第三一八話 シャルロッタ 一六歳 地下水路 〇八
「私を捨ててどこかへ行って……! 私はどうして捨てられたのッ!」
「た、ターヤ……」
悲鳴に近いターヤの叫びと共に彼女の体から放たれる黒い魔力は渦を巻くように溢れ出る……その波動は周囲の空間を揺らし、ビリビリとした振動となってわたくしへと叩きつけられる。
なんだこれは……すでに人間が内封している魔力とはもう別物、まるで悪魔のような……そこまで考えてわたくしは奥歯を噛み締める。
見た目はターやそのものだが、もうすでに存在が別物に近い……わたくしは虚空より不滅を引き抜くと眼前で構えるが、それを見たターヤが先ほどまでの悲嘆に暮れた表情からすぐに歪んだ笑みを浮かべて笑う。
「そう、シャルは裏切り者……裏切るなら殺して仕舞えばいいよね」
「……く……どうすれば……」
黒い波動を伴う魔力に呼び出されているのか、彼女の影から二体の黒い影のような……いや全身に黒いモヤのようなものを纏わせた不気味な存在がぬるりと湧き出てくる。
気配が不死者とかそっちじゃない、先ほど戦った名無しに近い存在のように思えるが、それよりは急造で生み出されたのか、カクカクとした痙攣する動きは似ているが金色の瞳には知性のかけらすら感じられない。
単純な混沌産の魔物と定義すればいいだろうか? それぞれ別々の位置に配置された顔にある大きな口を開いたまま、名無し達は私へと飛びかかってくる。
「ぎゅあああああああっ!」
「……動きはさっきのやつの方が早い……ッ!」
わたくしはその名無し達が飛びかかってくる軌道を予測し、手に持った不滅を振るう……少しの手応えとともに怪物は真っ二つに切り裂かれて地面へと倒れ伏すと、嫌な匂いと黒い煙をあげながら消滅していく。
何だこれ劣化版か? 手応えも恐ろしく軽いし、耐久力が全くない……呼び出した名無しがあっという間に切り裂かれたのを見たターヤは笑みを浮かべたまま再び両手を広げる。
その動きに合わせて彼女の影から二体、三体……湧き出すように無数の名無しが悲鳴のようにも聞こえる呻き声を上げながら出現していく。
「シャルを殺せば……もう一度あの子を愛せるッ!」
「何言ってるのかわからないわ!」
「死体になっても私が祈れば……私の愛がシャルを甦らせるの……!」
ターヤの言葉と同時に数十体湧き出した名無しが一斉に私へと向かってくる……まずいな、無制限にこんな連中呼び出されるとこちらの消耗も激しくなるし、何より先ほど最初の名無しを倒すために魔力を消費してる。
正直に言えばこれ以上消耗したくない……王城にはまだ訓戒者が残ってる、あの鳥のような仮面を被った一番厄介な敵が。
個人的な想像でしかないけど、あの仮面の訓戒者は冗談抜きに強い……闇征く者と言ったか、あれは魔王級じゃない、魔王そのものと言っても良いレベルの相手だろう。
あれと戦うにはわたくしも死を覚悟して立ち向かう必要があるのではないかと思う……いやどうだろう? 万全の私なら負けないかもしれないけど、少なくともクリスやエルネットさん達ではどうにもならないだろう。
だから闇征く者だけは絶対にわたくしがなんとかしなきゃいけない……そのためにはこの地下水路の問題を素早く片付けて、尚且つ消耗を最大限抑えなければいけないのだ。
「無理難題……ずっと前からそればっかりね」
「シャル! シャルは私が愛するの……! だから一度殺してあげる!」
「神滅魔法……神智の瞳」
わたくしが神智の瞳を使用した瞬間、全ての時が一瞬止まったように感じた……景色は全てモノクロ、色を失うが多面結晶体だけはその美しい虹色の光を放っている。
湧き出した名無しを片付け、ターヤ本人をどうにかしなきゃいけない……発狂しているというよりは、何かに操られているのだろうけど。
次の瞬間わたくしは一気に駆け出す……この魔法神智の瞳は効果範囲内に存在するすべての敵対者をマークし、瞬時に殴殺するための魔法。
戦闘能力を上げたり、相手を直接攻撃するようなものではなく、自身の行動を最適化するための補助魔法という位置付けだ。
敵戦力が膨大であればあるほど、この魔法によるマーキングは効果を発揮し、前世の勇者ライン時代には一軍を瞬時に切り伏せるという離れ技を演じたこともあるのだ。
そしてこの魔法は消耗がそこまで激しくない……いや普通の人なら発動だけでも魔力を根こそぎ持っていかれるだろうけどね。
「悪いけど……オモチャは取り上げますわよ」
湧き出してわたくしへと飛びかかろうとした名無しを右手に持った魔剣不滅を使って切り伏せていく……手応えはさっきと一緒でめちゃくちゃ軽い。
