第二七七話 シャルロッタ 一六歳 野戦 〇七
「おおおっ! 楽しいなァ! 昔を思い出すようだ!!!」
「くっ……こんな……」
アンダースが振るう豪剣をクリストフェルが受け流す……剣と剣が衝突するたびに甲高い音と、火花が散るのを両軍の兵士が固唾を飲んで見守っている。
クリストフェルの流麗な剣筋に目を見張るものもいれば、アンダースが放つ一撃はまさに一撃必殺と言っても良い気迫の籠ったものだ。
二人の王子が交錯するたびに両軍の兵士たちからは感心したかのようなため息が漏れ出ている……王族がこのような形で戦うことなど滅多にない。
御前試合などで剣の腕を披露することを好んだものも過去には存在していたらしいが、それでも近年平和に慣れてしまったこの国では、なかなか見られない光景なのだ。
「……あのバカ王子共……ここで決着がついたらどうするつもりなの……」
聖女ソフィーヤ・ハルフォードは親指の爪を噛みながらその様子を見ていた……隣に立つ騎士ディル・アトキンスは目を輝かせて二人の攻防を見つめており、その場にいる全員がこの決闘に注目してしまっているのがわかる。
全く男という奴は……と内心イライラしながらも彼女自身、二人の王子が戦い合えばどちらが強いのか? という疑問は確かに感じている。
もしこの決闘で決着がつくのであれば……それはそれで無駄に兵を損ねることがなくなるため、ある意味最も良い結果を産むことは理解している。
だが……彼女の目的は決着をつける相手が違う、ソフィーヤはこの戦いに乗じて辺境の翡翠姫ことシャルロッタ・インテリペリを抹殺することなのだから。
「……おらんのぉ……敵の陣地にはあの女はいないようじゃのぉ……」
「……本当に? 戦場に出てきていないってこと?」
「うーむ……これはここにいるのはハズレクジであったか……つまらんのぉ」
六情の悪魔フェリピニアーダは片肘を立ててつまらなそうな表情で、戦場の様子を見ていたが飽きたのか欠伸をしている。
彼女の感覚でもこの場に辺境の翡翠姫がいないと感じるのであれば、本当に存在していない可能性が高い。
ならばどこへ……ソフィーヤがフェリピニアーダの顔を見ていると、その視線に気がついた彼女は失笑するとわからないとばかりに手を振った。
「……訓戒者殿が正解じゃったの」
「別働隊として動くって話でしたっけ」
「そうじゃ……混沌の戦士団を効果的なタイミングでぶつけるためにの」
第一王子派では黒衣の戦士団と呼ばれているが、その正体は以前より飼育していた混沌の戦士の部隊である。
それを訓戒者である使役する者が率いて戦場から少し離れた場所に待機させている。
第一王子派の戦略としては主力である彼らの軍勢によりクラカト丘陵に陣を置く第二王子派に一当てした後、効果的なタイミングを測って混沌の戦士団を戦線に投入させるというものだった。
混沌の戦士は捨て駒として良い、というのが使役する者の意見であり、投入時に第一王子派は敵陣から速やかに引くことが求められていた。
『……彼奴等はいくらでも作れる人間さえ苗床にできればな』
そう笑いながら話していた使役する者の表情を思い出し、ソフィーヤは内心ゾッとした気分になる。
第一王子派の貴族達全てが混沌の戦士のことを知らされているわけではなく、そう言った者達は捨て駒になることが確定している。
第二王子派にとっては決戦に等しいこの戦いだが、第一王子派の主流派にとっては都合の悪い連中をまとめて滅ぼすための餌場でもあるのだ。
ソフィーヤの隣に立っているディルのように優秀な実戦指揮官は残すことになっているだろうが……それでも大量の死が確定している戦いなど見たくはない。
「……人の命は安い」
「は?」
「神からすれば人一人の命などゴミのようなものじゃ……気にやむことはないぞ聖女」
内心を見透かしたかのようにフェリピニアーダは微笑むが、その笑みに凄まじく邪悪な意図を感じて背筋がほんの少しだけ寒くなる。
本物の怪物達……自ら呼び出した悪魔ではあるが、今更ながらに彼女が唯々興味があるだけでソフィーヤに従っていることに多少の疑問を感じる。
本心がわからない故に何を目的としているのかがさっぱり不明なのだ……供物も求めず、ただ彼女のそばで助言を行うフェリピニアーダは何を目的としているのだろうか?
