第二九三話 シャルロッタ 一六歳 純真なる天使 〇三
「神滅魔法……雷皇の一撃ッ!」
「愚かな……神罰の白」
わたくしの眼前で集約した魔力は白く輝く稲妻と化していく……神滅魔法中最も純粋かつシンプルな魔力攻撃である雷皇の一撃が純真なる天使に向かって放たれる瞬間、彼女は再びその純白に輝く神力を解き放つ。
二回ほど喰らって理解した……神罰の白は裁きの光であり、文字通り光速で着弾するとんでもないチート攻撃だ。
出所を潰すってのはなかなか難しい……魔法は魔力を集中させてから放つという事前動作が必要であり、正直言ってあの光速で飛んでくる攻撃より先に出すなんてのは難しい。
空中で雷皇の一撃と神罰の白が衝突し、双方の力が行き先を失って上空に向かって吹き上がるように爆発する。
「く……これでもダメか……」
「クフフッ! 神滅……神を滅ぼすには威力が足りんな」
純真なる天使の口元が歪む……慈愛に満ちた表情を浮かべた時と比べると、随分と元々の素性が出てきているようだ。
わたくしは爆炎が収まるのを待たずに前に駆け出す……魔法を使った遠距離攻撃で相手を倒せるとは思えない。
確実に仕留めるには接近戦……しかもこちらも危険を冒してでも相手を拳か武器で切り裂くしか方法がないだろう。
身長五メートルの敵……巨大なトロールや小型のジャイアントくらいの大きさだから、動くはそれほど早いわけじゃないはず……少し回り込むように駆けていくとゆったりとした動きでわたくしをじっと見つめる純真なる天使の赤い瞳と目が合う。
こっちの考えはお見通しって感じか……であれば、全力でやらせてもらおう。
「……次は接近戦か……来るが良い辺境の翡翠姫」
「容赦しないわよ?」
その言葉と同時にわたくしは不滅を構えて一気に純真なる天使へと飛び掛かる……一気に空中を蹴って接近すると剣を振るう。
だがその一撃はキャアアアン! という音を立てて天使の爪によって受け止められる……先ほどまで普通の手をしていたはずだが、爪はまるで猫科の猛獣を思わせるような鋭いものへと変化しており、恐ろしいほどまでに硬化している。
先ほどの一撃は剣戦闘術ではなかったにせよ、一撃を受け止めるだけの運動性能はあるということか。
ソフィーヤ様の印象から考えると格段に動きが凄まじいな……なんせ彼女はそこまで動けるという印象がなかったからだ。
さっきまでクリスと戦っていたけど、それは伝説的な武器による底上げがなされていたと考えるべきだろう……だからこそこの反応速度はちょっと厄介だ。
「やるじゃない」
「……クフフフッ! 純真なる天使たる妾にできぬことなどあまりないわ」
「そう? じゃあこれはどうかしら……我が白刃、切り裂けぬものなし」
わたくしは相手の大きな指を足で蹴るとそのまま空中で姿勢を整える……溢れ出る魔力が体の表面を稲妻のように駆け巡っていく。
その姿を見た純真なる天使は危険を本能的に感じ取ったのだろう、両手にあの輪を作り出すとわたくしに向かって放った。
いや、遅い……あの輪はそれほどの速度が出ないことは先ほどまでの攻撃で理解している……だからこっちの方が絶対に速い。
次の瞬間全身に迸る電流と共に、わたくしは空中を蹴って超加速するように飛び出した。
「剣戦闘術一の秘剣……雷鳴乃太刀!」
「うお……」
雷鳴の如き轟音と共に一気に剣を振り抜いたわたくしは、純真なる天使の背後へと着地する……一瞬の間を置いて天使の両腕が美しい切断面と共に地面へと落ち、両肘からまるで溢れ出すように血液が流れ落ちる。
だが、命を取るまでには至っていない……腹部を狙って切り裂いたはずだったが、両腕の切断と引き換えに純真なる天使の腹部には軽い切り傷しかつけられない。
あの一瞬の交錯で彼女は両腕を犠牲にしつつも自らの肉体に加わる斬撃を減衰させたのか……この程度では第一階位の天使には軽傷程度のダメージしか与えられない。
わたくしが大きく飛び退って剣を構え直すと、ニタリと口元を歪めた純真なる天使の失われた腕が、まるで最初からそんなことはなかったかのように元へと戻っていく。
「なるほどなるほど……神を殺すための魔法と、この世界には存在しない剣術……脅威じゃのう」
「マジか……せっかくぶった斬ったってのに……」
「つまりお主はレーヴェンティオラの剣聖どもの技を継承しているのか……」
「レーヴェンティオラを知っているの?」
「それは勿論……進化により妾の知識は拡大し、同時に存在する別の世界に存在する妾自身との共有がなされている……つまり、闘争と殺戮、そして滅びの世界であったレーヴェンティオラよりお主が来ていると考えれば辻褄は合うのだ」
つまりこの純真なる天使はレーヴェンティオラにも同様の個体が存在してて、その個体とこのマルヴァースにいる個体は知識を共有することによって、自らが知り得ない知識を見ることもできるってことか。
