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第二七六話 シャルロッタ 一六歳 野戦 〇六

 ——後に王国史に刻まれる「クラカト丘陵の決戦」と名付けられた戦いが今始まろうとしていた。


「……王旗が確認できました、どうやらアンダース殿下も来ているようです」

 イングウェイ王国国王を示す王旗が翻っている第一王子派の軍勢は一万を超える大軍勢であり、六〇〇〇にギリギリ満たない程度の第二王子派諸侯軍からすると恐ろしいまでの数に思える。

 クラカト丘陵に設営された陣地は急拵えであり、要塞化するには時間が足りなかったものの騎兵による突撃をかろうじて防げる程度の効果は発揮できるだろう。

 クリストフェル・マルムスティーンは気勢を上げている第一王子派の軍勢をじっと見つめる……あの時女神と出会った時から彼の目には魔力の流れのようなものが見えるようになっており、一際大きな魔力の塊を見つけて思わずため息をついた。

「……正直戦いたくないのがいるね」


「アンダース殿下のことですか?」


「違うよ、兄様は……大したことない、あちらの軍勢に以前倒した暴力の悪魔(バイオレンスデーモン)なんか比べ物にならないのがいる」

 隣で不思議そうに彼の顔を見つめているクレメント伯の視線に気がつくと、クリストフェルは少し気恥ずかしそうに頭をガリガリと掻いてから「なんでもない」と呟いた。

 他の人にはそれが見えないのだ、とわかってからあまり人前では話していなかったのを忘れていた……自分も戦場の奇妙な高揚感で多少でも口が軽くなっているのかもしれない、と改めて気持ちを引き締め直す。

 今彼の婚約者はこの陣地内にはいない……彼女が契約する幻獣ガルム族のユルと共にここを離れ少し離れた場所で待機をしている。


『戦闘開始と同時にこちらで騒ぎを起こしますわ、戦いはお任せします』


 シャルロッタ・インテリペリはそう言って夜の闇に紛れて歩いていった。

 彼女の表情は心配するな、と言わんばかりのものでどう声をかけていいのか全くわからないままクリストフェルはその背中を見送るだけだったのだ。

 いや……彼女に任されたのだ、第二王子派の勝利を、そして彼女が大切にしている仲間を託されたのだと想いを新たに彼は前を向く。

 その横顔を見たクレメント伯は少し驚いたような表情を浮かべた後、薄く笑った後改めて一度頭を下げた……言葉は必要ない、クリストフェルが真っ直ぐに前を向いているということを理解したのだ。

「殿下……娘も貴方のことを信じております、必ずこの戦いに勝ちましょう」


「そうですね……勝ちましょう」

 クリストフェルの返事は短かったが力強いものだった……クレメント伯は満足そうに頷くと、背後に控える第二王子派の貴族、指揮官達へと振り返り頷く。

 それに応じて軽く拳を胸に当てるような仕草を見せた彼らはそれぞれ持ち場へと去っていった……この戦いにおいて第二王子派軍はまず陣地を使った防衛に徹することを決めていた。

 数で劣る上に第一王子派に従軍している神聖騎士団の攻撃力をどうやって凌ぐか……それを解決するにはこの戦い方しかないと考えたからだ。

 本来であれば華々しく正面決戦を挑みたいと考えるものもいただろうが、クリストフェル自身が作戦を立案したウゴリーノ・インテリペリを全面的に信じると発言したことで方針が固まった。

 そんなことを思い返していると不意に第一王子派の軍勢からドッと歓声が上がり……そしてそれは波のように広がっていく。


「おおおっ!」

「イングウェイ王国万歳ッ!」

「国王代理陛下の出陣だ!」


「……兄上……」

 第一王子派の軍勢の戦闘へと一騎の騎士が歩み出る……それは黄金の装飾を施した鎧を纏う偉丈夫、アンダース・マルムスティーンその人だった。

 クリストフェルは響めく第二王子派の軍勢を抑えるように手を振ると、侍従であるヴィクターとマリアンが引いてきた一頭の白馬へと颯爽と跨った。

 あまりに自然な動作と優雅な動きに思わず兵士たちから声が漏れるが、それを気にすることもなくクリストフェルは馬を歩かせ始めた。

 重武装の兄に対してクリストフェルは鎧は着用しているが、動きやすさを重視した軽装のものを好んで着用している。

 そしてその腰には王家の名剣蜻蛉(ドラゴンフライ)が下げられている……ふと剣が震えたような気がしてクリストフェルは馬を走らせながら軽く剣の柄に手のひらを当てるが、この名剣も戦いの高揚感に震えているのかもしれないと考え、ほんの少しだけ緊張がほぐれた気がした。

 馬を走らせつつクラカト丘陵の柔らかい地面を下っていくが、確かにこの土地では騎馬による突撃は難しいとも思った。

 平坦かつ開けた場所へと歩み出たクリストフェルだが、自身ありげな表情を浮かべている兄アンダースの顔を見て、古い記憶を思い出していた。

『……クリストフェル、お前は少し鍛えないとダメだな』


『そうなの? 兄様……剣を教えてよ』


『お、やる気はあるのか……よし、木剣をもってこい』


『うん!』

 彼の古い記憶の中にある兄は頼もしくも優しい人間であり、頼り甲斐のある人物だ……だからこそ病に冒されたときには自分がいなくなっても兄がなんとかこの国をまとめてくれるだろう、とクリストフェルは考えていた。

