第二九〇話 シャルロッタ 一六歳 使役する者 一〇
「……は?」
空間をぶち破って地面へと降り立った戦乙女の姿に、フェリピニアーダは理解が追いつかずポカンとした顔でその様子を見つめていたが、混沌魔法の効果が破壊され泥濘が消滅していくと、そこでようやく我にかえる。
なんだこれは……とゆっくりと立ち上がったシャルロッタ・インテリペリを見つめて考える、先ほどまで確実にガルムを追い詰めていたはずなのに。
混沌魔法罪なる愛欲の空間を構築する結界は、実はそれほど弱いわけではない……結界を構築する術者の技量にもよるが、悪魔の魔力で構成すれば普通の魔法使いや戦士では外側から壁を壊すことはできない。
だからこそ取り込んだ時点で勝利が確定する脅威の魔法であり、圧倒的な破壊力を秘めていると言えノルザルツの眷属はこの魔法を好んで使用するのだ。
それを外側から破壊してきた……つまりシャルロッタ・インテリペリはフェリピニアーダの想像を大きく超える魔力もしくは破壊力を持つ何かを持っているのだ。
だが、見ればガルムはまだ罪なる愛欲の影響から抜け出すことは出来ていない……今ならまだ殺せる、とフェリピニアーダは前に出ようと足を踏み込んだ。
だが……先ほどまで罪なる愛欲が展開した空間の中央付近にいたはずのシャルロッタがいきなり視界の中へと飛び込んできた。
「どこいくの?」
「な……お主……ッ!」
次の瞬間フェリピニアーダの腹部に巨大な岩石かと思えるような凄まじい衝撃が加わり、彼女は大きく跳ね飛ばされる……なんとか空中で姿勢を制御して転ばないように踏ん張るが、見れば腹部にはくっきりとした拳の跡が残っている。
フェリピニアーダの肉体が一気に修復を始め、潰された器官などが黒煙を上げながら元の姿に戻っていくが、あまりに重い一撃にどっと冷や汗のようなものが吹き出す。
魔力で強化した拳は悪魔の肉体を容易に破壊が可能だと言わんばかりのメッセージを込めている様にも感じる。
それは人間としてはあり得ない……武器を持った英雄が悪魔を倒すことはよくあるのだが、それは名剣や魔剣といった伝説的な武具を所持したものだけだ。
格闘戦で悪魔を倒した記録はこの世界マルヴァースには残っていない……それほどまでに彼女たちの肉体は強く耐久力に富んでいる。
「……本当に何者なんじゃ……」
「あら? さっきまでの笑みが消えてるわよ」
微笑むシャルロッタの表情にフェリピニアーダはギリリと歯噛みする……だが、辺境の翡翠姫は生物的にはまごうことなき女性であることを思い出し、悪魔は笑みを浮かべるとともに無言で権能を行使し始める。
フェリピニアーダの足元から不可視の触手がゆっくりとシャルロッタへと伸びていく……この権能の名前は淫ら指と呼ばれ、射程は短いものの種族を問わず生物は権能の影響を強く受ける。
魔法的な効果ではなく混沌神による恩恵であり、これ自体は眷属に備わっている特殊な能力の一つとも言えた。
フェリピニアーダは女性相手に行使することを好んでいるが、実は男性にも強い影響を与え、強い快楽と絶頂により行動不能に追い込む。
淫ら指の触手は不可視であり、魔法的な痕跡も残すことはないため人間では感知することは不可能である。
余裕の表情でこちらをみているシャルロッタの表情を憎々しげに睨みつけながらも、この美しい少女が快楽に抗えず涙を流し堕ちる様を想像して、衣服の中に押し込めた男性としての象徴を硬くする。
彼女も他のノルザルツの眷属と同じように雌雄同体であり、快楽に落ちた女性を自らの象徴で貫くことに喜びを感じる存在なのだ。
「……クハ……お主こそ余裕たっぷりで良いのか?」
「……そりゃもちろん……自分より弱い相手に負ける道理はないわ」
不可視の触手がシャルロッタへと絡みつく……かかった、とばかりにフェリピニアーダはペロリと舌なめずりをしながら薄く笑う。
その余裕たっぷりの表情を淫らで、欲望にまみれそしてフェリピニアーダを受け入れさせてほしいと懇願させてからたっぷりと貫いてやろう……ミシミシと象徴を固くするとさらに奥へと触手をのばす。
足元から膝へ、そして腿をつたって触手は彼女の衣服の中へと潜り込んでいく……やはり淫ら指に気がついていない、そのままシャルロッタ・インテリペリの秘部へと意識を伸ばす。
だが……不可視の触手はそれ以上進まない……なぜだ、と思ってシャルロッタの表情に視線を向けるが、彼女は淫ら指の影響を受けた女性たちのように頬を赤らめることすらしていない。
どうして……と触手を動かすように右手の指を軽く曲げるが、触手はまるで固まったかのようにぴくりとも動かなくなった。
「……ど、どうして……」
「一度見せた権能を何も考えずに使ってバカじゃないの?」
「な……」
「わたくしだってそれなりに対策するし、魔法で感知できない程度は別の方法で対応するだけよ」
