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第三二二話 シャルロッタ 一六歳 欲する者 〇二

「混沌魔法……狂喜の祭輪(サイコサーカス)


 欲する者(デザイア)のその言葉が紡がれると同時に、すべての景色から色が失われていく、それは色が地面へと割れたガラスのように砕けて落ちていくようなそんな不思議な風景。

 まるで時が止まったかのような静寂が一瞬流れたかと思った次の瞬間、わたくしの眼前に一人の少女が俯いている姿が映し出される。

 青い髪、そして深い海のような青い瞳は紛れもなくターヤそのものであるが、わたくしの知っているターヤよりも幼い気がする。

 これはいつの光景だろうか? 歳の頃は一〇〜一三歳程度に思えるほどに幼く、そしてじっとこちらを見ている彼女の瞳にはどこか遠くを見つめているような気がする。

「……ターヤ?」


「……こっち、こっちへきて」


「え? ど、どこへ……」


「こっちへ……私の家に案内するね」

 ターヤらしき少女はそう呟くとわたくしを手招きしてから歩き出す……ついてこいということだろうか? よくわからないが……わたくしは黙って彼女の跡をついていくことにした。

 少女の足取りはあまりおぼつかないもので、見ているこっちが危なっかしさに声を上げたくなるような気分にさせられる。

 歩いていくに従って今自分が歩いているのがどこかわからない少し寂れた風景の都市であることがわかる……確かターヤはラウドネス伯爵領の出身と話していたので、この風景はラウドネス伯爵領のどこかの都市なのかもしれない。

 石造りの家は少なく、木造でしかもところどころに黒い落書きのような人型の何かが動いているという奇妙な光景……もしこれがターヤの心象風景を表しているのだとすれば、細かい部分の記憶は欠損しているか失われているということなのかもしれない。

「……私はここで生まれ育った、大きい都市だったけど王都はもっと大きいって聞いて育った」


「ここはなんて都市なの? わたくし見たことがありませんわ」


「……ジェラルディン、そう呼ばれている……えらい貴族様が治めているってお父さんに聞いた」

 ジェラルディン……は確かラウドネス伯爵領でも二番目の大きさの都市だったと記憶しているが、こんな場所なのか。

 でも確かに地理の勉強で教えてもらったジェラルディンは記憶に残りにくい、平凡な都市だと教えられているから本当にそういう場所なのかもしれないな。

 産業にも特筆することはないが、大きな街道沿いに建設された都市だったため城砦としての機能を持ち合わせており、軍隊もそれなりの規模だったはずだ。

 わたくしが興味深げに周りをキョロキョロと見回しているのを見て、ターヤはクスッと笑うとフラフラと前を歩いていく……表通りであろう大きな通りを抜け、落書きのような人の間を抜けて進んでいくと、そこには酒場のような周りよりも少し大きな建物が姿を表す。

 外壁も木製だが柱の一部は石作であり、この王国ではよくある半石造、半木造みたいな一般的な作りの建物で、手入れはきちんとされているのか外見は整っているように思え、どこか落ち着く印象のある場所のように思えた。

「……ええと……店名が読めませんわ」


「意味のある言葉じゃないよ、お父さんが気まぐれでつけた名前だって聞いた」


「そうなの? それにしても……」

 確かに店名の看板にはぐしゃぐしゃと塗りつぶしたような跡が残っており、わざと読めなくなっているかのようだ。

 記憶の中を見ているのだとすればちょっと雑な印象もあるんだけど、古い記憶というのは得てしてそういうことが起きやすいのは確かだしな。

 ターヤはその建物の中へと入っていく……ええと、これは入っていいんだよな? とわたくしが少し逡巡しつつも中へと足を踏み入れると、そこには奇妙な光景が広がっていた。

 客の入りはとてもよく、熱気にあふれた場所らしく少し温かみを感じる場所である……満員御礼と言っても良いのだろう、テーブルはすべて満席で喧騒と笑い声、そして時折聞こえる怒鳴り声が酒場らしい雰囲気を醸し出している。

 だがお店の中には人ではなく、豚のような顔を持つオークや犬の顔に似た外見を持つコボルトなどの魔物がテーブルを囲んで何かを食しているのだ。

「……魔物?!」


「違うよみんなお客さん……今日もたくさん入っている……」

 思わず身構えそうになったわたくしの手をそっと抑えると、ターヤはまるで何事もないかのようにテーブルを囲んでいる魔物達の脇を通り抜けカウンターの方へと小走りに向かっていく。

 なんなんだこれは……状況が飲み込めなくて混乱するわたくしが彼女の後を追いかけるようにテーブルへと近づいていくが、そこで初めて気がついた。

 確かにターヤがお客さんというだけあって今目の前で椅子に座って食事をしている魔物は現実感がない、どこか抽象的な造形の生き物だ。

 なんて言ったらいいだろうか? ……少し雑というかなんというか、細かいディティールまで気が届いていない絵画のような見た目をしている。

 だが、わたくしはテーブルの上に並んでいる食材に視線を移して思わずギョッとした……そこに並んでいる食材は人の腕や足、そして恨めしそうにこちらを見つめている見知らぬ男性の顔だったからだ。