 だが……王立学園入学の頃から兄は少しずつ変わっていった……まるで別人になったかのように……いや、それともそれが本当の兄だったのか、彼にはもう理解ができていない。

 目の前にいる兄はまるで獰猛な獣のような凶暴な笑顔を浮かべている……これは本当に兄だっただろうか? とクリストフェルの心が少しざわつく。

 お互いが十分に近づいた、と判断したのかある一定の距離を保ったまま彼らはお互いにじっと相手の顔を見つめていた。

「……クリストフェル久しいな今ならまだ許してやるぞ? 条件はあるがな」


「兄様……一応条件はお聞きしますよ」


「ああ、矛を収めるのであれば命だけは助けてやる……それと辺境の翡翠姫(アルキオネ)は俺のものにしてやる」


「……命だけは、ね……」

 アンダースの尊大な要求……彼の言葉に一々腹を立てていたら仕方がないとは思いつつも、どこかクリストフェルは兄のそんな態度に強い違和感を覚えている。

 本当にこんなことを言う兄だったか? 小さい頃の記憶が正しいのだとしたら今目の前にいる兄は本物なのか? と言う気持ちが沸々と湧き立ってくるのだ。

 だがそんなクリストフェルの様子には気がついていないのか、アンダースはニヤニヤと笑みを浮かべたまま返事を待つかのように彼をじっと見つめていた。

 クリストフェルは一度ため息をつく……もし違うとしてもどちらにせよこんな要求に屈するわけにはいかない、そして彼の隣にいるべき女性を失うことはできないのだから。

「……断ります、兄様……僕たちは殺し合わなければいけない運命だったようですね」


「クハハ……そうか、そうか……ならば殺し合わねばならないなあ……我アンダース・マルムスティーンはイングウェイ王国国王代理として逆賊に決闘を申し込むッ!」

 その言葉に響めく両軍……はっきり言えばアンダースの行動は予測されていたとはいえ、本当にやるとは誰も思っていなかったからだ。

 彼は腰に差していた自らの剣を引き抜きクリストフェルに向かって刃先を向けた……これは貴族相手に行うと最大級の侮辱と取られるため決闘の作法としてもかなり危険な行為である。

 だがアンダースのこの行動は強い王者としての覚悟のようなものを感じさせたらしく、第一王子派の軍勢はその行動に喝采を送り始めた。

 しかしクリストフェルは驚きもせずに黙って頷くと腰に差していた名剣蜻蛉(ドラゴンフライ)を引き抜き、天高く掲げてから兄に向かって叫んだ。

「我第二王子クリストフェル・マルムスティーン……イングウェイ王国をこれ以上荒廃させないためにも、その決闘承った! かかってこい兄よッ!」


「おおおっ!」

 次の瞬間、一気に駆け出したアンダースが凄まじい豪剣を振るう……その一撃はまるで歴戦の騎士もかくやと言わんばかりの鋭いものだったが、クリストフェルは苦も無く手に持った蜻蛉(ドラゴンフライ)で受け止める。

 ガッキャーン! という高い音と共にお互いの得物が衝突し火花を散らすが、かろうじて手綱を握った両者は馬から振り落とされずに踏みとどまると返す刀で剣を振るう。

 斜め下、横、突き……間髪入れずに繰り広げられる凄まじい攻防に両軍の兵士たちは固唾を飲んでその様子を見守っている。

 いや、動けないのだ……驚くことにアンダースの剣は力任せのようにも見えながら、鋭さがあり一撃一撃が必殺の威力で振るわれている。

「クハハッ! 弱々しいクリストフェルがやるな!」


「それは昔の話だッ!」

 キイインッ! という甲高い音ともにその豪剣をクリストフェルの柔らかくも鋭い剣が弾き飛ばす……単純な肉体の力では体格の良いアンダースに分があるのだろうが、騎乗した状態でこれだけの攻防を繰り広げられる二人の王子による戦いに兵士たちは驚きの声をあげた。

 アンダースが学生時代に教師たちが彼の剣の腕を「騎士と同等」と評したことがあり、彼は一定以上の技量を持っていると知られている。

 対してクリストフェルは未知数……彼が王立学園に入学してから矢継ぎ早に事件が起こりすぎており彼の本当の実力はあまり知られていない。

「剣筋が昔と違うな? これは誰に教わった」


「……貴方が無碍に手折ろうとしている花だッ!」

 クリストフェルの一撃を剣で受けたアンダースは大きく体勢を崩しかける……それくらいに気合の入った弟の攻撃は予想していなかったのだろう。

 だが主人の危機を感じ取ったのか愛馬が器用に距離を取るように動くと、アンダースは痺れる手を見つめて思わず驚きの表情を浮かべた。

 クリストフェルの剣には怒りのようなものが感じられた……彼が愛するシャルロッタ・インテリペリ、辺境の翡翠姫(アルキオネ)の愛称を持つ美しい少女が彼を変えたのだとしたら。

 アンダースは剣をくるりと回して握りを確かめると、再びクリストフェルに向かって突進を開始する……その顔には先ほどのような凶暴な笑顔が浮かんでいた。


「……面白いッ! だがクリストフェル、お前も俺の覇道の糧となるのだッ!」

_(:3 」∠)_ 王子二人……


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