こっちは転生するまでマルヴァースの知識なんか少ししか聞いてないってのに……ちょっとずるい気がするけど、それは神の眷属特有の権能なのだろう。
なぜか神が共通だったり、ほとんどの知識や魔法が同じものだったりするのはそういうカラクリね……わたくしが黙っていると、純真なる天使はニヤリと再び口元を歪める。
「……マルヴァースはさぞ生きにくかろう? あの世界に比べればこの世界は惰弱で話にならんと思うが?」
「お生憎様……結構これでも楽しんで生活しているわ」
「クハハッ! それは何より」
何が楽しいのか純真なる天使は大声で笑う……まあ、転生したことによって新しい仲間や友人、大切な家族ができたことは間違い無いからな。
わたくしが剣を構え直したのを見て、純真なる天使はゆっくりと両手を広げてほんの少しだけ腰を落とした構えをとる。
なんだか前々世にいた力士みたいだな……と思いつつも、お互いの出方を探るようにじりじりと移動していく。
距離は変わらず、お互いが円を描くようにゆっくりと間合いを確かめながら睨み合う……再び静寂があたりを包んでいく。
そんな睨み合いの中、唐突に純真なる天使は笑みを崩さずにわたくしへと話しかけてきた。
「……では、異世界の勇者殿に第一階位がどのようなものか、教育してやろうぞ」
「……撤退だ! クラカト丘陵は放棄して構わん!」
第二王子派の軍勢は戦闘継続を諦め、すぐに人を引き払うと丘陵からできるだけ離れた位置へと再集結するために、慌てて撤退準備を始めている。
戦闘中に起きた異変……それまで別動体として動いていると思われたシャルロッタがいるであろう地点から恐ろしいまでの破壊と、恐るべき大魔法の講師が観測された時点で、クレメント・インテリペリ辺境伯は撤退の指令を出していた。
そこへ前線近くで謎の白い翼を持つ神々しい巨人が出現した、という報告を受け第二王子派は混乱の中撤収準備を進めていたのだ。
娘のことは勿論心配ではあるが、異変が起きたらすぐに撤退し、別の場所に集結し直して欲しいと伝えられていたことから、それを忠実に守ったと言える。
「閣下! クリストフェル殿下も戻って参りました!」
「辺境伯ッ! 急ぎ撤退を!」
「殿下……ご無事でしたか……」
漆黒の毛を持つ幻獣ガルムに跨ったクリストフェル・マルムスティーンが慌ただしく撤退準備を開始している自陣へと戻ってきたことで、ほっと胸を撫で下ろす。
だが、クリストフェルは馬ではなくシャルロッタが契約するユルに跨ってきたということに気がつくと、眉を顰めるとじっと幻獣の赤い目を見つめた。
ユルはその視線に気がつくと、位置とお辞儀でもするかのように頭を下げるが、その一連の行動でガルムもまた戦闘に巻き込まれないように逃がされたのだと理解した。
「シャルが逃げろと?」
「おっしゃる通り……今シャルは第一階位の天使と戦闘を行っております」
「「「天使……!」」」
ユルの言葉に第二王子派の兵士たちだけでなく、慌ただしく動いていた貴族たちもその事実に驚いたのか、一斉にどよめく。
天使の降臨……マルヴァースにおいては一〇〇〇年前の大戦争を記録した書物に、非常に簡単にその様子が書かれているだけで、詳しい事実は何もわからない存在だ。
神が遣わす最強の眷属にして、人智を超えた破壊をもたらす神聖なる御使……天使には慈悲などなく、ただただ神の名の下に神罰を下す時に現れるという伝説だけが伝えられている。
元々神はこの世界に強く干渉しようとしていない……聖教における神は遠く空の彼方から地上で生きる人間やその他種族を見守る存在であり、直接干渉を行わない代わりに神罰を下すときに天使を遣わすのだと言われている。
神話の時代に存在した堕落した都市は、天使の降臨によって一瞬にして焦土と化したとも伝えられており、この世界の人間からすると恐怖に近い存在でもある。
「……シャルは大丈夫なのか?」
「……わかりません、あれほどの存在を前に一歩も引く気配はありませんでした」
「そうか……あそこで……」
クレメントは軽くため息をつくと心配そうにまるで稲光のように戦場の方向で何度か瞬く光を見ながら、そこで今自分たちを逃がすために娘が戦っているのだと理解した。
そしてさっさと逃げてこないところを見ると、自分たちを巻き込まないために必死に争っているのだということも。
心配ではあるが、あの娘は自分たちの想像を超える存在……どうして彼女のような恐るべき力を持ったものが娘として生まれたのかは知る由もないが、今は自分たちが足手纏いにならないようにすることが最優先だ、と彼は何度か首を振って気持ちを入れ替える。
「……戦闘に巻き込まれないよう我々は戦場を離脱し、街道沿いに再び陣を張る……第一王子派も混乱に巻き込まれているようで撤退を始めている、急ぐぞ!」
_(:3 」∠)_ 戦闘シーンが難しい……
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