(幕間) 小鬼の王 〇二
「なんなんだお前ら、ワシの住処だと知っての狼藉か? 悲鳴あげるぞ、いいのか?」
姿を現した巨体はこちらの予想通り、ゴブリンキングそのものだった。
緑色の毒々しい肌の色、鋭く尖った耳、赤く濁った瞳、鋭く口元から突き出した牙……そして私を遥かに超え二メートル近い身長に筋骨隆々の逞しい肉体を持つが……視線を下の方へと移動させていくと、彼はピッチピチな上に股間が盛り上がった何らかの皮で出来たブーメランパンツのようなものを申し訳程度に履いた、まさにどこからどう見ても変態にしか見えない珍妙な姿だったからだ。
「へ……変態だーっ! ユルッ! 変態が出たぞ!」
「変態とはひどい言いようだ、ワシの名はブリジング……ゴブリンキングにして美しい肉体を極めしものであるっ!」
「いやどー見ても変態にしか見えませんわ?」
だって、ねえ……? ブーメランパンツはお手製なのか少し縫製が荒そうだし、何の皮を使っているのかわからないけどピチピチでカットもエグいものになっている。
しかも膨らみはちょっと普通じゃないレベルで、わざわざ毛の処理までしてあるのが何だか無茶苦茶ムカついてくる。
唖然とした顔のユルと、わたくしの本当に嫌そうな表情を見て、ブリジングと名乗るゴブリンキングは突然わたくし達に見せつけるように筋肉をピクピクと動かしながらフロントリラックスポーズをとり、口元を歪めて笑う。
「貴様のような惰弱な女にはワシの高尚な筋肉は理解できまい……ッ!」
「……」
「この筋肉……ワシがゴブリンキングとして長年鍛え上げた肉体……」
そのままサイドリラックスポーズへと移行すると、流れるような動作で正面へと向き直ると両腕を上げて全身の筋肉へと力を込め、全力のフロントダブルバイセップスを繰り出すブリジング。
ドンッ! と効果音が鳴りそうなくらいの全力、まさに肉体美……彫刻のような上腕二頭筋が盛り上がり並みのゴブリンでは到達できそうにない凄まじい筋肉量を見せつけるようなその姿に、わたくしとユルは固まった表情のまま動けない。
そんなわたくし達の姿を見て満足そうに一度頷くと、ひと回り大きく盛り上がった肉体のままゆっくりと歩みでる。
「ゴブリン共を倒して安心したか? だが……この砦には強者たるワシがおるッ!」
「……はっ! こ、こいつ変態のくせになんかしてきてる……」
わたくしは思わず呆然としていた思考を無理やり戻し、軽く自分の頬を叩いて気付けをすると、全力で突進してきたブリジングの轟音をあげて迫る拳を剣で受け流そうと構え直す。
わたくしの目にその拳が微細ながら魔力のようなものを纏っているのが見え、慌てて受け流そうとした剣を接触寸前で引っ込めて、わたくしは肩でその拳を受け止める。
ドカン! という音と共にその拳が防御結界に衝突するが、ギリギリ突き破るか破らないかの瀬戸際のところで何とか受け止めることに成功する。
「……ッ! こいつ……なんだこの技は……ッ!」
「フーハッハーッ! お前の脆弱な肉体など粉々にしてくれるわァ!」
しかしその拳はそれでもお構いなしに振り抜かれ、最近ダイエットで体重が軽くなっているわたくしの身体は拳の勢いで空中へと浮き上がってしまう。
先ほど剣を引いた理由、それは受け流しで剣がへし折れる可能性があったからだ……ブリジングの拳は本人が意図してかそうではないかわからないが、魔力をまとわせた戦闘術に似た何かだ。
剣を折られても戦いにはさほど影響はないのだけど、それでも今持っている長剣が折れてしまうのは避けたいという気持ちが強かった。
「ぐ……っ! 思ってたよりも威力が……」
わたくしの持っている長剣は名工とも言われる鍛冶師ロヴ・カミングスの業物だが、魔法の力などは宿しておらず無理に扱うと壊れてしまう可能性がある。
ちなみにこの剣を購入するために、わたくしはかなり裏で苦労している……なんせマーサに「剣が欲しいです」なんて伝えても、はいそうですかと買ってきてくれるわけもないわけで。
つまり折れちゃうと二度と剣が手に入らない可能性があるので、どうしてもここぞという時以外はこの剣を振りたくない、そんな貧乏性のような気持ちが芽生えてしまったことにちょっと腹立たしい思いを感じる。
「炎よ、稲妻となりて荒れ狂え、破滅の炎ッ!」
空中に浮いたからといってわたくしの攻撃手段が減るわけでもなく、わたくしは左手で稲妻状の炎魔法破滅の炎を撃ち放つ。
だが咄嗟に繰り出した魔法なので火線は数本……前にカトゥスに放ったような凄まじい数の本数が出せていない、中途半端に何かをしようとしてもダメか。
迫り来る火線を前にブリジングはハッ! と失笑のような息を吐くと火線に向かってやおら背中を向けると、全身の筋肉を再び盛り上げて強固なる砦のようなバックラットスプレッドを披露してみせる。
次々と肉体へと突き刺さるはずの炎が、そのポージングの圧力に耐えかねたのか表面で爆散してしまい、ブリジングはほぼ無傷の状態で再び流麗な動作のフロントラットスプレッドへと戻っていく。
「我が肉体は大陸一ィイィィーッ!」
「シャルッ!」
