第三二一話 シャルロッタ 一六歳 欲する者 〇一
「クハハハハッ! それではまず魔力対決と洒落込みましょうかぁッ!」
「……ターヤ……」
欲する者の叫びと共に漆黒の魔力が凝縮し、幾重にも尾を引く黒いレーザーのように打ち出される……漆黒の弾丸と呼ばれる悪魔の使用する魔法の一つだ。
この魔法自体は人間でも使用することはできるが、総魔力量の問題でわたくしに向かって迫り来るような密度で収縮した魔力の弾丸にはならないから今凄まじい数の魔法が放たれたことを見ても欲する者が保有する恐るべき魔力量がわかると言うものだ。
だが、わたくしの視線はずっと地面に落ちている肉塊……ターヤだったそれに向けられている。
助けられた無かった命は前世の時代からたくさん見てきている、正直に本音を言えば勇者であったとしても全ての命を救うことなどできない。
勇者といえどもやれることに限りはある、間違いも犯すし、むしろ失敗することだって数多くあると思う……前世で救えなかった人たちの死に際の顔を夢に見ることだってざらだ。
あの時こうしていれば、自分にもっと気遣いがあれば、もっと力があればこうはならなかったんじゃないか……そんな気持ちで目覚めることもあった。
だから言葉を選ばずに言うのであれば、いつかこう言うことが起きると想像したことがある……本当に大事な友人や知り合い、そして愛する者を見送る可能性だってあるとわかっていたはずなのだ。
「棒立ち……ッ! ならこのまま削り殺してやるわァーッ!」
「……ごめん……貴女には謝ることしかできない……わたくしは選択を間違えた」
無数に放たれた漆黒の弾丸がわたくしとその周囲に着弾し、爆発を巻き起こすが、わたくしの纏う魔力による防御結界により魔法が一つたりとも肉体へと迫ることはない。
過去を振り返ればわたくし、勇者ラインの人生も含めて後悔の連続だ……もしかしたらこういった悩みは誰もが同じなのかもしれない。
間違ったのだ、ターヤという友人を王都に置いていけばいつかはこうなるとわかっていたのだ、頭のどこかで絶対にそうなると理解してたはずなのに。
だけどわたくしはそう選択しなかった……彼女を友人だと考えていながら、本当に必要な時に彼女を助けようともしなかった冷酷で、残忍な貴族令嬢そのものになっていたのだから。
転生して初めてかもしれないけど……わたくしは今凄まじいまでの後悔と悲しさを感じている。
「無傷……! クハハ……これでこそ強き魂、勇者よ」
「……わたくしはずっと無数の屍を踏み台にしてきたわ」
「はぁ? 今更自分語り? 随分とセンチメンタルなご令嬢なのねぇ?」
「だが救えなかった魂や助けるべき命を踏み台にしてでも、今ある世界を救う……それがわたくしそのものだから」
勇者であることは呪いに近いかもしれない、勇者である以上世界を救う、世界のために戦うことが最優先であり、一人の命を救うために身を投げ出すなんてことは出来ないからだ。
正確にはできるだろうが、勇者として覚醒した段階でそういった思考を矯正されることがある……「使命を果たすために戦え」と誰かがずっと心の奥底で叫んでいる気がする。
すでに怒りも悲しみも感じない……ただわたくしはその身に宿した魔力を解放していくだけだ。
あまりに膨大な魔力に周囲の空間がビリビリと震え、凄まじい暴風と共に荒れ狂う。
だが欲する者は臆することなくニヤリと笑うと同じように漆黒の魔力をその全身にみなぎらせていく。
強大な魔力……もしかしてターヤを籠絡し、支配下においたのは自身を強化するためか? そうするとわたくしが気が付かなかっただけでターヤ自身にも秘められた能力があったのかもしれない。
「……そうよぉ……勇者様パーティの最後の一柱……ターヤ・メイヘムは運命の仲間としてクリストフェル・マルムスティーンと共に戦いに赴く存在だったのよ」
「……でもあの子には力がない、それを感じなかった」
「覚醒するには条件があるのよ、王子様が勇者として覚醒したように彼女も何らかの事件で自らに隠された能力を発現させることになったはずよ」
「だから……ターヤを選んだ、と?」
ターヤ・メイヘム自身の能力はよくわからない……学園で話をしたり、お茶をしていてもごく普通の能力しか感じられなかったからだ。
この世界ではクリスが勇者であり、そのパーティメンバーとして共に肩を並べて戦うなんて未来もあったのかもしれない。
だが……それは永遠に失われた……前世の勇者ラインが心許せる仲間を得たことは幸運だったし、運命の仲間だという啓示も受けていた。
この世界では勇者の器、なんてあやふやな言葉だけでクリスが選ばれ、それ以外のメンバーは誰が運命の仲間なのか全くわからないままなのだから。
