第二八三話 シャルロッタ 一六歳 使役する者 〇三
——剛拳……まさに鉄塊を叩きつけるような凄まじい一撃が三叉の頭を持つ怪物へと迫る。
「ふッ!」
辺境の翡翠姫シャルロッタ・インテリペリの拳が再び使役する者の肉体に迫ろうかという瞬間、ボンッ! と言う破裂するような音を立てて夥しい数の蝿へと姿を変えた彼は、少し離れた場所で再び実体化して攻撃を回避してのける。
それを予測していたのかシャルロッタは一足飛びに距離を詰めると虚空より剣を引き抜くと、まるで居合斬りかの如く怪物を切り裂く。
触れれば全てを切り裂く決して滅びぬ魔剣不滅による斬撃は、訓戒者の肉体を容赦無く引き裂くはずだった。
しかし……再び巻き起こる破裂音と共にその斬撃は空を切り、直後にシャルロッタの背後で実体化した使役する者の人間よりも遥かに大きな拳が彼女の背中に叩き込まれる。
「クハ!」
「……見知らぬ殿方には手を触れさせてはいけないって教えられているの」
「クハッ! ワシはお前のような女には興味などない」
使役する者の拳はシャルロッタの肉体より数ミリの位置でそれ以上の侵入を拒まれ、ドゴン! と言う鈍い音があたりに響いた。
お互いの体に触れることのできぬ能力……シャルロッタの魔力による防御結界と使役する者の肉体変化による回避能力、それらは共に絶対不可侵の防御として機能している。
双方ともに接近戦には不向きな体型をしている、シャルロッタは令嬢らしい細くしなやかな体から繰り出す拳を魔力で強化し、肉体強化によって古竜すら一撃の元に粉砕する圧倒的な破壊力を身につけている。
「やるじゃない」
「クハ! 見た目以上の速度と破壊力!」
対する使役する者も四肢が異常に細く、細い枝のような体型に見合わぬ不格好なくらいに巨大な拳を同じように魔力で異常なほど強化しているのがわかる。
その拳が触れれば脆弱な人間の体など消滅しかねない……それだけの脅威と迫力を彼の拳はシャロッタへと印象付けていた。
それ故に本質的にはその肉体は脆く防御能力に異常をきたせば相手の攻撃は命に届きうると理解をしているのだろう……豪快な攻撃とは裏腹に双方の魔力は極限まで繊細にコントロールされており、その技巧は超人レベルと言っても過言ではない。
ほぼ互角の圧倒的な防御能力を有する者同士が決着をつけるとすれば、その防御能力を無効化して叩きつける圧倒的な破壊力で消し飛ばせばいい。
どちらがそう思ったのか、それとも同時にそれを考えたのか……ほんの少しだけ距離をとった二人はほぼ同時に己の持つ魔力を集中させると言葉を紡ぐ。
「神滅魔法……聖なる七海」
「混沌魔法……病魔の使徒」
シャルロッタの周囲に天界の海に荒れ狂う大渦巻が召喚されると同時に、津波が圧倒的な破壊力を持つ海竜と化して周囲を一気に破壊し始める……それは大海を支配する神の怒りを象徴したかのような恐るべき怒涛となって使役する者に迫り来る。
だが、訓戒者の発動した病魔の使徒はその怒涛の波を受け止め、押し返しながらも効果を発揮していく。
まるでその場に湧き出すように、肉体のあちこちが腐り崩壊した悍ましい姿の天使が悲鳴を上げながらその漆黒の暴風を撒き散らしていく。
暴風に触れた地面が、木々が、そして空気さえも一瞬で腐り落ち……それは竜巻となって迫る津波を押し留め、腐敗と濁流双方の魔法が空間を分断し拮抗していく。
「あはッ!」
「クハハッ!」
どちらからともなく笑い声が上がる……それはほぼ互角に近い魔法能力の持ち主に出会えた幸運からか、それとも全力で魔法を叩きつける相手が目の前にいることへの歓喜からかだろうか?