シャルロッタはフェリピニアーダへとまるで呆れたような表情を浮かべて話しかけるが、そこで初めて悪魔は自らの謀がまるで通用していなかったことに気がついた。
よく見れば彼女の瞳はほんのりと魔力に覆われ、エメラルドグリーンの淡い光を放っている……シャルロッタは視覚さえも魔力で強化していたのだ。
よく見ればシャルロッタの足は不可視の触手をこともなげに踏みつけ、動きを封じておりそれ以上の侵入を許さない。
フェリピニアーダは自らが最も信頼し、効果を持っていると自負する権能を封じられたことに動揺したものの、すぐに権能を解除すると前に出る。
淫ら指は解除すると行使した悪魔から順に消滅していく……今はまだシャルロッタの肉体に幾重にも絡みついて離すことはなく肉体の動きに影響を与えるはずなのだ。
「カアアアアッ!」
「あーあ……効かねえって分かったら暴力か、ま……そっちの方が嫌いじゃないわ」
「……ガバアアアッ!」
シャルロッタにもうすぐ拳が届くというところで、いきなり彼女の姿が消える……触手はその場にあるが、まるで煙のようにシャルロッタが消えると、フェリピニアーダの下顎が吹き飛ぶ。
激痛と共に欠損した部分からドス黒い血液が噴き出し、彼女は蹈鞴を踏んで後退しそれまであったはずの下顎のあたりに手をやると、ベッタリと流れ落ちる自らの血液で手が染まっていく。
だが第二階位の六情の悪魔である彼女はすぐに肉体を再生させていく……十分に修復をすると、フェリピニアーダはそれ以上向かってこずにニヤニヤと笑っているシャルロッタを見て再び歯軋りをした。
「き、貴様……妾の美しい顔を」
「作り物のくせに何いってんの、悪魔なんかいくらでも姿形変えられるでしょ」
「クハ……だがお前は千載一遇のチャンスを逃したぞ? なぜ追い討ちをかけん」
「……だからぁ……自分より弱いやつに焦る必要なんかないっての」
シャルロッタは面倒臭そうな表情で吐き捨てると、再びその場から消える……だが今回は不意打ちに近かった先ほどと違い、フェリピニアーダは鋭い爪を伸ばして真横からの攻撃を受け止める。
キャイイイイン! という甲高い音と共にいつの間にかシャルロッタの手に握られていた長剣が爪へと食い込む。
この剣は魔剣……いつの間に出したのだろうか? と考えつつフェリピニアーダはシャルロッタの腹部に常人であれば粉砕されるくらいの蹴りを叩き込むが、ドンッ! という鈍い音と共にか細い肉体を破壊するはずの攻撃は彼女が展開する防御結界に阻まれて体へと到達しない。
まるで巨大な岩を蹴ったような感触に驚きつつも、そのまま結界を蹴って距離を離そうとするが、空中で視界いっぱいにシャルロッタの笑顔が広がり、悪魔はギョッとした表情を浮かべた。
「ああ、そういう顔嫌いじゃないわ」
「ガハアッ!」
神速の斬撃が咄嗟に防御姿勢をとったフェリピニアーダの片口から左腕を一撃で切り裂く……魔剣によるダメージは微々たるものだが、血液が吹き出し着地姿勢を取れないまま悪魔は無様に地面へと転がる。
相手の肉体を蹴って距離を離そうとしたが一瞬で追いつかれた? そんなことは人間では不可能だ……左腕を再生させながらゆっくりと立ち上がるフェリピニアーダから少し離れた位置で、シャルロッタ・インテリペリはこちらを観察するように見つめている。
その目がまるでフェリピニアーダの能力の全てを見透かしているかのように思えて、悪魔は生まれて初めて強い恐怖を覚えた。
混沌神の眷属が感じてはならない感情、恐怖……そうか妾は今目の前の少女に恐怖を覚え怯えている……カタカタと手が震える。
「……あ、く……」
「あー? もうないの? まだあるでしょ奥の手」
あまり緊張感を感じさせないシャルロッタの声に、恐怖が怒りへと変換されていく……こいつは完全に第二階位の悪魔である自分を舐めている。
それは強者にだけ許された余裕なのかもしれないが、その厚顔不遜な態度は六情の悪魔たるフェリピニアーダの心に強く暗い炎を着けた。
奥の手……とシャルロッタはいったが、実際にはある……それには、とフェリピニアーダはチラリと現代の勇者クリストフェルと戦う聖女ソフィーヤの方向へと目をくばる。
ソフィーヤはすでに満身創痍……手加減をされているために命だけは失っていないが、それでも放置すれば敗北は必至だ。
十分に距離はある……とフェリピニアーダは再び淫ら指を幾重にも展開すると、それを見ていたのかシャルロッタが伸びる触手を煩わしそうに払い除けた瞬間……悪魔は一気にソフィーヤに向かって大きく跳躍した。
「クハハッ! ならば見せてやろうぞ奥の手を……命を喰らって妾は強制進化するッ!」
_(:3 」∠)_ まだまだ終わらんのじゃよ!
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