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(幕間) 隷属 〇三

 ——薄暗い部屋の中……いくつもの檻が並ぶ場所に人影が突然姿を表した。


「……よいしょっと……影が多いのはいいけど、いざ出るとなると場所を選ぶものね」

 檻の影から這い出すように一人の人物が姿を現す。

 目立たないように暗い色を貴重とした男性のような格好をしているが、体型は完全に女性のそれであり豊かな胸と細い腰周り、しなやかな体つきはその人物が少女であることを示している。

 深く被ったフードの奥から銀色の美しい髪が溢れるが、その髪は淡く差し込む月の光に照らされてぼんやりと光っているのが見えた。

 この部屋は幻獣ガルム族のアーテルだけでなく、それ以外のムーアウルフが檻の中に入れられている飼育部屋の一つ。

 左右を何度か確認したのち、フードの人物は軽く衣服についた埃を鬱陶しそうに手で払うと立ち上がった。


「……誰だ……」

 檻の中から弱々しい声が響く……その声は大きな檻の中でうずくまる黒い生物から発せられたのだと知って、フードの人物は薄く笑うと、フードをあげると美しい銀髪とエメラルドグリーンの瞳が暗闇の中でも淡い光に反射して美しく輝いた。

 その輝きを見て少し意外さを感じたのか、檻の中にいたアーテルは其の真紅の瞳を瞬かせながら興味深げに彼女の顔を見つめる。

 こんな場所に似つかわしくない美しい少女がどうやってこの部屋へと入ってきたのかがわからなかったためだ。

「……あなたがアーテル?」


「アーテルとは……ああ、忌々しいお前ら人間が名付けた名前だ」


「へー……じゃあ本当の名前はなんていうの?」


「なぜ人間に教えねばならない……断る」

 アーテルは笑顔のまま話しかけてくる少女に若干の不気味さを感じつつも、警戒したまま檻の少し奥……少女との距離を取るために静かに移動しながらそう答えた。

 幻獣ガルムとしての誇り高さと、そうは言っても首につけられた隷属の首輪(サーバント)が放つ忌々しい魔力、そしてそもそも目の前の少女が醸し出す異様な雰囲気に若干の恐怖を覚えつつも、アーテルは気丈に振る舞うことを決めた。

 幻獣ガルムが人間に隷属させられているというのは屈辱以外の何者でもない……牙を剥き出しに威嚇をしようとするが、攻撃的な思考を隷属の首輪(サーバント)が読み取ると即座に軽い電流のような魔力が体に流れる。

「……ぐ、うう……ッ!」


「……野暮な首輪ね、安心なさいなわたくしは危害を加えるつもりはありませんの」


「……人間が……ッ!」

 怒りのままに動こうとしたアーテルに容赦のない隷属の首輪(サーバント)の魔力が浴びせられる……何度か体を痙攣させるとガルムは苦しげに床へとうずくまった。

 痛みで冷静さを取り戻したアーテルはため息をつくと、改めて少女の顔を見つめる……人間基準で考えるととてつもなく美しい。

 整った美貌には微笑が浮かんでおり、整った唇には薄く紅が差している……年齢はどのくらいだろうか? アーテルは数年しかこの世界を放浪していないが、それでも自分を見つめる少女がまだ二〇年も生きていないのではないか、と感じた。

「……うーん……まだ若いのね、ってことは自分探しの旅の途中ね」


「詳しいのだな、人間風情が」


「そりゃね……わたくし特別なのですよ、ユルでてらっしゃい」


「……う、わ……なんでこんな狭いところから……」

 アーテルは思わずギョッとして目を見開いた……彼女の足元の影から立派な黒い毛皮を持つ同族……幻獣ガルムがぬるりと出てきたからだ。

 この世界に来て初めて会う同族……アーテルは驚きで固まったが、ユルと呼ばれたガルムと目が合うと自らが置かれた現状に改めて屈辱感を感じたのか、悔しさでぎりりと奥歯を噛み締める。

 できればこんな場所で見せ物にされている自分と出会ってほしくなかった……ユルは恐ろしく手入れされた毛並みを持っており、栄養状態の悪いアーテルとは比べ物にならないほど美しいのだ。

 ユルはアーテルに視線を向けると、急に驚いたような表情を浮かべ何度か少女の顔を見上げた。

「……アーテル、この子はユル……あなたと同じ幻獣ガルムにしてわたくしと契約しているものよ」


「……契約? こんな小娘と契約しているのか貴様」


「あ、はい……我はこのシャルロッタ・インテリペリ様と契約を結んで長いですな」

 誇り高き幻獣ガルムがなぜこのような若造と……! アーテルは思わず牙を剥き出しにして唸る。

 だがその思考を読み取った隷属の首輪(サーバント)が再び魔力を流したことで、軽く悲鳴を上げて床に伏せると、痛みに耐えるかのように何度か舌を出してはあはあと荒い息を吐いた。

 本来のアーテルであれば隷属の首輪(サーバント)をかけられるようなヘマはしなかった……油断が全てをぶち壊しただけなのだ。

 悔しい……ぎりりと歯を食いしばるアーテルは迸る魔力による激痛に耐えながら憎々しげに少女を睨みつける。

 そんな同族の哀れな境遇に同情をしたのか、主人であるシャルロッタと呼ばれる少女を悲しそうな瞳で見上げたユルだが、そんな彼と目を合わせることもなくシャルロッタは微笑みながらアーテルへと尋ねた。

