第二八八話 シャルロッタ 一六歳 使役する者 〇八
「……思い切り弱体化……それに気がついていないなんて……」
漆黒の光線を避けながら走るわたくしへ迫る攻撃が次々と地面へと突き刺さる……確かにちょっと面倒ではあるけど、わたくしくらいの速度で移動できる相手には大した脅威にならない。
連続で攻撃を喰らえば確かに魔力で構成した防御結界に損傷は生まれるだろうけど……昔どこかの赤い人が言った『当たらなければ、どうということはない』ってのはこの場合正解だ。
地面を蹴って高速で走り回るわたくしに光線は一発も触れていないが、それでも構わず恐ろしいくらいの量を使役する者は放ちつづける。
だが一瞬だけ間のようなものが空いたタイミングに合わせてわたくしは、一気に泥濘と化した使役する者へと一足飛びに跳んだ。
単に走るだけでなく空中を蹴って凄まじい速度で迫るわたくしに驚いたのか、黄金の瞳がギョロギョロと動く。
「……空中くらい蹴れるんだよッ!」
『バカなっ!』
『だがこの体に剣はきかぬ!』
『攻撃は届かぬ!』
その言葉と同時に使役する者の流体に近い体が泡立ち一気に膨れ上がる……それと同時に足元の地面から一気に染み出すように流体に近い複数の腕がわたくしへと伸びる。
うーん、予想の範囲内だな……最初の一本目を足裏の防御結界で受け止めるとそれを足がかりにして、タアアアン! という軽い音ともに一気に上空へと飛び上がる。
元々それほど重くない、というか淑女としてちゃんとそう言った面にも配慮しているからだけど、見た目以上に体重が軽いわたくしの体は空高く舞い上がる。
上空へと飛び上がったわたくしに向かって漆黒の光線が幾重にも伸びる……わたくしはその光線に向かって魔剣不滅を振るう。
「折れんなよっ!」
『……何を……!』
『そこらの剣ではこの攻撃を受けることはできぬ!』
『腐れ落ちて死ぬが良い!』
「……残念、こいつはちょっと違うわよ!?」
手の中にある不滅がちょっと嫌だったのか、抗議の意思を伝えるかのように軽く震えるが……さすが勇者アンスラックスが最後に所持していただけある。
あの漆黒の光線を弾いても刃こぼれ一つせずに折れ曲がることすらない、それはつまり……いくらでもあの光線を防げるって寸法だ。
いや、前にスコットさんが「決して刃こぼれせずに折れない」って言ってたし、実際にわたくしはこの剣の手入れは最低限だし、どちらかというとピカピカに磨いている時間が長いけど、切れ味も落ちないし折れてないもんな。
まあ、思い切り光線を受け止めたらさすがに不味そうなんで……わたくしは受け流すように光線の角度を変えて弾くに留めている。
空中である程度の光線を捌き切るとわたくしは地上でこちらに向かって手を伸ばす不定形の使役する者に向かって手を伸ばす。
「……まずは小手調べ……破滅の炎ッ!」
わたくしの手のひらから数十発の稲妻状の炎が伸びる……空中より迫る火線に流体状の体を蠢かせ、使役する者はその体を再び泡立たせるが破滅の炎は容赦無くその肉体で爆発を巻き起こす。
爆発で使役する者の肉体があちこちへと飛び散るが、元々膨れ上がる泡のような体になっているため大したダメージになりそうにない。
爆発が収まると夥しい数の黄金の瞳が一斉にわたくしへとギョロリと向くと、一斉に漆黒の光線が放たれる……凄まじい数の光線だが、わたくしは迫り来る攻撃を難なく剣で弾いていく。
この光線威力は凄まじいし、肉体を一瞬で崩壊させるなど普通の人からすると即死級の攻撃ではあるけど一度弾くとそのままあらぬ方法に飛んで戻ってこないから、わたくしがそれまでいた位置にまっすぐ飛んできているのだとわかる。
「……これだけじゃ命には届かないわよ?」
『……クハハハッ!』
『だが、お前の攻撃も届くまい……!』
『あとは魔力が尽きるまで我慢くらべを……』
漆黒の光線を放つ速度が上がる……どうやらこちらが剣を使った防御に徹していれば、勝手に消耗するとでも考えたのだろう。
普通の人間相手に戦うならそれが正しいけどねえ……迫り来る攻撃を弾きながら、わたくしは空中を蹴ってその場から一気に跳んだ。
光線を掻い潜って距離を詰めてきたわたくしへとその不定形の体から無数の手が伸び、わたくしへと迫りくる。
その苛烈な攻撃を掻い潜りながら泥濘のように蠢く使役する者の腕を、わたくしは淡々と不滅を奮って叩き切っていく。
だがさすがにダメージはない……わたくしが切り裂いた腕はドロっとした液体となって崩れ落ちるものの、すぐに別の腕が泡の中から生み出されていく。、
そりゃそうだ液体を切っているようなものだし、これだけで混沌の眷属が死んだら洒落にならないくらい弱っちい。
スライムのような液体状だけど、本質的には個体に近い体とかではなくマジで泥……剣での決着は難しいだろうな。
「ダメージはないか……」
『……カカカカッ!』
『無駄な攻撃を……!』
『……液体を切ってどうする!』
「……だったらこうするまでよ」
一気に上空に向かって跳躍したわたくしは魔力を集中させていく……空中に飛び上がったわたくしに向かって漆黒の光線が伸びるが、その攻撃を不滅を使って弾きつつわたくしは少し前のことを考えていた。
液状になった敵を確実に仕留めるための魔法……いくつかやり方があるとは思うのだけど、そのどれが最適なのか?
