第二七四話 シャルロッタ 一六歳 野戦 〇四
『栄光あるイングウェイ王国軍は王都を出立し叛徒との戦いに赴いた……!』
「へー……ずいぶん思い切った行動を……」
イングウェイ王国軍……つまり第一王子派の主力軍である神聖騎士団とそれに付随する貴族家の部隊が王都を出発し「親征」に向かったという情報が流れてきた。
内戦に突入してから王国全土に届けられる情報は玉石混合……各地にアクセスしている商会や冒険者組合が所有している魔導機関による通信なども併用されているのだが、どうやら第一王子派はこの出兵を大々的に宣伝することで「弱腰」とか「臆病」という評判をひっくり返したいのだという意図は伝わってくる。
普通出兵なんか対外戦争なんかでしか宣伝しないだろと考えていたわたくしはちょっとだけ意外な気持ちになる。
「王都に篭って戦うのかと思ってましたけどね」
「……後がないんだろう、それでも兄上は出兵しないと思うけど」
わたくしの隣で馬車の窓から外を眺めていたクリスが応える……彼の表情はわたくしから見えないけど、色々考えることがあるのだろう。
何かを我慢するかのように遠くを見ている、そんな雰囲気を漂わせている……彼はわたくしの手を握ったままだが、その手は少しだけ震えているような気がしてわたくしは優しくそっと握り返した。
すると、わたくしの気遣いを感じたのかクリスはそっと手に力を込める……そこに彼の気持ちが全て込められているようにも感じる。
不安だろうな……自分が生まれ育った場所へと軍勢を率いて戻る、それがどういうことなのか彼もちゃんと理解しているはずだ。
「……わたくしが支えますよ」
「ありがとう、君がいるから……僕は戦えるし無茶もできる」
「無茶はダメですよ、わたくしも死者は癒せませんわ」
「……そっか、なら死なないように最後まで足掻くよ」
クリスはあくまでも外の風景を見ながらそう呟くが、彼の口元がほんの少し綻んだ気がする……なんだろう、その様子を見て胸の中にある何かが暖かいと感じて心地良くなる。
だが……急に響いた軽い咳払いの音でわたくしとクリスは思わず握り合っていた手を解いて、ほんの少しだけ距離をとってしまった。
音の方向へと視線を向けると、そこには困ったような顔の御父様……クレメント・インテリペリ辺境伯と微笑ましそうな顔で微笑むベイセルお兄様がこちらを見つめていた。
そうだった今わたくしとクリスはお父様の馬車に便乗して移動しているのだった。
この馬車はインテリペリ辺境伯家当主が代々利用している装甲馬車の一つで、いざという時はここに立てこもることを想定して作られた超頑丈な小型の要塞とも言えるものだ。
とはいえ先祖代々使われていた移動指揮車にふさわしく内装はしっかりと貴族風味だし、なんなら中には小型のテーブルなんか備え付けられてて快適そのものだけど。
「……娘が婚約者と仲がいいというのを見せつけられるのは複雑だな……」
「僕もジェシカとはあんな感じですよ、お見せできないのが残念ですが」
「……お前な……全くうちの子供達は……」
お父様はため息をついた後少し苦笑いのような表情を浮かべると、目の前に広げられた地図へと視線を向ける。
現在インテリペリ辺境伯家の軍勢を中心とした第二王子派は王都に向けて進軍を開始しているが、数千名の兵士が行軍するというのはかなり大変なことだったりもして、途中妨害などがなくても結構な日数がかかることが予想されている。
さらに先ほど話題に上がっていた第一王子派の主力軍が迎撃のために王都を出立していると考えると、どこかで戦闘が勃発するわけで……その戦場をどこに設定するのかを協議している最中なのだ。
「……まあ話を戻すと第一王子派の主力軍と言っても分散した兵力と、王都に残っている戦力を考えれば多くて一万から一万五千というところだ」
「前回よりも少ないですわね……神聖騎士団ってそれほど数はいませんわよね?」
「そうだな戦力になるのは一千というところだろうか……だが平原での戦いでは圧倒的な破壊力を誇るぞ、騎兵というのはそれだけでも脅威だ」
「前回の会戦ではほぼ無傷で撤退してますしね……あれほど鮮やかな撤退を見せるとは思いませんでした」
「聖女……ソフィーヤ嬢が指揮しているのだろうか?」
「彼女に軍才はないですね、いいところのお嬢さんだ……だから実際に指揮をする騎士がいるはず」
クリスは地図上に広げられた駒を動かしながらお父様達と話を進めている……前回はその倍くらいの数がいたが、無秩序なスティールハート軍の混乱で相当に助けられている。
それでも第二王子派の損害は凄まじかったわけで……特にあの黒衣の戦士、混沌の戦士と呼ばれる不気味な怪物達が現れたとしたら一般の兵士たちは相当に苦しむだろう。
