第三二五話 シャルロッタ 一六歳 欲する者 〇五
「……そういうことか……ったく、理解するのに時間がかかっちゃったわ」
「わ、ワタしの家に案内……スるぅ……」
わたくしの認識ではこの最初のスタート地点は六回目のループ……すでにターヤの再現も結構雑なレベルになってきていて、青髪青い目という共通点はまあ及第点としても細いディティールは全然本人と違ってしまっている。
なぜこういう認識を持つに至ったか? 最初の崩壊とともにこのスタート地点に戻されてきたことで、この状況が魔法もしくは何らかの強制力を持った誰かの行いであることは理解できた。
ただ二回目のスタートとともに違うルートがあるのか? という点がわからなかったため、あえて二回目も同じルートを辿ってみたところ、結果は変わらなかった。
微妙に端々の作りが異なったことで、どうやら混沌魔法の効果がかなり強力だということに気がついたのだ。
「こっち、コッチへェ……」
「はいはい、ちょっと待ってね」
混沌魔法狂喜の祭輪……こいつはちょっと厄介すぎる魔法だ。
この魔法の効果はおそらく術者と対象を特定の領域へと引き摺り込み、一定の悪夢、狂気、そして恐怖を繰り返し体験させることで精神を崩壊させるというものだ。
しかも魔法の効果は強制……つまり脱出に使うための一本のルートを見つけ出さない限り、延々と狂気の光景を体験させられてしまう。
このループを体験している間魔法の効果範囲外ではどのくらいの時間が過ぎているのか全くわからないため、その辺りがかなり怖いところではあるのだけど。
普通の人間なら二回目で発狂しかねないし、恐怖で動けなくなるだろう……現に三回目のルートでは少し分岐を外れようとした瞬間に攻撃が加わってきた。
攻撃は絶対的でその幻覚の中では強制的な死を体験したのだけど、死の体験というのは死んだことのない人間にとってはそこ知れぬ恐怖を味わうため、そこで発狂する人間が多いのだろう。
「とコろぉデぇ? なンで狂ワナいノ? おかシイわ」
「……すでに死んだことがあるからよ、イメージがあるから大して怖くないのよ」
「なあにそレェ……冗談ヲ言ウトは思わナカったわ」
ターヤ……いや姿を模しているだけでこの対象は欲する者である……ターヤの魂だけでなく、それ以外にも取り込んでいるであろう犠牲者の魂から読み取った記憶を強烈な体験として刷り込んでくる。
二回目のルートでは檻の中で拘束されたまま無理やり人肉を食わされる幻覚が追加されてたし、四回目には磔にされたわたくしを槍で串刺しにす兵士のイメージも出現していた。
精神にはかなり強いダメージを与える魔法ではあるけど、二度死んだことのあるわたくしにとってその光景は終わりのイメージではないのだ。
終わりのイメージではないと言うことはそれに対する耐性があり、恐怖感が欠如してるのだから狂いようがない。
なので強い恐怖を覚えるようなことにはならなかったのだ……すでにわたくしが狂っていて、そう言う思考にならないだけかも知れないけど。
「……冗談なんかじゃないわ、死は誰にでも訪れる……もちろん欲する者、貴方にもね」
「何ヲ……言ッて……」
「……ようやく解析が済んだから、そろそろ現実戻りましょうか」
「……は? 何を言って……」
わたくしの言葉と軽く指をぱちん、と鳴らしたと同時に全ての光景がガラス細工のように甲高い音を立てて砕け散る……まるで美しい雨のようにキラキラと光りを放ち暗闇の中に浮かぶあの場所へ。
多面結晶体の置かれた部屋へと全ての風景が元に戻っていく……目の前には唖然とした表情の欲する者がわたくしをみて立っており、あの時に肉塊と化したターヤの亡骸もそのままだ。
見たところ物理的な時間はほとんど経過していない……はず、現実世界へと戻ってきたわたくしは着ていた衣服を軽く手のひらで払うと訓戒者に向かって微笑む。
「領域内に引き摺り込んで自他に一定のルートを強制させ、その過程で死のイメージと絶望、恐怖を叩き込み狂気に引き摺り込む……防御結界無視で相手にこれだけのイメージを押し付けるのはすごいことね」
「ば、バカな……狂喜の祭輪を自力で破るだと……?」
「多くても三回くらいでやめとくべきね、三回目でイメージに同調して解析する手を思い付いたけどうまくいってよかっ……う、うげえええっ!」
くっそ間抜けな顔を見せている欲する者は必殺の魔法がこうも簡単に破壊されるとは思ってもいなかったのだろう。
まあ、わたくしも一回目の時はどうしていいかわからなかったが、二回目をきちんと観察することでやっとこの手を思い付いたのだから。
