第三〇〇話 シャルロッタ 一六歳 純真なる天使 一〇
——クラカト丘陵の戦いで両軍は手痛い犠牲を出すこととなった。
後世の歴史家はこの戦いを引き分けと評するものもいるが、大半は第一王子派の戦略的な敗退であると位置付けている。
元々第二王子派による王都攻撃を未然に掣肘するべく攻勢に打ってでたアンダース・マルムスティーンの軍勢であったが、大きな損害を受けたことで王都への帰還を余儀なくされた。
戦闘開始時に第一王子派の軍勢は数に勝り積極的な攻勢に打って出たが、第二王子派の軍勢は丘陵へ防御陣地を築いて防御に専念し、十分に勢いを殺してから反撃に転じた。
防御陣地への攻撃により第一王子派は実に一〇〇〇名以上の死傷者を出したと記録されており、さらに撤退時に第二王子派の軍勢による反撃で更なる損害を被ったことと、物資不足により無事王都に帰還できたのは全体の半数程度と言われている。
さらに戦闘に参加した多数の貴族や聖女ソフィーヤ・ハルフォードの戦死という事実が、軍勢の王都帰還後に衝撃を与えることとなった。
『聖女ソフィーヤ・ハルフォードは戦闘の中で天使となり敵を滅ぼそうとしたが、英雄たる辺境の翡翠姫により阻止され壮絶な戦死を遂げた』
歴史書にはそう書かれており、聖女という存在がいなくなったことがイングウェイ王国国民へ与えた衝撃の大きさを物語っていた。
彼女の業績は歴史書の中では短く記載されるのみではあるが、第二王子の婚約者候補であったことと、その座を巡って英雄辺境の翡翠姫と争ったこと。
そして神の介入を願って天使となり戦ったことなどが記録されており、イングウェイ王国のみならずマルヴァースにおける数少ない天使顕現例として後の世には知られている。
その意味でも自らを神の使いと同一化し、戦死後にその肉体は傷ひとつなかったと言われており、彼女を神格化する団体なども後の世には存在していた。
聖女……そして女神の信徒としての死後における最高位である聖人の一人へと列挙されたことが、彼女の評価をより高める結果となった。
対する第二王子派は結果的には防御陣地を維持できず、結果的に第二王子クリストフェル・マルムスティーンら一部の英雄とも言える人物の活躍によりなんとか戦線を維持した。
特にクリストフェルは前線で直接剣を振るい、押し寄せる敵を何度も押し返したことで全体としては不利な状況をひっくり返している。
だが直後に発生した聖女ソフィーヤによる大規模な天使降臨と、その破壊により陣地からの撤退を余儀なくされ、こちらも相応の被害を出している。
だが第一王子派と違い、貴族の死傷者は少なく軍を指揮するインテリペリ辺境伯家の人間や、第二王子クリストフェル・マルムスティーンの活躍が目覚ましく、数多くの敵を討ち取ったと伝えられている。
さらに英雄辺境の翡翠姫は聖女ソフィーヤに憑依した天使を撃破する偉業を達成しており、これも彼らの勝利であるという論調の根拠となっている。
そして遥かに人的被害は少なく、この後王都への進撃を再開することとなり、歴史の上では大きなターニングポイントとなったことが知られているのだった。
『……思えばクラカト丘陵の決戦で、第一王子派は確実に勢いを無くし、反面第二王子派は勢いを増した』
当時の記録として第一王子派に所属していた貴族の一人が書き記した日記にはそう書かれている。
双方に手痛い損害を出した戦いの後、第一王子派は王都へと引きこもらざるを得なくなり、それまで行なっていた積極的な第二王子派貴族への攻勢が緩む結果になった。
これにより危機的的状況に陥っていた第二王子派の貴族達による反撃が相次ぎそれまでの攻守が逆転するきっかけになった。
その意味でもクラカト丘陵での決戦は、第一王子派としては必ず勝たなければいけない戦いの一つだったのだ……色々なイレギュラーが発生し、戦闘どころではなくなったという仕方のない側面はあるにせよ、結果的には勝利を掴めなかった。
王都に戻った第一王子派は、さらなる王都の要塞化を進めることとなり王都の住民たちの生活は圧迫され、表立っては第一王子派への反抗などは行われていないが、不満が燻ることになる。
『……丘陵での決戦以後、王都に住む住民たちの疲弊と不満は日毎に大きくなっていった、そしてそれを止める術を我々は持ち合わせていなかった』
当時第一王子派に参陣していたティモシー・デカダンス……後の世に歴史研究家として知られるようになった彼の回顧録が残っている。
ティモシーは第一王子派の中では穏健派と呼ばれる貴族の一員ではあったが、軍隊生活が長く戦場での活躍は伝令と偵察任務が主な実績ではあったが、筆マメな性格もあり当時の記録を多く残している。
さらに彼は王都決戦後も生き残り、記録を持って自領へと帰還しそこで余生を過ごしている……穏健派に所属していたことも影響したと伝えられている。