「……うぷ……これは……」


「ボハデ! ビュモベ、イヒヤア……ヨル!」


「え?」


「スイテ……ヌタ、ロジ!!」

 目の前のテーブルで人間の足に喰らいついていたオークが思わず口元を抑えたわたくしに向かって何やら怒鳴りつける……だが全く理解のできない言語で喋っており、こちらがどう反応を返していいのかわからずに戸惑っていると、興味を無くしたのか再び手に持っていた足を齧り始める。

 なんなんだこれ……ふとみれば、ワインかと思っていたグラスの中身はねっとりとした黒ずんだ血液がなみなみと満たされており、コボルトは少し口の端より液体を溢しながら美味しそうに中身を飲み込んでいる。

 カウンターでは角を生やしたオーガ……の夫婦か? やはり魔物が包丁を片手に肉を切り裂くと、内臓をずるずると引き出して床へと放り投げると、それにドス黒い毛皮をした一つ目の狼が喰らい付いているのが見えた。

「……驚いた? うちはお客さんがたくさんきていたの……みんな楽しそうに食事をしていて、それを見るのが私は楽しかった」


「……ターヤ?」


「ほら、あのお客さん……いつもお肉が足りないって騒ぐからお父さんは仕方ないって話しながら追加で肉を出していた……運ぶのは私」

 ターヤの手には彼女の体格にはどうにも大きすぎる木のお皿が乗せられている……トマトのような赤いソースのなかに色とりどりの瞳が浮かんでいるのが見えわたくしは再び口元を押さえる。

 人の食べる食事じゃないとわかってしまうと、そこから発する匂いそのものが死臭や腐臭のように感じられて気分がひどく悪くなる。

 だがターヤは笑顔でその皿をテーブルに運ぶと、オークの前に置く……するとオークは機嫌よくターヤへと銅貨……わたくしはあまり使わないけど庶民の間では金貨などはほぼ流通していないので、銅を使ったコインを主に使用していると聞いているが、それを彼女へと手渡した。

 所謂チップのようなものか……それをターヤは受け取ると何事かわたくしには理解のできない言葉を返すと、笑顔のままこちらへと近寄ってきた。

「……毎日忙しかった、お客さんによってはチップをくれるし優しい人もいるけど、嫌な人も多かった」


「……酒場というとそういうイメージがありますわ」


「うちは二階の一部を宿屋にして貸し出してたから、酔い潰れたお客さんを部屋に送ったりしてた」

 いきなり場面が移り変わり、細い木造の床は伸びる通路にわたくしは立っていた……先ほどまでの喧騒は遠く足元から響いており、どうやら二階にいるのだというのをぼんやりと理解する。

 背後から声がする……何か呻き声のような、意味のない言葉をつぶやく酔い潰れたコボルトが先ほどよりも少し成長し記憶に近い姿になったターヤに肩を借りてこちらへと向かってくる。

 通路にいると邪魔になるな……とわたくしが脇に退くと、二人はゆっくりと目の前にある扉の前まで進み、そこでターヤがコボルトの酔客を扉の向こうへと押し込もうと扉に手をかけた瞬間。

 コボルトがいきなりターヤを部屋の中へと引き摺り込もうと引っ張り始める……彼女は必死に抵抗し、悲鳴を上げながら酔客にか弱い腕ながら必死に拳を叩きつけている。

「…止め……いやああッ!」


「プビ! ホゼヤン……パセパ、ニェッ!」


「ターヤ!」

 わたくしは思わず前に出る……コボルトの顔面に拳を叩き込もうとするが、その拳が空を切り思わずバランスを崩したわたくしは部屋の中へと倒れ込む。

 現実?! なんだこれは……立ちあがろうとしたわたくしの上に、息を荒くし涎をダラダラと垂らしたコボルトがのしかかってくる。

 先ほどは幻覚のようにすり抜けたくせに、今わたくしの体を弄るコボルトの手には紛れもない現実かのように感触を感じ、わたくしは当然の反応ながら思わず顔を紅潮させると無我夢中で必死に手に触れた何かを掴み魔物の頭に横から叩きつけた。

 強い恐怖から必死に何度もその手に持った何かを叩きつける……ゴスッ! ドゴッ! という鈍い音と共に床に赤い液体……血液のようなものが散っていく。

 そしてわたくしにのしかかったコボルトは、何度も叩きつけた折れた椅子の脚に脳天を貫かれたままゆっくりと倒れていった。

「はあっ……はあっ……なんなの……なんなの……」


「……殺した?」


「え?」


「殺したね? 私みたいに少し我慢すれば条件は満たさなかったけど……アハッ♡」

 いきなり目の前に歪んだ笑みを浮かべるターヤ……その瞳の奥には深く青い光が宿っているような気がするが、恐怖からわたくしは思わず心臓がキュッと締め付けられたような感覚を覚える。

 ターヤだったその少女はメリメリと音を立てながらその姿を変化させていくと、まるで先ほど見た彼女の死に様のように、いきなり頭や体が変形し、血を吹き出しながら風船のように膨らんでいく。

 わけがわからない……これは悪夢なのか? それとも現実と狂気の狭間にわたくしは迷い込んだとでもいうのだろうか?

 いきなり全ての光が消え去り漆黒の闇へと全ての光景が落ちていく中、欲する者(デザイア)の声が空間へと響き渡る。


「それではシャルロッタ・インテリペリ……最高の混沌魔法、狂喜の祭輪(サイコサーカス)へようこそ」

_(:3 」∠)_ カオスなのです、全ては混沌の中に


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