(幕間) 隷属 〇二
「……ミス・シャルティアがアーテルのことを聞きたがってた?」
「へい、お頭……あ、いえ頭取の耳に入れておこうと思いやして……」
賭場の一番奥、この場所を仕切る支配人が使う部屋に二人の男の姿があった。
一人は先ほどまでシャルロッタのそばに控え彼女の世話を担当していたウェイター役の男……そしてもう一人は頭髪を剃り落とした筋肉質の偉丈夫。
頭取と呼ばれた男の名はケリー・フォリナー……プロディジー盗賊組合における幹部の一人であり、この賭場の頭取として全権を握っている男性である。
強面の外見だが盗賊組合の幹部としては穏健派に属する人物であり、このプロディジー支部の賭場を任される程度には社交的な男である。
「お頭はやめろ、あくまでここは貴族や裕福な商人の遊び場だということを忘れるな」
「へい、すいやせん……頭取」
「全く……」
ウェイター役の男は申し訳なさそうに頭を下げるが、ケリーの見た目があまりに強面であるため支部の人間からはお頭と呼ばれ恐れられている。
曰く……ケリーは夜な夜な敵対する組織の男たちを海に沈めている、いやいや表立って活動を見せていないが、彼に目をつけられた敵対者には暗殺者が送り込まれているなどなど。
見た目のイメージからどうしても彼には黒い噂がついてまわってしまう……ちなみに本人はそういったものを肯定も否定もしていない。
だがケリー本人はあくまでも盗賊組合以外に生きる場所がなかったため泣く泣く所属しているが、荒事などを嫌う傾向がある。
家が貧しかったためどうしても犯罪を犯さざるを得なかった時期もあり、気がつけば盗賊組合に誘われ所属することとなり、その実務能力の高さから気がつけば幹部まで出世している。
裏社会においては珍しい人間であることは間違いなく、実務能力を買われて賭場の頭取に就くと持ち前の能力を発揮してプロディジーの賭場を盛り上げることに成功している。
ケリーはウェイターの報告を聞いて少し考え込むような仕草を見せる……シャルティアと名乗る顧客、その正体がインテリペリ辺境伯家の辺境の翡翠姫シャルロッタ・インテリペリその人であることはすでに知っている。
というよりいくら誤魔化すための仮面をつけていてもあの美しい銀髪と、仮面の下に覗くエメラルドグリーンの瞳で正体をまるで隠しきれていないのだが、賭場の流儀として客の正体を詮索しすぎないという不文律があったため今までは不問としてきていた。
辺境伯家には盗賊組合との契約があるため表立って争うようなことはできない……辺境伯家とのパイプを持たないケリーにとっては今回の一件はかなりの衝撃であった。
「……なんでまたアーテルに興味を持ったんだ?」
「美しい毛並みが自分の飼っているシャドウウルフと似ているからだと」
「ああ……確かにあれはよく手入れされていたな、おとなしいから競争には向かんだろうが」
「でも走らせたら映えると思いやすぜ」
「そりゃそうだが……シャルティアにお願いでもするのか? 飼っている狼を走らせませんか? と」
「ダメですかね」
「……そんな勇気のあるやつがここにいるとは思えん」
「勇気ですかい?」
「……知ろうとするな、ここの流儀だろ」
彼女の所有しているシャドウウルフ……よく手入れされていて黒い毛並みが漆黒に輝いているようにすら見える極上の一頭、あれほど見事な個体を所有しているのはさすがは辺境伯家の令嬢であると言える。
以前より辺境の翡翠姫シャルロッタ・インテリペリが契約をしている幻獣が存在しているという噂があったが、それだろうか?