「……良い例が聖女ソフィーヤ・ハルフォード……本来は王子様の隣にあって神の奇跡を体現するはずの存在、だけど堕ちたわ」
「……お前らが手を引いているのはあの時気がついたわ」
「クハハッ! そのほかにも混沌四神は数人の運命を予想していたのよ、だから知られないうちに排除する必要があっただけ」
すでにわたくしだけでは誰がそういう運命を持っていたのかわからない、もしかしたらわたくしが生まれる前に存在していた人も似たような形で排除されているのかもしれないから。
今となっては本当にわからない……だからこのマルヴァースの勇者であるクリスだけはわたくしが支えなきゃいけないのかもしれない。
ゆっくりとわたくしは息を吐く……わからないことを悩んでも仕方がない、現実として今わたくしは欲する者と対峙し、この存在を滅ぼす必要がある。
お互い魔法を繰り出そうとしているのは理解していた……双方小さな魔法をコツコツ当てても致命傷になりにくい存在だからだ。
「神滅魔法……聖なる七海」
「混沌魔法……愛欲の律動」
お互いが放つ大魔法……その超巨大な魔力による領域の押し合いが始まる……わたくしの足元より渦を巻いて荒れ狂う天界の大渦潮が全てを押し流そうと欲する者へと迫る。
だがそれと時を同じくして発動した混沌魔法により周囲を埋め尽くした臓物とも女性器の内部ともつかない粘液によって濡れそぼった脈動する肉壁周囲を埋め尽くし、双方のちょうど中間でせめぎ合う。
魔法の出力はほぼ同じくらいだろうか? これもターヤを食ったことによる能力の底上げなのか正直に言えばわたくしが少し驚くくらいの魔力量を発揮している。
表情からこちらが驚いているのに気がついたのだろう……欲する者は歪んだ笑みを浮かべて嗤う。
「ターヤ・メイヘムの古き血脈には連綿と受け継がれた秘密があったわね」
「……秘密?」
「本人は知らないみたいだったけどね……少しいじれば爆発的な魔力を発揮する魔法使いのようなものかしら……私の魔力の底上げには非常に役に立ってくれたわ」
それがどのようなものかわからないけど……もしかしたらゲームのバフ、強化系みたいな能力だったのかもな……それ故に今の欲する者はターヤの持っていたバフが載っている状況なのかもしれない。
学園にいるときはまるでそういう気配すら感じさせなかったのだから、人間わからないものだ……もしかしたらターヤの覚醒が為された暁にはクリスを助ける大きな力となったのかもしれない。
だがすでに彼女は物言わぬ肉塊と化している……ズキリと胸の奥が痛み、自らの行動で失った魂の重さを感じるが……今やらなければ更なる犠牲者が出る。
虚空より引き抜いた不滅を構えると、欲する者はぐにゃりと歪んだ笑みを浮かべて再び咲った。
「……あらあ、次は接近戦ということかしらぁ?」
「なんとでも言うがいいさ……」
「ふぅん? じゃこう言うのはどうかしら……シャルゥ……ソンナコトイワナイデヨー♡」
欲する者がその右手を変化させると、そこにはターヤの顔が浮かび上がる……その顔に腹話術のように言葉を喋らせた後、わたくしを見てそれまで以上の満面の笑みを浮かべた。
次の瞬間……わたくしの何かがブチィッ! と音を立てて切れた気がした……地面を一気に蹴り飛ばして弾丸のような速度で前に出ると技術もへったくれもない、ただただ腕力で振り回した不滅を欲する者へと叩きつける。
ドギャアアアアン! という轟音と共に振り抜いたはずの剣はいつの間にか訓戒者の手に鋭く伸びた爪によって受け止められた。
ぎりりと鍔迫り合いのような格好となったわたくしと欲する者は至近距離でお互いを睨み合う格好となった。
「いいわぁ……これは完全に単純で純粋な怒りによる暴力……アソコがキュンキュンして濡れちゃうぅ……ッ!」
「いちいち五月蝿えんだよッ! お前は……わたくしが必ず殺すッ!」
「嫌だわぁん……こんなにお下品な子が貴族令嬢……辺境の翡翠姫だなんて……お姉さん幻滅ゥ」
欲する者は笑みを浮かべたままわたくしの防御結界を蹴り飛ばす……ズドオオッ! と言う鈍い音をあげてわたくしの体が大きく後方へとそのままの姿勢で飛ばされる。
今の攻撃自体はまるで肉体に影響を与えないが、そもそも体重が軽いとどうしても攻撃に対して踏ん張ることができない……それに欲する者の今の攻撃は非常に重く、成人男性でも簡単に粉砕されるような衝撃と攻撃力が備わっていた。
バフ効果ってこんなに厄介なのか……再び不滅を構え直したわたくしよりも早く、欲する者はその恐るべき魔力を一気に解放してみせた。
「それではこう言うのはどうかしら、混沌魔法……狂喜の祭輪」
_(:3 」∠)_ バトルじゃぁ……! バトルが始まるぞぉ!
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