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第二四九話 シャルロッタ 一六歳 大感染の悪魔 〇九

「はぁ?! スティールハートの連中は何をやっているのだ!」


 ラリー・モーターヘッドは部下の報告に、思わず手に持っていた銀のゴブレットを床に叩きつけて叫んだ。

 報告では敵陣へと攻めかかっていたスティールハート軍に突如どこからともなく現れた怪物が襲いかかった後、第二王子派の軍に向かって突進……それを戦いの末にクリストフェル・マルムスティーンが倒すと、彼の号令に従って第二王子派の反撃が始まったという。

 スティールハート軍は先の怪物襲撃で指揮系統が崩壊しており、その攻勢にひとたまりもなく戦線が崩壊し潰走……しかもあろうことか味方であるモーターヘッド軍を邪魔するかのように逃げており、現在軍勢は身動きを取ることができていない。

「……仕方ない、邪魔するスティールハートの雑兵は全て排除せよ」


「……え、はっ?」


「聞こえなかったか? 邪魔する味方など敵と変わらんと言っている」


「は、はっ! 承知しました!」

 騎士が慌てて天幕をでていくのを見てラリーは忌々しげに地面に転がっていたゴブレットを再び蹴り飛ばすと、何度か首を振ってため息をつく……絶対的な数が多いスティールハート軍が潰走しているということは、自軍もまともに動くことができないだろう。

 第二王子派がそれに乗じてこの陣地に攻め込んできたとしたら……いくら戦術家として知られるラリーであってもそれを混乱する軍隊を御することは簡単ではない。

 どうするか……一度陣を撤収して再集結し、野戦に持ち込む……いや今から撤収したとして第二王子派の軍勢が来るまでにまとめ切れるか。

 だがそこへ伝令が息を切らせながら飛び込んできたことで、ラリーの思考が中断されてしまい彼は少し機嫌を損ねて眉を顰めた。

「伝令……ッ! 閣下大変です!」


「なんだ!? 今俺は忙しいのだが……」


「これはこれはこんにちはそれともこんばんはか……矮小なる人間の騎士よ」

 伝令の背後からヌッと姿を現した女性の姿に思わず悲鳴をあげそうになったラリーだが、その入ってきた人物の外見を見て思わず息を呑んだ。

 美しい女性だ、それはまるで天上にいる天使のような美しさだが、グラマラスな肢体を押し込めるような露出の多い絹の服装を身に纏っており、妖しくも淫らな雰囲気を醸し出している。

 そしてその女性が人間ではないとはっきりとわかるのが背に生えた六枚の白亜の翼……神々しいと思うだろうか? それとも異形だと思うべきだろうか?

 だがラリーの心は驚くほどその姿に魅了されている……彼の認識の外にあるが、女性の表情は人間には難しいぐにゃりと歪んだ笑みを浮かべており、それが混沌の使徒であることを示している。

「あなたは……誰だ……」


「クハハッ! 名乗らずにすまぬな妾は六情の悪魔(エモーションデーモン)フェリピニアーダ……聖女の求めに応じて顕現しておる」


六情の悪魔(エモーションデーモン)……?! 怪物か?!」


「クハハッ! 人は我ら悪魔(デーモン)をそう呼ぶな……だがそれは一つの見方に過ぎぬ、我らは神の使いであることに変わりはなく、天使(エンジェル)悪魔(デーモン)は表裏一体でしかない」

 フェリニピアーダの醸し出す雰囲気……それは圧倒的な強者のそれであり、人間では決して抗いきれない何かを感じさせるものだ。

 確かに聖教において天使(エンジェル)悪魔(デーモン)は大して変わらないと記録されている……混沌神の眷属においても第一階位に存在するものは天使(エンジェル)であり、怪物とは程遠い存在だ。

 動くことすらできない重圧の中、震える体をなんとか動かそうと震える手でなんとか腰の剣を抜こうとするが、そんなラリーを見てクスクス笑うフェリピニアーダは彼の額にその美しく細い指先をそっと当てる。

 次の瞬間、ラリーの心の中にあった怒り……それは昔思い通りにならない出来事に対して感じた怒りよりも強く、今この現状に焦りと、強い憤りを感じるものよりも激しい、憤怒と言っても良い強い感情が呼び起こされた。

「ぐ、おおおおおっ!」


「……六情の悪魔(エモーションデーモン)たる妾が命じる、敵軍を殺せ、その肉を喰らい引きちぎり……聖女たるソフィーヤへと捧げよ」


「敵を……殺す……俺が……敵を殺す……ッ!」


「良き良き……いい素材じゃ、では仕上げといこうかの……混沌魔法狂乱の咆哮(マウスフォーウォー)

 悪魔(デーモン)の全身より悍ましい魔力が迸る……それは周囲にいるモーターヘッド軍の兵士たち全てを巻き込み、どす黒く赤い魔力の奔流となって陣全てを覆い尽くした。

 だがそれも一瞬のことで、その魔力の奔流が収まると同時にモーターヘッド軍の雰囲気が一気に変わっていく……軍全体が恐ろしいまでの怒気、いや殺気を迸らせ兵士たちはおおよそ人間らしくない奇声をあげて武器を振り上げる。

 その光景を見てフェリピニアーダは歪んだ笑みを浮かべて高笑いを始めた。

「アハハハハッ! さあ場を混乱せしめよ、美しき狂戦士(バーサーカー)たちよ……妾の契約者たる聖女を守るが良いぞ、下等生物どもが」


「きああアアアアアアアッ!」

 奇声をあげながら天幕を飛び出したラリーと共に、モーターヘッド軍の兵士たちは一斉に怒号とも奇声ともつかない奇妙な雄叫びを上げると、一直線に構築していたはずの陣から飛び出していく。