だが……わたくしは突然凄まじい嘔吐感に襲われて、その場で血を吐き出す……しまった解析に少し時間がかかり過ぎたのか、肉体にはきっちりダメージ入っていやがる。
血を吐いて口元を抑えて膝をついたわたくしを見た欲する者は、それでも魔法のダメージが入っていると認識したのだろう。
一気に距離を詰めると、渾身の拳を叩き込んでくる……ゴオオッ! という迫力のある音とともに放たれた拳を咄嗟に貼り直した結界で防ぐが、ドキャアアアッ! と言う凄まじい音とともに威力にわたくしの眼前でせめぎ合う。
「クハハハッ! しっかりダメージは入ったようねッ!」
「……くそ……時間かけ過ぎた……」
「ウヒハハハッ! ならここでとどめを……!」
欲する者はふわりと後方へと跳躍して距離を取ると魔法行使の構えをとる……こう言うところはわかりやすい。
訓戒者の使う魔法の威力は大きすぎるのだろう、自らを巻き込む可能性がある魔法なんかそう簡単に至近距離でぶっ放せないしね。
だがその一瞬距離をとったことで出来た隙を使ってわたくしは一気に肉体に加えられたダメージを修復していく……時間があんまりないから応急処置みたいなもんだけど。
それでもダメージを気にせずに動けるようになるだけマシ……ゆっくりと立ち上がったわたくしを見た欲する者は凄まじいまでの魔力を放出し始める。
「混沌魔法……ッ! 罪なる愛欲ッ!」
「神滅魔法……雷帝の口付けッ!」
罪なる愛欲……オルインピアーダが放った混沌魔法で、一定距離にいる存在全てを結界内に閉じ込め、蠢く泥濘に沈み込ませ無限の快楽による絶頂の果てに、狂い死ぬというエゲツない効果を持った魔法である。
まあ初見の際には魔力による防御結界で防げたんだけど……今弱ったわたくしの防御結界で完全に防げるかわからないのと、むしろ防御に徹するとこの手の連中は手がつけられなくなることを経験上わたくしは理解している。
結界内に泥濘が満ちようとしたその瞬間、わたくしの周囲へ超高密度の雷撃が放たれる……結界内へと閉じ込めようとする混沌の魔力と、それをぶち破ろうとした雷帝の口付けの雷撃による凄まじい温度上昇で泥濘が瞬時に消滅していく。
魔法と魔法のせめぎ合い……次の瞬間、魔法同士の効果が対消滅を起こし再び周囲が元の情景へと戻っていく……ほぼ互角? いやほんの少しだけ罪なる愛欲の威力の方が低いか?
「……く……対消滅とは……ッ!」
「その魔法一度見たわよ? さっきの狂喜の祭輪で出力落ちたんじゃないのぉ?」
「ほざけえッ!」
だが狂喜の祭輪のような自他への強制を伴う魔法なんか魔力の消費は尋常ではないレベルである、だからわたくしだってどちらかと言うと質量攻撃とかに振り切ってるんだし。
欲する者が魔力を回復するまで少しかかるはず……わたくしはその隙を狙って一気に前に出る……このタイミングで畳みかけるしかねえ。
凄まじい速度で地面を蹴って前に出たわたくしにギョッとした表情を浮かべる欲する者……まさか前に出てくるとは思ってもいなかったのだろう。
だが、さすがは訓戒者と言うべきだろうか? すぐにギラリとした目で同じように前に出てきた。
ドゴオオッ!! と言う音とともにお互いの拳が正面から衝突するとその威力の凄まじさから、空間が一瞬歪む……この場所は星幽迷宮によって構成された簡易的な結界内みたいなもんだからな、通常空間ではないゆえに莫大な魔力や破壊を行うと崩壊してしまう可能性があるのだ。
「どこにこんな腕力が……ッ!」
「はっはー♪ 接近戦もちゃんとできるみたいねぇッ!」
わたくしはそのまま体をコンパクトに回転させると、欲する者へと回し蹴りを叩き込む……相手が咄嗟にとった防御姿勢の腕へ攻撃がズドンッ! と言う鈍い音とともに食い込んだ。
メキメキメキッ! と言う音と立てて欲する者の腕がへし折れ奇妙な方向へと曲がった……だが、その痛みを感じていないのか彼女はそのままわたくしへと膝を繰り出す。
ゴギャアアッ! と言う音とともに彼女の膝はわたくしの腹部へと食い込む……一気に肺の中似合った空気を強制的に吐き出させられた気分になり、思わず悶絶するが防御結界がうまく働いていない?
いや、欲する者の全身に纏っていた魔力が膝に集中してそれが結界を貫いたのか……わたくしは蹈鞴を踏んでヨタヨタと後退すると、彼女は勝ち誇ったように叫んだ。
「クヒハハハハハッ!! これで終いだ……混沌魔法……愛欲の律動ッ!!!!」
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