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(幕間) 隷属 〇四

「ミス・シャルティア……今日もようこそ、いらっしゃいませ」


「……どうも、今日も稼がせてもらうわ」

 わたくしを見たウェイターがいつものように頭を下げる……とはいえその表情には何かこちらを値踏みするようなものが混じっている気がするので、先日アーテルのことを聞こうとしたことで何かしらの警戒心を煽ってしまった感はあるのだが。

 まあ、もうすでにやることはやっているので彼らには何もできないとは思うのだけど、よく見ればなぜか警備を担当しているのか、ちょっとガラの悪そうな男が増えた気がする。

「珍しいですね、二日連続でいらっしゃるとは……」


「今日までよ、明日は実家に帰らないといけないの」


「ああ……そうなんですね」


「だから今日は少し()()()()()もらうわ」

 ま、いくら護衛を増やしたところでそもそも今から起きる出来事など回避しようがないだろうな……まずは昨日預けてあったチップを引き出すために受付へと向かっていく。

 前々世、前世共にこういう煌びやかな場所には無縁だったわたくしなので、なんとなくこの賭場の雰囲気は見慣れないものではあるのだけど……そういえば昔遊んだゲームの中にあったカジノにイメージとしては近い気がするな、とは思った。

 受付に立つ女性……まあこの人も盗賊組合(シーブスギルド)所属のカタギではない人なんだろうが、わたくしを見るといつものように笑顔で頭を下げた。

「あら、ミス・シャルティア珍しいですね……昨日のチップを引き出しにこられたの?」


「ええそうよ……全額引き出してちょうだい、帰るまでにもっと増やすわ」


「……承知しました」

 受付の女性は全額引き出し、という言葉に驚いたように目を見開くがやはりどこか芝居がかった仕草のように思える。

 支配人がわたくし……シャルティアの正体がシャルロッタ・インテリペリだと理解している気はするけど、何をしようとしているのかまでは掴みかねているのだろう。

 山のようなチップを受け取ったわたくしはワゴンを担当するウェイターに軽く視線を向けると、彼は黙ってチップをワゴンへと移していく。

 かなりの量になる積み上がったチップを見た賭場にいた他の客達は驚きの声や感嘆のため息を漏らす……こうやって積み上がったチップを見せることで、より客がお金を落としてもらうような演出と言えばいいのだろうか?

「……見せ物としては悪くないわね」


「……そんなものですか? 一部敵意のようなものを感じますよ」


「負けてる人は面白くないって思うから仕方ないわ」

 わたくしとワゴンを押すウェイターを交互に見て悔しそうな舌打ちなどをしている者もいる……中にはおこぼれに預かりたいのかこちらへ向かってこようとするものもいるのだけど、流石に貴族が通う賭場だけあって、そういった不埒ものの前にはすぐにガラの悪い護衛の男たちが立ちはだかる。

 バカみたいな話だが、賭場の秩序を守り上客を逃さないために客同士の接触は基本的に禁じられており、それを破って近づこうものなら袋叩きにあって賭場を追い出される。

 見ぐるみ剥がされて……なんて言葉があるが、まさにその通りの姿で通りに叩き出された客を数人知っている。

 それ故にわたくしのような一見か弱い女性でも安心して遊べる場所ではあるのだ……ただこの警備は賭場の中だけなので、油断しすぎると宿への帰宅途中に追い剥ぎに会うなんてことも日常茶飯事だったりはする。

 いつもの席に到着すると、すぐにわたくしの横に置かれたサイドテーブルに飲み物と、本日のレースリストが置かれる。

「ありがとう、それと今日はおすすめのレースはあるかしら?」


「……アーテルの出るレースですね」


「あら、そう言えばアーテルに関してお話は聞けるのかしら?」


「申し訳ありません、上からは何も……」

 お話を聞けるか、という言葉にほんの少しだけ表情が固くなったウェイターを見て、どうやらこちらの出方を警戒しているんだなというのはわかった。

 わたくしは微笑むと飲み物を手にリストを広げてレースに出てくるムーアウルフのリストをチェックしていく……基本的にはここに書かれている情報は過去のレース結果などが記載されているだけなので、実際にはパドックでちゃんと見極めないと勝つことはできない。

 第一レースが始まるまで少しあるな……グラスに注がれた飲み物を口に含むと、他の客が座る席へと視線を向ける。

「今日はいつもの方達はいないのねえ」


「毎日来られる方は珍しいですから」


「……あら?」

 わたくしの問いに答えたのはウェイターと入れ替わるようにその場所へとやってきた初めて顔を合わせる男性……頭髪を剃り落とし、筋肉質で強面と言っても良いくらいの中年男性だった。

 名前は知らないが、賭場に遊びに来ている時に何度か顔を見せていたことがある人物……衣服などはしっかりと上質なものを着用しているあたり支配人ってやつかな?

