第二八話 シャルロッタ・インテリペリ 一三歳 一八
「グフフッ……綺麗な女、うまそう、ケヒヒッ!」
その場所にいた怪物はやはり疫病の悪魔だった……体のあちこちが歪に歪み、まるで腫瘍のような膨らみと、そこから滴り落ちる粘液、そして歪んだ笑みを浮かべるいやらしい顔つき、細く斑点だらけの腕、そして不格好な体つき。
人間をデフォルメしたと言われるには悪意のありすぎる外見……やだなあと考えてたりすると、本当にこの世界でも出会っちゃうものなんだな……。
前世でも何度か戦った醜悪な悪魔がそこにはニタニタと笑みを浮かべて座っている……この悪魔は直接的な戦闘力はそれなりという認識ではあるが、人間が一人で立ち向かって勝てるほど弱くはなく普通に考えれば脅威度としてはかなり高い存在だ。
「……人間が先ほどまでいたようです」
ユルは小声でそっとわたくしに伝えてくるが、どうやら少しだけわたくしたちの到着は遅かったようで今回の犯人はすでに立ち去った後だったらしい……ここを片付けた後、王都に再び来る際にユルの嗅覚を使って捜索すれば済む話だから、焦ることもない。
わたくしは黙って頷くと、目の前でニタニタと笑みを浮かべる疫病の悪魔へと長剣を向けて問いかける。
「お下品な悪魔さん、あなた疫病の悪魔ですわよね?」
「ケヒヒッ……ワシの名前サルヨバトスと呼ぶ、お前は女、女は柔らかいから美味い」
うう、絵面が最悪に汚い……サルヨバドスは口元に粘液にしか見えない涎をだらっと垂らしながら、ゆっくりと立ち上がり、でっぷりと太ったその腹をボリボリと掻くが、その動きに合わせてぐちゃぐちゃになった皮膚が体から剥がれ落ち、地面へと落ちると醜悪な匂いと共に煙を上げていく。
疫病の悪魔の権能は呪いと病魔、そして汚染だ。手で触れると高確率で病原菌に侵されるし、死体そのものを焼却しないと新たなる疫病の原因となる。
「それより質問よろしい? あなたはどうして殿下に呪いをかけたのかしら?」
「呪い、呪いは病気、病気は呪い……それがワシの能力、目的それ以外にない、頼まれたら呪いをかける……王子弱ると得をするものがいる……クヒヒッ!」
悪魔は邪悪な存在とされているが、実際にはそんなことはなく……自らが仕える混沌神の目的を遂行するための尖兵だ。
その権能を広めるためであれば召喚者に従い、願いを叶える……今回は殿下に対して呪い、病魔を植え付けるという目的が合致したから呪いをかけただけということだろう。
そして問いかけにきちんと答える……これは悪魔の制約とも言えるもので、目的を阻害しないのであれば誠実に答えを返さなければいけない。
「呪いをかけて、病気にした殿下を弑虐するの? 貴方の神はそれを許容するのかしら」
「殺すのはワシじゃない……そんなのはワーボスの眷属がやればいいこと、王子病気になる、病気になれば楽しい、それだけ……生き死にはワシには関係ない……クフフッ!」
ワーボスは飽くなき闘争と殺戮を象徴とする混沌神で、死と闘争を尊ぶ信徒に信仰される狂った神でもあり、狂戦士たちの守護神としても知られる。
信徒や眷属は戦いと死に取り憑かれており死を恐れずに戦うし真性のサディストだらけだし、相手の命を奪い取ることに至上の喜びを感じる殺人狂を量産する混沌神だ……あれは厄介な連中なのでこの場にいなくてよかった。
するって〜と……サルヨバトスは王子を病気にすることは同意しているが、殺すことなど目的に無く、生贄だけを受け取ってダラダラと時間をかけている。
おそらく呪いをかけるように依頼した連中は殿下が酷い病気になってさっさといなくなって欲しいが、疫病の悪魔はじっくり時間をかけて病気を蔓延らせたい。
さっきまで人が来ていたというのもおそらく急かしに来てたんだろうな……でもサルヨバドスはそれに同意しなかった、もしくはうまく誤魔化したってところか。
「……今回は割とディムトゥリアの眷属らしい怠惰さが味方していましたわね……だけど人間は病気になれば苦しむし、そのうち弱って死んでしまう。ここで見逃して殿下が死んだら後味悪いですし、ここで始末いたしますわよ、覚悟なさいな」
「なんだ、敵になる……女美味いけど、敵は面倒……だけど殺したら美味しい、グヒッ!」
こちらが戦闘の意思を見せたことで警戒心が高まったのだろう、サルヨバドスの大きな目が一気に充血したかのように真っ赤に染まり、ビリビリと周囲に殺気を撒き散らす。
