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第三〇九話 シャルロッタ 一六歳 王都潜入 〇九

 ——放射水路を抜けた第一層最新部……冒険者とアイリーン様達と合流したわたくしは今後のことを相談していた。


「よくガルムを送ってくれた……助かったよ」

 アイリーン様は冒険者に随伴していた神官から治療を受けながらわたくしへと少し疲れた表情ながら微笑みかける。

 放射水路を抜けてすぐわたくしと「赤竜の息吹」のメンバーはアイリーン様と冒険者達、そして先行させていたユルと合流した。

 そこでは魔物……マンティコアの集団に襲われながらも、ユルの助力でなんとか窮地を脱したという顛末を聞かされたが、あの時ユルを先行させて正解だったということだろう。

 冒険者達は大半が怪我をしていたが、数人いる神官級の冒険者によってなんとか命を取り留めたものが多いが、それ以上にマンティコアに食い殺された冒険者が多数出たのだという。

 部屋の脇に積み上げられた腕や足、そして絶望の表情を浮かべたままの首が転がっているのを見ると、もう少しなんとかならなかったかという気分にはさせられる。

「まだ助かる怪我人はいますよね?」


「ああ……だがもう……」

 地面に横たわって荒い息を吐いて涙を流す男性冒険者の一人、この人の顔には見覚えがある。

 ロッテとして冒険者登録に赴いた際にユルに鎮圧されていた男性の一人だったかな……名前はよく知らないし、あのあとどうなったのか結局よくわからないままだったんだよね。

 男性冒険者は半身を血に染め覗き込むわたくしの顔を見て、涙をボロボロとこぼしながら何かを呟いている……意識が混濁し、何か幻覚でも見ているのだろうか?

 わたくしの頬に手を伸ばして言葉にならない声を発している……正直に言えばあの時碌でもない行動をとったことは事実だろうが、それでも今ここで簡単に死なせていいわけじゃないか。

「……痛みますわよ、そもそもわたくし治癒は得意ではないので」


「アアアアッ!」

 男性冒険者の傷を治すために修復をかけると、その肉体が一気に元に戻っていく……悲鳴とともに男性冒険者は気絶するが、その肉体は前の状態つまり健康な時へと一気に修復される。

 血まみれで内臓が飛び出し、すでに虫の息であった彼の体は時間が巻き戻ったかのように元へと戻り、真っ青だった顔色が健康そうな色へと戻っていく。

 それを見ていたアイリーン様が驚いていたが、気絶した男性冒険者が完全に治癒されたのを確認すると何度かわたくしの顔を見てから話しかけてきた。

「これは治癒……か?」


「修復ですわね、わたくし治癒魔法は得意ではないので肉体を修復する形で代用していますの」


「そんなことが……君が戦闘で肉体を瞬時に治癒していたと聞いたが、もしかしてそれか?」


「ええ、だたこれには問題があって肉体の欠損を修復するのには凄まじい激痛があるんですよ……この冒険者の方もそれで意識を失った感じですね……他の方も直しましょうか……」

 わたくしが立ち上がって他の死にかけている冒険者達へと次々と修復をかけて回ると「うぎゃ!」「ゲフウッ!」「ひえええっ!」という悲鳴が次々と上がるも、大怪我をしていた冒険者達は気絶しつつも肉体を完全に元通りに修復されていく。

 自分の肉体を修復するのとちょっと違うから、乱暴な感じもするけどまあ死ぬよりかはいいだろう……わたくしが冒険者達を治癒していくのを見て、アイリーン様はポカンとした表情を浮かべている。

 本来治癒魔法はかなりの高等技術に属しており、ここまで瞬時に修復を行うことは難しいためだ……まあその反面激痛が激しいわけだし、命を失ったものにはまるで効果がないのだけど。

 わたくしはすでに命を失って治癒できない死体の山を見つめながら軽くため息をつく……死人を蘇らせる魔法があればなあ、とは思うがそれは世界の理に反しているものだろうから。

「……これで全員ですかね……残念ながら命を失われた方にはわたくしも何もしようがございません」


「い、いや……ありがとう……神官たちも必死にやってくれていた中で苦しんでいたのだから……シャルロッタ・インテリペリ……あなたは聖女と同格、いやそれ以上の存在だな」

 アイリーン様はわたくしへと頭を下げると気絶している冒険者達の様子を見てまわっている……前に会った時も思っていたが、リーダーとしての才能に溢れた人物だなと思う。

 王都の冒険者達が彼女がギルドマスターであることに一才異論を唱えないし、むしろ王家が気を遣ってギルドマスターの交代を打診し彼女に改めて爵位を授与しようとした際も、結果的には反対に会ってしまって断念したなんて逸話があったりもするくらいだ。