大体こういう厄介な敵は封印することが第一の選択肢になる……なので以前這い寄る者を閉じ込めた玻璃の牢獄なんかは効果が高いだろう。
でもあれは内部からの魔力解放で破壊される可能性が高い……あの時これを使ったのは這い寄る者が魔法能力を捨て去る縛りを持っているから効果的だっただけで、今の使役する者であれば難なく脱出できるに違いない。
で、あればどうするべきか? 封印以外の選択肢としては蒸発させるとか、一瞬で回復できないレベルで蒸発させるってのがセオリーかとは思うが、液状に近い肉体は再生能力も高いから、一欠片でも残ってたら元に戻る可能性がある。
爆発系の魔法というのは見た目も派手だし威力も高いけど……相手を粉々に砕いてしまうから、液状の敵にはあんまり多用できたりしない。
前世でも超再生能力を持つスライムを爆発系の魔法で吹き飛ばしたためにかけらが増殖して大事故になった、なんて話も聞くしな。
まあどうなるかわからないから使役する者にそういう系統の魔法をぶつけるのは御法度、ではないかと思う。
「……ならまあすり潰すしかないわよねえ?」
一つそれに相応しい魔法をわたくしは持っている。
わたくしの持つ神滅魔法は邪神やそれに匹敵する者たちを殺すために特化した究極の魔法であり、その全てが既存の魔法形態からは大きくかけ離れた特性を持っている。
以前暴風の邪神との戦闘の際に使った神滅魔法真なる黒化、極小の重力場を空間内に作り出し全てを引き込み圧縮して押しつぶす。
いわゆるブラックホールを再現した魔法なのだけど、この重力場を操作してブラックホールを構築するという発想は前世の世界レーヴェンティオラには存在しなかった。
『……ぬっ!』
『何かをしようとして……!』
『……殺せ殺せ殺せッ!』
「神滅魔法……真なる黒化」
わたくしの言葉が紡がれるのと同時にちょうど使役する者との中間地点に近い空間に小さな黒い球体が生み出される。
使役する者が危険を察知したのか漆黒の光線を複数放射するが、そのすべてがソフトボール大の大きさにしか見えないその球体へと吸い込まれていく。
それはまるで光すらも飲み込むように、次第に周囲の空間を歪め奈落の底へと堕とすが如く、不気味で耳障りな高い音を上げながら小型の銀河のように渦を巻くようにあらゆるものを吸い込み、全てを圧縮していくのが見えた。
『……な、なんだこれは……』
『……か、体が……!』
『……す、吸い込まれ……』
「……液体すらも飲み込み超圧縮する……運が良ければどこかの空間に吐き出されるだろうけど、命があればいいわね?」
『『『……ア、辺境の翡翠姫ェエエッ!……』』』
「それじゃバイバイ……遠い未来にどこかの世界で会いましょ、準魔王級の三下さん♡」
地面にへばりついているわけでもない使役する者の液状の肉体が、渦を巻く空気に流されるように呆気なく吸い込まれていく。
人間型なら多少なりとも抵抗できたかもしれないが、彼の肉体は泡と泥濘で構成されており、地面に踏ん張るなんて芸当は出来ようはずもない。
抵抗らしい抵抗すら見せず、まるで水が渦に引き込まれていくかのように球体へと吸い込まれると、黄金の瞳が一瞬だけ歪んでから潰れ、悲鳴らしい悲鳴すらあげる間もなく引き潰されていくのが見えた。
だが、同時にわたくしの体もジリジリと球体に引き込まれるかのようにせめぎ合うが、この魔法マジで術者すら保護しねーな。
注ぎ込む魔力を徐々に小さくしていくことで、次第に球体へと引き込まれるものの速度が落ちていく……そして十分に圧縮された球体は、一瞬それまでよりも小さく収縮するとキャアアン! というガラスが割れるような甲高い音を立てて砕け散る。
「……ふう……ッ!」
次の瞬間、その場の大気が一瞬にして凍りつく……そして冷えすぎた大気は渦を巻くように周囲へと吹き荒れ、ゴオンッ! という重い音を響かせたあと静寂に包まれる。
パキパキという音を立てて凍りついた周囲の大気がじわじわと元の温度へと戻っていくが、それに合わせて凍りついた地面や岩がその変化に耐えきれなかったのか呆気なく崩壊していく。
ああ、やっぱこの魔法危険すぎるわ……わたくしは周囲に目を配るが、真なる黒化の破壊に耐えられなかった周囲の地形は大きく抉られ、クレーターのような惨状が広がっている。
大きく息を吐くとわたくしはじっと別の大きな魔力の塊へと視線を向ける……あっちは戦場、なんかヤバそうだな。
「……クリスを助けにいかないとね、ユルだけだと荷が重そうなやつがいるわ」
_(:3 」∠)_ 空中は蹴れるというパワーワード
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