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第三一七話 シャルロッタ 一六歳 地下水路 〇七

「……でも私は忘れなかったよ、シャル」


「ま、まさかとは思ってたけど……ターヤ?」

 深くフードを下ろした姿でイマイチ分かりにくいけど、声はターヤ・メイヘム……王立学園で友人となったあの子そのものだ。

 少し長くなった青い髪がフードの端から溢れている……わたくしの目に映る彼女の姿は、あの時とあんまり変わっていない気がする。

 だが、纏う雰囲気がまるで違う……不気味で尚且つ邪悪な、それでいて香り立つような淫靡な雰囲気を持って目の前に立っている。

 この感覚はノルザルツの眷属である肉欲の悪魔(ラストデーモン)達に似た感覚であり、なんらかの影響下にあるのではないかと思える。

「……私貴女のことずっと考えてたの……」


「ターヤ……まさかとは思うけど貴女が貧民街の聖女?」


「聖女と呼ばれてるのね、知らなかった」

 そう言いながらターヤは細い指でフードをあげるが、そこに現れたのは紛れもないわたくしの友人たるターヤ・メイヘム本人である。

 青い髪は昔よりも少し長く先のあたりをリボンで結んでまとめているが、艶やかで少し落ち着いた色合いがあの頃と全く変わっていない。

 瞳も同じだ……深く青い瞳は王立学園であった頃と全く変わっておらず、それどころか大人びた艶を帯びているようにも思える。

 本当にターヤなのか? と悩むがわたくしの目に映る情報全てが目の前に立つ彼女はターヤそのものだと伝えてくるのだ……別人であろうはずがない。

 彼女は軽く微笑むと、後ろにある巨大な多面結晶体(トラペゾヘドロン)へと視線を向け、そしてわたくしへと語りかけてきた。

「私この多面結晶体(トラペゾヘドロン)にずっと話しかけてるの……」


「は、話しかける?」


「そう、シャルとあった時にどういうお話をするかとか……今までどうしてたとか……」

 まるで蕩けるような瞳で多面結晶体(トラペゾヘドロン)を見上げたターヤは微笑みを絶やさずにまるで本物の聖女であるかのように両手を顔の前で合わせると深々と首を垂れた。

 聖女……神の使徒の中でも別格の扱いを受ける称号であり、聖者と並んで聖教では象徴的な存在として認められている。

 勝手に聖女を名乗るだけで死罪となるレベルで崇められており、あのソフィーヤ様ですら聖女として認定されるまでは決してそう名乗ることすらなかった。

 イングウェイ王国一〇〇〇年の歴史において要所要所で偽の聖女や聖者が出現し、人心を惑わせ神聖騎士団に討伐される偽の聖者とかは結構数多く存在してたりする。

 大抵が混沌神の手先と組んで……みたいな扱いだった気がしてて、「なんだか分かりやすい話ばっかりだなー」とか考えてたけど、今から考えてみるとあいつらとんでもないことをずっとしてたんだなと思う。

「……それで? ターヤはどうしてここにいるの?」


「シャルを待っていたんだよ」


「……わたくしを?」

 ターヤは昔そのままの笑顔で頷くと、ゆっくりとわたくしの元へと近づいてくる……敵意は全く感じられないし、むしろ親愛の情すら湧く小動物的な可愛らしさのある表情を浮かべている。

 王立学園でも彼女は一部の生徒に非常に人気があったのだが、それもおかしくないよなと思わせるだけの魅力が備わっていると感じる。

 ターヤは微笑みのままにそっとわたくしの頬へと手を添える……ほのかに暖かく、そして柔らかい手のひらはくすぐったいような、それでいてずっと触れていて欲しいと思うようなそんな感触を伝えてくる。

 異様な場所でありながら、わたくしはどうしても目の前に立つターヤが敵であるという認識を持つことができない……それは彼女自身の抱える魅力だけでなく、友達として学園で一緒に学んだ間柄だったというのも大きいかもしれない。

「……学園がああいうことになって、それでシャルも王都を出てしまって……寂しかった」


「何も声をかけずに王都を出てしまったのは申し訳ないですわ……」


「いいの、シャルにはシャルの大事な仕事があるんだし……それにね」

 するり、と彼女の細い腕がわたくしの体に巻き付くように伸ばされると、ターヤは愛おしい子供を抱き抱えるようにわたくしを引き寄せる。

 ああ、懐かしい……少し前までよくふざけ合っていたわたくし達の日常が帰ってきたような気がする……それに学園の時と何も変わらない、彼女の柔らかい匂いが鼻腔をくすぐる。

 わたくしはそれまで感じていた戦闘後の高揚感を次第に忘れていき……彼女に身を任せたまま、ゆっくりと心地よさに目を閉じる。

 彼女の体に身を預けると心臓の鼓動が安心するリズムとなって聞こえてくる……昔に戻りたい、そう思う気持ちが芽生えるのはおかしくないかもしれない。

「シャル……ここ綺麗だよね」


「ターヤ……んっ……だめ……」


「いいの、少し汗の匂いがしてる……」

 ターヤは微笑んだままそっと唇をわたくしの首筋に落とすが、その感触でわたくしは思わず背筋がゾクリとした感覚に見舞われ、思わず声を漏らした。

 わたくしの反応を見て微笑んだターヤは躊躇なくその小さな舌を首筋へと這わせていく……まるで電流が走ったかのような快感にわたくしの体がぴくりと跳ねる。

 なんで……ゾクゾクとする感覚に思わず口元を片手で押さえてしまうが、そんなわたくしを見てターヤはゆっくりとわたくしの首筋から口元まで舌を這わせていく。

 彼女の細い指がわたくしの胸元を探っている……今着ている服は動きやすいように昔仕立てた騎士服をベースにしたものだ。

 胸当て(キュイラス)の隙間をこじ開けるように手を添えると、ターヤの指が服の間へと入っていき、異性が触れたことのない肌に直接触れていく。

「あ……やだ……ターヤ……だめ……」


「柔らかい……もっと触れたい……もっと……もっと見せて……」

 ターヤの手が胸を弄り始めるとともに恥ずかしさと快感で、わたくしは次第に立っていることすら覚束なくなる……そんな吐息を漏らすわたくしを見てターヤは優しい笑顔を浮かべ唇をこじ開けるように舌を口内へと侵入させていく。

