第二四七話 シャルロッタ 一六歳 大感染の悪魔 〇七
——戦場から少し外れた場所から地面を揺るがすような轟音があたり一体へと響き渡った。
「ウヒョおおおっ!」
大感染の悪魔カルディバドスは全身から紫色の毒煙を吹き出しながら地響きを立てつつわたくしへと迫る。
わたくしの手にある魔剣不滅が決して朽ちない剣であることを理解しているわけではないだろうが、それでも第二階位という高位に存在する悪魔としても矜持がそうさせるのか。
カルディバドスはまるでこちらを意に介することすらせずに突進を繰り返している……単純だけどその肉体の質量と、速度、そして全てを腐食していく毒煙を考えると理に適っている気がするな。
わたくしがここにいてよかった……この階位の悪魔はすでに人間による討伐が困難になっているレベルなのだから。
「でも……それだけじゃ役不足すぎるわ」
わたくしはギリギリの線を見極め、防御結界に込める魔力を肉体に損傷が出ない寸前のところまで薄く展開し直すと、カルディバドスの突進を躱して右手に握られた不滅を振るう。
グギャアアアアン!! という凄まじい衝突音と共に悪魔の体に歯が食い込んでいく手応えを感じる……そのままわたくしが剣を振り抜くと、カルディバドスはその芋虫を連想させる肉体に大きな裂傷を負い、ドス黒い体液を撒き散らしながらバランスを崩し地面へと叩きつけられるように倒れ込む。
「ふべろああああああああっつ!」
「……手応えが浅い……」
思っていたよりも突進の速度と衝撃が強い……この一撃は相手の肉体へと損傷を与えたが致命傷じゃない、すぐに立ち上がってくるだろう。
土煙をもうもうと巻き上げたカルディバドスはピクピクと軽く痙攣したあと、ゆっくりとその巨体を起こすと私へと向き直る。
一撃を叩き込んだが悪魔の腹部を切り裂き、大きな裂傷を作っているが……体液の流出が止まるとぶくぶくと泡を吹き出しながらあっという間に肉体を修復していく。
それを見ているわたくしの視線に気がついたのかカルディバドスはまるで笑うようにカシャカシャと顎を打ち鳴らした。
「これは驚きですねえ……その剣はかつて勇者の所持した不滅ですね? うひょら……なんて嫌なものを持っているのですか!」
「……へえ? 頭悪そーな顔してる割に博学じゃない」
「その美しい顔で辛辣な言葉を吐く……それは我々の世界ではご褒美なのですよぉぉぉっ!」
うわ、知らなかった……なぜか興奮しながら再び突進してくるカルディバドスから距離を取るべくわたくしはふわりと中へと身を踊らせた。
先ほどの一撃で大体の能力は把握できたが、普通に攻撃したところでこいつは殺せない……剣戦闘術による殲滅が最も最適解なのだろう。
だがそれを理解しているのか、カルディバドスはまるで慣性を無視したかのように直角に進路を変えると、空中で姿勢を整えているわたくしへと凄まじいぶちかましを叩きつけてきた。
「……っ! くああああっ!」
「おひょあああああっ!」
ドゴオオン! という防御結界と凄まじい質量が衝突する音を響かせながら、わたくしの体は大きく跳ね飛ばされ周囲にあった木々をへし折りながら吹き飛んでいく。
ある程度衝撃が和らいだところでわたくしは空中で姿勢を再度制御すると魔法陣を展開して空中へと静止するが、先ほどの一撃は防御結界でも減衰できない衝撃を体に伝えていたらしく、視界がぐにゃりと大きく歪む。
鼻の中が熱く、どろりとしたものが流れたような感じがして軽く手で拭うと、真っ赤な血液が手にベッタリと付着しているのが見える。
視界が歪み臓器を破壊するほどの衝撃……防御結界を浸透して衝撃が伝わるのは久しぶりで、この脳を揺らされたような感覚に吐き気を覚えつつもわたくしは次の一撃に備えて悪魔の姿を探す。
少し離れたところでカルディバドスは毒煙を大きく吹き出すと突進の構えで突き進んでくる、その速度はさらに早くまともに食らったらひとたまりもないのだろう……だがこの少し距離を置かれた状況はわたくしにとって有利に働くのだ。
「——我が白刃、切り裂けぬものなし」
わたくしの握る不滅の刀身に白銀の炎が巻き起こる……この炎は聖なる魔力を纏い邪悪なる存在を焼き滅ぼす効果を生み出すのだ。
刀身にまとわりついた炎は渦を巻き激しい炎を巻き上げ、竜巻のように荒れ狂う……すでに突進を開始しているカルディバドスはわたくしが何か技を繰り出そうとしていることに気がついたのだろう。
全身に纏う毒煙が凄まじい勢いで吹き出し彼の全身を覆い尽くしていく……どうやらあの毒煙を使って炎を防ごうという魂胆か。
だけど……甘いな! わたくしは口元を歪めて笑うと防御結界に回していた魔力を一気に刀身へと送り込んでいく……薄まっていく防御結界の効果に合わせてわたくしの全身の皮膚が熱く、そして凄まじい痛みを発しながらシュウシュウという嫌な音を立てて焼けこげていく。
「おおおおおん?? 美しい肌が焼き焦げていくその様……美しいですねえええっ!」
