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第三二九話 シャルロッタ 一六歳 欲する者 〇九

『……う、く……せま……ううっ……』


 夢を見ていた……これはいつの頃だろうか? 夢の中でわたくしは汚くて狭い小屋に入っており、ひどく鼻をつく臭いのある場所で身を地面に横たえていた。

 隣で身を縮こまらせて同じように横になっている人はひどく咳き込んでおり、その咳の音を聞いているわたくしですら、その人は多分病気なのだとわかってしまう。

 大丈夫? と声をかけようとしたわたくしの伸ばした手はひどく小さくてそれでいて弱々しく、あちこちが傷ついている普段見慣れた手ではなかったことに内心ドキッとしてしまう。


『げはっ……だ、大丈夫……すぐ治る……』

『でも……』

『明日も早いんだから……ゲホッ! 早く寝ろ……ゲハッ!』

『う、うん……』


 このやりとりには記憶がある、とても古い記憶だ……マルヴァースに来てからは全然忘れてしまっていた前世の記憶。

 勇者ラインが農民の子供であった時代、幼少期に自らが勇者として覚醒する前、転生した直後にいきなりのナイトメアモードっぷりに毎晩泣きながら空腹を耐え忍んでいた時期の記憶。

 咳き込んでいたのは二つ上の兄であり、ひどい咳を続けた数日後血を吐いて倒れ、大人に連れ出された後戻ってこなかった。

 というのももう助からないとわかった後村の人が兄をどこかへと連れて行ったからだ……兄はその後姿を見なくなったので、自分の中の冷静な部分が兄は処分されたのだ、というのを幼心に理解してしまった。

 そうか……これは夢か……名前すら思い出せない兄、ひどく腕っぷしが強くていつもわたくしを殴りつけてきた兄だったが、寝る時だけは妙に優しかった。

 兄がいなくなった後、わたくし……いや勇者ラインは幼馴染と住んでいた村を失い、そして魔王への復讐のために旅に出たのだ。

 今から考えると農民として暮らしている時も辛かったのだが、それ以上に死ぬような思いで魔王との戦いに身を投じていた時の方が辛すぎて、ずっとこの記憶は忘れてしまっていた。


『……おい、ライン……それと※※※! 早く起きろッ!』


 いきなり冷たい水を叩きつけられたことで、少し寝ぼけ眼でいたわたくしは慌てて手を伸ばす……口に鼻にあまり衛生的ではない水が叩きつけられたことで、思わず息を呑む。

 それと同時に口の中に水が入り込み、息ができなくなったわたくしは思わず助けを求めて手を伸ばすが、水がどんどん口の中や、鼻……色々な場所に入り込んだことで苦しさと恐怖で身を捩る……死ぬ、死んでしまう……!

 必死に助けを求めるように手足をばたつかせていると、まるで水の中にいるときのように全てが重く体が沈み込むような感覚に見舞われ、恐怖から目を見開くとそこは水の中だった。

 なんだこれ……! だがわたくしは必死にもがくようにしながらも明るい方向を目指して泳いでいく……息が続くか続かないかというギリギリのところで水面へとなんとか浮かび出ることに成功した。

 そこは少し薄暗いものの大きな水路の貯水池の真ん中であり、わたくしは近くにあった石造りの砕けた柱の上へと這い上がると大きく息を吸い込み、そして吐き出した。


「はあはあ……何だったんだ……げはっ! うあ……げはっ……うげええええッ!!」

 酸素を取り入れたことで視界がクリアになるとわたくしは自らの掌をじっと見つめるが、シャルロッタ・インテリペリの手入れされた爪や細い指が目に入り思わずホッとする。

 何度か咳をすると、鼻にも口の中にも水と共に何か藻のようなものが入り込んでいるらしく、急激に気分が悪くなったわたくしはその場でひたすら胃の中に入った物を吐き出していく。

 吐瀉物の中に藻だけでなく、虫とか魚っぽい何かが入っていたことでさらに余計に気分を悪くしてしまい、貴族令嬢としては失格だけど、涙がボロボロと流しながら必死に吐き出した。

 数回の嘔吐でなんとか落ち着いたわたくしはようやく先ほどまで欲する者(デザイア)との戦いで全力を尽くした直後だった、ということに気がつくと慌てて周りを見回す。


 地下水路……だったはずのその場所は大きく天井が崩落しており、わたくしはその中のため池だった場所に落ちていたようだった。

 藻とか口の中に入ってたのはそのせいか……再び気分が悪くなって口元を抑えるが、汚水とかではないのが不幸中の幸いというところだろう。

 ちなみに意識がないと流石のわたくしも溺死する可能性がある……いきなり意識が強制的に覚醒したのはその危険性があったからだろう。

 びしょびしょに濡れた衣服が重い……急に寒くなったような気がして身を震わせるが、そういやわたくし魔法使えるんだったと思い直して、自らの身体と衣服を乾かすための風を吹かせる。

 ものの数十秒程度でそれまで全身びしょびしょの濡れ鼠だったはずのわたくしはあっという間に元通り、いやあ便利である……がなんだか青臭い匂いが衣服についている気がしてちょっとテンションが下がる。