『……当時第一王子派は皆、最終的に王都での戦いに勝利すれば良いと考えていた、だがそれは淡い期待だったのだということを嫌というほど思い知らされる結果となった……』
「俺たちは勝ったのか? 負けたのか?」
第二王子派に所属している兵士の一人が、傷だらけの体を引きずって仮設した陣地へと引き上げる際に発した言葉を聞いて、クリストフェル・マルムスティーンはその言葉が正しいのかそれとも間違っているのかを悩んでしまい、声をかけることを躊躇した。
本来であれば『我々が勝った』と言い切るであろう彼であったが、彼の周りで疲れ切った体を引きずるようにして歩く兵士たちの姿を見て、とてもではないがそんな言葉を口にできないと躊躇したためだ。
そんな兵士を見かねたのか、隣を歩いていた年配の兵士が少し疲れた表情を浮かべて応える。
「……負けてたら今頃俺たちはあの世行きだろうよ、生きてるんだから勝ってるにちげえねえや」
「そっか……」
年配の兵士が発した言葉に納得したのか兵士たちは口々に安堵の言葉を口にする……クラカト丘陵での戦いは混沌を極めており、全体としての戦況がどうなったのか前線にいた者たちでは判断が付かなかったのだ。
そして部隊を指揮していた指揮官達も同じような状況で、気がつけば天使による攻撃で、丘陵自体を放棄したことで、自分たちが先に撤退したという自覚を持っていた。
だが第一王子派も同じ頃に一気に後退しており、彼らが恐れていたような追撃がなかったことで、どうやらあの攻撃自体がイレギュラーであったのだとようやく認識した。
第二王子派の軍勢が再び王都を目指して動き出すには少し時間がかかる……死者、行方不明者の数はかなりの数に上っており、再度部隊を編成し直すためにも近隣の味方都市への移動が不可欠になるだろう。
「……殿下、お髪が汚れておりますわ」
「……あ、ああ……すまない司祭殿」
彼の隣を歩いていた聖教の司祭であるミルア・ラッシュが優しく微笑みつつ一礼し、クリストフェルの髪の毛についた埃を軽く手で払ったことで、彼は少し気恥ずかしさを感じて目を伏せる。
元々冒険者だったというミルア司祭の神官服は所々に泥や、血液の跡がこびりついており、あの戦いの中でも必死に彼女自身が負傷した兵士の救助を行なっていたことを示していた。
彼女の夫でもあるリオン・ラッシュも護衛として立ち回っており、この夫婦が居なければ命を落とした兵士たちの数もさらに多かったであろう。
「……侍従の皆様も陣地に辿り着くまでは我慢してくださいね」
「はい、大丈夫です……」
「ご心配をおかけしてすいません……」
クリストフェルの侍従であるヴィクターとマリアンも満身創痍と言って良いくらいには傷ついている……クリストフェルの後ろで少し疲労の色が隠せなくなってきているプリシラも同じように頬についた泥汚れを拭うことすらせずに、馬上で少しうとうとしては跳ね起きるということを繰り返していた。
クリストフェルが前線へと飛び込んでいったあと、追いかけようとした彼らの前に第一王子派の兵士が迫ってきたため侍従達は応戦せざるを得なくなった。
なんとか敵を撃退したところへ、敬愛する王子が慌てて戻ってきて給料からの退避を告げた……だがその言葉がなければ彼らは天使の攻撃に巻き込まれて灰とかしていただろう。
「……しかし……シャルロッタ様は戻ってきませんね」
「大丈夫ですよ、あの方は偉大なる力をお持ちですから」
ミルア司祭はまるで心配などしていないとでも言いたげな顔で微笑むが、クリストフェルはそうだろうか? と少し考えてしまう。
彼にとってはシャルロッタ・インテリペリという少女は確かに師匠でもあり、友人でもあり、そして目指すべき高みにいる存在でもあるが、それ以上に愛すべき対象であるからだ。
できれば危ないことをしてほしくない……それは彼女自身もクリストフェルにはそう思っているだろうが、それでも女性である以上、彼にとっては守るべき相手として認識している。
強いが……それでも他人からの冷たい視線や、侮蔑の言葉などには耐えられないかもしれない、と彼女の父親であるクレメント辺境伯はそう溢していた。
小さな頃から少し不思議な子ではあったが、他人からの侮辱などで傷つく様子もあったことから、決して無敵の存在ではないのだと聞かされている。
クリストフェルは少し戦場の方向へと視線を向けると軽く息を吐いてから仲間達へと言葉をかけた。
「……強いけど、でもそれ以上に女性だからね……ことが落ち着いたら僕は彼女を甘やかそうと思ってますよ」
_(:3 」∠)_ 甘やかす宣言!
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