 わたくしは仮面の下で微笑みつつ、その男性へと優雅にカーテシーを披露してみせるが、彼は貴族階級の人間ではなかったようで、少しぎこちないながらも頭を下げると話しかけてきた。

「どうも、ミス・シャルティア……私は支配人をしておりますケリー・フォリナーと申します」


「あら、初めてお会いしますわね」


「ええ……いつも賭場で楽しんでもらっているミス・シャルティアにご挨拶を、と思いまして」

 彼の目はこちらを値踏みするかのようだったが、こんなのはいつも味わっている視線なのでまあ許容範囲かな……わたくしは微笑みを絶やさないまま椅子に座ると、少し離れた場所にウェイターがケリーが座るための簡素な椅子を置いた。

 ああ、監視ってことか……ケリーは椅子に座るとウェイターから自分の飲み物を受け取り軽く口に含んだ後、別のサイドテーブルへとそれを置いた。

 今日は監視付きか……もうすでにやることはやってるから遅いとしか言いようがないのだけど、まあそれをご丁寧に伝えてあげる義理もないのでわたくしは興味がなさそうにリストへと視線を向ける。

「……アーテルについてご興味があると聞きました」


「そうね、あれだけ立派なムーアウルフなら庭のペットにちょうど良いと思いまして」


「そう言えばミス・シャルティアも立派なシャドウウルフをお持ちでしたね」


「いい子でしょ? 自慢の子なのよ」

 実際自慢の契約幻獣ではあるのでこの辺りに嘘はない……あまりに自然にそう言い放つわたくしに少し意外そうな顔をしたケリーは、会話に興味がなさそうに足元で寝そべるユルへと視線を向ける。

 シャドウウルフのように野生の魔獣はなかなか人間に慣れない……レースで走らせるムーアウルフですら調教には隷属の首輪(サーバント)のような魔道具が必要なくらいだ。

 ましてやここまで人の多い場所に連れてきても暴れ出さず、従順に従う魔獣など普通はあり得ない話なのだろうと思う。

 ケリーは少しユルへと視線を向けたまま考え込むが、すぐにわたくしがパドックに入ってきた数種類のムーアウルフに興味を持って行かれたを感じたのか、ウェイターに合図して何事かを伝える。

「さてと……レースではどの子に賭けましょうかねえ」


「珍しいこともありますな……ムーアウルフたちがミス・シャルティアに視線を向けているように見えます」


「……あれ? なんで……」

 パドックを歩かされているムーアウルフたちはなぜか一様にわたくしへと視線を向けて歩いている……しかもなぜか飼い主でも見ているかのように口元に軽い笑みを浮かべたように舌を出しているのだ。

 もしかして昨晩忍び込んだ時に隷属の首輪(サーバント)の管理権限が書き変わったのか? 気が付かれないように魔力は絞ってたはずなんだが。

 まずいな……このままだとムーアウルフたちの行動が異常すぎてアーテルが出るレースまで進まないかもしれない。

 だがムーアウルフたちは一斉にパドックの柵へと駆け寄ると、わたくしをじっと見つめて尻尾を振る……完全に異常事態だ。

 それに気がついたケリーがすぐに立ち上がって首に下げていた笛を吹こうと手を伸ばした瞬間、パドックから飼育部屋につながる扉の奥からドガアアン! という轟音と共に爆炎が吹き出し扉を吹き飛ばした。

「……な、なんだぁ?!」


「……マジか」

 ケリーの悲鳴に近い声と、わたくしの声が同時に発せられた瞬間……炎に包まれた場所からのそり、と黒い巨体が姿を表す。

 アーテル……変異種のムーアウルフだと思われていた幻獣ガルムは怒りをその真紅の瞳にたぎらせながら、大きく吠え声をあげて止めようとした警備の男性へと飛びかかった。

 すでにアーテルの大きさは牛くらいの大きさになっており、あの隷属の首輪(サーバント)が如何にガルムの魔力を封じ込めていたのかがよくわかる。

 警備の男性を軽く咥えて放り投げると、アーテルは観客席へと爆炎を放っていく……悲鳴と怒号が交錯する中、賭場が大混乱に包まれ慌ててその場から逃げ出す客たち。

 ウルフレース上が炎に包まれ大混乱に陥る中、わたくしは大慌てて走り出してウェイターや警備へと怒号を飛ばすケリーを横目に、ゆっくりと立ち上がる。

「……ちょっと時間が早いけど、まあいいか……」


「アーテルもちゃんと人に怪我をさせないように立ち回ってますよ」


「あれだけうるさく言えばまあそうなるわよね」

 大混乱するレース場の様子を見ながら、炎に驚いて逃げ出したムーアウルフ達と賭場の客が一斉に出口へと殺到する中、わたくしはユルを見て肩をすくめて苦笑いを浮かべる。

 椅子から立ち上がったわたくしはのんびりと賭場の出口へと殺到する他の客たちに紛れるように歩き出す……そんなわたくしたちと一瞬だけアーテルの視線が交錯するが、お互いやることはわかっているので黙って頷くとそのまま賭場を後にするために歩き出した。


「……ユル、アーテルの回収は任せるわよ、タイミングを見て影に入ってもらって別の場所で出すわ」

_(:3 」∠)_ 共謀・・・!


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