 ゾクゾクとした感覚と、お腹の中が熱くなるような感覚に呻き声ともつかない声を漏らしながらわたくしは、潤む瞳で彼女の笑顔を見た。

 そう、笑顔……わたくしが思考もままならないほどぼうっとする頭で彼女を見た瞬間、背筋が一気に凍るような感覚を覚え、遮二無二に体を弄る手を払いのけ、大きく後方へと飛び退った。

 一気に距離をとったわたくしの前で、ターヤは少し上気した頬に先ほどまでわたくしの胸元を弄っていた指を添えると、歪んだ笑みを浮かべる。

「逃げちゃうの? 残念だわ……」


「……ターヤじゃない……あの子はこんなことしない……」


「私はターヤだよ、シャル……ほらみて?」

 そういうが早いか彼女はローブの前を止めていた紐をちぎると、その細く綺麗な体を露わにしていく……体型は細く胸も小ぶり、ターヤは自分の体型が幼い気がすると言って少し悩んでいたのを思い出した。

 白く柔らかな上半身を惜しげも無く曝け出した彼女は歪んだ笑みを浮かべたままわたくしをじっと見つめるが、そこでようやくわかった。

 これ……混沌の権能である「調和(ハーモニー)」ってやつか……急に頭がズシンと重くなるような感覚を覚え、わたくしは何度か首を振る。

 調和(ハーモニー)は混沌の眷属が使う相手の精神へと影響を及ぼし、意のままに操る権能である……元々は凶暴な獲物を狩るために発達した能力と言われており、この権能をまともに受けると敵意を全て刈り取られ、従順なまま狩られるという結構えげつない能力になっている。

「……聖女と言われていたのも納得……この能力が使えるということは、なんらかの影響を受けているということね……」


「シャル……ほら私の胸を見てよ……あの頃のままだよ」


「あの頃って……わたくしターヤの裸なんか見たことないわ」

 権能の力を持ってすれば数秒前まで敵意を持って襲い掛かろうとしていた相手を下僕のように従えることすら可能だし、命を奪おうとしても対象は喜んでその身を捧げるようになるだろう。

 一種の煽動能力と言っても良いだろうか? ともかくまともに食らうと精神が歪んでおかしくなり、権能を使用した術者に対して疑問を抱かなくなるのだから恐ろしい。

 そういえば肉欲の悪魔(ラストデーモン)オルインピアーダもプリムローズ・ホワイトスネイク嬢に対して行使していたらしく、彼女は悪魔(デーモン)が滅びるまで疑問を抱くことはなかった。

 本人も「どうしてそれが正しいと思えたのか本当によくわからない」と話していたので、普通の人間には対抗し難い恐るべき洗脳効果を発揮するものらしい。

「そんな……あんなに愛し合ったのに……私シャルのためなら何でもするわ」


「……お生憎様……もう権能は意味ないわよ?」


「……ふっ……」

 それまでわたくしを挑発するように自らの乳房を弄っていたターヤは、こちらの返しに権能が効果をすでに発揮していないということを理解したのだろう……歪んだ笑みを浮かべたまま失笑すると、ローブを羽織り直した。

 そう……歪んだ笑顔……悪魔(デーモン)達も浮かべていた、人ならざるもの達特有のあの笑顔を浮かべる彼女は、すでに人ではなくなっている可能性が高い。

 わたくしは友人を殺せるのか? という自らの考えに思わず心臓が締め付けられるような痛みを感じた……正直なところ彼女のことは憎からず思っていたからだ。

 学園に言っても多分友人なんかできないだろうな、と思っていたわたくしへと率先して話しかけてきた彼女のことは大好きだし、王都を脱出する際に一言だけでも待っていて欲しいと伝えたかった人でもある。

 それに……彼女は第二王子派と呼ばれる貴族にも臆することなく接する貴重な人物でもあったから、クリスだけでなく、ミハエル様も気に入っていた女性だからだ。

「……シャルは私のこともうどうでもいいんだね……」


「……そんなことは……」


「そうだ、私は捨てられた……シャルに……捨てられた……!」

 その言葉と同時に彼女の体から凄まじい闇の魔力が吹き出し始める……なんだこれ……まるで自らの命を燃やすかのような、そんな危うさと不安定さを感じさせる恐るべき力の本流が周囲を埋め尽くす。

 その魔力に呼応するかのように多面結晶体(トラペゾヘドロン)が悲鳴にも似た高周波の音をあげて唸り始めた。

 魔力を暴走させている? いや……ターヤは頭を両手で抱えるように呻き声を上げると、歪んだ笑みの中瞳からボロボロと涙をこぼしていく。

 そしてまるで苦しむかのように彼女は頭を抱えて、膝をつくと声を上げた。


「どうして……私怖かったのに! シャルはどうして私を捨てたの! なんでッ!」

_(:3 」∠)_ もう少し百合を進めたかったんですが……やりすぎると危ないのでこの程度で


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