だが、考えても仕方がない……聖女とはいえ人の身であるソフィーヤには悪魔が何を考えているのかは理解しようはずもないのだから。
「……あの泥棒猫がいないのであればこの戦いは勝てるのではなくて?」
「そりゃ軽率じゃ、あの王子……素晴らしい才能じゃよ、前よりも強くなっているな」
「クリストフェル様が?」
ソフィーヤの言葉に頷くと、フェリピニアーダは素晴らしいご馳走を目の前にした猛獣のように軽く舌なめずりをすると「欲しいのぉ……」と呟いた。
だがそんな悪魔の様子には気がつかないようにソフィーヤはほんの少しだけ胸が高鳴ったような気がする……彼に対する思慕の心は捨てきれていない。
いつだってあの泥棒猫を追い払って自らの手を取って欲しいと思っているからだ……ソフィーヤ・ハルフォードという女性には、クリストフェル・マルムスティーンという青年が必要なのだ。
聖女である以上、勇者のそばにありサポートをするのが天命である……ソフィーヤが学んだ聖女の伝説にはそう書かれていた。
「……アンダースも十分強いがの、それ……もうそろそろ終わるぞ」
フェリピニアーダの言葉通り、クリストフェルの渾身の一撃がアンダースの鎧に食い込む……それは一瞬の出来事だった。
力任せに振り抜いたアンダースの剣を受け流すと、クリストフェルは刃を滑らすように振るって兄の肩口に一撃を叩き込んだのだ。
バキッ! という鈍い音と共に国王代理の着用する鎧に食い込む蜻蛉の鋭い刃だが、名工が作り上げた重厚な装甲はその一撃に見事耐え切って見せた。
「な、なんて硬い……」
「クハッ! 勇者の器……これほどとはなッ!」
「ぐっ!」
肩口に一撃を受けたアンダースだが鎧のおかげで軽傷にすらならなかったらしく、そのまま拳を振り抜いてクリストフェルへと叩きつけると、騎乗していた馬ごと大きく後退させる。
それはまさに人間離れした凄まじい膂力であり、彼がなんらかの恩恵……この場合は邪悪な者達からの力ではあるが、それを得ていることを如実に感じさせる。
大きく後退したクリストフェルはそれ以上踏み込めずに蜻蛉を構え直して兄の出方を窺い始めた。
それを見たアンダースは肩口についた弟の一撃を物語る鎧の傷を見て口元を歪めると、彼に話しかけた。
「……気に入った、ここで終わらすのは勿体無いな……次は軍略を見てやろう」
「何を……!」
「俺を超えられるのか、才を見せてみろクリストフェル!」
「な、ま、待てっ!」
アンダースは言うが早いかそのままくるりと自陣方向へと馬を走らせていく……追いかけようとしたクリストフェルをチラリと見たアンダースは口もをと歪めると片手をあげて彼に向かって振り下ろす。
その合図を見た第一王子派の陣から一斉に大空に向かって凄まじい数の矢が放たれ、空気を切り裂く凄まじい音を立ててクリストフェルへと襲いかかった。
追いかけられない、と知った瞬間クリストフェルの行動は凄まじく早かった……彼もくるりと踵を返すと、そのまま全速力で愛馬を走らせると、自らの陣営へと一目散に駆け出したのだ。
一瞬でも迷えば彼の体が蜂の巣になってしまったであろうが、その一瞬を見極めたクリストフェルの判断もまた英雄と呼ぶに相応しいものだった。
「く……くそっ!」
クリストフェルは悔しさに歯噛みしつつも左右に馬を走らせて飛来する矢を軽々と避けていく……そのまま彼は丘陵へと差し掛かるが、彼の愛馬であるレスポールは主人の危機を理解しているのか、まるでそこは平原であるかのように軽やかに駆けていった。
その見事な手綱捌きを見た両軍の兵士はまたもため息を漏らす……両者ともに凄まじい技量を見せつけてのけたのだ。
これで感心しないわけがない……どちらかともなく兵士たちは自らの盾や鎧に拳を当てて音を打ち鳴らし始める。
静かに音が広がっていき、次第にクラカト丘陵全体へと響くような音と歓声が巻き起こっていく……両軍はすでに理解している。
戦いはもう直ぐ始まる……第一王子派と第二王子派の決戦がついに始まるのだ。
『イングウェイ王国の栄光に!』
『クリストフェル殿下の栄光に!』
それぞれの陣営で叫ばれる名前は違うが、両軍合わせて二万以上に達する屈強なる兵士たちの声が戦場に響き渡っていく。
足を踏み鳴らし、盾を叩き、鎧に得物を叩きつけながら両軍の兵士たちはその瞬間を待ち望んでいた……戦場を支配する高揚感、そして血みどろの戦が今まさに開始されようとしていた。
クリストフェルとアンダース、両者が自らの陣へと駆け込んだその瞬間……第一王子派の陣営から鬨の声が響き渡った。
『攻撃せよ! 王国の未来は目の前にありッ!』
その声と同時にアンダースを支持する第一王子派の軍勢が一斉に動き出す……一万を超える兵士たちがまるで津波のように前進を始める。
第一王子派の先頭には重装備の歩兵部隊が長槍を携えており、まずは歩兵による馬防柵の破壊を行うのだろう……これは事前に第二王子派により予想されており、その前進を阻もうと弓兵達が長弓へと矢を番えると一斉に弦を引き絞った。
それまで一騎打ちの様子を眺めていたインテリペリ辺境伯、クレメント・インテリペリは腰に差していた剣を引き抜くと陣営に響き渡るほどの大声で味方の兵士へと命令を下し、それと同時に弓兵の手から矢が上空へと一斉に放たれた。
「戦え諸君ッ! 王国の未来を我らが救うのだ!」
_(:3 」∠)_ うーん、一騎打ちも難しい……
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