 武器を持っていないものすらいる……だが彼らは一様に白目を剥き、怒りに満ちた表情で一心不乱に前へと進む。

 狂乱の咆哮(マウスフォーウォー)は混沌魔法の中でも特殊な部類に属し、対象となるものたちを発狂させ、命を顧みない狂戦士(バーサーカー)へと変化させることができる。

 魔法の効果はその術者の持つ魔力に応じて変化するが、第二階位の六情の悪魔(エモーションデーモン)であるフェリピニアーダの持つ魔力は凄まじく一〇〇〇〇人にも及ぶモーターヘッド軍全てを飲み込み、狂乱する破壊者を生み出してのけた。

「アッハッハッハ……これは面白い……狂乱する戦士と、勇者に目覚めた王子どちらが強いか見物じゃな」




「……なんだ? モーターヘッド軍の方向で何か……」

 クリストフェルは一瞬だが恐ろしいまでの邪悪な魔力が膨れ上がったことに気がつき、身振り手振りで兵士たちの行軍を止める。

 凄まじい魔力の波だった、勇者としての一歩を踏み出した彼ですら驚くほど膨大な魔力が一瞬だけだが放出されたことを感じ取っていた。

 そして……彼らが向かっているモーターヘッド軍の中心からまるで迫り来る波のように奇声と言っても良いだろうか? おおよそ人間が発しているとは思えないくらいの怒号は戦場へと響き渡る。

 次の瞬間……モーターヘッド軍の陣営が動き出すと、その軍勢はまるで何かに追い立てられるかのように一心不乱にクリストフェルら第二王子派の部隊目指して前進を開始する。

「殿下! 敵軍が……!」


「来るぞ! 総員構えッ!」


「構ええええっ!」

 クリストフェルの命令を受けて第二王子派の部隊は一斉に防御態勢を整える……元々兵士としても、軍団としても練度の高い者たちで構成されていた彼らだが、そこへ進んでくるモーターヘッド軍の様子が明らかになるに従って、顔色を変える。

 モーターヘッド軍の様子が次第に明らかになってくる……彼らはまるで正気を失ったかのように白目を剥き、口から泡を吹き出しながら怒りの形相でこちらへと向かってきているのだ。

 それはおおよそ普通の状況には思えない……それ故に全員が目の前で獲物を見つけた肉食獣のようにいきなり走り出したモーターヘッド軍の兵士たちを目の当たりにしてどうして良いのか、思考が完全に停止してしまう。

「キアアアアアアアアアアアアアッ!」


「う……お……応戦……応戦せよっ!」

「うわああああああっつ!」


 第二王子派の軍勢が呆然としながらも隊列を整えたところへ、武器すらもまともに構えない狂乱するモーターヘッド軍の兵士が飛びかかる……おおよそ人間らしい動きではない、まるで飢えた食屍鬼(グール)が新鮮な肉を目の前にした時の光景のようだっただろうか? それとも若い女性の肉を久しぶりに食えると興奮する食人鬼(オーガ)のようだっただろうか?

 モーターヘッド兵は第二王子派の兵士の首へ、腕へ、肩へ……頬へとくらいつき、素手と爪で肉を引き裂こうとしてきた……その凄まじい獰猛さに、恐怖と痛み、そして絶命する寸前の断末魔の声をあげて、哀れな犠牲者が絶命していく……第二王子派の精鋭であってもあまりに人間離れした彼らの獰猛さに気圧され、次第に後退を余儀なくされていく。

 最初の衝突で数百名の兵士が生きたまま引き裂かれていく……だが、その凄まじい突進をクリストフェルと侍従、そして一部の兵士たちはなんとか耐え凌ぐと、武器を振るってなんとか味方を立て直そうと声を張りあげる。

「落ち着けっ! 相手は普通の人間と同じだ! 獣のように見えるが人間だぞ!」


「殿下をお守りしろっ!」

「ぎゃああッ! 俺の腕が……ッ!」

「うわあああっ! 助けて……!」

「応戦せよおおおおっ!」


「固まって応戦するんだ! 僕の周りに集まれっ!」

 完全なる混乱の最中、なんとか迫りくるモーターヘッド兵を一刀の元に切り捨て、仲間を助けようとするクリストフェル、そして幻獣ガルムのユルが放つ火炎炸裂(ファイアリィブラスト)の火線が爆発と共に敵兵を吹き飛ばしていく。

 だが一〇〇〇〇人もの狂乱する敵兵を耐え凌ぐには第二王子派の数は少なすぎた……あっという間に兵士の波に飲み込まれ、防戦一方だった彼らの数は次第に少なくなっていく。

 その状況にあってもモーターヘッド兵はまるで食屍鬼(グール)かのように、殺した兵士の腕を食いちぎり、足をもぎ取り、内臓を引き摺り出して地面へと叩きつけているのが見える。

 あまりに悍ましい光景にクリストフェルですら今この瞬間に起きている光景が現実感のないもののように感じてならなかった。

 これはなんだ……? 本当にこれが戦争なのか……? これではまるで……とクリストフェルが目の前の光景が夢であるかのように感じ始めた次の瞬間、上空から一人の女性の声があたりへと響き渡ると共に彼らを中心に白銀の炎が渦を巻いて吹き荒れていった。


「クリス……みんなッ! 今助ける……邪悪を滅し浄化せよ……ッ! 魂の焔(ソウルフレイム)ッ!」

_(:3 」∠)_ ようやく主人公登場……なんかシャル書いてるより他の人のシーン描いているのが多い気がするw


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