普通の人間ならこの殺気に当てられて気絶してしまうであろう威圧感があるが、まあ元勇者であるわたくしには大して効果はない。
人間であれば怯むであろう殺気をぶつけても全く表情ひとつ変えないわたくしを見て、サルヨバドスは不思議そうに首を傾げる。
「不思議そうね、人間はいつまでも弱いわけじゃないって教えて差し上げてよ」
「ケヒヒッ! そうで無くては……面白くない!」
疫病の悪魔が突如として膨れ上がると、その全身から紫色の毒々しい煙が噴出していく……こいつは、まともに吸ったら人間なら即死コースの猛毒の霧か。
わたくしがユルに退避するように目で合図すると、彼は黙って影の中へと姿を消していく……次の瞬間わたくしの視界が紫色へと変色していく。
思ったよりも到達が早い……咄嗟に息を止めたわたくしの全身が軋むように痺れ始め、完全に毒を無効化できていないことに内心驚いた。
なんだ? この毒随分と効果が強いものを……そこまで考えたわたくしの感覚に強い殺気とともに、ブヨブヨに醜く膨れ上がったサルヨバドスの剛腕が音を立てて迫ってきた。
かなり速度の乗った素早い拳をわたくしは長剣を使って受け流しつつ、体を回転させて相手の腹部へとカウンター気味の斬撃を叩き込む、いや叩き込んだはずだったが疫病の悪魔の体表を流れる粘液が、わたくしの斬撃を滑るように絡め取ると、そのまま衝撃を受け流してしまう。
「あれ? こいつまさ……がっ……」
「ケヒヒッ!」
斬撃を無効化したサルヨバドスは、鈍重そうな身体を器用に回転させると恐ろしく重く体重の乗った回し蹴りを放ってくる。
これは避ける暇がない……ッ! 咄嗟に左腕で防御をしたが、根本的に体重の軽いわたくしはその蹴りの勢いのまま後ろの壁に叩きつけられる。
スドオオンッ! という轟音と共に壁に使われている石材がひしゃげて砕け散る……衝突の瞬間に肺の中の空気を思い切り吐き出してしまい、わたくしは咳き込みながら立ち上がる。
「ゲホッゲホッ……ああ、もうっ! 疫病の悪魔ごときに一撃入れられるなんて……がはっ……」
口元を拭って剣を構え直すが、サルヨバドスはニヤニヤと笑みを浮かべて嬉しそうに小躍りしているのが見える……その姿を見ながらわたくしは前世で戦った疫病の悪魔との差を考える。
おそらくだけど、割と長期間に渡って王子から生命力をじわじわと呪いによって吸い取っていて、その力を自分の戦闘力へと変換し続けているんだわ。
「クヒヒッ! あの王子、生命力だけじゃない……魔力も美味しい……これ良い力」
力を吸い取っているにしても能力が飛躍的に上昇しすぎている気がする……疫病の悪魔はディムトゥリアの眷属としては尖兵に過ぎず、分類としては下級に位置する悪魔であるにもかかわらず、先ほどの格闘戦能力は中級クラスの能力に匹敵する重さだった。
こういう時はお母様に言われてダイエットにも勤しむ自分のスタイルの良さと体重の軽さが裏目に出るな……魔法の結界で壁に衝突しようが、高いところから落下しようが死ぬことはないんだけどさ。
「殿下ってやはり何かしらの特殊な能力でも持っているのかしら……それこそ勇者的な何か……」
そこまで考えてハタと思いついた……もしかして女神様がわたくしをこの世界に送り込んだのって、あの殿下を守れって意味なんじゃないかと。
転生前に女神様が放った言葉を思い返してみれば、明らかに世界を救え的な言葉が混じっていたことに一三年も経過してから気が付く。
『異世界に送り込んだ魂は最後まで使い潰せがモットーなんで』
『私の命に従い、もう一つの世界を救うために旅立つのです』
あの時は軽く流してしまったが、わたくし自身が動かないにせよこの世界にはやはり何かしらの危機が迫っていて、それをどうにかして欲しいという意味だったのではないだろうか?
あの女神様本当に意思をちゃんと伝えてくれないんだよな……まあ、それだから神託の類は色々と難解で、受け取り側の差し加減で内容がブレちゃうことにも繋がっているのだけど。
わたくしはなんとなく転生させてくれた女神様の意地の悪さというか、明確な目的を告げないことにほんの少しだけ腹立たしい思いになって大きくため息をついた。
「……もう一度会う時は絶対にぶん殴って差し上げてよ、女神様……もう神だからって容赦しないわ……」
_(:3 」∠)_ 一三歳編最後の戦闘開始です!
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