ブリジングの背中にユルがその鋭い爪を突き立てようとするが、鍛え上げられた筋肉の鎧は幻獣ガルムの鉄をも引き裂く鋭い爪の一撃を完全に防御して見せる。
あまりに硬度を増した肉体にユルも困惑したまま、ブリジングの背中を蹴って距離を取ると、火球を放ちブリジングの肉体へ火球が直撃すると複数の爆発を発生させる。
「炎よ踊れッ! 火球!」
「クハッハーッ! 効かぬわああっ!」
だが爆発の中からほぼ無傷のブリジングが飛び出してくる……だがあの珍妙なポーズをとっていない間は防御能力も落ちるようで、あちこちに焦げ目のようなものがついている。
巨体が一気にわたくしの眼前にまで迫り剛腕による恐ろしく読みやすい拳が迫ってくる……今回の攻撃には魔力が載っていない、これは受けられる。
わたくしは長剣を使ってその拳の一撃を受け止める……ガキャーン! という澄んだ音が響くが剣は折れない、この攻撃は本気の一撃じゃない。
ギリギリ……と剣と拳による押し合いが始まる体格の差はあれど勢いが止まっている状態での腕力勝負であればわたくしの能力であればこの程度は容易い。
「……よく見たら、お前美しいな? 人間の雌の美醜くらいワシは理解している」
「はい? そりゃまあわたくしは美しいですけど……」
「……そうだな、 ワシは初めての相手でも優しくエスコートできるゴブリンである」
「は? え? 何いって……初めて? エスコート?」
「匂いからもわかる、お前処女だな?」
「な……は? え?」
すっかり忘れていたが、ゴブリン族の鼻は良い……相手の体調や状態などを正確に理解できるものがいる。
この能力により彼らは冒険者との戦いでも傷ついた者を優先して襲うという習性が備わっていて、怪我をしたり病人を連れている時にゴブリンと遭遇することは自殺行為だと言われるのはこのためだ。
転生後に貴族令嬢として生まれたわたくしは、面と向かってこういうことを言われたことは無く、どストレートなセクハラを受けた経験が浅かったことも災いして、急に恥ずかしくなり思わず顔が熱くなるのを感じた。
そんなわたくしの動揺を見透かしたのかブリジングはニチャア……と下卑た笑みを浮かべると、片手で※※※※なジェスチャーを繰り出しながらそっと囁いた。
「頬を染めて愛いやつだ、そうだワシがいうておるのは……娘、お前と……全力で交尾……したい……」
「……へ……変態じゃねええかァーッ!!!」
「うぐああああっ!」
絶叫したわたくしがそのまま剣を滑らせるように拳を受け流すと、返す刀で相手の突き出した右腕を叩き切る……少しだけ抵抗を感じたのはわたくしの動揺が大きかったからだろう。
青黒い血液を吹き出しながら切り落とされた腕を押さえながら悲鳴をあげるブリジング……だがわたくしは羞恥と怒りがごちゃ混ぜになった感情のまま剣を振り上げる。
ブリジングは地面へと崩れ落ちたまま痛みで表情を歪めつつ残る左腕を振るって拳を突き出す。
「この……セクハラゴブリンキングが……ッ」
「ぬあああっ!」
だが、わたくしは剣でその拳を受け流して軌道を変えると、体を回転させるように斬撃を繰り出して残る左腕を叩き落とす。
血液が吹き出し、ブリジングの戦闘能力が完全に失われる……そのままわたくしは相手の胸へと蹴りを繰り出し、巨体を空中へと跳ね上げると、少し腰を落として剣を構え直した。
それと同時にわたくしの全身に魔力が電流のように音を立て、体の表面を走っていく……ゴブリンキングにセクハラされたなどという理解不能な状況を一刻も早く忘れたい、そのためにはわたくしの全力を持ってこのセクハラゴブリンを滅殺するしかない……ッ!
「我が白刃、切り裂けぬものなし……」
「うあ……ッ! ま、まった! 交尾したいのは本当で……嘘じゃないッ!」
蹴り一発で宙に浮かされて身動きの取れないブリジングの視界に全身に電流のような魔力を迸らせるわたくしの姿が見えているのだろう、必死に上腕から下のない腕を振るってバランスを取ろうともがくが、すでに遅い。
こんなセクハラゴブリンは世の中から一匹でも多く滅殺しなければ、マルヴァース中の女性の敵になる者を放っておくなどわたくしには出来ようはずもないからだ……わたくしは怒りのままブリジングに向かって吠えた。
「コマ切れにしてやんよ、このクソセクハラ野郎がーッ! 剣戦闘術一の秘剣……雷鳴乃太刀ッッッ!!!!」
——その日晴れた空にもかかわらず、まるで激しい雷雨でも起きているかのような、雷鳴が一〇度響き渡った。
領都エスタデルの衛兵隊の記録にもその晴天の雷鳴について記録されており、その後しばらく噂話が領民の中でも話題となったが、その後同じような出来事は記録されておらず、気がつけば記録のなかに埋もれていった。
その出来事の後、エスタデルから程近い打ち捨てられた砦が大炎上するという事件も起きていたが、こちらは調査が難航し詳しい状況はわかっていない。
_(:3 」∠)_ 美しいとさえ思えるマッチョ+セクハラの黄金コンビは書いてて楽しいです(白目
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