シャルロッタ・インテリペリは謎の多い人物だが、無邪気にチップが増えるのを喜んでいるのを見るととてもではないが普通の貴族令嬢……しかも少し抜けているようにも見え、今までは大して気にはしていなかった。
勝率が異様に高いのは気になるが、金払いもよくウェイターへのチップもはずむ……さすがは辺境伯家の令嬢だと感心していたのだ。
アーテルには秘密がある……表向きは盗賊組合の飼育しているムーアウルフという設定となっているがその実あれが滅多にお目にかかれない幻獣ガルムであることをケリーは知っている。
というより先日盗賊組合の上層部からしれっと知らされた……それを聞くまでは流石に正体を知らず変異個体のムーアウルフだと思い込んでいた自分の目を呪いたい。
「……どうしやす?」
「アーテルの情報は与えるな、あれは稼ぎ頭だからな」
「へ、へい……まあ、買ってもらうのも悪くないとは……い、いえわかりました」
「それと彼女の行動に監視をつけろ」
「……必要ですか?」
「必要になるかもしれん、決して手は出すな……いいな? 絶対手を出すなよ?」
まさか正体に気がついているとは思えないが、シャルロッタへ情報を与えるのはまずいと考えたケリーはウェイター役の男へそう指示を出す。
盗賊組合の中でもアーテルが幻獣ガルムであることを知っているものは少ない……下手に知られると問題が起きかねないからだ。
幻獣ガルムが出現するケースはあまりに珍しく、ぱっと見でそれが幻獣であることを認識できるものは少ない、それ故に誰もがこれは特殊個体のムーアウルフなのだと言われればそれで納得してしまうのだろう。
それ故に騒ぎ立てることは難しい……これは上層部にお伺いを立てないとダメだろうな、とケリーは机の中に隠してある遠距離通信用の魔道具の存在を思い返しながらため息をつく。
上層部の人間とやりとりすることが彼にとってかなりのストレスだ……売り上げを出している間は何も言われないが、揉め事が起きそうだとなると……と考えるだけで恐ろしい。
彼に任された賭場の経営は順調であり、順調に売り上げを伸ばしているのにもかかわらずどうしてこんな心配事が……強面の外見よりも遥かに繊細な内臓の痛みを感じつつケリーは独り言を呟く。
「……なんでまたこんな時に……面倒ごとばかり起きるんだ」
「……監視が増えましたね」
「アーテルの話を聞きたいってだけでこれなら、あれがガルムだって理解してそうね」
ユルがそちらには視線を向けずに念話で伝えてくるが、わたくしの感覚にもこちらへと油断なく視線を向けている監視役が数人増えていることには気がついている。
敵意はないんだよな……アーテルと呼ばれている幻獣ガルムは先ほどまでレースで走っていたが、明らかに身体能力は高くぶっちぎりで一位になっていた。
当たり前だ……幻獣ガルムとムーアウルフでは生き物としての格が違いすぎる。
他のムーアウルフは明らかにアーテルに対して怯えていたし、それがわかっているのかアーテル自身も彼等を一顧だにしていない。
なお、このレースでわたくしのチップはさらに増えたので、まあそれはそれで良しとしよう……当たり前だけど勝率はほぼ一〇〇パーセントに近い。
「監視をつけてるってことはアーテルのことを探られたくないって話でしょうね」
「……どうしますか?」
「まあ、まずはアーテル本人と話をしようと思うけど」
「隷属の首輪がついているから本心を話せないかもですよ?」
「大丈夫よ、いざとなったら隷属の首輪を破壊するし」
「……それはもう最後の手段なのでは?」
隷属の首輪自体はつけられた対象が自ら破壊や外すことを不可能にする効果はあるが、作成者よりも遥かに格上の魔力を持つ人間が破壊すればちゃんと破壊できる。
あくまでも装着者の行動などを縛り付けるものなのだから仕方ない話だけど……ただ盗賊組合の中でもそれなりの実力者が作ったものなのか、しっかりとした魔力が込められていた。
破壊するには結構骨が折れるだろうし、破壊に時間がかかるとアーテルへの負担が大きくなる……本当に最後の手段ではあるが、それでもガルムをこんな場所で走らせているのはユルと契約している身としては彼らの申し訳ない気分になるのだ。
「アーテルがどうやって捕まったのかは本人から聞くとして、あとはどうしたいかよねえ……」
「幻獣界に戻りたがるのではないでしょうか?」
「まあそれが一番自然よね」
「それとアーテルは我とは違う部族のガルムのようです」
「へー……じゃあ友達になれそうかしら?」
わたくしの言葉になぜかユルは押し黙ると何かを考えているのか無言となってしまう……もしかしたら幻獣ガルムの部族にもいくつか派閥とかあって、敵対している部族の個体なのかもな。
人間がいくつもの王国や部族、軍勢に分かれて争うように魔獣や幻獣にも個体別の集団みたいなものがいくつもあって、それぞれで争うケースがあると聞いている。
特に人型の魔物であるゴブリンやオークなどは部族ごとに争ってお互いを殺し合う「共食い」の習性があるそうで、これは学者などからするとより強い個体を選別するために必要な行為なのだという結論が出されている。
ドラゴンですら体色が違う個体同士で殺し合いをすることもあるそうだから、生き物の習性としては仕方のないものなのかもしれないな。
それ以上聞くのは野暮だと思ってわたくしはそろそろ宿に戻ろうと手元のベルを鳴らす……その音に反応して先ほどまでいたウェイターとは別の男性が音もなく近づいてくると恭しく頭を下げた。
「御用ですか? ミス・シャルティア」
「帰るわ、チップを換金していいかしら?」
「承知いたしました」
ウェイターの男にそっと数枚のチップをより分けると有り難そうにそのチップを手に取って懐に入れ、彼は残りのチップを床に置いていた箱へと収めていく。
その様子を見ながらわたくしは周囲にいる監視役の場所を感覚を使って探っていくが、先ほどと変わらずこちらを注意深く見ていると感じた。
一度宿に戻って身代わりを作らないとダメかもな……側で床に寝そべるユルの頭をそっと撫でると、わたくしはゆっくりと立ち上がってからウェイターへと話しかけた。
「また来るわね、今度はもっと勝たせてもらうわよ……それじゃごきげんよう」
_(:3 」∠)_ やべーのがきてる、は認識している
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