 冒険者にとっても公正で頼り甲斐のあるリーダーであることは間違いないわけで……それでも今回の件で相当に疲れ切っているのは確かだ。

「……それでアイリーン様、この先はわたくしだけで行こうかと思っております」


「そうか……わかっているかと思うが、この先は……」


星幽迷宮(アストラルメイズ)ですよね?」


「知っていたか……」

 わたくしの返答にアイリーン様は驚いた表情を浮かべた後、納得したように頷くが……星幽迷宮(アストラルメイズ)を知っているというのであれば、おそらくあの厄介な迷宮(ダンジョン)の経験者なんだろう。

 生きて帰ってきているということは彼女は相当な実力者だな……初期段階のものだったために逃げ出しやすかったという可能性はあるんだけど。

 それでもあそこから脱出できるというのは相当に運と実力が備わっているということだろう……どうやって脱出したんだろ、わたくしみたいに壁ぶち破ったんだろうか?

 アイリーン様結構強そうだからなあ……拳で壁ぶちぬく彼女の姿を見てみたいとは思うけど。

「……まあ、核を破壊すれば元に戻るでしょうし……皆様の護衛に「赤竜の息吹」の皆さんと、ユルをつけますわ」


「……我はシャルと一緒に……!」


「ユル……冒険者の皆さんが無事に脱出する方が最優先よ」

 一緒に行けると思ってたらしいユルが抗議の声を上げるが、正直言って星幽迷宮(アストラルメイズ)を行動するにはわたくし一人の方が都合が良い。

 というのも何かが起きた際にわたくしでもユルを気遣って行動できるかわからないし……と第二層に向けて伸びる通路の方向を見て考える。

 そこにある魔力の流れが明らかにおかしい……どす黒く濁った魔力が渦を巻いているようにも停滞しているかのようにも思え、だがその魔力は複雑な色合いを帯びている。

 普通じゃない、一度入ったらわたくしですら出れるかどうかわからない状態……この状態を混沌(ケイオス)と言わずしてなんと言おうか?

「……入り混じる全ての色……普通の人間が入ったら戻って来れるかわからないわ」


「……そんなに不味そうですか?」


「まずいですわね……あんまり想像したくない事態になりそう」

 治療の手伝いをしていたエルネットさんがわたくしの側へと寄ってきて尋ねてくるが、まずいどころの騒ぎじゃないんだよね。

 ぶっちゃけこのままにしていると王都ごと混沌の渦に飲み込まれてしまうかもな……それは全てが溶け合い、融合し……そして混ざり合う中悲鳴と歓喜、絶望の声が響き渡るのだ。

 いまだにレーヴェンティオラ、マルヴァース両方の世界でそこまでの事態になったことはないだろう……世界を変質させる力に他ならないのだから抑止力も働くだろう。

 つまりこの世界において抑止力として期待されているのは……わたくしだろうな。

「シャルロッタ様、僕は貴女の護衛としてだけでなく忠誠を誓うものです」


「知ってますわ、それに感謝しておりますよ」


「……それ故に危険な場所へお一人で行かせるなどあり得ない」


「それでも連れて行けないですわよ、貴方が死ぬとわかっている場所に連れて行く趣味はありません」

 わたくしの言葉に意外なものを感じたのか、エルネットさんは絶句してしまう……そりゃそうだ、それなりに強くなっている自分に対して「死ぬとわかっている」とはっきりと言われると、それがどれだけ危険な場所なのかということを理解させられたのだろう。

 そしてわたくしが発したその言葉自体が、この先地下水路第二層に起きている異常事態がどれだけ人智を超えた状況なのかという証左に他ならない。

 まあ、実際に入ってみたら大したことではなかったりするケースもあるっちゃあるけど……星幽迷宮(アストラルメイズ)は入ってみないとそれがどんな状況になっているのかわからないし。

「……ま、大したことになっていないのを祈るだけですわ」


「やだー! 我もシャルと一緒にいるぅ! 我契約している幻獣ですぞぉ!」


「……エルネットさん、この聞き分けのない犬におやつあげておいてください」


「犬じゃないぃ〜、我ガルムですぞぉ?!」


「……ええ? まあお預かりしますけど……」

 ひっくり返ってバタバタしているユルを横目で見ながらわたくしがエルネットさんに頼むと、めちゃくちゃ困った表情でわがままを言ってる彼を見ながら苦笑いのような、こんなの頼むなよって感じの表情で頷いた。

 まだジタバタしているユルだが、わたくしが一度言い出すとそう簡単に引き下がらない、むしろそれには理由があるとはわかっているのだろうが。

 それまで駄々を捏ねていた彼は鼻を鳴らしながら上目遣いでまるで捨てられた犬のような表情を浮かべていたが、諦めたのかハアッ……とため息をついて首を横にふる。

 そんなユルを見たわたくしはそっと彼の頭を撫でると、優しく微笑んだ。


「……わかってるでしょ、ダメな時はダメなの……お留守番していなさい、いい子でしょ」

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