あれは普通の人間には倒せないほどの戦闘能力を持っているし、生命力も桁違いに高くもはや魔獣と言っても過言ではない存在だ。
「……おそらくですが第一王子派には悪魔とそれに相当するものも随行していると思います」
「悪魔か……冒険者に任せたいところだが」
この手の怪物は冒険者の範疇、とお父様はよく話していたが現状冒険者としての最高戦力である「赤竜の息吹」はメガデス伯爵家の援軍に行って戻ってきていない。
エルネットさんのことだから問題ないとは思うが、予測よりもずっとその場に押し留められているということを考えると敵方にはそれなりに腕が立つものがいるのだろう。
まあ、そこはわたくしがどうにかするしかないか、どちらにせよみんなを危険に巻き込むわけにはいかないだろうし。
「そういったものはわたくしが引きつけますわ」
「……お前な、嫁入り前の娘をそんな死地に送る親がいると思うか?」
「すでに戦場は経験しておりますわ、それにわたくしなら勝てます」
「勝てる……か……年頃の娘にはそんな血生臭いことをやらせる気はなかったんだがな」
「ごめんなさい、でもわたくしここまできたのですからクリスを王位につけたいと思ってますわよ」
その後は適当にプリムローズ様とか、ボコって更生させたソフィーヤ様相手に魅了の魔法でもぶちかましてお互い相思相愛にすれば万事解決って寸法よ、わっはっは。
だがそこまで考えているとやはり胸の奥がチリチリと痛い気がする……なんだろうねこれ、でもやはりクリスにはちゃんと幸せな家庭を築いてほしいし、王として立派になった彼を遠目に見つつこの世界に潜んでいる邪悪な混沌を滅ぼすために旅立つなんて結構面白い生活だと思うんだよね。
なんていうの? 西部劇映画のラストシーンみたいな感じで……ちょっと憧れるよね、そういう去り際。
「……君が隣にいてくれるなら、それを望むよ」
「……え? あ、そ、そうですわね……そういやそう言ってましたっけ」
「……お前らなあ……」
わたくしの手をそっと取って口付けるクリスの行動に少しドキッとするが、そんなわたくし達のやりとりを見て再びお父様がクソデカため息をついた。
ベイセルお兄様はそんな馬車内の雰囲気が面白かったのかくすくす笑ってるし……とてもじゃないけどこれから戦場に向かおうなんて人たちの会話ではないことは確かだ。
さてと……と頭を抱えていたお父様が気持ちを切り替えたのか目の前にある地図のある一点を指し示すと、わたくし達へと語り始めた。
「……私はこのクラカト丘陵で敵を迎え撃とうと思う」
「丘に陣取って戦う感じですかね、騎士相手だとそうせざるを得ないでしょうね」
クラカト丘陵……イングウェイ王国の街道沿いにある小さな丘陵地帯で、二つの高い丘とそれに連なる連続した地形を形作っていることでも知られている場所だ。
丘陵地帯ゆえに街道はここでアップダウンを繰り返すことから交通の難所としても知られ、商人達が商隊を組んで移動する際には休息地としても使用され、それとは別に訓練にちょうど良い場所として騎士達が訓練場がわりに馬を走らせるなどの光景が見られる。
ちなみに近くには葡萄畑なども広がる場所があり、作られているワインは格式が高いとかなんとか……前々世でも欧州の丘陵地帯はワインの産地だったりするものな。
「昔国境紛争でマカパイン王国の騎兵部隊に散々な目にあってな……数が少なくてもあの突進はなかなか止められるものではないよ」
「神聖騎士団はとっておきの戦力ですしね……威力を最大限に活かすなら平原での戦闘に持ち込みたいところでしょう」
「クラカト丘陵の大地は柔らかくてな……それ故に騎兵は速度が出なくなるし、丘を駆け上がるというのはかなりの重労働だ」
確かにね……彼らの補給路もこの街道沿いに送られるだろうから、わたくし達の軍を無視できないという寸法になるのか。
わたくしとかになると全然それは苦ではないけど、普通の兵士が完全武装の上に荷物を持って丘を駆け上がるなんてとてもではないがやりたくないはずだ。
人間相手にはそれでいいのだけど敵軍に混沌の使徒が混ざっているとちょっと厄介だな……混沌の戦士は明らかに体力なんか無視で飛び込んでくるだろうし、そもそもスタミナ切れを起こすかどうかもわからない。
「……で、あれば……わたくし遊軍になって個人で行動しますわ、その方が戦闘能力を発揮しやすいです」
_(:3 」∠)_ もうほんとプリム様が自領から助走つけて殴ってくるレベル
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