(幕間) 小鬼の王 〇一
一五歳編始まる前にまずは幕間となります。
——わたくしの放った裏拳が背後から飛びかかろうとしたゴブリンの顔面へと減り込み、その勢いのまま後ろへと吹き飛ぶと、岩へと叩きつけられたゴブリンの体が衝撃に耐えきれずに、グシャリと嫌な音を立てて爆砕する。
「……ったく、こんな数がいるなんて聞いていませんわよ? お兄様の巡回地点から外れただけでこれってちょっとおかしくない?」
わたくしはハァッ! と大きく息を吐くと眼前に広がっている三〇〇体近いゴブリンを見て少しだけこの場所へと来たことを後悔してしまう。
ってかこんな小さな砦にこれだけの数のゴブリンよく集めたな……しかもこれじゃまるで軍隊じゃない……食糧事情とかどうなってるんだ? と本気で疑問を感じる。
隣で他のゴブリンの首を噛んだまま振り回してから放り投げたユルも、あまりに凶暴化したゴブリン達を前に困惑気味の表情でわたくしへと話しかけた。
「これは……大暴走の兆候でしょうか? 数体倒せば逃げ散るものだと思ってましたが……」
なぜ今ここでわたくしがゴブリンの集団と戦っているのか? ……数日前、新調したドレスの試着でわたくしが侍女のおもちゃになっていた際にマーサと一緒に働いてくれている侍女の一人が「領都から少し離れた場所にある古い砦にゴブリンが住み着いているらしい」と噂話を話してくれたのが発端だ。
近隣の村で猟をしていた狩人がその砦へと戻るゴブリンの群れを見たとかで、冒険者組合にも知らせが入ってるとかなんとか。
インテリペリ辺境伯領は魔物の出現率が高い……というか結構強力な魔物が出現するために、しょっちゅう辺境伯の軍は討伐を行なっているし、お兄様達が怪我して帰ってくるケースも少なくない。
反面そうやって魔物との戦いで鍛え上げられた辺境伯軍は精強であり、王国の中でも一目置かれている貴族家、まあ口さがない貴族達からは「戦争貴族」なんて揶揄されたりするのだけど、とにかく軍事力としては相当に高いと言える。
で、ストレス解消にゴブリン殴ってこようって人目を忍んで気軽に出かけ、その砦に到着したのだが……そこには凄まじい数のゴブリンが住み着いていて、しかもわたくしたちの姿を見ても逃げることなどをせずに武器を片手に飛びかかってくる始末で……ゴブリンってこんなに好戦的だったっけ?! と困惑しているところなのだ。
とはいえ一体一体の戦闘力はそれほど高くないし、わたくしの防御結界を破れるほどの能力も持ち合わせていない……ので結果的に襲いかかってくるゴブリンをちぎっては投げ、ちぎっては投げみたいな光景になっているのが今の状況。
ジリジリと距離を詰めたゴブリンが飛びかかってくるが、わたくしが咄嗟の回し蹴りを叩きつけるとメキャッ! という骨が砕ける音とともに別の方向へとその体が砕け血飛沫を上げながら空中を飛んでいくが、衝撃が強すぎたのか空中でその肉体が四散する。
「汚ねえ花火だぁ……ってそんなこと言っている場合ではございませんわね」
ウォルフお兄様の魔物討伐部隊は領内の外れ、バジリスクが出現したという報告のあった場所へと向かってしまいここには来られていない。
リヴォルヴァー男爵も先日のカーカス子爵家事件の後始末でセアードの街に行ってしまっていてエスタデルには戻ってきていない。
侍女と話してた時は「怖いですわねー」とか言っちゃったけど、現実にこれだけの数、しかも好戦的なゴブリンが集団でいるとかなり厄介なことになるだろう。
ゴブリンはレーヴェンティオラ、マルヴァースにおいても魔物の中ではかなり下の方に分類される小鬼族とも言われる種族だ。
緑色や赤褐色など住んでいる場所によって多少差異はあるが、不気味な色合いをした肌を持っており鋭く長い耳と頭部に小さな突起のようなものを持っている。
背丈は人間より低いが、これは標準種のゴブリンだけで上位種となるゴブリンジェネラルやゴブリンキングなどの個体はほぼ人間と変わらないし標準種であっても腕力はかなり強いので油断すると熟練の冒険者であっても殺されることがあるらしい。
目の前にいたゴブリンがボロボロに刃こぼれした小剣を突き出してくるが、わたくしはその剣の腹を掌底を叩きつけてへし折ると、そのまま反対側の手でゴブリンの顔面に高速ストレートを叩き込む。
「遅い遅い……これじゃハエが止まっちゃいますわよ?」
手加減する意味もないためわたくしの拳はゴブリンの頭部を破壊し、まるで爆発したかのようにパンッ! という音と共に辺りに脳漿や血が撒き散らされる……うわ、汚ったない……。
また知能は高いようで高くない……基本的に狡賢く人間を罠に嵌めたりすることがあるけど、注意深く行動や傾向を観察すれば回避できるくらいのレベルだ。