「綺麗とか綺麗じゃないとか……」
「おおおおん?」
「そんなものどうでもいい……ッ! わたくしは世界最強の元勇者、シャルロッタ・インテリペリ……覚えておけ三下ッ! 剣戦闘術二の秘剣聖炎乃太刀ッ!」
振り抜いた刀身から放たれた炎が目の前に到達していた大感染の悪魔ごと空間を一気に焼き払う……白銀の炎は荒れ狂う竜巻のように舞い上がり、その場に存在していた腐食性の毒煙を一瞬で蒸発させ、そして邪悪なる存在を抹消しにかかる。
白銀の炎の中でカルディバドスはそのウネウネとした奇妙な動きで悶え苦しむ……天界に存在する聖なる炎と同等のその炎は邪悪な存在である悪魔の肉体を焼き焦がし、炭化させ一気に消滅させようと荒れ狂う。
「うぎょああああああっ! こ、これは……美しくないっ!」
カルディバドスは必死に肉体を再生させようと全身から泡のようなものを吹き出しつつ、端から炭化していく欠損した部位がまるで筍のように生えては崩れていくのが見える。
ボロボロと崩れ落ちていく悪魔の体が次第に小さくなっていく……白銀の炎が消滅するのと同時に、ゴトッ! という重い音を立てて地面に漆黒の宝石にも見える拳大の物体が落ちるのが見えた。
わたくしはその場で動けない……全身がまるで炎で炙られたように皮膚だけでなく、肉がぱちぱちという音を立てて爆ぜているのがわかる。
視界が半分くらいしかない……神経ごと毒煙で腐食されているのか痛みや感覚はわからないが、もしかしたら顔の半分くらいが溶け落ちているのかもしれない。
肉体を修復するためにほんの少しだけそのままの姿勢を保つが、半分しかない視界の中に見えるわたくしの腕の肉は溶け落ち、白い骨が露出しているのが見える。
「……あ……う……ちょっと……無理しすぎた……」
全身から煙を発しつつ肉体を一気に修復していく……大感染の悪魔の毒煙、その強力な溶解力は一瞬で肉体を溶かし、崩れ落ちさせるが厄介な毒性などは持っていないはずだ。
ある程度まで肉体を修復すると、半分しかなかった視界が蘇えり始める……だがまだ瞳などがきちんと修復できていないのか、半分だけ変な色合いだったり、視界の端が欠けたような感覚で少し気持ち悪い。
だがそれもあっという間に元へと戻っていく……他はどうだろうと思って下へと視線を向けると、せっかく買い揃えたはずの服があちこち溶け落ち、わたくしの玉のようなお肌がところどころ露出している。
「……せっかく買ったのに……あんまり得意じゃないけど服を元に戻さないと……」
かろうじて胸は出ていない……そこには以前ハーティの武具庫で見つけた胸当てが鈍い光を放っており、この魔法の防具が悪魔の毒煙に溶かされなかったことに少しだけ驚く。
魔法の防具だとは理解していたが、ここまで耐久性の高いものだと思っていなかったのだけど。
どうやら相当な業物なのだな……ハーティの武具庫で眠って放置されていたのはなんとなくだけどわたくしとの縁を感じる。
とはいえ他はもうひどいもんだった……ある意味こんな格好が好きな連中も多いだろうけど、自らが女性へと転生していると恥じらいというものが生まれるのか周りを軽くみて誰にも見られていないことにホッと安堵する。
「……ひどい敵だったわ……」
わたくしはそのまま服を元へと戻すために魔力を集中させるが、周囲の空気は先ほど放った聖炎乃太刀の副次効果で清浄な空間へと変化しており、まるで空気の澄んだ高原にいるかのような感覚になる。
完全に服を元に戻すとわたくしは軽く腕を回したりして動きを確かめる……肉体の修復には慣れているんだけど、それでもちゃんと稼働範囲がおかしくなっていないかとか、ちゃんと確かめないと怖いからな。
わたくしの代名詞でもある美しい白銀の髪も元の長さで風に揺られてサラサラと靡いている…修復したから枝毛も全然ないな、うん。
「さて……クリスを助けに行かないと……」
意識を集中させると周囲に存在している魔力はいくつかあるんだけど、敵陣近くに恐ろしく大きな魔力が出現し、止まっているのが感じられる。
厄介だな……第二階位クラスの巨大な魔力だぞ? 敵軍にそんな高位の悪魔を呼び出せる術者がいるのか?
わたくしが意識を集中させてその巨大な魔力を調べようと感覚を伸ばすと、それに気がついたのか魔力がいきなり消滅する……気が付かれた? ってことはこいつわたくしがカルディバドスを倒したことに気がついているな。
面白い、戦場なんか元勇者であって特殊な縛りを受けてしまっているわたくしの出番がないと思ってたけど……どうもそうではなさそうだな……すぐに第二王子派の陣に向かって移動するべく空中へとふわりと浮き上がる。
「……んじゃま、次の戦闘を期待して……戦場に向かいますかね、この戦いでもわたくしたちが勝利してみせるわ」
_(:3 」∠)_ ということでしれっと倒しましたが……まだまだこの章は続きますよ!
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