呼び出されてすぐの名無しはあまり戦闘能力が備わっていないのか、それともなんらかの意図があってそうしているのかはわからないけど……とにかく今全てを切り擦れてば彼女を元に戻せるかもしれない。
瞬時にすべての名無しを切って捨てたわたくしが神智の瞳を解除しながら滑るように元の場所へと戻ると、それと同時に切り捨てられた名無し達はそのまま地面へとどおっ! と倒れると黒いモヤをあげて消滅していく。
何が起きたのかわからなかったのだろうけど、ターヤは周りに召喚したはずの名無し達が瞬時に破壊されたことに気がつくと、口元を押さえて驚いたような表情を浮かべる。
「……ひどい……こんなことって……」
「ターヤ……王都に貴女を置いて行ったことは謝りますわ……でもこんなことしないで、私のお友達なんでしょう?」
「わ、私……タ、ターヤ……おとも、お友達……」
まるで壊れた機械のようにガクガクとその体を痙攣させながらターヤは恐怖や歓喜、怒りや悲しみを入り混じらせたような複雑な表情を見せながらヨロヨロと多面結晶体の側へと下がっていく。
まずいな、もし今あの多面結晶体を破壊されるとわたくしもターヤも狭間の世界に残されてしまう。
わたくしは何とかなるだろうけど、ターヤはそんな場所に放り込まれたらどうなるか分かったもんじゃない……わたくしが彼女に声をかけようと手を伸ばした瞬間、ターヤの影から今度は漆黒の触手……いやこれはワーム、いわゆるミミズとか回虫にちかい昆虫型の魔物が多数飛び出してくる。
「お、オトモ……アハハ……おともだちはひとりだけ……めのまえにいるのはにせも……」
「ターヤ!」
「「「「キュゴアアアアアッ!」」」
漆黒のワーム……この世界にもサンドワームとかスワンプワームなんて魔物が存在してるが、映画のように超巨大なものは珍しく、大体が数メートル程度の大きさに成長したものが冒険者を襲ったりするらしい。
というのもワーム種はその生存した年数に応じて大きく強くなっていくのだけど、超巨大なサイズのものは神話の時代には存在していたそうだが、そんなクソでかい個体はその時代に狩られてしまい、今の時代に残ってるのは遥かに小さな個体のみだそうだ。
当たり前だけど大きさによって食事も莫大になるし、肉食系の魔物なので派手に暴れると討伐依頼が出てしまうので、結果的に小さな個体はコロニーを作って生活し、そこから逸れた個体が巨大化していく傾向にあるそうだ。
ターヤが呼び出したワームは真っ黒でさながらシャドウワームとでもいうのだろうか? 新種だしどんな生態なのかちょっと気になるけど、明らかに丸く開いた口元には鋭い牙が並んでいて、肉食であることは間違いなさそうだ。
「……ターヤ! 落ち着いてッ!」
「いやああああああっ! シャル! シャルッ!」
悲鳴をあげるターヤの周りに出現したシャドウワームは一気にわたくしへと迫る……だが動きは一直線で読みやすく、飢えてるのかわたくしに向かってまっすぐ向かってきている。
この程度なら……わたくしは不滅を使って飛びかかってきたシャドウワームを切り捨てる……切った場所からドス黒い体液が溢れ、地面へと落ちていく肉体はすぐに煙をあげて消滅していく。
元々は全然別の世界に住んでいる個体なのだろう、生命力が尽きると消滅するあたりはかなり無理やりこの場所へと召喚しているのがわかる。
……こんなことならさっき神智の瞳を解除しなきゃよかった!
「……ターヤ! もうやめてっ!」
「あはははははっ! シャルがなんか叫んで……シャル! 助け……アハハハハッ!」
ターヤの様子が明らかにおかしい……本人とそうではないもの、もしくは別の何かが無理やり行動させているのか、動きもガクガクと大きく体を震わせている。
このまま放置するとターヤ自身の精神が大きく崩壊し、もし助けたとしても完全に人格が崩壊してしまうかもしれない。
それはまずい……ターヤを気に入っている人は結構多く、インテリペリ辺境伯家に仕える騎士シドニー・ボレルもそうだし、ミハエル様も憎からず思ってたらしいし。
助けないと……! わたくしは一気にシャドウワームを切り払いながら無理矢理ターヤの側へと近づこうと前に進む。
だがシャドウワームはとんでもない数が影から湧き出し、魔力による防御結界に衝突してガチガチと牙を鳴らしてわたくしを食い殺そうと暴れ回る。
そんな中を必死に掻き分けるようにわたくしは彼女の側へと近づいていく……必死に手を伸ばしながらガクガクと痙攣するターヤに向かってわたくしは必死に呼びかける。
「ターヤ! もうやめて! ターヤ! 自分を強く……ッ!」
_(:3 」∠)_ ターヤ「ヘッドバンキングではありません」
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