第三二六話 シャルロッタ 一六歳 欲する者 〇六
「これで終いだ……混沌魔法……愛欲の律動!!!!」
ほんの一瞬の隙、というか反応の遅れを突いて欲する者が放った混沌魔法愛欲の律動……その効果がわたくしの周囲の空間を変質させていく。
ぬらぬらとした粘液に塗れた肉壁……痙攣するかのように律動するその内臓にすら見える何かが周囲を包み込み、取り込もうと迫る。
だがわたくしは魔力による防御結界の強度を上げることで取り込まれることを防ぎ、ギリギリのところで恐るべき魔法の効果を発揮させないことに成功したように見えた。
だが、ずぶうっ! という音を立てて片足が地面……いや今はもうすでに魔法の効果により粘液溜まりと化しているが、沈み込むようにぬらぬらとした液体の中へと体が沈み込もうとしていく。
「クハハハッ! すごい硬いわぁ……こんなの入れたらすぐにイっちゃうわよ? 早く絶頂を味合わせてぇ♡」
「バカな……魔力による防御結界で効果は防いでいるのに……ッ!」
「ダメダメぇ……この魔法は直接的に打撃を与えるものじゃあないの……真の力は私のココに取り込んで、消化することにあるんだから」
わたくしの魔法の大半が直接打撃、破壊を目的とした効果であるのと対照的に、欲する者が扱う魔法は直接的な効果を生み出すものではないらしい。
直接破壊を目的とした魔法は威力も高いし、効果も即効性があり派手なんだけど一瞬で消滅するものが多くなる……足し引きの理論からすれば確かに一度クッションをおいて体内へと取り込み消化していく、であればいくら魔法の防御結界を張り巡らせても直接的なダメージが入るもの以外は完全い防ぎ切ることは難しい。
今地面にわたくしの体が沈み込んでいるのは魔法の副次的な効果であり、結界はなんの作用も……いやこの気持ち悪いくらいに人肌のような暖かさをもつ粘液や、血液自体は防げている。
そうこうしているうちにずぶりずぶりと腰のあたりまでが粘液と肉の中へと埋まり始める……体が沈み込むたびに欲する者は嬌声をあげて下腹部を押さえて身を捩った。
「おほっ……♡ こんなカタくて立派なのすごいいッ♡♡♡ 私のここがキュンキュンしちゃうぅ♡♡」
「……この色狂いが……ッ!」
「だあってぇ……♡♡ 私はノルザルツの眷属……快楽のために生きている存在よぉ? おおっ♡♡」
訓戒者の嬌声に合わせてグボボ! グボッ! と音を立てて体が沈み込む……大魔法同士の領域の押し合いができれば一度取り込まれるなんてことはないのだが、すでに愛欲の律動の効果が発動してしまっている以上取れる選択肢はそう多くない。
魔法による防御結界が働いているため粘液は体に付着しない……とはいえ、この液体と肉壁の中に完全に沈み込むというのは流石に貴族令嬢としてのプライドが許さないのだ。
だ、だって……お嫁入り前なんだもん……この謎の粘液がなんなのか、血液はどう考えても匂いがアレとか理解したくない。
だから、ここでできることは魔法を叩きつけてこの領域を破壊するしかないのだ……とわたくしが一気に魔力を集中させたのを見て欲する者は驚いたような表情を浮かべた。
「……領域内にいるのに魔法を使う気か?! 正気なの?!」
「……正気かだって?」
「その位置で魔法を炸裂させたら自爆するようなもの……ッ!」
「バカが、イカれてなきゃ勇者なんかやってらんねーんだよ! 神滅魔法……雷皇の一撃ッ!!!」
わたくしの言葉と同時に白い爆光が周囲を包み込み、爆音と共に領域とわたくし……そして欲する者のいる辺り全てが恐るべき魔力の本流によって大爆発を起こす。
神滅魔法雷皇の一撃……莫大な魔力を球形状、しかも限界まで集約して撃ち放つシンプルだが強力な破壊力を持つ必殺の一撃。
本来であれば時間をかけてゆっくりと集約した魔力を打ち出すことで進路上にある全てを破壊し尽くすというわたくしが持つ魔法の中でもトップクラスの攻撃力を持った大魔法である。
破壊力は凄まじく地形は簡単に変わるし、巨大なドラゴンですら直撃すれば消滅確定という圧倒的な破壊をもたらす究極に近い魔法だが、今は時間がほとんど無かったため瞬間的に集約させた魔力を手元で爆発させた。
「グアああああッ!」
「……はっはー……領域ごとブッつぶ……あ? あ、あら?」
手元で爆発させたことで愛欲の律動の領域が崩壊し先ほどまで脈動していた肉壁や粘液が綺麗さっぱり消し飛ばされているが、それと共にわたくしの右半身も綺麗さっぱり砕け散って消滅してしまっている。
心臓の脈動と共にドボッ……という音を立てて大量の血液がこぼれ落ちるが、一瞬の間をおいてわたくしは肉体への修復をかけて欠損した腕や脇腹、右足を元に戻していく。