 一応今世では貴族令嬢やってるからなあ……清潔さとかで考えるとびっくりするくらいの格差があるし、それに慣れてしまうとあの記憶の中にある小屋とかちょっと考えたくないレベルだ。

「それはそうと……欲する者(デザイア)は……」


 周りを見渡してもそれっぽいのはいないな……あの時絡みつかれた時点で欲する者(デザイア)はすでに瀕死に見えたし、イタチの最後っ屁みたいなもんだったから問題ないだろう。

 それにしても……と上を見上げるとここは地下水路だったはずなのだが、空が見えているので周りに落ちている木造の建物や石造りの何か、そして見張り塔の残骸みたいなものがそこら中に落ちていることを考えると、王都の岩盤の一部が崩落したってことか。

 元々地下水路は岩盤をくり抜いて建設された後改築に次ぐ改築が繰り返され、一部が時折崩落するなんて事故があったはずだから、脆い部分が一気に底抜けちゃったんだろうな。

 生命反応がほとんど感じられない……ということは避難済みの地区とか、そういう場所だろう。


「……どうやって戻るか……」

 一気に上空まで飛んでしまえば楽なんだけど、ほとんど生命反応が感じられないというのがどうも気にかかる……もしかしたら底抜けした時に巻き込んでしまった人がいるかもしれない。

 と考えるとわたくしがやらなきゃいけないことは、地下水路の出口を探してそこまでもし生きている人がいたら救助して一緒に脱出する必要があるだろう。

 地下水路に残る魔物なんかもいるかもしれないしな……とわたくしは軽く跳躍すると、ため池を大きく飛び越えて水路を構成している石造りの床へと着地する。

 うーん……地下水路なんか本当に来ないからな、どっちへいけばいいのかわからない……と考えていたその時、唸り声のようなものが聞こえてわたくしはそちらへと視線を向ける。

「……わかりやすくていいけどね」


「グルルルッ!!」

 砕けた柱の後ろより巨大な鰐の顔が覗く……鰐? この世界の鰐って馬鹿でかい全長五メートルくらいの種類が多いので、確かに水場では見かけることはあるけど地下水路にいるとかありえないはずなんだが。

 だがその大きさもかなりのサイズだ……顔から考えると全体は六メートルを超える超巨大サイズにすら思える。

 警戒していると怪物がゆっくりと柱のそばから進み出てくるが、その姿の異様さに思わず息を呑む……鰐の顔に巨大な雄ライオンの体だが後肢はぬめっとした光沢を持つ別の生き物の足をしている。

 こいつは……前世でも見たことがない怪物だな、と考えているとその鰐風ライオン生物はこちらをじっと見ながら口を開いた。

「……ヤワラカイニク、タマシイガウマソウ……」


「喋んのかよ……あ、あ……思い出した確かアメミトだったかしら?」


「ホウ? ヨクシッテイルナ……」

 アメミト……古代エジプトでも信仰された死を司る怪物であり、魂を食べることで対象の魂が輪廻しなくなるという伝説がある。

 前世で見たことはないけど読んだ本には幻獣として幾度か世界に顕現したことがあるはずだ、ついでに言うとこの世界では死を司る神の眷属として使役されていると言う話だったので、普通に生きていても見ることはない存在である。

 わたくしがアメミトと対峙している間、感覚に小さな息遣いのようなものが聞こえたためわたくしは眉を顰めるが、ああ、そう言うことかと軽く肩をすくめるとアメミトは軽くため息をついた。

「……お主耳がいいな……出ておいで」


「普通に喋りなさいよ……ってあら?」

 カタコトで喋ってたのはわたくしを警戒しての話しか……そう思っているとアメミトの背後から数人の少年少女が歩み出るが、わたくしを見るとぱあっと顔を明るくする。

 ま、わたくし美しいし子供には大人気な貴族令嬢だからな……彼らへと精一杯優しく微笑みかけるが、突然彼らの顔が不安に歪むとアメミトの背後へと隠れてしまう。

 あれぇ? 最初に顔が明るくなったのは人間がいたからだけで、むしろ微笑みかけられたら知らない人すぎて不安になったとかか?

「……き、傷ついてしまいますわね……」


「……この子達は上から降ってきたのだ、それを偶々我が見つけて保護している」


「死を司る幻獣にしてはお優しいですわね?」


「必要のない死は無駄だ、それ故に死ぬ運命のもの以外の命は奪わんよ……残念ながら子供と一緒に落ちたものは全て死んでいるが」

 アメミトは少し悲しそうな表情を浮かべて背後に匿う子供たちをあやすように尻尾を振っているが、言葉が通じる幻獣であれば、確かに人を保護したりすることもあるからな。

 問題はわたくしも現在進行形で地下水路の出口がわかっていないと言うことだけだが……アメミトはわたくしの思考を読むようにじっとこちらを見ると、首を傾げた後に口元を歪めて笑うと話しかけてきた。


「絡み合う魂の持ち主、シャルロッタ・インテリペリよ……この子供達を無事外へ送り出してほしい、この姿では流石に連れて行けぬでな」

_(:3 」∠)_ 地下水路脱出大作戦


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