「……助けてあげましょうか?」


「……は?」


「幻獣ガルムと契約している身としては今の境遇は流石に見かねるのよ、わたくしこれでもいいご主人様なの」


「……そのようだな、誇りを忘れて尻尾を振るそこの駄犬に相応しい主人だ」


「やめなさい」

 アーテルの挑発的な言葉に怒りを覚えたのかユルの魔力が一瞬膨れ上がったが……それをシャルロッタは手で押さえる。

 契約者というのは本当らしい……本来ガルムは騎士道精神を持つ義理堅い種族の一つで、このユルという個体がシャルロッタと契約したのはなんらかの恩義を感じているということなのだろう。

 それはそれで誇り高き幻獣ガルムの生き方の一つではあるが、それと同じ程度には孤高の存在としての生き方を好むものも存在する。

 アーテルはどちらかというと後者、人間と契約するものを見下す傾向があり、旅の中で出会った人間の醜悪さなどを十二分に感じていたため、とてもではないがユルに対する嫌悪感が拭えない。

「……駄犬が」


「その駄犬に助けを請わないといけない自分の状況を恥じるのだな」


「……ぐ……」


「ユル、喧嘩をしに来たのではなくてよ?」

 あくまでもシャルロッタは笑顔のまま挑発に挑発で返すユルを宥める……アーテルからすると不気味ではあるがまだ年若い少女に恐ろしく従順な態度を示すユルの態度が気に食わない。

 それにアーテルにとって人間は自分をこんな境遇に放り込んだ忌むべき相手なのだ、そんな人間に頭を下げるなどまっぴらごめんだ。

 そんな意志を込めてシャルロッタへと怒りに満ちた真紅の瞳で睨みつけるが、アーテルの顔を見ながらクスッと再び微笑むと、そっと手を差し伸ばして彼女はガルムへと話しかけた。

「何も契約しようなどと考えないわ、わたくしにはユルがいるからね」


「……ふん」


「ただガルムと契約しているものとして、あなたを解放するべきだと思っただけよ」


「どうやって……我には隷属の首輪(サーバント)が付けられている」


「それを外すのは簡単……でもあなたがここを出ることを望まないのであれば、周りのムーアウルフたちと同じようにそのままにするわ」

 シャルロッタの言葉を聞きアーテルは初めてそこで周りの檻にいるはずのムーアウルフ達は侵入者がいるにもかかわらず吠えたり騒いでいないということに気がついた。

 飼い主である盗賊組合(シーブズギルド)の連中が来ただけで騒ぐものも多い中、シャルロッタの姿を見ても全く反応しようとしていない。

 それどころかまるでシャルロッタをじっと見て、まるで何か声をかけて欲しそうな顔をしている……ムーアウルフは群れで生活する生物ゆえにリーダーとして認めたものには忠実である。

 隷属の首輪(サーバント)を装着しているため盗賊組合(シーブズギルド)の幹部を強制的にリーダーとして認識するはずだが……。

「……どういうことだ……」


「首輪に込めた魔力がショボいのよ、圧倒的に格上の魔力を感知すればこうなるの」


「……さすがは契約者というところか?」

 アーテルですらこの首輪の魔力を跳ね除けるには至っていないのに……目の前の少女が秘めるそこしれぬ魔力の片鱗を感じた気がして思わず背筋が寒くなる。

 ガルムは根本的に人間よりも強い種族で、生半可なものでは戦闘になれば太刀打ちできない……そのガルムを持ってしても測りきれないほどの魔力を持っているということだろうか?

 隷属の首輪(サーバント)のせいで上手くシャルロッタの魔力を推し量ることができないアーテルは、なんとか首を振って冷静になろうとする。

「……選択肢はないようだな」


「なら答えは決まりかしら」


「よかろう人間……そこのガルムの顔に免じて我をここから出すことを許そう」


「……相変わらずねあなたたちは……こっちへいらっしゃい」

 シャルロッタは変わらずに高圧的な物言いをするアーテルに苦笑いを浮かべて両肩をすくめると、こちらへ来いとばかりに軽く手招きをする。

 少し迷いながらアーテルが彼女の元へと近寄るとシャルロッタはまるで恐怖すら感じていないかのように、ガルムの首についている隷属の首輪(サーバント)をおもむろに素手で掴んだ。

 その瞬間、隷属の首輪(サーバント)から黒色の魔力が吹き出す……首輪に設置されている防衛機構により無数の黒針が迂闊な少女の手を貫いたはずだった。

「な! 貴様……何を!」


「……動かないで、この程度じゃわたくしは傷ひとつつかない」

 この針は魔力で構成されており人間の手など一瞬で穴だらけにするだけの威力があるが、彼女の言葉通り魔力の針はシャルロッタの手を貫けず、まるでガラスが砕けるかのように崩れていく。

 シャルロッタは顔色ひとつ変えずにメリメリという音と共に隷属の首輪(サーバント)を握りつぶすと、アーテルの首から忌々しい魔力を持った首輪を引きちぎった。

 そして驚きで呆然とした表情を浮かべるアーテルを見て優しく微笑む。


「ね? 簡単でしょう? ただこのままここから出すと面倒なことになるから……ちょっと手伝って欲しいのよ」

_(:3 」∠)_ パワー系女子!


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[良い点] 力技しかやらない系令嬢 ……つまり脳筋
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