激しい痛みと急速に欠損を修復したとはいえ、魔力の消費に一時的に肉体が耐えきれずにわたくしは一瞬だけ意識を飛ばしてしまい、ふらりと体勢を崩した。
だがその隙をつく程欲する者にも余裕がなかったらしい……先ほどの道連れに近い自爆により、彼女の肉体にも大きな損傷が起きている。
「くそ……自らを吹き飛して領域を破壊するだと……? 気が狂っている……ッ!」
「普通の人間ならそんなことしないからね……でも残念、わたくしちょっとイカれてますのよ?」
わたくしはおどけるようにこめかみに人差し指を突きつけるポーズを見せるが……残念ながら魔導銃と呼ばれる弾丸を魔力で飛ばす武器はこの世界では普及化があまり進んでいないため、なんのことだかわからないかもな。
普通肉体を失う可能性がある攻撃を人間は行使することができない……事故とか暴発などの不確定な要因で発生してしまうならいざ知らず、自傷行為に近いこの行動はまともな人間であれば躊躇するものなのだ。
自殺するのに等しい行為だからな……命を失うような行動には必ず躊躇とか、自制心が働くものなのだけど……残念ながらそんな生半可な意識では勇者なんかできるわけがない。
それでも先ほどの攻撃は多少なりとも自制心が働いており、威力は本来の《ライトニング》一撃から考えると大幅に制限がかかったものであった。
欲する者は一度は押し切れそうになったという事実に目をつけたのだろう……再び多少の距離はあるにせよ、一気に魔力を集中させて混沌魔法の行使を始める。
だがそれはわたくしも同じこと……一気に魔力を放出するとほぼ同時に双方の魔法が炸裂する。
「だが魔力には限度があるだろう……ッ! 混沌魔法……愛欲の律動ッ!」
「押し合いに負けるかよ……ッ! 神滅魔法……聖なる七海」
双方で放った大魔法の莫大な魔力がちょうど中間地点で押し合いを始める……肉壁と粘液、血液の領域である混沌魔法愛欲の律動と、天界の大渦潮を召喚し質量攻撃を仕掛ける神滅魔法聖なる七海は特性こそ異なるものの双方領域を広げていくことにはあまり変わりはない。
この辺りはわたくしの持つ神滅魔法の中では特殊と言っても良いかもしれない……空間が悲鳴を上げるように軋み音を立て、二つの膨大な魔力に抗うように視界が歪む。
次の瞬間魔法の効果が消滅し、全てが元通りになるかのように歪んだ空間が元へと戻っていくが……視界のあちこちで火花が散るようにチリチリと瞬く。
空間もギリギリで耐えているな……あと数回大規模な魔法の行使が行われると一気に空間自体が崩壊するかもしれない。
「……人間が空間の狭間に落ちたら死ぬなあ……」
「クハハッ! なら殺してやるわ……ッ!」
「あー、ずるぅ……お前ら狭間に落ちても死なねえのかよッ!」
反射的に防御姿勢をとるとそこへ一気に接近してきた欲する者の拳が叩きつけられる……ドガアアッ! という音ともに放たれた威力が防御結界とせめぎ合う。
ギリリッ、と眼前でせめぎ合う欲する者の指から鋭い爪が伸び……結界の上を滑るように音を立てた。
だがそれは物理攻撃……魔力による防御結界がきちんと働いて肉体へと届くことはない、そのまま訓戒者は膝を叩き込んでくるが、その攻撃も結界で受け切る。
先ほどのように貫通しないようにその位置だけに魔力を余計に注ぎ込んでいる……疲労も半端ない、だがこの攻撃で死ぬほど相手にも余裕があるわけじゃないようだ。
先ほどとはまるで威力が違う……大魔法の連発、肉体の修復が確実に欲する者の魔力を大きく削り取っていた。
「しゅ、出力が足りん……ッ!」
「……ようやく底が見えたな」
「ふざけ……ふざけるなああッ! 私は選ばれし訓戒者……人間如きに負けるわけが……!」
欲する者が叫んだのと同時にわたくしは姿勢を変えて渾身の拳を彼女へと叩きつける……グシャアアッ! という鈍い音と共に欲する者の顔の半分が一撃で吹き飛ぶ。
防御能力の喪失……わたくしと違って彼女は結界などで防御をせずにもっぱら修復に頼っている、そもそもの肉体が人間などの生物に比べてはるかに頑強であり、多少の攻撃なら跳ね返してしまえるからだ。
魔法などでの攻撃は損傷が大きくなるから対消滅とかを狙っているんだろうけど……わたくしの拳や剣技による破壊力は魔法に匹敵するか、それ以上を秘めている。
大きく振りかぶったわたくしの手に虚空より引き抜かれた魔剣不滅が握られているのを見て欲する者は恐怖に歪んだ顔で絶叫した。
「貴様……その剣……ッ! バカな、勇者アンスラックスの所有した剣を……どこから出し……ッ!」
_(:3 」∠)_ 剣戦闘術でおしまい
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