフェルはニッコリと微笑む。
「大丈夫、危なくなったらすぐに脱出しますよ……王族しか知らない通路は無数にありますから、脱出はそれほど難しくないので」
_(:3 」∠)_ そろそろ王城突入編へw
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