とはいえ集団になるとものすごく厄介で死を恐れずに飛びかかってきたゴブリンに身動きが取れなくなり、毒の付着した武器でなぶり殺されるなんて話もあったから、そう雑魚扱いできるような魔物ではないのは確かだ。
それと繁殖力が高く無力化した人間の女性を苗床にすることもある……彼らは鼻がいいから、わたくしがフードを下ろしていても女性であることは理解しているようで、一部のゴブリンは興奮しているのか鼻息がチョー荒い。
アニメやライトノベルなどでもそういうケースというのは散見されるけど……実際にこんな化け物に犯されてしまったら精神崩壊不可避だと思う、ほんと。
「死を恐れておりません、これはどういうことでしょうか?」
「あー、多分キングがいるんだと思いますわよ」
ユルが困惑したように襲いかかってくるゴブリンを爪で切り裂き、牙で噛み砕いているがわたくしの記憶にはゴブリンの集団がこういう状況になるケースというのに心当たりがあった。
標準種のゴブリンは単体だとそれほど強くないし、臆病な一面もあって勝てないとわかるとさっさと逃げ出す性格だが、それが好戦的になるケース……上位種であるキングもしくはジェネラルが存在している場合だ。
上位種は標準種であるゴブリンを支配し、その意図のままに暴れさせる特殊な能力「復讐の叫び」を持つことがある。
「まずは少し大型の個体を探して、多分そいつがキングだから」
「御意ッ!」
襲いかかってきたゴブリンの肉体をわたくしは拳で、脚で文字通り破壊しながら指揮官とも言えるキングの姿を探し続ける……暴風のようにわたくしがゴブリンの集団を破壊しているにもかかわらず、キングの姿は見当たらない。
あらゆる魔物が暴走し一定方向へと進撃する大暴走と違い、復讐の叫びはゴブリン上位種のみが持つゴブリンにしか作用しない簡易大暴走とも言える能力だ。
これの厄介なところは普段臆病なゴブリンが獰猛かつ死を恐れない戦士になっちゃうところなのよね、そのギャップが激しすぎて能力が使われていると察せないと簡単に殺されてしまうことになる……今現在もその能力は発動しているようで、ゴブリン達は血走った目に口元からは涎を垂らしながらわたくしとユルへと襲いかかってくる。
「んーもうっ……! 邪魔なんですわ!」
わたくしが鞘から長剣を引き抜き、飛びかかってきたゴブリン数体を一瞬で切り伏せる……空中で肉片と化した仲間の姿を見ているのにも構わず、狂乱したゴブリン達は口々に悲鳴にも似た甲高い叫び声を上げながらわたくし達へと突進を開始する。
流石に数が多すぎる……魔法で殲滅するにも少し距離を置きたいところなんだけど……と考えているわたくしの思考を読んだのか、ユルがほんの少しだけ後ろに飛び退るような動きを見せて距離を取る。
ユルが大きく口を開くと、その口内に炎の魔力が集中していくのが見える……炎系中位魔法火炎炸裂か。
最近ユルも中位魔法を軽々と行使できるようになっているので、出会った時から考えると相当に成長しているんだな、と感心してしまう。
「猛火よ、初源の怒りよ……我が前に、そして全てを炎へと包みこめ! 火炎炸裂ッ!」
ユルの口から真っ直ぐに伸びた火線がゴブリンの集団に到達すると、包み込むように爆発し炎が辺りへと撒き散らされる。
悲鳴と怒号……そして轟々という炎が巻き上げる熱波と爆音が辺りに響き、炎の中でも生きながら焼かれるゴブリン達の姿が見えるが、その炎の中を突破してわたくし達の元へとあちこちが炭化したゴブリンが飛びかかってくる。
とはいえ勢いは相当に落ちており、わたくしは苦も無く哀れなゴブリンを剣で切り払うと、魔法の炎が消滅した頃にはほぼゴブリン達の戦闘能力は失われつつあった。
「あとは掃討するだけですわね……でもキングが見当たらないのはどういうことかしら……」
「砦の中に篭っているのでは?」
安全な場所で能力だけ行使して……というのはありがちではあるけども、それにしてもこれだけの数のゴブリンを支配して操る能力の持ち主が隠れたりするかなあ、という疑問も湧かなくなはない。
だが、そんなわたくし達の予想を裏切るかのように砦の奥……朽ちた廃墟のようになっている主塔の扉が開くと、巨大な影がのそりと姿を現した。
その巨体の持ち主ははっきりとした発音で、この世界の標準語を使ってわたくし達へと話しかけてきた。
「……騒がしい……騒がしいではないか……なんなんだお前ら、ワシの住処だと知っての狼藉か? 悲鳴あげるぞ、いいのか?」
_(:3 」∠)_ 汚ねえ花火だ、は名セリフですよねえ……
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