あたりを一瞬で崩壊に導いた魔法による効果が消滅すると、距離を詰めた二人は全力の攻撃を繰り出す……シャルロッタは手に持った不滅による斬撃を繰り出し、使役する者はその巨大な拳を繰り出していく。
ほぼ同時に繰り出される斬撃と打撃が空中で衝突し、周囲の空気を振動させるドゴッ! ゴキャッ! と言う鈍い音となって響きわたる。
しかしその攻撃は双方の肉体へと届かない……魔力の結界が、肉体の変換が容易にその命へと届くことを拒否しているからだ。
「……破壊力は申し分ないわ、それにさっきからジワジワと結界を侵食しようとしているわね」
「クハハ……我の本分は静かなる侵食……直接的な打撃による破壊は余技のようなものよ」
使役する者はすれ違うたびに肉体の一部を分離した小蠅をシャルロッタの結界へと付着させ、侵食を試みていた。
結界の一部に綻びを生じさせそこから侵食を繰り返すことで、強固な魔力の防御結界を一気に破壊しようと画策したのだ。
だがシャルロッタはすでに似たような侵食を試みている敵との戦闘経験を持っている……そのうちの一人は目の前の訓戒者と同じ神の眷属である大感染の悪魔カルディバドス、そしてもう一人は彼女と契約を交わす偉大なる古竜リヒコドラクだ。
やり方は異なるものの、シャルロッタの圧倒的な防御結界に綻びを生じさせ、其処から強引に致命傷を叩き込むというやり方に彼女自身が対応策を考えないはずはないのだ。
「……侵食を受け付けない? ふむ……繊細な魔力操作で綻びを瞬時に修復しているのか」
「ここ最近防御結界を侵食しよーっていうのが増えたのよ、だから対応策も考えてるってわけ」
「一朝一夕でそれができるとは思わんが……どうやらあの小賢しい竜との戦いか」
「リヒコドラクとの戦闘は結構危なかったわよ、命へ届く寸前だったわ」
「なるほど、なるほど……どうやら少し情報を修正せねばならないようだな……」
お互いの攻撃が届かない戦闘……小技での戦いでは永遠に決着がつかないとシャルロッタは考えている……準魔王級などと煽ってみたものの、どうやら目の前の使役する者は古くから生きていたと言うだけあって戦闘能力のレベルが以前出会った者たちよりも数段高い位置に存在している。
見た目は枯れ木のようにも見える怪物ではあるが、剛柔合わせ持つ古強者であり魔法の行使能力もこれまで会った訓戒者とは比べものにならないほど高レベルだ。
先ほど放った混沌魔法で、神滅魔法を相殺してくるとは予想外だった……さらにこちらの防御結界を少しでも侵食された状態で病魔の使徒を喰らえば魂ごと腐敗し、溶け落ちるかもしれない。
「……ああ、やべーですわね……あは」
「笑うか勇者に近しいものよ……それでこそ勇者、それでこそ強者よ」
言うが早いか使役する者は距離を一気に詰めると、右の拳をシャルロッタへと叩きつける……だがその一撃をシャルロッタは敢えて防御結界で受け止め、バゴン! と言う鈍い音と共に拳が彼女の寸前で釘付けになる。
カウンターで自らの左拳を叩きつけようとシャルロッタが動いた瞬間、口元を歪める使役する者のローブの下からそれまで存在していなかった三本目の腕が突き出し、横なぎに振り払われる。
その一撃をかろうじて攻撃を繰り出そうとした左腕で受け止めると、くるりと器用に体を回転させたシャルロッタは使役する者の体を蹴って距離をとった。
そしてお互いがそれを合図としたかのように、再び魔力を放出すると破壊的な魔法を瞬時に繰り出してのけた。
「神滅魔法……聖なる七海」
「混沌魔法……病魔の使徒」
再びお互いの周囲を破壊する圧倒的な大渦巻の怒涛と、引き裂かれるような悲鳴をあげる天使の咆哮が周囲を根こそぎ腐敗の海へと沈めていく。
均衡する魔力と圧倒的な破壊の暴力が二人の周囲を崩壊させ、魔力の本流が均衡したまま衝突し濁流となって空へと打ち上がり、爆発的な魔力がその場に暴風を巻き起こしていく。
ここでも互角……凄まじい魔力同士の衝突を見ながらシャルロッタと使役する者の口元には笑みが浮かんでいる。
見た目は全く相反する二人ではあるが、確実にお互いの全てを叩きつけられる能力を有していることを理解したからだろうか?
「……本当に面倒ね、息が臭いだけじゃなくて面倒臭いなんて聞いてないわよ」
「それはこちらの台詞だ……だが、これでは埒があかんな」
「諦めて帰ってくれるとありがたいんだけどね、お土産くらいあげるわよ」
「同じく、さっさと命を差し出して腐り落ちるが良いアバズレめ」
その言葉と当時に拮抗した魔力が消失し、それまで吹き荒れていた圧倒的な破壊の渦が消滅していくのと同時に、お互いがほぼ同タイミングで魔力を集中させる。
シャルロッタも使役する者も考えていることは全く同じ……一瞬で相手を消しとばすしか、相手を倒すことが不可能だと考えているからだ。
だからこそここで繰り出される魔法は双方が持てる最高の破壊魔法に他ならない……シャルロッタと使役する者は三度同時に言葉を紡いだ。
「神滅魔法……聖なる七海」
「混沌魔法……病魔の使徒」
_(:3 」∠)_ 久しぶりに主人公登場シーンでも第三者的視点で書いてます、神滅魔法三連発w
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